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第29話「バトルロイヤル③クノイチ幼女」

 

「すごい、ユニクが無双している。いつもの三割増しにカッコイイと思う!」

「面構えはまぁまぁだな。だが、アレっぽっちで全力なのか?だとすると、オレとしちゃあガッカリだな」


「そんなことない!ユニクの本気はもっと凄い!きっと冥王竜にも、頑張れば勝てたと思う!」

「ん?冥王竜っていやぁ、大災害を引き起こすとかいう伝説の化けもんだろ?そんな奴どこで見かけたんだ?」


「ピエロドラゴンをブチ転がしてたら出てきた。すごく強かった」

「まず、大前提が意味不明だ。ったくよ……」



 灼熱の髪が眩しいその女は、リリンサと他愛のない会話をしていた。

 一番眺めが良いと言われる観客席を陣取り、長い脚を組んで、我がもの顔で闘技場を睥睨している。


 どちらかと言えば物静かな雰囲気のリリンサを真っ向から否定する様な女は、若干興奮気味でユニクルフィンの事を語るリリンサをあしらいつつも、油断なく試合を観戦している。

 その視線が追うのは、二人の人物だ。


 一人は、かつてリリンサと捜索した対象の人物『ユニクルフィン』

 もう一人は、始めてみる顔の、褐色肌の青年。


 この二人の戦いを見たその女は、心の底から、残念だと思った。

 何であいつらの前にオレは居ないのか。と観客席で大人しくしている自分の境遇を考慮し、「ま、こっちはこっちで、リリンと楽しませて貰うかね」と思考を切り替える。


 そして、親しき友人へ、軽い挑発を繰り出した。



「ユニクルフィンがすごいのは分かったって。アイツはスピードタイプだろ?だってほら、別の女を口説いているぞ?」

「え”。そんな、まさか……。って、あれは違うと思う」



 仁王立ちするユニクルフィンと、その前に立つ幼いクノイチ。

 アンバランスな組み合わせであるが、クノイチの顔が若干興奮していることから、女の影を見出した灼熱の髪の女。

 しかし、それは違うとリリンサはその考えをバッサリ切って捨てた。



「何が違うんだ?どう見ても恋に揺らめくガキンチョの顔だろ」

「ううん。あの子はいつもあんな感じだったと思う。ちょっと見ないうちに大きくなった?」


「んだよ、顔見知りか」

「そう、ちなみにレジェの所の子だから、戦闘力高めのはず」


「レジェの?そりゃユニクルフィン敗北もあるか?」

「……流石にそれは、たぶんないと思う」


「自身なさそうだな」

「だってユニクは優しい。だからワザと敗北する事もあるかも?」


「はっ。オレの嫌いなタイプだな。偽善じゃなにも救えやしねぇ」



 そう言って肩を竦めた女へ、リリンサは負けじと言葉を返す。



「そう言いつつ、メナフは、いつだって子供の味方をする。この間だって誘拐された子供を救いに行ったよね?」

「そいつはお前……子供に罪は無いだろ。あぁ、偽善は嫌いだ。なにせ偽善を名乗るのはもれなく全員、大人だからな」



 ********



「おいお前!私と勝負しろ!」

「……。」



 あ、そういえば、死体はどうなっているんだ?


 さっき勢いに任せてやりたい放題した訳だが、後の事を考えていなかった。

 流石に200人近い死体の山なんて見たくは無い。


 考えなしにグラムで斬りまくったし、相当に酷い光景が目に浮かぶ。

 俺はそっと目を細めつつも、場外へ視線を送った。


 そこには、凄惨な死体が……思ったほどないな?

