第28話「バトルロイヤル②ランク3の冒険者」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
開始の合図と共に、闘技石段上の剣士たちが一斉に雄叫びをあげた。
口々に思いを吐き出し、その勢いのまま、最も近い敵へ目がけて走り込んでゆく。
「うらぁあああああ!!」
「ぬふぅぅぅぅぅん!!」
刹那、甲高い金属音が無数に鳴り響いた。
筋肉を膨張させ、それぞれが助走を付けて行った突撃は、迸る熱気を俺の所まで届かせてしまう程に激しい。
たったの一瞬で十数度の金属音が繰り返され、もう既に、何名かの剣士が地に膝を付けてしまった。
それらの剣士は、一太刀の攻防で散った力無き未熟者。
それぞれが信じられないと言わんばかりに目を見開き、断裂した体を視線で追った後、ギョロリと瞳を暗転させてから崩れ落ちてゆく。
ドサリと効果音を残して、戦者は敗者となり、死者となって、そして……。何者でもないタダの背景となった。
物言わぬ死体となった彼らに用が有る者はおらず、勝者は再び、己が敵を見据えて駆け出すのだ。
……なんて、カッコつけた実況をしてみたものの、ちょっと言いたい事がある。
お前ら、バッファの魔法はどうしたッ!?!?
『さぁさぁ!切って落とされた戦いの幕は、速攻で何人かの戦者を道連れにしました!!沈んでいったのは、レベルが二万に満たない新人冒険者ばかり。バトルロイヤル形式恒例の、新人狩りの時間だぜ、ひゃはぁああああああ!』
あ、解説の人まで、荒ぶっている。
ついさっき「新人には頑張って欲しい」とかぬかしておきながら、新人狩りが楽しくてしょうがないといった様子。
つーか、野次を飛ばしまくってるんだけど。
なにが、『これは仕方が無い事です!新人っていうのは、勝てないから新人と呼ばれるのです!』だ。
その理論で言うと、新人冒険者一人残らず、タヌキに敗北してトラウマを生み出すじゃねえか!
さて、じっくり観察してみたが、バッファを唱えている人なんて殆どいない。
各々が力任せに武器を振り、まさしく剣一本で戦っているわけだが……。
ハッキリ言おう。
こんな低レベルでいいのか?
エルの言っていた投入組の妨害をするには、必要最低限、壇上から攻撃する手段がないと話にならないはず。
見た感じ、そんな使い手は見当たらないぞ?
『お~~~と!ここで闘技石段右半分の戦況が、大きく崩れたぁ!初期組の中に紛れていた、前回優勝者『ブルタウラス』、バカデカイ大剣で、5人を纏めて場外に叩き落としたぞ!』
右側では、馬鹿デカイ身長の大男が剣を振りまわしている。
俺が見ている間にも、斧のように剣先が広がった剣で、横薙ぎに冒険者を切り捨てた。
へぇ。人を一撃で真っ二つにするのか。
凄まじい筋力のなせる技だな。
……で、バッファは?魔法は?
『今度は左側!過去2度の優勝を経験している、『バルディッシュ』。音速のレイピア裁きで敵を寄せ付けない!周囲の戦者は成す術が無いぞ!』
左側に居たのは、タキシードを着た壮年の男。
ノーマルタヌキ以上、ゲロ鳥未満なスピードで、細身の剣で的確に人間の急所を突いている。
相対していた敵は、目、喉、心臓の三連突きであっけなく沈んだ。
……それで、バッファは?魔法は?
……あれ?何かがおかしい。
何で誰一人として、バッファを使おうとしないんだ?
使っている余裕が無い……という訳じゃなさそう。
出し惜しみする意味が何かあるのか?
疲労する前にさっさとバッファを使って、体力の温存をした方が良いと思うんだが?
『ここで、あまり見かけない顔の戦者が、呪文を唱え始めた!』
お?ついに第一バッファ民を発見。
如何にもぱっとしない風貌だが、案外こういう感じの奴の方が強かったりするもんだ。
レベルは……18401。
レベルだけで言えば、俺よりも格上だ。
『いいぞ!敵の攻撃を、かわし……かわし……かわして、今、呪文が終わるぅ!よし来た!『地翔足』だ!これで勝てるッ!!」
……やっと使ったと思ったら、地翔足かよ。
もっと他に無かったのか?
今時、タヌキですら空を飛ぶぞ。
『ここで、地翔足を使用した冒険者の情報が入って来ました!えーなになに?使用したのは『ファイナル・スダーダスト』と呼ばれる冒険者だそうです!期待が高まり……あっーー!後ろからバルディッシュに襲われて憤死!ファイナルスターダスト、ゴミ屑のように死んでいきました!』
……。
じゃあな、ファイナルスターダスト。
お星さまとなって、俺を応援していてくれ。
ここまで見て、俺は真理を悟った。
どうやら普通の前衛職は、魔法を使えないらしい。
確かに、剣捌きは見えるべき所が有るように感じる。
ただ、それだけだ。防御魔法どころか、バッファの魔法ですら使用する者は皆無で、大体が剣一本で敵を切り殺す事に専念している。
なんというか……。ランク3の冒険者って、こんなもんなのか?
