第24話「神形闘技場」
「これが拳闘大会の会場か……なんというか、でかいな」
「うん。この建物はとても歴史が有るらしい。ワルトナの話によると、数千年前から存在しているとか言ってた」
うはー。なにそれすごい。
俺の目の前にあるのは、精密な彫刻が立ち並ぶ垂直の壁。
その壁がぐるりと円形に連なり、お椀のような構造となっているらしいが、地上に立つ俺では全容が掴めない。
確かにこれは、リリンの言うとおり昨日のうちに来なくて良かったと思う。
キングゲロ鳥を出荷した後、この後の予定をリリンと相談。
もともと会う予定だったメナフさんが居るのなら話は早いということで、せっかくだし拳闘大会に参加しようという事になったんだが……。
「ユニク。拳闘大会の会場は大きすぎて今からじゃ回りきれない。大会も明日だし、朝早めに行って観光しよう」
となった。
そして今、リリンのその言葉が正しかったという事を知る。
呆然と見上げる俺の服の裾を引き、リリンは空を指差した。
「ここからだと見づらいし、飛行脚で空から見下ろしてくると良い。とてもいい眺めだと思う」
「なるほど、その手があったか。ちょっと行ってくるぜ!」
「行ってらっしゃい。私は朝ごはんの調達をしておく。屋台巡りはとても楽しい」
俺はリリンに促され、飛行脚で空を踏む。
上空まで一直線に駆け上がると、拳闘場の全貌が見えた。
お椀状と聞いていたが、正確には正六角形なんだな。
驚く事に、内側にも壁がいくつもあって、大きな魔法陣のような複雑な構造をしている。
その中で人が蠢き、まるで魔力を注いだ魔法陣のような印象を受けた。
これが、数千年の歴史を刻んできた建築物か。
材質は石のようだが、何の石なのかがさっぱり分からない。が、何となく高級そうな感じ。
全体的に重厚な印象を受けながらも、古臭さを感じない不思議なデザインだ。
そこそこ景色を堪能した後、リリンの元に戻るべく、俺は視線を巡らせた。
「さて……。リリンはどこだっと。……ん?」
……。
おい、クソタヌキとアホタヌキ。
当たり前に町の中に侵入してるんじゃねぇよ。自分のレベルを考えて行動しろ。
で、何か食ってるな……。
なに!?チョコバナナだとッ!?
どこで手に入れやがった?そうか、屋台を襲撃しやがったのか!
はぁ。不吉なもんを見たし、やる気もそがれた。
これは凶兆だ。なにせこれから人生初の拳闘大会に出場する訳だし、こんなビミョーな気持ちじゃいけな……は?
俺の視界に、あり得ないモノが映った。
それは、間違うこと無き、恐ろしき魔獣。
3匹目のタヌキだった。
……3匹目がいるとか、聞いてないんだけど!?
驚愕で固まる俺を放置し、謎のタヌキは、チョコバナナに群がるクソタヌキ達へ歩み寄り一緒にバナナを喰い始めた。
大きさはクソタヌキと同じくらいで、体長50cm。アホタヌキと比べると半分くらいしかない。
まぁ、それはいい。……問題は……。
謎のタヌキの額には、輝く桜白の星マークがある事だ。
なんということだ……。
2匹目の、タヌキ帝王……だと……。
これは、凶兆なんて生易しい物じゃない。
黙示録だ。世界の終りに違いない。
俺は心の中で、「チョコレートで腹痛を起こせ、クソタヌキ!」と念じると、リリンに助けを求めるべく屋台村へ走った。
**********
「リリンッ!!」
「もふふ?」
こっちもチョコバナナ!?
じゃなくって、それどころじゃないんだよ!!
「リリン!ヤバい、タヌキ帝王が居たんだ。2匹も!!」
「もぐもぐもぐ……。知ってる」
「あぁ、そうだよな。早く対策を取らな……え?知ってる?」
「うん。さっき会ったから」
「は?さっき会った?どこでだよ!?」
「そのお店のとこ」
リリンが指差したのは、一軒の屋台だった。
やたら人が居るけど、何の店だ?
お?のぼりが出てるな。どれどれ……
『カラフルチョコバナナ』
・特上チョコをたっぷり掛けてバナナと合体!
じゃんけんに勝ったら、勝っただけオマケ致します!!