 あれ?っと困惑していると、その原因が判明。


 なんと死体が突如発光し始め、そのまま天に召されていった。


 ……いや、なんというか成仏?みたいな感じ。

 ふわっと体が浮き上がり、そのまま光となって消えて行く。


 そしてそれに呼応するように、非戦闘区域で光が立ち上った。

 そこに現れたのは、今まさに成仏した屈強な冒険者。

 その冒険者はボーっと虚ろな目で暫く立っていたが、やがて何事も無く意識を取り戻し、「くそう!死んだか!!」と悔しがり始めた。


 へぇー。そんな風に復活するんだな。

 なんかちょっと神秘的。でも、対象がオッサンだったから魅力半減だ。



「おい!聞いているのか!?おい、お前だよお前!」



 これが絶世の美少女とかだったら、絵になっただろうに残念だ。

 美しくも白い飼い犬ドラゴンとかでも、それはそれで絵になりそうだ。



「お前!そこの髪の赤いお前だよお前!!無視か!?いい度胸だな!!聞けっての、てぇい!」

「お?ついに物理攻撃を仕掛けてきやがったか。まぁ、効かねえけどな」


「ぐぬぬ……何でこんなに堅いんだ……。クナイが欠けちゃったぞ……」



 無視していればどっかに行くかと思ったが、そうもいかないらしい。


 しっかし、何でまたこんな子供が、こんな所に居るんだ?

 ここは闘技場。

 擬似的とはいえ、殺し合いをする所だぞ?



「おいお前!私と勝負しろ!」

「それはさっきも聞いたな」


「さっきは無視したじゃないか!」

「あれは無視じゃねえ。見て見ぬふりだ!」


「同じだろ!このケダモノ野郎!」



 何だと!?このクノイチ幼女め!


 腰に両腕を当てて、謎のクノイチが俺の事を睨みつけてきている。

 その覇気は相当なもので、怒れる小動物的な怖さがある。

 ちなみに、小動物と言ったら、ハムスターとかフェレットとかがそれに当たる。

 間違ってもタヌキは小動物には含まれない。


 しっかし、いきなりケダモノ呼ばわりとか、まったくもって心当たりが無いんだが?

 こんな子が敵……って事も無いよな?


 確かブライアンの話じゃリリンよりも年下の女の子が敵だってことだが……。

 俺は、外見から察するに10歳に満たない年齢の少女へ探りを入れた。



「つーか、俺に何か用か?俺は今、大会中だから忙しいんだが?」

「そんなこと知ってるよ!というか、私も出場しているからな!」


「え。迷子じゃなかったのか!?」

「こんな所に迷い込むはず無いだろ!私をおちょくっているのか!?」


「そうだけど?」

「ハッキリ言いやがった!泣くぞ!あんまりいじめると泣いちゃうぞ!」



 なんだこの幼女、結構面白いんだけど。


 流石に迷子というのは無いにしても、敵じゃなさそうだな。

 一応、敵意的なものは感じるが、殺意って程でも無い。


 なんというか、昨日会ったメイドさんを100倍まろやかにしたような感じ。

 ……ん?そういえば、どことなく似ているような……?



「で、俺に何の用だ?サインでも欲しいのか?ん?」

「いらないよ!……じゃなくって、姉上に言われて、お前の弱点を探りに来たのだ。だから私と勝負しろ!」


「勝負?そんなもん、受けてやる道理はねえな」

「なんだと!?」


「勝負をする為にはな、ちゃんとした正式な手順があるんだぞ?」

「なに!?そうなのか!?」


「そうそう。まずは名前だな。大人はちゃんとフルネームで名乗るもんだから間違えるなよ?それと目的。隠し事をしないのが大人のマナーなんだぜ」

「私はクノイチだぞ?名前なんて名乗れるか!」


「じゃ、帰るんだな。そして姉上にしっかり叱られて来い」

「ぐぬぬ……約束だからな!ちゃんと名乗ったら勝負をしなくちゃダメだからな!」


「はいはい。分かったって」



 なんだこの子。チョロいんだけど!


 それにしても、姉上……ねぇ。

 俺の脳裏に、クール度100%メイドがチラつく。

 10億エドロとお菓子の詰め合わせを持ってきた、あの戦闘力が迸るメイドだ。


 俺の読みが正しければ……この子は……。



「いいか!一回しか言わないからな!しかも小声でしか言わないからな!」

「おう、大丈夫だ。耳は良い方だし」


「そうか。じゃあ言うぞ……私の名前は『ムツキ・サツキファイス』だ」



 ……やっぱりか。

 あのツンだけメイド、速攻で刺客を送って来やがった。


 ……俺が何をしたって言うんだよ!?