確か新人冒険者試験の時に出会ったハンズさんですら、一度にバッファの魔法を何種類か使っていたぞ?
「なんなんだ……?明らかに弱すぎるだろ……?」
「いや、ランク3の冒険者なんて、こんなもんやろ。森に一人で残してみぃ、タヌキに食い散らかされるで!」
「うおぅ!?何さりげなく俺の横に居るんだよ!?エル!」
「兄ちゃんが構ってちゃんオーラを出すから、もう一回でてきたんやで」
「さっき意味深に消えたんだから、出てくるんじゃねえよ!」
「商人に恥も外聞もあらへんて。機会あらばどこでも現れるでホンマ!」
「まるでタヌキみたいな奴だな……」
「お褒めの言葉として、受け取っときますん」
なんとなく呟いた独り言に、再び返答が帰ってきた。
そこに居たのは、さっきまでどこを探してもいなかったエルだった。
当たり前に腕を組みながら立っている上に、ジュース入りの紙コップまで持っていやがる。
さっきは持っていなかっただろ。どっから出しやがった?
「いきなり出てくるし、ジュース持ってるし……。なぁ、お前ほんと何者?」
「そんな事より、ほら、あいつには注目した方が良いで、中央左側の大男、アイツはしっかりとバッファを使ってるし、持っている武器も一流や」
「ん?どれだ?あの、青い服の男か?」
「そうや。あれは現状で一番強いで。もっとも、次の投入までの……お、時間や」
『だいぶ少なくなってきたけど、ここで、一回目の投入のお時間だぁ!さぁいけ野郎ども!お前らは良い子じゃないから、一列に並ばなくて良いんだぜ!!』
闘技石段の上に居るのが半数になったぐらいで、一回目の投入時間となった。
俺達の隣に居たグループが一斉に剣を前に突き出し、闘技石段へ怒濤のごとく押し寄せて行く。
それに相対するのは、登壇済みの戦者。
その瞬間に戦っていなかった戦者は、素早く投入組が来る方に視線を向け、腰に付けていたポーチから何かを取り出し……あれは、石!
「来るぞ!登らせるな!石を投げろォォォオ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
「石が来る前に登りきるぞ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
「……なんだこれ。石って」
「まぎれもなく、石やなぁ。知っとるか?あの石な、岩石地帯に行って、わざわざ拾ってくるんやで。ごっつい感じの奴を」
おい。今時、タヌキだって、もっとマシなモン持ってるぞ。
俺の所によく現れる奴なんか、漆黒のガントレットを持ってやがるからな。
それなのに、人間であるお前らの敵を迎え撃つ手段が投石攻撃って。魔法を使えよ。
つーか、おい、エル!
聞いてた話とだいぶ違うぞ!?
「なぁ、壇上に登っている奴は、バッファを使いまくってて、魔法で狙撃してくるんじゃなかったのかよ?」
「まったくおらん訳じゃないで?今壇上に居る中で、3人も攻撃魔法を唱えている最中や」
「魔法を唱えている最中って……呪文の破棄をなぜしない?」
「しないんやなくて、できないんや。可哀そうだからツッコミは勘弁してあげて」
「これは、言ったらいけないのかもしれないんだが……。レベルが低すぎるだろ!」
「もう一度言うけどな、前衛職なんてこんなもんやで。普通、魔法の才能が有るやつは魔導師目指すやろ。そういうのができひん奴が前衛をやるんやから、大体こんなもんや」
……そうだったのか……。
思い出してみれば、トーガは確かに、魔法を使って無かった気がする。
上手く手甲の技能を使い分け、身体能力のみで立ちまわっていたが、バッファの魔法とかはシシトがやっていた。
そして、シュウクは魔法を使っていた……が、もの凄くドヤ顔だったよな。
「これこそ、究極のバッファです!」なんて言いながら瞬界加速を使い、リリンにボコられていたっけなぁ……。
つまり、これこそが、現実で、平均値で、一流。
俺を襲った数々の悪夢は、文字通りの夢物語で、どちらかといえばファンタジーに分類されるものだと、今更、気が付いたのだ。
ははは。はーはっはっはっ。
こんちくしょうめ!!
