第23話「危険なメイドさん」
今知られざる、独裁掌握国レジェンダリアの秘密。
それは……。慈善事業者もびっくりの、充実した社会保障制度だった!?
以前から聞いていた話も含めて纏めると、レジェンダリア国は奴隷というシステムを上手に利用し、国民全ての命の価値を『金額』として管理している。
管理されている国民の命は全て国の財産であり、それらを傷つけた者は、いかなる存在であろうとも、たとえ生みの親であっても等しく罰する。
そして、国民は自らの価値を高めるために、日々努力をするのだ。
生まれ持った才能の違いはあれど、環境や、財力、機会は等しく平等。
究極的に言えば、女王たるレジェリクエよりも自らの価値が高いと示す事ができれば、貧民街生まれの孤児であっても、国王となる事が出来る。
事実として、レジェリクエ女王の側近には孤児や薄暗い環境で育った子供たちも多いらしく、国民達は希望に満ち溢れた生活を送っているらしい。
レジェリクエ女王が即位してからわずか3年余りでこの成果だと言うのだから、驚きが隠せない。
……で、捕らえた兵士や犯罪者は、身ぐるみを剥がされた後、Sサイズのワンピースを着る事になる訳だ。
どう考えてもパッツンパッツン。
屈強な男ならば守るべきシンボルですら隠す事が出来きず、そこら辺を歩いていた大悪魔さんに狙撃される事になるだろう。
あぁ、独裁掌握国レジェンダリア。
色んな意味で恐ろしい国だ。
「リリン。その話を聞いて、レジェリクエ女王は実はいい奴なんじゃないか疑惑がちょっと湧いたぞ」
「うーん。基本的に温厚ではあるけど、女王たる冷徹さも持ち合わせている。良い悪いというのは簡単には語れない」
「ちなみに、良いエピソードと悪いエピソードというのは、どんなのが有るんだ?」
「良いのだと……。泣いている子供を見かけると必ず声をかける。とことん優しく接して、ご飯とかもお腹いっぱい食べさせてあげる」
「へぇ……。ワルトよりもよっぽど聖女っぽいな。で、悪いのは?」
「そのままベッドに連れてって、お楽しみをするらしい」
「やべぇ!良い方のエピソードまで真っ黒になった!?」
リリン!こういう良いエピソードと悪いエピソードは繋がってちゃダメなんだよ!
必ずどっちかに、イメージが引っ張られるからな!
俺の脳内で、「あはぁ。余とイイことしなぁい」と子供を連れて行こうとする女王の姿が想像された。
ぶっちゃけ声しか知らないが、どこの女王様もスタイル抜群でヒラヒラしたドレスとか着ているんだろ?
察するに、カミナさん並みのダイナマイトボディに、ワルトのようなミステリアスな雰囲気とリリンの愛くるしさを混ぜ込んだ感じだろうか。
おっと、ゲロ鳥を横に設置するのも忘れずに。
女王なんだから100匹くらい従えているに違いない。
……一気に絵面がバカっぽくなった。コイツはいない方が良さそうだ。
さて、俺はどうしても気になる事がある。
正真正銘の女王様プレイについてだ。
「なぁ、リリン。お楽しみって、どんな……?」
これを聞いた場合、命の危険に晒される可能性があった。
でも、聞かずには居られなかったんだ。
俺だって、一人前の男だ。ちょっとくらい夢を見たっていいじゃないか!
俺はいつでも回避できるように重心を後ろ気味にしつつ、リリンの様子を窺う。
リリンはいつもの平均的な表情を、ちょっとむすっとさせながら口を開いた。
「……知らない。レジェはたまに私を誘ってきたけど、ワルトナが阻止していた。私達には早い世界だから、まだ知らなくていいらしい」
「そう、なのか」
「後でこっそりカミナに聞いてみたけど「あれは……医師としても友人としてもオススメしないわ。性癖が歪むもの」と、詳細を教えてくれない」
「カミナさんですら止めるとか……。どんなことをするんだよ……?」
「ちなみに、レジェは両刀使い?らしい?」
両刀使い?
……はっ!両性愛者だと!?
そういえば、トーガも似たような事言ってた気がする!
しかも、泣いている子供をベッドに連れ込むって、ロリコン確定じゃねぇか!
悪魔だ魔王だと繰り返し言ってきたが、まさかサキュバスなお方だったとは……。
あぁ、奴隷掌握国レジェンダリア。
なんと恐ろしい国なんだ。
俺の中で伝説になりつつある。まさに、レジェンド!
