第14話「リリンとお勉強~蛇峰戦役(下)~」
赤銅の炎の中に光る銀閃が二つ。
天空から見下ろしていたリリンサは、この二つの光を不安げに見つめていた。
騎士と侍をごちゃ混ぜにしたような格好の、銀髪の長い男。
余す所の無い輝きの、高純度な青銀の全身甲冑を装備した騎士。
リリンサの師匠・シーラインと兄弟子、澪騎士・ゼットゼロだ。
二人の剣を極めし者達は、人間とは思えないような速さで、地を駆けている。
いや、正確には地に伏したアマタノの上を駆けていた。
かの暴虐を足蹴にするなどという暴挙を躊躇なく遂行する二人は共に、ひどく合理主義者で、死に逝く化物に敬意など払う必要などないとアマタノを踏みしめたのだ。
目指す場所はアマタノの首の分岐点、恐らくそこには核となる場所があるだろう所。
ならば、この首を辿って行くのが最も早い。
エアリフェードの魔法が放たれ、鏡銀部隊により書き換えが完了した今、美味しい所、つまりは、最後のとどめを頂くために二人はひた走る。
「師匠、見えました。あそこがアマタノの首の中心点です」
「おい、そりゃ見りゃあ分かんだろ?そんな事より、やること分かってるよな?」
「えぇ」
「なんだその短い返事は?やる気あんのか?」
「えぇ」
「あ?ほんとに分かってんのかよ?」
「えぇ」
「おい、ちょと手順を言ってみろ」
「……。まず鏡銀騎士がコントロール中の光輪の使途の閃光をここに集めます」
「おぉ」
「次に私が全てのエネルギーを集め統制し、支配下に置きます」
「んで?」
「あとは師匠に向けて全力で放ち、見事、撃ち落とせれば成功です」
「てめぇ、誰を撃ち落とすってぇ? やれるもんならやってみろよ?」
最早、軽口を叩けるほどの余裕を取り戻したのかと、このやり取りを見ていた者がいたら思うだろう。
しかし、この二人は全く顔を綻ばせていない。
同族嫌悪。
人としての根本が同じようなこの師弟は必然的に仲が悪く、しかし不思議なことに一緒に行動することが多かった。
「では、師匠。私は準備が有るので先に行きます」
「はっ。とっとと行っちまえ!」
そして、全身甲冑の騎士は一人先行する。
そして、直ぐ様、鏡銀部隊員全てに念話を繋げた。
「澪騎士・ゼットゼロが命ずる。事態は最終局面に入った。各員は決められた位置から最終合流地点に光輪の使途を射出し続けろ。誤差は1m四方以内だ」
いち早くアマタノの弱点とされる場所にたどり着いた澪騎士は、打ち合わせ通りの最後の仕上げを行うべく命令を飛ばした。
この澪騎士がやろうとしている事それは、この山を、木を、岩を、土を、草を、そして、幾億蛇峰アマタノの体を無秩序に消滅させている殲滅の光を一点に集めるという、人ならざる所業。
複数に枝分かれした閃光の一つでさえ、取り扱いを間違えれば即死であり、鏡銀部隊員は自身の全力を以てやっと光の向きを変えるのが精一杯。
しかし、その閃光の全てをたったの一人でコントロールしろと澪騎士は、師匠シーラインに命令されているのだ。
そう。命令として口に出した以上、シーラインはこの人ならざる所業を行えるのだ。
澪騎士は、「ほう。」と短く息を吐くと、両の手に意識を集中した。
「《サモンウエポン=偉人達の剣跡》」
全身を銀色に煌めかせ走る澪騎士の両腕から、魔法陣が放たれた。
その魔法陣をぽつりと空間に置き去りにしたまま、澪騎士は駆け抜けてゆく。
「《壱の刃・長剣》」
澪騎士はその剣の名すらも空中に置き去りにしながら、さらに前に進んだ。
「《弐の刃・大剣》」
再び、手から魔法陣を放ち、短く名前だけを呼ぶ。
「《参の刃・両剣》」
そして、その召喚は続いて行く。
「《肆の刃・曲剣》」
「《伍の刃・突剣》」
「《陸の刃・波剣》」
「《漆の刃・短剣》」
「《捌の刃・闘剣》」
「《玖の刃・鉈剣》」
「《十の刃・壊剣》」
「《十一の刃・刺剣》」
「《十二の刃・幸剣》」
やがてその場に顕現したのは、輝く魔法陣によって召喚された、12本の聖剣。
それらを召喚し終えた澪騎士はその場で立ち止まると、くるりと身を翻し、空中に固定されている剣に視線を合わせ、魔力を高めてゆく。
そして、魔力の上昇が極まったとき、とあるランク9の魔法、剣士としての極地とされる魔法を唱えた。
「≪彼の英雄に憧れた。彼の英雄に惚れた。いかな理由あれども、この身の力及ばずに、望むものすら手離したあの日。この一振りで及ばないと言うのならば、二度目の軌跡を届けよう。さらに足りぬと言うのならば、三度、四度と振り続けよう。その想いこそ、手に入らないと分かっていても。発動せよ、―幻想武人軍―≫」