 握手を求めたのがそんなに嫌だったのか?バイキン扱いは流石に酷いだろ!


 俺に対する態度がもの凄く冷たかったし、言葉の端に殺意が見え隠れしていた。

 まるで、永き宿敵を見つけたかのような鋭い視線で、じっくり観察もされた気がする。


 どう考えても、ロクな事になって無い気がする。

 レジェリクエ女王に洗脳教育でもされたのかもしれない。



「で、ムツキちゃん……だよな?何しに来たんだ?」

「ちゃん付けはやめろ!……姉上に言われてお前の弱点を探りに来たのだ!くくく、クノイチの技で白状させてやるぞ」


「ちなみに、姉上って誰だ?」

「依頼主の事を口にするクノイチが居る訳ないだろ!馬鹿かお前!!」



 馬鹿じゃないよ。だってお前の依頼主、ツンだけメイドだって知ってるからな。

 でも、あえて黙っとく。その方が面白いだろうし。



「俺の弱点を言わされてしまうのか……それはやだなぁ」

「お前に逃れるすべは無い!おとなしくしろ!」


「っとそのまえに、ムツキは闘技大会に出てるんだよな?でも今は”剣”チームの筈だが、剣はどうしたんだ?」

「……クナイだって刃物だ!」


「いや、どう考えても無理があるだろ。その理屈で言えば、カミソリだって剣になるしな」

「それ受付に人にも言われたぞ。でも、忍術で誤魔化したから問題ない!」


「忍術?」

「そうだ。『忍術・金でどうにかする!』だ。札束で殴れば大抵の大人は言う事を聞いてくれるんだぞ!」


「それは忍術とは言わねぇ!どちらかと言えば、禁術に近い何かだ!」



 一体どんな教育をしてるんだよ、あのツンだけメイド。

 10歳未満の子供が大人を札束で黙らせるって、もの凄くダメな育ち方してるだろ。


 レジェンダリアは子供の教育に力を入れているとか言っていた気がするが、命の価値を金で管理しているとこんな事になるのか。

 所詮は大魔王様の所業ってことだ。レジェンダリア、恐るべし!



「そろそろいいか?ケダモノ野郎。ちゃんと弱点を見せてくれよ」

「いや、弱点は自分で探れよ!」


「なに!?さっきのは嘘だったのか!」

「嘘も何も、勝負を受けるとしか言って無い気がするんだが?」


「ぐぬぬ……私を怒らせたな!後悔しても知らないぞ!」



 後悔するビジョンがまったく浮かんでこないが、確かに面倒だとは思う。


 なにせ相手は子供だ。

 いくら俺が心無き魔人達の統括者であろうとも、こんな無垢な子供を切り捨てる事は出来ない。


 ある意味、その防御力は第九守護天使以上だ。

 倫理観というものは、時に、英雄ですら突破できない最強の防御となる!



「行くぞケダモノめ!《忍術・流星手裏剣りゅうせいしゅりけん!》」



 えっ!?

 なんだこれ、普通に魔法!


 ムツキは華麗にバックステップを踏むと、手と手を擦り合わせて星型の光を放ってきた。

 リリンの雷光槍を小さくして星の形にした様なもので、結構、煌びやか。


 ……いいのか?

 忍術とか言っておきながら、こんなに派手でカッコよくって本当に良いのか?

 暗闇で使ったら、間違いなく姿がバッチリ見えると思うんだが。


 どうでもいい事を考えていたせいで、ムツキの放った流星手裏剣は全て俺に直撃した。

 うん。リリンの愛ある教育に比べたらなんて事は無い。

 ……空を埋め尽くす50本の雷光槍に比べたら、お遊戯だぜ!



