第22話「テトラフィーア・Q・フランベルジュ」
「テトラフィーア・Q・フランベルジュ?」
「そう。彼女はフランベルジュ国の姫。熾烈な王位継承戦を勝ち抜いて、次代の王として君臨する事がほぼ決まっている」
「……なるほど、分からん。いや、王位継承権を勝ち取ったというのは分かるが、そんな人物が何故、レジェリクエ女王の執務室に居るのかがまったく分からん」
「それは簡単。フランベルジュ国はレジェと私とワルトナで滅ぼして、隷属連邦となっているから」
「え、滅ぼしたッ!?」
いきなり物騒な話になったんだが!?
これは一旦落ち着いて、話を纏めた方が良さそうだな。
えぇっと……リリンがレジェリクエ女王へ電話をかけたら、知らない人が出た。
その人の名は、『テトラフィーア・Q・フランベルジュ』
うん。ここまではいい。おかしい所は何も無い。
で、その人は、レジェリクエ女王とリリンとワルトで滅ぼした亡国の姫だという。
つまり、レジェンダリア国とは敵対関係であり、今現在もフランベルジュ国はレジェンダリア国の支配下にあるのだから、そのテトラフィーアさんとレジェリクエ女王やリリンは敵同士になるはずだ。
そして、レジェリクエ女王の執務室で電話番をしている。
……。明らかに後半がおかしいよな?
口調や声の感じからいって、かなり友好的だったんだが?
「なんかそれ、おかしくないか?そのテトラフィーアさんは、攻め込まれた被害者だろ?」
「何もおかしくない。フランベルジュ国を滅ぼしたメンバーの中には、テトラも含まれている。一緒に楽しく滅ぼした」
「……??すまん。余計に分からなくなった」
「つまり、こういうこと」
そう言いながら、リリンは紙を取り出し、フランベルジュ国と書いて丸で囲った。
その隣に『ギョウフ国』『ノウリ国』と書いて、さらに隣にレジェンダリア国と書いた。
[フランベルジュ国]
[ギョウフ国][ノウリ国]
[レジェンダリア国]
こんな感じとなり、実際の地形もこの様に並んでいるらしい。
「この図を見ながら聞いて欲しい。フランベルジュ国はギョウフ国、ノウリ国と戦争状態だった。三国の戦力は拮抗し、長い間三つ巴の戦いを繰り広げていたらしい」
「なるほど、これは分かる」
「そんな中、フランベルジュ国王が不治の病に倒れた。余命いくばくもなく、政権は実子の3人へと託される事になるのだけど……ここでテトラの二人の兄が争いを始めてしまった」
「王位継承争いか」
「そう。実は長男はギョウフ国、次男はノウリ国と太い繋がりを持っていて、どちらが王位を継承するかによって国交を結ぶ国が変わる。そうなれば、三つ巴だった戦争のバランスが崩れ、国交を結べなかった方は滅びる。長男と次男どちらも退く事は許されない状況ゆえに、三つ巴の争いから、『ギョウフ国派閥』と『ノウリ国派閥』となってしまった」
「良くある話だな」
「そして、二人の兄が目を付けたのが、”テトラフィーア姫”。テトラは女性であり、フランベルジュの姫として嫁げばそれだけで、情勢を決めかねない要因になると注目を集めていく」
「それも良くある話か。身内を差し出して、血の繋がりを作ろうって奴だな」
「二人の兄は、テトラを自分が懇意にしている国に嫁がせようと、あれこれ画策した。それはだんだんと過激になり、やがてテトラを手に入れた国が勝利者になるという図式へと進んでしまう。テトラは美人だし愛嬌もある。男性人気が高かったのも要因の一つ」
戦争を終結するために、姫を嫁がせて国交を結ぶ。
ありきたりだが、セオリーともいえる手堅い戦略だ。