…………。
「なぁ、リリン。一つ聞いても良いか」
「なに?」
「タヌキにバナナ、あげてないよな?」
「あげたけど?」
「………。」
「………。」
「何であげたんだよッ!?」
なに平均的な顔で恐ろしい事してんだよッ!?
アイツは、タヌキ帝王だぞ!?
名目上は冥王竜と同格だが、たぶんその実力は圧倒的に隔絶しているような気がする、クソタヌキだぞ!?
それが2匹もいるんだぞ!?!?
餌付けしてる場合じゃないだろ!
「リリン、なんでバナナなんて食わせたんだ?どう考えても、魔法を喰らわせる場合だろ!」
「ん。ユニクは、キング鳶色鳥を投げ寄越したのは、タヌキ帝王だって言ってたはず」
「……言った様な気もするな」
「それに、キング鳶色鳥を追い詰めたのも、タヌキ将軍。だとすると、あのタヌキ達にも恩賞はあってしかるべきと判断した」
なんだその、大悪魔らしからぬ律儀さは!?
そういうのは人間相手に向けてくれよ!
タヌキに向けるのは、魔王シリーズの方が良いと思うぜ!
「タヌキに恩賞とか……。いや、問題はそこじゃないな。リリン、タヌキ帝王が2匹だぞ?2匹!町の中に居るのは問題だろ」
「確かに、レベル99999の生物なんて町の中に現れたら、阿鼻叫喚となり、大災害に認定される」
「だったら、バナナはおかしいだろ!」
「一応の事実確認はしている。タヌキに『何しに来たの?観光?』と聞いたら頷いたので別にいいかなと」
いや、その確認方法は間違ってるだろ!?
心無い大悪魔さんに、「あなたは何しにこの町に来たんですか?観光?」と聞くようなもんだ。
その場合、白い大悪魔が「そうそう、観光だねぇ。下見ともいうけど」とか薄ら笑みを浮かべながら答えてくれるはずだ。
「なぁ、あのタヌキをどうにかしなくていいのか?まぁ、出来る気がしないけども」
「いつもの2匹は悪いことしそうにないし、3匹目は……たぶん大丈夫」
リリンは平均的な表情ながらも、自信たっぷりに言い切った。
確かに、いつものタヌキ共は食い意地が張っているだけだし、バナナを与えておけば大人しいだろう。
だが、3匹目は何を根拠に言っているんだ?
その後、屋台を巡りながらちょこちょこ聞いてみたが、謎のタヌキに関する事は何も分からなかった。
結局タヌキも見つからないし、俺は見なかった事にした。
**********
「それで、拳闘大会に出るって言っても、どうしたらいいんだ?」
「受付で登録して、参加費を支払う。けど、それはとりあえず置いておいて、この拳闘場……正式名称は『神形闘技場』の説明からしたいと思う」
「神形闘技場?」
いきなり凄そうな名前になったな。
リリンは地面に小枝で文字を書き、この闘技場の名前を教えてくれる。
神形闘技場。
文字通り、名前に”神”の名を冠している。
確か、この世界では神と名のつくものは特別であり、神に直接関係あるものしか名乗れないって昔話で言ってたよな?
「ということは、この建物は神に関係するということか?」
「そう。この施設は、神がその手で作った施設なのだと、ワルトナが言っていた。これは不安定機構・深部の歴史書に書かれている事であり、間違いようのない史実」
「そうなのか……。それで、何のために作ったんだ?」
「神が選んだ人を閉じ込めて、最後の一人になるまで戦わせたとか」
「迷惑すぎるだろ!」
ゴッデス・バトロイヤ……って、勝ち残り戦って事か!
つーか、それを神がやらせるって、どんだけ暇なんだよ!?
「それは、どうなんだ?歴史的に凄い戦いだったりするのか?」
「ん。第一回は全世界の国王を集めて戦わせたらしい。国王なんてのは基本的に頭脳職だし、腕っ節は強くない。なので、ある意味で白熱した争いだったらしい」
「趣味が良すぎるぜ、神!」
人の上に立ち、自ら戦う事をしない王様を戦わせるって、なかなかにいい趣味をしていらっしゃる。
国王は、当然、自分の国を大きくするために他の国王と交渉や会談、時には自分の兵を使って戦争をしたりもする。
つまり、なんだかんだ、他の国王に対して思う事が有るのだ。
あの時はよくも……!とか。
娘の体を好き放題しやがって……!とか。
お前の国の特産物、俺はすげえ嫌いなんだよ、送ってくんな……!とか、思っているに違いない。
そんな人物同士で生死をかけて争わせるとか、なにそれ、ちょっと見てみたいんだけど。
特に能力値が同レベルというのなら、なおの事だ。
もし、今そんな事をしようものなら、大魔王な女王様が無双するに決まっているからな。
「ユニク、本題はここから。この施設は神の力によって建造された。そして、一つの魔道具であるとされている」
「魔道具?」
「そう。この闘技場内の戦闘区域で戦った場合、ありとあらゆる怪我を受ける事が無い」
……怪我を受けない?