「なに、まったく効いていない……だと……」

「何かしたのか?ふ。痛くもかゆくもないぜ」


「ぐぬぬ……!なんと小癪な……」

「俺に傷を負わせたいのなら、大砲でも持ってくるんだな」



 とかいいながらも、一応警戒をして、第九守護天使を貼り直す。

 ムツキのレベルは、32971。

 さっきまで余裕で吹き飛ばしていた奴らと比べても高い方だったりするし、あのツンだけメイドが仕込みをしていないとも限らない。


 相手はレジェンダリアに名を連ねるもの。

 どんな風に俺の意表を突いてくるか分かったもんじゃないからな。



「大砲は持ってない……。でも、お前を攻略する最終兵器ならちゃんとある!」

「なんだと!?」


「くくく、忍びは情報に生きるものなのだ!お前の弱点なんか知りつくしているぞ!」



 俺の弱点知ってんのかよ!

 だったら何しにここに来たんだよ!?


 姉上は仕事できそうな雰囲気だったのに、こっちのクノイチ幼女はイマイチ抜けてる気がする。

 なんとなくリリンと相性が良さそうな気もするし、どちらかと言えば感覚タイプなのかもしれない。


 せっかくなので、話に乗ってやるか。



「くっ。俺の弱点を知っていたのか……。ちくしょう……」

「あぁ、しっているとも。この弱点を前にした瞬間、お前は私の魅力で逆らえなくなるって事もな!」


「……魅力?」

「見さらせ!《忍法・おいろけ房中術!》



 高らかに宣言して、ムツキは煙玉を地面に叩きつけた。

 そして、ごそごそと、布が擦れる音が響いてくる。


 ……その歳で房中術はヤバいだろッ!?

 あきらかに教育に失敗しているんだが!?

 おい、ツンだけメイド!潔癖症なら、もう少し真っ当な性教育をしとけよ!!


 あぁ、これも性に奔放なレジェンダリア国の弊害か。

 一瞬でも、子供たちの未来は明るいと思っていた俺が馬鹿だった。


 流石に、こんな大衆の面前で脱がれても困る。

 いざとなったら隠してやらなければならないし、ワルトに貰ったポーチから大きめのタオルを取り出しておく。

 よし、準備万端だ。


 やがて、もうもうと湧き立つ煙が薄くなってきた。

 ……そして、その中から一匹のタヌキが飛び出してきやがった。



「くくく、見ろ!タヌキパジャマだぞ!!どうだ、可愛いだろう!」

「………………あ”?」


「ひぃん!なに、え。ナニその怖い顔!」

「いや別に。で、房中術はどうしたんだ?」


「え。いやだから、タヌキ……」

「あ”?タヌキ?あぁ、そういうことか。うん。ぶっ殺されたいのか?」


「ひぃん!違う!聞いてたのと、違うぅ!!」

「おいムツキ、その情報、誰に聞いた?素直に答えろ」


「レジェリクエ女王陛……あ、ち、違う!女王陛下じゃなくって、えっと、その、知らない人!知らない人に聞いたの!」



 大魔王様の差し金か。

 どう考えても、オレで遊んでやがるな。

 悪辣聖女→大魔王様→クノイチ幼女のルートか。


 まぁいい。少しお仕置きが必要だな。



「さてと、お前は今タヌキなんだよな?知ってるか?タヌキを見たら全力で駆逐するってのは常識なんだぜ?」

「違う!私は人間だよ!タヌキじゃないよ!」


「……タヌキにかける慈悲はなぁぁぁぁぁい!《飛行脚フライトステップ!》」



 俺は魂の底から本気でバッファを唱えた。

 もともと使用していた瞬界加速に加え、飛行脚の併用。

 うちの大悪魔さんオススメの、お手軽最高速度セットだ。


 しかし、まだ俺の熱い感情は収まらない!

