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第20話「神展する思惑」

「そうさ。キミとお姉さん二人の運命を正しい道へ戻す為に、ユニクルフィンとの関係を終わらせてあげるんだ」



 表面上だけ聖女な笑顔で、ワルトナはセフィナへ優しく声をかけた。

 ある種の決意を秘めて行われる人道を考慮しない悪辣計画が順調に進み、今現在は、ワルトナの思惑どおりとなっている。


 今日の昼に行われたブライアン達の特攻は、敗北する可能性が濃厚な捨石だった。

 感情を揺らしリリンサをうまく誘導出来れば、ブライアン達が勝利する事も考えられたが、それ以外のパターンだとどう考えても敗北。

 そして、途中経過を見ていたワルトナは、思いつく最悪のパターン『中途半端にリリンサを煽り、逆ギレされる』に入ってしまったことを確認している。


「これは……死んだか?」と思いながら、ウワゴートとモウゲンドが搬送された病院へと足を運んだワルトナが見た物は、生還しつつも、変わり果てた二人の姿だった。

 現状を確認し、「あ、これはヤバい。見なかった事にしよう」と逃げ帰ろうとして、カミナに捕まり1時間ほど説教を喰らったが、計画自体はおおよそ問題なく進んだ。


 そんな風にブライアン達を捨石として使い、計画成就の為の布石は置かれた。

 そして、ワルトナが人生をかけてでも取り戻したいと願う目標の為、計画を一段階進める時が来たのだ。


 その計画をセフィナは知らない。

 しかし、セフィナ自身が願う『おねーちゃんとの生活』は決して相対するものではなく、それを良く知るワルトナは、局面を変えるために切り札を使用する事にした。

 まずは、意識改革から。

 人の心の善悪を良く知るワルトナは、『優しい妹』を『決戦兵器』に仕立て上げるべく、今日も、嘘吹く。



「時が来たんだよ、セフィナ。ブライアン達は敗れ、僕らに残された手札はあまり多くない。ここらでユニクルフィンからリリンサを取り戻さないと、取り返しのつかない事になってしまうかもしれないんだ」

「そうなの?……でも……」


「キミの大好きなお姉ちゃんの為にもなる事だよ」

「えっと……ワルトナさん、あのね……」



 ワルトナに優しく肩を抱かれながらも、セフィナは困惑の声を上げた。

 それは、確かな揺らぎ持つ感情を強く表した、弱々しい声。


 しかし、その奥に秘められた芯は強いと、セフィナの揺らがない瞳が語る。

 セフィナは戸惑いながらも、確たる確証を以て、自身にとって受け入れ難い現状を口にした。



「あのね……おねーちゃんね、ユニクルフィンさんの事が好き……みたい。ううん、絶対好きだと思う」

「……どうしてそう思うんだい?」


「おねーちゃんね、森でユニクルフィンさんと一緒に歩いている時、すごく楽しそうだった。手をぎゅっと抱きしめて、絶対に離さないぞって顔だったんだ」

「そうだねぇ。かなりギュッとしてたねぇ」


「きっとね……おねーちゃんは神様に言われたからじゃなくて、心の底からユニクルフィンさんの事が好きなんだと思う。だって、あの頬笑みはずっと昔に、私の頭を撫でてくれた時のだもん!怒っているように見えても、優しいおねーちゃんだって後で分かる時の奴だもん!」

「そうかい?でも、滅茶苦茶怒ってたじゃないか。怒り狂って身を焦がしただろ……。僕の」


「だってあれは、しょうがないもん!誰だって好きな人と別れろって言われたら怒って当然だもん!私達が、悪いんだもん……」



 だんだんと言葉尻に勢いが無くなり、やがては瞳に涙を浮かべ始めたセフィナ。


 やれやれ、本当にこの子は純粋だ。

 僕なんかよりも、よっぽど聖女に相応しいね……。

 そう思いながらも、さてどうするべきかとワルトナは考え始めた。


 ワルトナは、もともと、セフィナがこういった結論に辿り着くだろうとは思っていた。

 予定よりも幾分か早い事だったが、計画に大きな狂いは生じない。

 その為のカードも用意しているのだから。



「いいかい、セフィナ。今のリリンサの感情は分かった。確かにキミの言うとおりだと僕も思うよ。でも、起点は違う。最初は、ただユニクルフィンを受け入れよと神に示されただけに過ぎないんだ」

「でも……神様だよ。神様はすごいひとで、あんまり間違った事は言わないってお母さんも言ってた。だからね、間違ってるのは私の方かもしれなくて、私はもう、おねーちゃんに会わない方が、おねーちゃんは幸せなのかもしれないって、そう思って」