「そういえば似たような話をトーガ達から聞いたな……」
「大丈夫、安心して欲しい。ユニクの貞操は私がしっかり守る。指一本も触れさせない!」
いや、指くらいなら触れてくれても良いんだが……。
というか、積極的に触れて欲しい気もするんだが……。
俺の中で色んな感情が渦巻いて葛藤を呼ぶも、願いが叶う事は無いだろう。
うちの平均的な大悪魔さんが息を巻いて、「第九守護天使を100回掛ける!分厚い防御魔法の壁に阻まれて、並大抵では近づけないようにする!!」と張り切っているからだ。
そして俺は真理に辿り着いてしまった。
そうか、俺に触れる事が許されるのは、タヌキだけか。
ベッドの上に出没する奴は勿論、俺を挑発しに来るあいつも実はメスだったりする。
どっちのタヌキも、物理的に熱いアプローチをしてくれる事だろう。ちくしょうめ。
「それにしても、レジェンダリアは特殊なルールが有るものの、慣れれば住みやすそうだよな」
「うん。隷属階級が上の方になると派閥争いとかあるけど、国民はみんな笑顔で生活している」
「ん?派閥争いってなんだ?」
「それは、いろんな国の姫が――」
「いくらリリンサ様と言えど、内政に関する事をこの様な場所で口になされるのは、関心致しませんね」
え……?どちら様?
俺とリリンの会話に割込んで来たのは、豪華な衣装に身を包んだメイドさんだった。
体のラインを主張するデザインのメイド服と一流の美容師にセットしてもらっただろう、綺麗な黒髪。
年は20歳を超えたぐらいだろうか。
どこからどう見てもメイドさんだが、おかしい所がいくつかある。
おい、その腰にぶら下げている3本の刀はなんだ?
魔王シリーズほどじゃないにしても、凄い威圧感を感じるんだが?
そんでもって、おい、何だそのレベルは?
レベル64510って、ブライアンより高いんだけど。
「ん。ひさしぶり、メイ」
「お久しぶりです、リリンサ様」
リリンはどうやら、この武装メイドさんと知り合いらしい。
だとすると、答えは一つ。
この人が、テトラフィーアさんが寄越した使いの侍従という奴なのだろう。
……改めて言おう。レベル高ぇぇぇぇぇ!?
レジェリクエ女王の側近のメイドさんという、なんとも微妙な立場なくせに、戦闘力が迸っている。
もしや、こんなのがレジェンダリアにはゴロゴロ居るというのか……?
なぁ、ロイ。お前を葬るのはレジェリクエ女王や大悪魔じゃないかもしれない。
黒紙美人なメイドさんだ。
「ユニク、紹介するね。この人はテトラの専属のメイドさんで『メイ・サツキファイス』」
「メイ・サツキファイスさんか。どうぞよろしく」
ここは先手必勝、友好的に接するに限る。
俺は特に深い意味も無く、挨拶として右手を差し出した。
握手なら、どこの国でも行われているだろうし手堅いはず。
しかし、待てど暮らせど、俺の手が握り返される事は無かった。
アレおかしいな?と思い顔を上げてみると、メイさんはゴミを見る様な目で俺の事を睨んでいた。
……え?なんでだよ!?
「え。いや、俺が何か失礼な事をしたか?」
「いえ、別に。何もありませんが?」
「は?えっと、それにしても態度が冷たい様な気がするな―って」
「そんなことはありませんよ。それと、近づかないでください。臭いが移ります」
ぐぅ。臭いが移るだと……。
確かに俺は森から帰って来たばっかりだし、恐怖によって、ものすごくじっとりした汗をかいた後だ。
だからちょっとくらい臭うかもしれないけど、そこまで言い切らなくても良いだろ!?
俺たちゃ冒険者!汗をかいて金を稼いでいるんだよ!!
流石にこれは苦情を入れたい。
俺はリリンに近づく……のを躊躇して、小声で話しかけた。
「リリン。何なんだこの人?ちょっと思う所があるぞ」
「メイは潔癖症。綺麗好きというかちょっとの汚れも許せないタイプで、掃除しても汚れが落ちない場合、腰の刀で物理的に掃除する」
「なんて物騒なんだ……。最早、メイドなのか疑わしいだろ」
「しかも、男性不審。「男なんて居なくなればいい」というのは、彼女の口癖」
うわぁ。面倒なのが来たな。
関わり合いになると、不幸になるタイプだ。
というか、性に奔放な女王の国に居て、住みづらくないのだろうか?