ん?もしかしたら、ギョウフ国もノウリ国もそれぞれがフランベルジュ国に嫁ぐ姫を擁立し、水面下で準備を進めていたのかもしれない。
仮に、長男が王位を継ぎ、ギョウフ国から姫を娶り、妃としたとしよう。
そうすれば、フランベルジュ国はギョウフ国との繋がりが強くなり、もう一方のノウリ国を二国で攻める事になる。
やがて次男は、懇意にしていたノウリ国を失い、フランベルジュ国内での立場も怪しくなるはずだ。
なるほど、これは長男と次男はどっちも退くに退けない。
王位を継承する場合、普通は第一子が優位となる。
次男が長男を退けて王位を継承するには何らかの要因が必要となるが、その要因として『テトラフィーアの婚姻』が必要になるという訳だ。
もし、ノウリ国の姫がフランベルジュの次男へ嫁ぎ、逆に、テトラフィーア姫がノウリ国に嫁いだ場合、形勢が逆転する。
フランベルジュ国内でも『長男派』『次男派』『テトラフィーア派』が存在し、その二つを手に入れた国が大多数となるからだ。
「テトラフィーアさんを手に入れた国が戦争に勝つというのは分かった。それで、リリン達はどう絡んでくるんだ?」
「前に私が暗劇部員としてアルバイトをしていたという話をしたのを覚えている?」
「あぁ、確か書類整理やら受付やらの他に、誘拐を行ったとかいうアレか?」
「そう。そして、誘拐のターゲットがテトラだった。当時、私とワルトと出会ったばかりのレジェは、ギョウフ国からの依頼でノウリ国に捕らわれていたテトラを奪い取ってくるという任務を受けた」
「たしか、拷問されそうだったって言ってたよな?」
「うん。性的な拷問をされそうになったとは、テトラが語った事。たぶん、既成事実を作るとかそういう事だと思う」
「酷い話だ。人をなんだと思ってやがる」
「で、その話を聞いたレジェが、「あはぁ。それじゃ、余の国に亡命しなぁい?」と持ちかけ、テトラはそれを受理。第三勢力として、『レジェンダリア派閥』が誕生した」
「……爆弾に火がともった瞬間だな!」
「そして、『レジェンダリア国派閥』としてフランベルジュ国に帰った私達は、テトラフィーア派の貴族と結託し、ギョウフ国・ノウリ国との密約や機密情報を収集。その後レジェンダリア国の兵力を使い、一気に両国を攻め滅ぼした」
「まさに、漁夫の利!」
「長男と次男それぞれが懇意にしていた国を失い、テトラは支配者階級となったレジェンダリアと懇意にしている。事実上、テトラの影響力は二人の兄を超えたものとなり、筆頭王位継承者になった」
「逆転勝利ってやつだな!鮮やかすぎるぜ!!」
確かにこれなら、テトラフィーアさんがレジェリクエ女王と仲が良いのも頷ける。
テトラフィーアさんの目線で見れば、望まない婚姻を阻止してくれたばかりか、自分を道具のように扱ってきた兄を蹴落とす事に成功。
ついでに、三国ともがレジェンダリア国の隷属連邦となる事で、長い間続いていた戦争も終結した。
国民にとっても、嬉しい限りだろう。
そして、その陰では、三人の大悪魔が高笑いをしていた訳だ。
あぁ……女王の皮を被った大悪魔と、聖女の皮を被った大悪魔と、タヌキの皮を被った大悪魔が祝杯をあげる姿が目に浮かんでくる。
きっと、
「あはぁ。国を三つも手に入れちゃったぁ」
「そうだね!そうだね!お金で表すと、何兆エドロの価値になるのか、僕にも想像がつかないや!」
「特産物も、食べ放題!」
とか言っていたに違いない。
流石、心無き魔人達の統括者。人の弱みに付け込むのが上手すぎる!