「……いいや、それは違う。神は間違っているんだよ、セフィナ」

「そうなの?」


「あぁそうさ。それはね、神自身が間違いでしたと認めたからだ。これを見てごらん」



 そう言いながらワルトナは空間に手を入れて、一枚の封筒を取り出した。

 白と金の刺繍が装飾された荘厳な黒い封筒。

 不思議な事にその封筒は魔力を通わせ、散りばめられた刺繍がうっすらと脈動しているのが分かる。


 セフィナはワルトナからその封筒を受け取ると、裏と表を確認した。

 どちら共に宛名は無く、それどころか、表に精密な封蝋が有るだけで、その封筒が何を意味するものなのかセフィナには分らない。


 それの正体を知るのはワルトナのみ。

 そして、ゆっくりと聖女らしい仕草と声で、その正体をセフィナに告げた。



「セフィナ。それはね……神がこの世界に示す理が書かれたもの『神託書』だ」

「……え?」


「神は己の神託が間違っていたと、不安定機構宛てに神託を下した。そして、その神託書に同封されていたのがその神託書さ。どうして、そんなものがここに有るか分かるかい?」

「いいえ……分からないです」


「あぁ、そうだろうね。神託という物はある日突然やって来るもので、予知なんか出来やしない。おねーさんの時も、そして……キミの時にもだ」



 荘厳な封筒をセフィナは言葉も無く見つめていた。


 遠回しな言い方だったが、ワルトナが何を言っているのかは、おおよそ理解できた。

 それがゆえに、小さな手の中に有るそれは、簡単に受け入れられるものじゃないとセフィナは思考を止めてしまったのだ。

 だが、幼い少女が思考を止めて固まってしまっても、聖女も世界も、待ってはくれない。


 そして、ワルトナ(聖女)は、口を開いた。



「今ここに、聖女シンシアの名を以て新たな神託を下賜しよう。『皇宝おうほうの魔導師、セフィナ・リンサベル』よ、今ここに神託を以て命じる。『自らの姉、リリンサ・リンサベルを奪還し、心穏やかな生活を取り戻せ』」



 その文言をワルトナが口にした瞬間、セフィナの持っていた神託書の封蝋が解かれ、ひとりでに開かれてゆく。

 フワリと空中に一枚のカードが浮遊し、それがセフィナの目線の前で揺らめいて、手に取るようにと存在を誇示し始めた。


 そして流されるがまま、セフィナはその神託が書かれたカードを手に取った。

 そのまま神託書の文面に目を通したセフィナは、くりくりとした瞳を一層広げて、驚愕を表す。



「これは……なんですか?ワルトナさん」

「見ての通り、神託書だよ。キミのね」


「私の神託書……?」

「そうだ。キミは神に選ばれ、そこにはキミの進むべき道が示されている。ほら、もう一度、声に出して読んでごらん」


「……『皇宝の魔導師、セフィナ・リンサベルよ、我が神託の破棄をここに命ずる。そして、自らの手で実姉を奪還し、破綻する歴史を正史へと戻せ』……私の手で、おねーちゃんを取り戻す?」