汚れたベッドとか、そのまま火をつけて燃やしても不思議じゃない気がする。
……触れないメイドに祟りなし!
「すまんな、入らぬ気を回しちまったみたいだ。手は下げるよ」
「いえ、お気になさらずに。それでリリンサ様、こちらの殿方はどちら様ですか?」
メイさんは、心底興味が無さそうに俺から視線を放すと、リリンへ問いかけた。
話を促されたリリンは、平均的な微笑みを向けると、よくぞ聞いてくれたとばかりに、軽く咳払いをして喉の調子を確かめている。
これは……設定を語る気満々な様子。
敵じゃなさそうな人物にまでそんな話をしないで欲しいと思うが、まぁいいか。
たとえ主人のテトラフィーアさんに話が行こうとも、別に困る事は何もな……い、しな。
「メイ、この人は、あの有名な英雄・ユルドルードの一人息子。言うならば伝説の中の伝説!そんな彼の名前は……ユニクルフィン!」
「えっ!?」
おい、そこの大悪魔!余計な設定を付け加えないでくれ!!
よりにも寄って、男性嫌いの潔癖症な人にアレな親父の息子だって言うとか、ホント勘弁して欲しい!!
ほら、メイドさんも目を見開いて固まっちゃったじゃねえか!
「そして、私の旦那様!……になるべきひと!!」
「え”ぇ”っ!?」
悲報!俺の紹介、まだ終わっていなかった!
リリンの話を繋げて整理すると、『私リリンサリンサベルは、全裸大好き英雄ユルドルードの息子の恋人です!」となる訳で、かなり危険な響きだ。
腰の刀で物理的に掃除されるかもしれない。
第九守護天使を掛け直しておこう。
「え。えーと、リリンサ様は、ユニクルフィンとお知り合いなのですか?」
「うん。一緒に旅をしている。泊まる部屋も一緒!」
おい、今、呼び捨てだったぞ。
心証は確実に悪化しているらしい。
「泊まる部屋まで一緒……。彼がユニクルフィン……それで、リリンサ様の恋人……」
うわぁ。思いのほかダメージが入ったっぽい。
メイさんは、よろよろと力なく後ずさり、震える手で俺を指差した。
なんだよ?戸棚の奥にカビの生えたパンを見つけたみたいな顔をしやがって。
さっきからチョイチョイ腹が立つので、元気良く名乗りを上げてるぜ。
「どうも。リリンの恋人のユニクルフィンです。出会って3ヶ月くらいだけど、朝起きる時から夜寝る時まで、ぶっちゃけて言えばベッドも一緒だから、24時間かたときも離れないぜ!」
ついさっき、空間魔法で分断された事は黙っておこう。
しかし……こうしてはっきり口にすると、滅茶苦茶恥ずかしいんだが。
いくら寝るときはタヌキ形態に進化するとはいえ、リリンは年頃の女の子。
ちょっと強すぎてドラゴンの群れを殲滅できるが、世界を自由自在に闊歩するクソタヌキに勝てないという、か弱い面も持つ。
考えてみると、そんなリリンと一緒に旅ができるなんて、凄い事だよな。
俺は改めてリリンに感謝しつつ、呆然としているメイさんを眺めた。
……あれ?目が死んでる?
「なぁ、そんなに俺の事が嫌いか?」
「……いえ。そういう訳ではありませんが」
「言葉の切れが悪い気がするぞ?」
「そんなことありませんよ?困ってません。あはは」
……なんか、怪しいんだが?
なんかこう、さっきとは違う威圧感というか、嫌悪感とは違う感情を感じる。
じっとりと観察されるようなこの感じ……。
あ、何となく分かった。これ、リリンが獲物を観察している時に感じる奴と同じだ!
そうか、コイツ……俺を掃除しようとしてやがるのか。
きっかけは恐らく、親父の息子だって名乗ったからだろう。
親父、最近ドラゴンの巣にいたそうだな。
そのまま一生そこに居てくれ。俺の為に。
「メイ。とりあえず約束の物を渡そうと思う。はい、これ」
「ぐるぐるきんぐー!」
「テトラフィーア様から聞いてはいましたが……本当にきんぐーと鳴くのですね」
「うん。私も始めて見たし、きっとレジェも喜ぶと思う」
「女王陛下がお喜びに……大切に保護しながら持ち帰らせて頂きます。それで、こちらが代金となります」
そう言って、メイさんは空間から二つのトランクケースを取り出した。
そして精錬された手つきで片方のトランクの蓋を開けて、俺達に見せてくれる。
中身は、紙のバンドで止められた札束の山。
うわぁ……これが10億エドロかぁ……。
「すげぇ……こんなの初めて見たぜ」
「ユニクルフィン……さま。札束を見るのは初めてなのですか?英雄の息子なのに?」
「おぉ。その辺は曖昧なんだよなー。俺は記憶喪失だからさー」
殺気が剥き出しなメイドさんに適当に答えつつ、俺は札束を眺めている。
ひぃ、ふぅ、みぃ、よ……。うはは!大富豪だぜ!