 さらにグラムの惑星重力制御を起動、身体の重心を的確に移動させ、人間の枠組みを超えた速度を引き出して駆ける。


 音速を簡単に置き去りにし、ソニックブームを従えながら、ムツキと俺、たったの3mの距離を詰め寄った。

 そして尽かさず、ムツキの顔の横にグラムをぶッ刺す。

 はらりと何本かの髪の毛が舞い、ムツキの顔が恐怖で引きつる。


 俺が狙ったのはタヌキ・フード。

 憎たらしい顔がプリントされたフードはグラムで突き破られ、無残に破壊。

 そのままグイッと上に持ち上げて、タヌキ・幼女を鹵獲した。


 俺は宙ぶらりんになったタヌキ・幼女をそのまま連れて、闘技石段の端に移動。

 何が起こったのか分からずに絶句しているタヌキ・幼女を、そのまま場外に捨てた。



「これでお前の負けだムツキ。これに懲りたら、その格好を俺に二度と見せるんじゃないぞ」

「ぐす。わがりまじだ……」



 擬似的とはいえ、今は殺し合いの試合の最中だ。

 だから、ある程度の恐怖を与えておかないと、今度は本当にトラウマじゃ済まない事になってしまうだろう。

 だからこれは、ツンだけメイドに変わって教育をしただけだ。


 とか言ってみたものの、ものすっごい罪悪感です、ごめんなさい!


 ちくしょうッ!!やっぱりタヌキって奴は、最悪の生き物だ!



「さて、気を取り直して、続きを……って、もう誰もいない?」



 周囲を見渡すと、残っているのは倒れた人影ばかりだった。

 立っているのは、俺と……もう一人だけ。


 奥の方から悠然と歩いてきたのは、褐色肌の気さくな青年。エルだ。



「やっぱり最後は兄ちゃんになったか。正直、そうなると思っていたで」

「そうなると思っていた。だって?さっきから適当な事ばかり言いやがって、お前が注目しろと言った冒険者な、グラムの風圧で場外まで吹っ飛んだぞ?どこら辺が強いんだよ!」


「ワイは結構ポジティブな性格してんねん。その上で言うけどな、どんな雑魚でも見るべきところはちゃんとある。そういったもんを見落とすと、エライ事になるって知ったほうがええで」

「忠告は受け取るぜ。で、言うに習って、お前を観察してみたが……さっきまでの奴らとお前、何もかもが違うよな?」


「それはどういった意味でっしゃろ?」

「お前……普通のランク3じゃねえだろ。俺と同じ、もしくはそれ以上の強者と見た。どうだ?」


「へぇ、目効きはバッチリって事かいな。そんじゃま、ワイの実力まで見抜けたか、ちょいと戦ってみると良いんちゃうか?」

「そうだな。そい言えば俺はまだ名乗ってすらなかったな。『ブラックドラゴンスレイヤー』……いや、ユニクルフィンだ」


「そうやな。それじゃワイも……っていきたいとこやけど、それは兄ちゃんが勝ったらってことにしとくわ。それじゃ、行くで!」

「おう、来い!!」




 ***********



「うわぁ。子供相手に本気でバッファをかけるとか……。この僕、聖女ワルトナちゃんですら、ちょっと引いたよ」



 リリンサ達から遠く離れた観客席で、ワルトナがポツリと呟いた。

 そして、その声に反応して、認識阻害の仮面が付いてる黒銀の髪がピコピコと揺れる。


 売店で買って貰ったジュースから口を放したセフィナは、そのまま思った感想を口に出した。



「ユニクルフィンさんって、思ってたよりも強いですよね?レベル1万の動きじゃないです」

「あぁ、どう見ても違うね。ブライアンも敗北したというし、その強さは本物だろう。もっとも、剣士としてはだけどね」


「うん。バッファは使ってたみたいですけど、攻撃魔法が使えないんじゃ、私の敵じゃないです!」

「そうさ。星魔法は万能の魔法。英知を極めた大魔導師ですら使いこなすのが難しい魔法を、キミは使える。ユニクルフィンには無いアドバンテージを生かせば、勝利は難しくないよ」