「なんだよそれ!そんなんだったら、トーナメント方式に出た方が良かったじゃねえか!!」
「今更やな。ま、まったく弱過ぎて話にならんって事も無いで。さっき投入された奴らには、チラチラ強いのが混じってるからいいんちゃう?」
「そうなのか?見た感じ、どれも一緒ぐらいに見えるんだが……」
「ほら、あのクノイチは育ちが良さそうやで。さて……」
『乱戦が激しいですが、ここでさらに投下のお時間!さあさぁ第2軍、行っちゃってください!』
俺が受け入れがたい現実に直面している間に、時間が来てしまったらしい。
ヤジリさんが声高らかに宣言した瞬間、俺達の足元に魔法陣が出現。
そして、体の中をビリリとした電気が走り抜け、フワリとした浮遊感に包まれた。
その瞬間、目の前がチカチカと点滅を繰り返す。
まるで意図的に瞬きをしたように、黒と視界が交互に目に映る。
気が付いた時には、その不思議な感覚はどこかへ消えていた。
その代わりに出てきたのは、体が新しくなったという、直感。
どうやら俺の体は未知の物質に置き換わり、元の体は別の次元に幽閉されたようだ。
未知の経験にたじろいでいると、俺の横並びにいた参加者が、競うように走りだし始めた。
それぞれがまっすぐ進むのではなく、時折進路を左右させて、妨害されないように登壇を目指す。
あ、やべっ。完全に出遅れた。
「ち!置いて行かれてたまるか!!」
「そうやな。それじゃ、健闘を祈っとるで!」
後ろから声が聞こえたはずなのに、気が付いたらエルは俺の前に居た。
その勢いは凄まじく、瞬く間に先陣へ辿り着くと、くるりと反転して手当たり次第に足を引っ掛けて行く。
流れるように20人を転倒させたエルは、満足げに笑みを浮かべると、さっさと闘技石段へ辿り着き、登って行ってしまった。
それに引き換え、団子状態で大転倒をしている冒険者共。
お前ら、身体能力が自慢なんだろ!?普通に足掛けなんか喰らってんじゃねえよ!
俺はこけた衝撃で膝を痛めたらしい冒険者を無視して走り抜けつつ、グラムの重力操作を起動。
重心移動を強化して、音速に近いスピードで走る。
軽く体が温まってきた所で、第九守護天使と瞬界加速を掛けてから、闘技石段へ飛び乗った。
「エルのあの動きが、普通……だよな?たまたま弱い冒険者だけ目に付いているってことで……」
「おいお前。死ねやああ!」
困惑しながら登壇した俺に向かって、ミドルソードを持ったおっさんが駆け寄ってきた。
走って来た勢いを殺すこと無く、俺の脳天目掛けて剣を振り降ろす。……が、ものすごーく動きが遅く見えたので、難なく回避。
余裕があるから、会話まで出来るぜ!
「……俺のパートナーに言わせると、奇襲を仕掛けたのに声を上げるのは、落第点だそうだ」
「んだとぅ。俺様に偉そうに指図するとは、さては新人だな?」
いや、誰だよ。マジで知りません。どちら様ですか?
色んな意味で年期の入ったふてぶてしい態度が、俺を見て笑っている。
おっさんだし、もしかしたら強いのかもしれない。一応レベルが30000はあるし。
だが、持っている剣がショボイ。なにせ、刃こぼれしているのだ。
普段からリリンの使う超一流な装備を見ている俺からすると、こんな装備で大丈夫か?と本気で心配したくなる酷さ。
あまりにも目に余るので、ちょっと優しく声をかけてみる。
「確かに俺は新人だ。が、おっさんは新人じゃなさそうだな。色々とくたびれているぜ?」
「うるせぇ!冒険者は腕さえよけりゃどうにでもなんだよ!うおら!」
そう言って繰り出される、唯の上段斬り。
うん。第九守護天使あるし、別に防がなくて良いかな。
俺は棒立ちのまま、ボー。とおっさんの動きを眺めた。
程なくして、おっさんの剣が俺の頭に届く。
ガッキィィィィィィィィン!
「ぐああああ!?何だこの堅さは!?お前の頭はどうなってやがる!?」
「いや、防御魔法を張っただけだが……」
「防御魔法だとっ!?ありえん!お前は剣士じゃねえのか!」
「剣士だけど」
「剣士は防御魔法なんざ使えねえだろ!こうなったら、俺の『怒濤100連撃』をくらえ!……いち!にぃ!」
「……100回も待ってられるかぁぁぁ!《重力破壊刃!》」
「ぐああああああ!」
『おおっと!?これは予想外の事が起こりました! 5回もの優勝経験を持つ『ドン・ウオーリャ―』が、まさかの一撃で絶死!波乱が波乱を呼ぶぅぅぅぅぅ!』
……え?