「……。リリンサ様。このような笑いをする殿方と恋人というのは、少々、どうかとも思うのですが」
「特に気にならない。もっとひどい顔で笑う人たちを知っているし、10億エドロくらいで喜んでくれるなら可愛いとすら思う」
「可愛い……ですか。恋は盲目といいますが……。あぁ、本当に始末に負えません」
おい、そこの物騒なメイドさん。露骨にため息をつくのやめてくれない?
リリンの言う「もっとひどい顔で笑う人」ってのは、たぶん、お前の上司の上司だぞ。
なんか俺とこのメイドさんの相性は凄く悪い気がする。
村長とはまた違った感じのやりにくさ。でも、懐かしい感じもちょっとだけする。
たぶん、親父と世界を旅していた俺は日常的にこんな思いを感じていたんだろう。
記憶を無くした理由が『現実逃避をしたい』とかじゃない事を、祈りたい。
「メイ、そっちのトランクは何?」
「あぁ、これは、テトラフィーア様がリリンサ様によろしくと言って手渡されたお土産の品です。どうぞ、お納めください」
「お土産……?こ、これはすごい!!」
現金に目がくらんでいる俺の横で、リリンが歓喜の声を上げた。
気になって見てみると、二つ目のトランクの中をワクワクした目で見つめるリリンがいた。
平均的な顔をちょっと綻ばせた満面の頬笑み。
そそくさと、トランクケースから小さな袋を取り出して「これは……あの有名メーカーの、どらやき!!」と凄く嬉しそうだ。
トランクケースに納められていたのは、色とりどりのお菓子。
どれも高級品らしく、綺麗なパッケージだったり、逆に重厚な雰囲気だったりと、見るからにうまそうなのが分かる。
小説とかで、「山吹色のお菓子でございます……」とか言いながら、箱の下から金を出すなんてのは良くある話だが、別々の箱から出てくるとは恐れ入ったぜ!
流石は大魔王様が治める国、レジェンダリア。俺の想像を簡単に超えてくる。
「メイ。これ、貰っていいの!?」
「どうぞ。生菓子も含まれておりますので、お早めに召し上がってください」
リリンは大事そうにトランクを抱きかかえると、「ありがと。テトラにもよろしく言っておいて欲しい!」と大変にご機嫌。
これは……俺にとっても凄くラッキーな展開だ。
ご機嫌ナナメな大悪魔さんから、普通のリリンへクラスチェンジ。
どうやら俺は無事に明日を拝めることができそう。
もし、ご機嫌ナナメな大悪魔状態でタヌキに進化しようものなら、『タヌキ・帝王・リリン』になっていたに違いない。
ホテルの部屋で増殖するタヌキ。俺は死ぬ。
「これで用件は済みましたが……リリンサ様、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何でも聞いて欲しい。今ならどんな事でも教えてあげる!」
「近いうちに、レジェンダリアへお越しになられるご予定はあるのでしょうか?あるのでしたら、正確な日時を教えていただきたく思います」
「んー。メナフに会った後に行くから、たぶん1ヶ月後くらい?拳闘場でしばらく遊ぶかも」
「猶予は1ヵ月……。分かりました、こちらとしても準備がございますので、その期間よりも早くにお越しいただくのはご遠慮していただきたく思います」
「準備?何の?」
「……実は、今は季節の変わり目でして、リリンサ様を御もてなしする菓子類を揃えるには微妙な時期なのです。どうしても、そのトランクに詰まっているような既製品が多くなってしまいます」
「ん。そうなの?その言い方だと、もう少し待てば、このトランクに入っているお菓子よりも美味しいお菓子が食べられると言う事?」
「はい。そうです。ですから絶対に、1ヶ月後までいらっしゃらないで下さい」
ん?随分強い口調で拒むんだな?
今は夏も終わった秋真っ最中。食欲の秋というくらいだし、美味そうなものをよく見かける気がするんだが?