言わんとしている事は分かるが、それだと、決着がつかないような気がするんだが?
最後の一人になるまで戦わせたという以上、殺し合いをしたという事だろう。
怪我を負わないというのは、致命傷以外は無効ということか、それとも……。
「怪我を負わないってのは、どういうことだ?」
「戦闘を行った者は肉体的損傷を受けないという事。厳密に言うなら、戦闘が開始された瞬間に肉体が『仮想物質』へと置き換わり、本来の体は別の次元に収納される」
「すまん。もう少し詳しく頼む」
「この闘技場内で戦う意思を表した場合、神の力によって未知の物質で出来た肉体のコピーが作成される。そして、本来の体は魔法で出来た別次元へと収納され、意識は未知の物質で出来た『仮想肉体』へと移る」
「……つまり、闘技場内で戦うと思った段階で、体が違う物質に置き換わるという事でいいのか?」
「そう。そして、戦意が消失した瞬間に元の肉体に戻る。つまり、戦闘が終了するか、仮想肉体が激しく損壊した段階で元の肉体に戻るということ」
「それは、安全に戦う事が出来るという事だよな?」
「安全面で言うならそう。一応の注意点として、経験値は全く入らない。けど、記憶は残る」
そうか。それは凄い事だ。
なにせ、戦っても死なないという事は、無限に思考錯誤を繰り返す事が出来るということ。
この施設をうまく使えば、あらゆる戦術を試す事が出来るし、相手に怪我を負わせてしまう事も無い。
だとすると、神は、この闘技場を使って色んな人間を繰り返し戦わせたのだろう。
例えば、最初は国王同士で。
その次は、勝ち残った国王と普通の冒険者で。
その後は、国王と暗殺者とか、国王とペットのドラゴンとか。
変わったところでは、国王と、王妃と、国王の不倫相手とか?
ぱっと思いつくだけで、もの凄いバリエーションが出来る。
しかも、登場人物は使い捨てでは無い。
神が、「あ、コイツ、面白い!」と思った瞬間、地獄の連戦がスタートするわけだな。
ホント、良い性格してやがるぜ!
「リリン、この闘技場の凄さと恐ろしさは十分に分かった。これなら、心おきなく戦えるってもんだ」
「確かにそう。でも、拳闘大会で勝利を得るのには、擬似的にではあるけど相手を殺すほうが手っ取り早い。一応、相手を叩きのめして戦意を削げばそれでお終いになるけど、死なないと分かっている以上、そう簡単に負けを認めてくれないから」
「相手を殺すまで終わらない……か」
「それは、普通の人間には無理な事。一般人では、最後の最後で心理的なブレーキが掛るとカミナも言っている。だから……」
「だから?」
「この拳闘大会に出るのは、覚悟が必要という事。『殺す覚悟』と『殺される覚悟』。どちらともが必要であり、それを手に入れてしまうともう元には戻れない。それでも、ユニクは拳闘大会に出たいと思う?」
リリンは、いつもよりも真摯な平均的表情で、俺を真っ直ぐ見据えた。
俺に、人を殺す覚悟があるのかと問いたいのだろう。
人を殺す覚悟か……。それは……。
「大丈夫だ、リリン。俺は見知らぬ他人より、良く知る知人を守りたい。その為ならば敵対した人を切り捨てる覚悟はある」
「……そう。ならば何も言う事は無い。難しい事は一旦忘れて、今日の拳闘大会を楽しもう」
リリンは、「ユニク。さぁ、行こう」と言って俺に手を差し出し、反対側の手で闘技場の入口を指差した。
さっきのは、リリンなりの俺に対する配慮というものだろう。
リリンは恐らくこう言いたいのだ。
「ユニク。いつもの訓練なんか比べ物にならないほどの恐怖体験が待っている。覚悟して欲しい」
と。
……あぁ、望むところだな。
ここを乗り越えて、俺は強くなる!
目標は、黒トカゲを一人で狩る事だッ!!