いやまさかな、さっきのおっさんが、『5回もの優勝経験を持つドン・ウオーリャ』なはずが無い。だって、凄く弱かった。
今のは偶然にも、倒れるタイミングが重なってしまったのだろう。
だから唯の新人だ。おっさんだけど、社会の荒波に疲れて冒険者を目指した中年新人冒険者のはずだ。
『ドン・ウオーリャを下したのは、まさかの新人!私イチオシの新人冒険者『ブラックドラゴンスレイヤー』です!きゃーかっこいい!!』
……そうか。さっきのは5回もの優勝経験を持つドン・ウオーリャだったのか。
ちょっと、弱過ぎない!?
熊を狩る程度の軽い感じで斬ったら、あっけなく真っ二つになってしまったんだが!?
擬似的とはいえ初めて人を殺めたんだし、もっとこう、カタルシス的な感情があってもいいはずなんだよ!
なんだよ今の!
攻撃というか、ツッコミの延長線だったんだけど!?
俺は改めて、周囲を見渡した。
どこもかしこも、額に大粒の汗を浮かべて苦悶の表情で激戦を繰り広げている。
……ぱっと見激しい戦い。でも、隙だらけ。
ほら、エルの奴が後から短剣で一刺し。二人同時にぶっ殺した。
二人は、ぽかーん。とした顔を最後に見せて、ピクリとも動かない。
……え。えっ?
「ボッケっとしてんじゃねえよ、新じ、ぎゃあああああああ!」
襲われたので、先手を打ってみた。
え?やっぱり一撃だったんだが。
今度のはグラムの機能を使わないで、筋力だけの上段切りだったんだが?
ここで唐突に、昔リリンが言っていた事を思い出した。
盗賊30人に襲われた時、リリンは「対人戦に置いて、相手を殺さないのはことさら難しい」と言っていた。
他にも、剣に防御魔法をかけてワザと切れ味を悪くしてから戦ったりもしたな。
……。
そう、なんだな。
ここには、俺の求める強い人物なんて居ない。
いるのは、唯のカカシばかりで、ぶっちゃけて言えば雑魚ばかりだ。
そうか。そうか。そうか。……もういいや。
「……冒険者狩りの時間だぜ!ひゃはああああああ!」
そう、何を隠そう、俺はかの有名な大悪党・心無き魔人達の統括者。
たった百人の冒険者を狩りつくすなんてのは、朝飯前だ!
俺はグラムを唸らせ、惑星重力操作を起動。グラムの剣速が最大になるように調整し、ありったけの想いをこめて……周囲を、蹂躙した。
「この雑魚共がぁぁぁ!!!! そこらで、ブチ転がっていて欲しい!!」
何となくリリン風なかけ声と共に、闘技石段の上を激しく駆け巡る。
人と人の荒波を掻い潜り、すれ違いざまに、グラムで容赦なく叩き斬る。
四肢不満足になった冒険者は、グラムの剣圧に耐えきれず吹き飛ばされ、一人残らず場外へ消えた。
手数を重視するリリンよろしく、俺も戦場を破壊する竜巻となって、ひたすら暴走。
こんな雑魚に用は無い。慈悲も無い!
『これはすさまじぃ事が起こっております!ブラックドラゴンスレイヤーが暴れまくる!周囲の冒険者が、まさに、まさに!抗えぬ天災に見舞われた被災者のように、ただ、立ちつくすばかりだぁぁ!』
「お、おい!やべえぞ!!」
「ちい。皆でかかるぞ!一時休戦だ!」
「お、おう!行くぞ!!」
「どんだけ束になっても、お前らじゃタヌキ以下なんだよ、このボンクラ共がぁああ!」
「「「ぎゃあああああああああ!!」」」
纏めて十人ぐらい俺に向かって来たが、まったく障害にならない。
それどころか、グラムが直接触れる前に吹き飛ばされた奴すらいるし、エルが注目しろと言った冒険者も同様に吹き飛んだ。
あぁ、なんと嘆かわしい。
お前ら全員、うちの大悪魔さんに教育して貰えよ。
いろいろ変わるぜ。価値観とか人生とか。
一体、どれくらい経っただろうか。
何回かの追加が来たが、それでも、俺の脅威になる奴はいなかった。
ここで一度グラムを休め、まばらになった周囲を見渡す。
残っているのは10人に満たない少数。
さて、後一回暴れたらお終いになりそうだな。
俺はグラムを構え直そうとして、ぞくりと背中に悪寒が走った。
これは……俺の待ち望んだ感覚だ。
ついに、俺の敵になりそうな奴が現れた!
やった!!俺がここに来たのは、無駄じゃなかった!ん……だ?
「おい、お前!私と勝負しろ!」
「……はい?」
俺の背後に立っていたのは、黒い髪のポニーテールが可愛らしい小さなクノイチだった。
そんな小さな外敵が、鋭い目をぎらつかせ、俺を見上げている。