澪騎士の魔法が発動したと同時に、空中に召喚されていた剣達は、一様に落下した。
しかし、重力に引かれ、当たり前に落下を始めた12本1組の『偉人達の剣跡』はたったの一本も地に刺さることなく、再び空中で固定された。
この召喚からなる一連の高位魔法は、見えざる軍勢を作り出す。
『幻想武人軍』
この魔法は、術者の思考を剣に与え、あたかも見えない武人が操っているかのように剣を振る、ランク9の魔法郡の一つ。
澪騎士は迫り来る膨大なエネルギーを、複数同時に制御するのは、この両手だけでは難しいと判断した。
ならばこそ、合理を追い求める彼女は合理を押し通せるだけの物量を欲し、魔法を発動させたのだ。
願うがままの理想を実現させるほどの技量を、彼女は持ちあわせているのだから。
そして、召喚された12本の剣達は各々が得意とする構えで空中にて静座している。
その剣全てに意識を繋いでいる澪騎士は精神を乱さないように、静かに魔法を重ねた。
「《十二奏魔法連・才覚の共鳴》」
才覚の共鳴とは、剣士が両手に持つ別々の剣の能力を、持った剣の両方で使えるようにする魔法。
この魔法により、炎の剣と氷の剣を両手に持つならば、そのどちらも、炎と氷の能力を扱える剣となるのだ。
そして今、澪騎士は召喚した12本全ての剣に、この魔法を発動させた。
名だたる刀匠が打った特殊な能力を持つ剣の能力の統合。
師匠エアリフェードの魔法を制御するにあたり、澪騎士が用意した手段は、剣のみを追い求めた剣士では絶対に辿り着けない境地。
今だ成長途中にある彼女は、剣士と魔道師の上位互換、魔導剣士。
剣と魔法を極めし者だけが名乗る事を許される、至高の存在だった。
全ての準備が整ったと同時に、澪騎士の元に光輪の使途の閃光が届く。
出迎えたのは、壱の刃・長刀。
魔法を断裂させる能力を使い、閃光を切り裂いた。
二つに別れた閃光が向かった先は弐の刃と参の刃。
今度はその全てのエネルギーを反射させる能力で、別方向に有る剣へと反射させていく。
乱反射する閃光。
新しく外部から閃光が追加される度に、駆ける光は強力なものへと、進化してゆく。
やがて、アマタノを殺さんと放たれた光輪の使途は、第三形態となる。
『蛇峰殲滅第三形態―災禍の二重六芒星―』
そうして、創られた目映い光の二重六芒星は、山々を赤銅の炎に染め上げた光輪の使途のエネルギーを全て内包することに成功した。
その魔法の完成を見た澪騎士は、近づいてくる師匠に視線を向け、「さぁ、どうぞ」と呟く。
「上出来ってぇもんだ!褒めてやるぜ、澪!」
不意に掛けられた声の主こと、シーラインは精査された動作で刀を抜き、その勢いのまま、災禍の二重六芒星に向かい突撃した。
近づくだけで身を焦がす程の膨大な熱量を持つ二重六芒星。
シーラインは何も恐れる事は無くその魔法陣へ突入し、魔法を放つ。
「≪英雄ってぇのは、良く分からねぇ。強きを挫くだけなんざ、この刀にだってぇ出来うることだ。こんな簡単な事で良いってぇんなら、俺ぁ、明日から英雄と嘘吹く。―剣聖無頼―≫」
シーラインは高エネルギーの結晶、二重六芒星の中で、魔法の詠唱を終えた。
そして、完全に安定していた光の本流は歪にねじ曲げられ、激変する。
『剣聖無頼』
かつて剣聖と呼ばれた男が、その身一つで国と語るために、極め尽くした叡知と剣技を元に作り出した人類最高峰の剣撃魔法。
この場に存在する全てのエネルギーを吸収し、持ちうる刀剣を伝説へと昇華させるランク9の魔法郡の一つ。
それは、その戦場にいる者全ての上位互換に成ることと等しく、エネルギーを内包した刀は強力な魔法と同意義を持つのだ。
しかし、結局の所、それは紛れもなく剣なのだ。
剣であるからこそ、武人たりえるのだから。
幾億蛇峰アマタノを葬るべく発動された、人類最高峰の人間達が放つ、伝説の合成禁術。
その最終形態が今、シーラインの手により完成されようといていた。
この一振りこそ、名だたる偉人たちが欲し、手に入れられなかったもの。
皇種をも絶命させうる、空前絶後の象徴だった。
「決着を着けようぜぇ、蛇。」
「≪この剣でしか切り開けないものが有る。この時にしか勝ち得ない者も有る。人は人として在るべきで、そこにたどり着いちまったら戻れやしねぇんだ、あの英雄のようにな。
―蛇峰殲滅最終形態・武人技・天羽々斬―≫」
とある国では『剣皇』とまで呼ばれた男・シーラインはアマタノの弱点の『孔』に剣を向け、振りかざす。
幾千の時を生きた幾億蛇峰アマタノ。
その長き時を終わらせるための刀が今、振り下ろされた。
そして、その光景を遥か天空から、幾億蛇峰アマタノは、見下ろしていた。