「そんなわけで、テトラは今、レジェンダリア国の大臣の席に付いている」
「……ん?今の話の流れからすると、フランベルジュ国の国王にならないといけないんじゃないのか?現在の国王は不治の病なんだろ?」
「その病ならカミナが治療した。フランベルジュ国王は生還し、王位継承は見送られる事となったから問題ない」
「医者の皮を被った悪魔まで出てきただと……」
「そんなわけで自由の身となったテトラはレジェンダリア国へと赴き、立派に大臣職をこなしている」
「でもさ、テトラフィーアさんはその内、国王を継ぐんだろ?他国の大臣なんかしてていいのか?」
「本人が「国王なんて、まっぴらごめんですわ!」と言っている。そもそも、テトラは母国の事が好きではないらしい。幼少期から度重なる誘拐を経験し、ほとほと愛想が尽きたと言っていた。だから、ギョウフ国とノウリ国を滅ぼした後、フランベルジュ国でクーデターを起こして、粛清と憂さ晴らしをしている」
「……そうか。大悪魔に汚染されたんだな」
心無き魔人達の統括者内で一番大人しいであろうリリンでさえ、一般人に与える影響は絶大。
それこそ、平均的な魔導師だったシシトとパプリが、ランク9の魔法を使える心無き小悪魔へ進化を果たすのに掛った時間は半日足らず。
それなのに、三人の大悪魔とずっと一緒に居たテトラフィーアさんがどうなってしまうのかは、容易に想像できるというものだ。
薄ピンクの髪の間から角でも生やして、「おほほほ、天誅ですわ!」とか嬉々として言いそう。
「それにしても、俺が思っていたほどレジェンダリアは悪くないっぽいな。もっとこう、血みどろな略奪行為を繰り返しているのかと思ってたぜ」
「レジェはそういうの好きじゃない。もちろん、最終的には武力が必要になる事もあるけど、暗躍をして国を手に入れる事の方がはるかに多い」
「暗躍……か。ワルトが得意だろうし、レジェリクエ女王も奴隷を……って、だったらさ、さっき電話で言ってた「生まれた子供の買い付け」ってのも、言葉通りの意味じゃないのか?」
たしかレジェリクエ女王は生まれたばかりの子供を買い付けに、城下町に出ているという話だった。
腹を痛めて産んだ愛しの我が子を売るなんて正気の沙汰じゃないと思ったが、これにも意味が有る事のように思えてくる。
レジェンダリア国には隷属階級という物が有るらしいし、それと関係があるのかもしれない。
「ユニクがどんな物を想像しているのか分からないけど、レジェが作った隷属階級のシステムは国民を保護し、健やかな生活をする為の物」
「国民を守る?奴隷なのに?」
「そう。国民全員が奴隷の身分であるということは、貴族も平民も孤児も同じ枠組みの中に居ることになる。そして、新しく生まれた貴族の子供も貧民の子供も等しく平等な存在であり、その命はレジェンダリア国が所有している財産であるという事」
「国が所有する財産……か。一応理屈は分かるが、それは言葉の上だけの事だろ?」
「違う。レジェは親に捨てられた孤児という存在が許せなかった。だから、レジェンダリア国内で生を受けた全ての子供を買い取ってすぐに両親の元へ戻し、育児を依頼している。これにより、子供の命の所有権は国が持つ事になり、虐待や育児放棄などは国の財産を傷つけた大罪となる」
「それは……凄くいいシステムだな」
「うん。命の価値を明確に示されたことで、だれもが当たり前に家族を愛するようになるし、子供を育てる資金も得ることが出来る。名目上は子供の所有者は国であるがゆえに、育児に支障が出た場合なども対応が素早い。家族愛は大事!」
「ますます良いシステムだな」
「ついでに言うと、買い取り時に命の値段として支払う金額は一律で同じ。だけど一人一人、カミナが作った魔道具で潜在能力を計っている。そこで才能が認められた子供達には特別な教育を受けられるチャンスも作っていきたいと言っていた。未来も明るい!」
なんということだ……。
レジェンダリア国の闇かと思ったが、平和主義者もびっくりの、充実した社会保障だっただとッ!?
これが、女王と聖女とタヌキで作り上げた、統治機構だというのか……。
心無き魔人達の統括者?
いえいえ、『心愛なる天使の統括者』の間違いじゃないだろうか。