まぁ、もしかしたら、冬に実る果実で美味しい奴とかが有るのかもしれない。
村を出て初めての冬だし、そういうのがあるならば、ぜひ食べてみたい。
……そうするには、レジェンダリアに行かなくてはいけない訳だが。
お菓子を食べに行って、そのあと女王様に美味しくいただかれてしまう気がする。
レジェリクエ女王は子供を飯で釣り上げて捕食すると、リリンも言っているし。
それはそれで……。いや、考えろ俺。
何か大事な事を忘れていないか?
そう、たしか、レジェリクエ女王は電話でこんな事を言っていたはずだ。
「その日は一等奴隷の側近からメイドに至るまで、王宮にいる全ての女の子に『タヌキパジャマ』を着させるわぁ」
これは間違いねぇ!タヌキフィーバーだッ!!
「メイさんだったよな?1ヶ月後に必ず行くという訳じゃないからな?行かなくても文句を言わないでくれよ?」
「それはそれで……いえ、一度は来ていただいた方が良いでしょう。ですので1ヶ月後に」
くぅ!さっきまで興味なさそうだったのに、英雄の息子だと知るや否や、国に来てくれだと!?
一体何が俺を待ち受けているというのだ?
まぁ、十中八九、タヌキだろうけど。
「それでは、私は戻らせていただきます。リリンサ様、ユニクルフィン……さま。ご健勝であられますよう」
「うん。メイも元気でね」
「あぁ、またな」
何となく避けられない運命な気がしたので、またなと言っておく。
そしてメイさんは不安定機構の奥へ入って行く。
恐らく、そこに転移陣的なものが有るのだろう。
さらば、キングゲロ鳥。
お前の個性的な鳴き声は忘れないぜ。
「ぐるぐるきんぐぅーーーーーー!」
俺の心の声を読んだかのように、キングゲロ鳥は別れの鳴き声を上げた。
……あぁ、お前も元気でな。ぐるぐるきんぐー!
**********
「この子がキング鳶色鳥ですの!?」
「えぇ、ぐるぐるきんぐ―!と鳴くので間違いないかと」
絢爛豪華な調度品が並ぶ執務室にて、二人の女性が談笑していた。
一人は、整った顔立ちで黒髪を揺らすメイド『メイ・サツキファイス』
そして、もう一人は薄ピンクの髪が緩やかなカーブを描き、豪華なドレスに身を包んだ少女。
メイの主人であり、レジェンダリア国の大臣でもある『テトラフィーア・Q・フランベルジュ』だ。
テトラフィーアは椅子に深く腰掛けつつ、机の上に置かれた鳥かごを眺めている。
そして、ポツリと呟いた。
「ぐるぐるきんぐー?」
「ぐるぐるきんぐーーー!」
「やはり……電話口で聞いた鳴き声とは違いますわね。メイ、リリン様は鳶色鳥を複数お持ちでいらしたの?」
「いえ、この鳥以外には見当たりませんでしたが」
「そうですの?なら、聞き間違いかもしれませんわね。さっきも聞き間違えましたし、私も疲れが溜まっているのかもしれませんわ」
「聞き間違い?」
「えぇ。リリン様と話している途中に、懐かしい声が聞こえた気がしましたの。「そのうち会いに来る」と言ったきり全然姿を見せてくれないユニフィン様。あぁ、100年の恋でも冷めてしまいそうですわ」
その言葉を聞いて、メイは絶句した。
つい先ほど知ってしまった事実が脳内で駆け巡り、うぁああ……と声にならない声を漏らしそうになるのを、必死に我慢している。
メイは拙い記憶を探り、まだ幼かった記憶を思い出していた。
それは、自分がテトラフィーアの侍従見習いになったばかりの時に起こった、誘拐事件の顛末。
どこを探しても見つからず、生存が絶望視され始めていたテトラフィーアをお姫様抱っこで抱えながら現れた、英雄の息子。
その息子の名は、『ユニクルフィン』。
9歳という幼さでありながら恋を知ったテトラフィーアの頬は朱色に染まり、熱い視線を彼に向けていたのを、幼き日のメイは知っている。
さらに、この出来事のせいで、テトラフィーアが二人の兄が勧める婚約をことごとく断り、フランベルジュ国の戦争を激化させた事も知っている。
そして、テトラフィーアの恋は終わってはおらず、今も清い淑女のまま待ち続けていることも。
……おのれ、ユニクルフィン。
貴様のせいで、私がどれだけ苦労したことか……!
メイから発せられた怒気に首をかしげつつも、テトラフィーアは執務机の上の書類へと再び視線を落とした。