「そうですね!頑張りま……ひゃあああああん!」

「……奇声なんか上げてどうしたんだい?アホの子具合が進化したのかい?」



 びっくう!っと身構えながらも、ワルトナはしっかりとツッコミを入れた。


 これは、長年『リンサベル』に関わってきたが故の条件反射だ。

 もはやツッコミを入れるのが当り前であるが故に、意識せず行うルーティーン。

 あれ?いつからこんな事に?と思いながらも、ワルトナはこの関係を楽しんでいる。



「で、どうしたんだい?何も無いってことはないだろう?」

「今、私の足を、何かがペロッって舐めたの!ペロッて!!」


「キミの足を舐めたって美味しくないだろうに……。いや、待てよ?食いしん坊だから旨みが凝視している可能性が微妙にあるかな……」

「ひゃああん、また!なになに?何がいるの!?」


「あぁ、こういった所には猫が住み着くんだよ。ほら、餌が貰えるからね」



 やれやれと露骨に肩をすくめ、ワルトナは空間をまさぐり始めた。

 そう言えばリリンと別れてから動物を愛でていないと思い、何か餌になる様なものがなかったかと探しているのだ。


 そして、無添加クッキーでいいかと箱を取りだし、ワルトナは猫の登場を待ち構えた。

 座席の下を覗き込んで捕獲を試みているセフィナが成功すれば、冥王竜がらみで疲れた人生の癒しになると思ったからだ。


 そして、セフィナは無事に捕獲に成功し、座席の下から凶悪な小動物を抱えあげた。



「ほら、見てワルトナさん、タヌキさんだったよ!」

「……………………………………………………………………………………………………………………しかも、タヌキ帝王………だと………。」



 捕獲され真顔なタヌキの額には、桜色の☆マークが輝いていた。


 それを見たワルトナは絶句し、やっとの思いで事実確認を呟いた後、再び絶句。

 延々と続く沈黙の最中、セフィナはタヌキ帝王を膝に乗せ、じゃれ合い始めた。


 ワルトナはその光景を見て正気を取り戻すと、無言でクッキーをしまってから、恐る恐るセフィナとタヌキ帝王へ視線を向ける。



「……いいかい、セフィナ。そのタヌキは危険だから、今すぐに捨ててくるんだ。いいね」

「そうなの?んー。ん?あれ、もしかしてこの子。……そうなの?」


「いいかい、タヌキ帝王って言うのは、伝説の化けも……」

「大丈夫だよ!ワルトナさん!!」


「何が大丈夫なんだい?そいつは危険なんだよ。レベルを見てごらん。ほら、99999だろ」

「でも大丈夫!だってこの子、私のお友達のタヌキさんだもん!」


「……………………………は?言っている意味が良く分からないんだが?」

「あのね、この子ね、私のお家の屋根裏に住んでた子なの。おねーちゃんが学校に行って、ママがお仕事に行っている間、私とずっと遊んでた子なの!ねー、ゴモラ!」

「ヴィギルーーン!」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………何だって?」



 ワルトナは、酷く、それはもう酷く困惑した。


 何がどうなっているんだ……?

 え?だってタヌキ帝王だよ?

 しかもそいつは、ソドムと対を成す生きる伝説、ゴモラだって?

 何を馬鹿な……。


 そして、思考をここまで進めたワルトナは、ふと、思い出してしまった。

 かの英雄達の身に起こった、回避不能な大厄災。

 恐るべき魔獣と死闘を演じたという、信じがたい事実を。



 待て待て待て!?落ち着け僕の脳細胞!

 まずは空気を取り込め。よし、いいぞ、なら次は考察のお時間だ!


 で、ゴモラってのは死んだって話じゃなかったのかい?

 ユルドルード様がグラムで致命傷を与えて、それにブチギレたソドムの逆襲にあって、逃げ出して……え。生きてるのかよ!?ゴモラ!!


 んで、その後、何がどうなったかのか知らないけど、アプリコット様の自宅に住みついていた?

 ……え。それって、どうなの?いいの!?

 人類史上最強の魔導師と言われたアプリコット様の自宅にタヌキだよ!?いいの!?


 というか、これってどう考えても、タヌキに監視されてるよね!?

 いいの!?人類最強の魔導師の自宅、タヌキに監視されてたみたいだけど、いいの!?!?



 ワルトナは、必死になって思考を巡らせた。

 それは、フランベルジュ国とその周辺を手に入れた時よりも、深い思考だった。


 しかし、答えが見つからず、ワルトナは更なる情報を得ようとセフィナに向き直った。

 セフィナの膝の上のタヌキ帝王は見ないようにしながら。



「……セフィナ。そのタヌキとの思い出を語ってくれるかい?」


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