「そう、これは神のお導きだ。あれこれと間接的な対応ばかりを取ってきたが、それはもうお終いというわけさ。……だからね、セフィナ」


「……はい」

「僕はもう身を隠せなんて言わない。キミが直接会いに行って、そしてキミの手で、悪逆非道なユニクルフィンからリリンサを取り戻すんだ」



 **********



「……それじゃもう、おねーちゃんに会いに行っても良いって事ですか?」

「あぁ、そうだよ」


「我慢しなくていいって事ですか!?」

「そうそう、そういうこと」


「……やったぁ!待ってておねーちゃん!すぐに会いに行くからね!!」



 その言葉を言いながら、セフィナは文字通りその場で跳ねた。

 一切感情を隠すことなく喜びを十全に出したその笑顔は、年相応の幼い少女のもの。

 嬉しさのあまり手に持っていた神託書を何処かへ放り投げると、セフィナはすとん!と椅子から飛び降りて、足早に部屋の入口へと向かってゆく。



「ワルトナさん!行ってきます!!」

「まてまてまて、どこに行くつもりだい!?」


「おねーちゃんに会って来ます!久しぶりだなぁ!喜んでくれるよね!?」



 いやホントに待ってと、ワルトナは今にも飛び出そうとしているセフィナの手を取った。

 内心で「いきなり死んだ妹が会いに来たら、図太いリリンですら叫び声をあげるよ!?」と割と真剣に焦っている。


 とりあえず無理やりにセフィナの手を引いて部屋の中に連れ戻した後、「ちょっとそこに座りたまえ」と椅子に座らせ、空間から箱を取り出した。

 さりげなく超高級クッキーを添えたのは、セフィナを繋ぎ止めておくための抑止力の為だ。



「ちょいと待ちなよ。ほら、クッキーでも食べて落ち着け」

「もふ。。もふふにももふーふ、もふふふ!」


「詰め込み過ぎだろ!取ったりしないからゆっくり食べな。ほら、紅茶も付けてやるよ!」

「ありがもふございもふ」



 やれやれ、姉妹揃ってハムスターか。

 リンサベル家の食糧事情はどうなっていたんだよ?貧困とは程遠いだろうに。


 ワルトナは内心でそう思いながらも、油断なくセフィナの動向を窺った。

 そして、「まだ入りそうだな……。容量はリリンよりも上か?」と、どうでもいい結論に辿り着き、さっさと思考を打ち切って話を本題に戻した。



「ぷは!それで、おねーちゃんにはいつ会いに行っていいんですか?すぐに会いたいです!!」

「まぁまぁ、少し僕の話を聞いておくれよ。でも、結論から話せば……明後日という事になるだろう」


「明後日?明日じゃダメなんですか?」

「あぁ、ダメだ」


「そんなぁーー!」



 ダダをこね始めたセフィナを眺めつつ、ワルトナは空間から荒い紙を一枚取り出した。

 乱雑に書きなぐられた書体でいくつかの文字が書き綴られ、見出しには時に大きな文字で『拳闘大会開催のご案内』と書かれている。

 それをセフィナに見せないように隠しながら、ワルトナは自らの作戦を説いた。



「いいかい。これは大事な事だから一番最初に言っておくが、キミは神という絶対的な存在に後押しされて、リリンサを取り戻す事となる。これは言うならば『聖戦』であり、絶対的に正しい事だ」

「神様がおねーちゃんに会いに行っても良いって言ってるんですもんね!私は悪くないもん!」


「そうそう。神は正しいし、リリンサに授けた信託は間違いだったと言っている。だからセフィナが正してあげるんだ。そこまで導くのは僕がしよう。でも直接的に干渉するのはセフィナ、キミがやるんだ」

「はい!分かりました!!」


「物分かりが良くて助かるよ。で、明日会いに行ってはいけない理由だが……。リリンサとユニクルフィンの戦力を正しく知る必要がある」

「おねーちゃん達の戦力?」



 可愛らしく頭を傾げたセフィナへワルトナは一枚の紙を差し出した。

 それは、先程取り出した拳闘大会の案内が書かれた紙。

 セフィナはその紙をおもちゃを見るようなキラキラした瞳で眺めた後、ハツラツとした声でワルトナの度肝を抜いた。



「分かりました!この大会におねーちゃんが出るんですね!?」

「おや?察しが良いね」


「はい、だから私も出て、おねーちゃんに会います!」

「そんな事されると軌道修正が不可能になるから、マジでやめてね!!」



 え?違うんですか?と残念そうにセフィナは呟いた。

 あぁ、違うとも。と悪そうな顔でワルトナが呟き返す。



「僕がこの紙をキミに見せたのは、大会に出ろって事じゃない。絶対にしないでおくれ」

「えっと、そうなんですか?」


「そうだ。これはリリンサの為でもある。いいかい?キミはしっかり準備してリリンサに会いに行くけれども、リリンサにとってはそうじゃない。死んだと思ってた妹がいきなり現れたりしたら吃驚するだろう?」

「それは……そうですよね。私だっていきなり、おねーちゃんがベッドの下から出てきたら吃驚するもん」


「なんだそのホラ―は。そんなん僕だって悲鳴を上げるよ。……じゃなくって、拳闘大会なんていう人がいっぱいいる所でキミと再会なんてしたら、リリンサに恥をかかせてしまうからね。なにせリリンサは優しいお姉さんなんだろ?きっとキミに再会したら泣いちゃうかも。でも泣いている姿を人に見られたりしたら恥ずかしいからね」

「そっかぁ。おねーちゃん泣いているのに泣いてないって嘘つくときあるもんね。キノコ食べる時とかそうだし」



 キノコ……キノコねぇ。

 僕と旅をしていた時はキノコだろうがキクラゲだろうがバクバク食ってたけど、克服したんだねぇ。

 僕としてみれば弱点が有った方が良かったなぁ。涙目でキノコを嫌がるリリンか。可愛いねぇ。


 そんな事を考えて、おっと思考がそれたと話を元に戻したワルトナ。

 セフィナは若干興奮しながらも、ワルトナの作戦を聞こうと話を促した。



「じゃあ、おねーちゃん達は明日忙しいから会えないんですね?うーん。久しぶりに会うんだし、お土産とか用意した方が良いのかな?おいしいお饅頭とかいいかも?」

「それだと、ユニクルフィンまでおいしい思いをしちゃうからダメだね。キミが顔を見せるだけで十分さ」


「そうなの?それじゃお土産は買わない。お饅頭、高いし……。それじゃ明日は、私は暇かぁ。早くおねーちゃんに会いたいなー」

「いやいや、拳闘大会には出ないけど、見には行くんだよ」


「見に行く?」

「そうだ。リリンサとユニクルフィンの実力をしっかりとその目で見て、対策を立てる。僕と一緒にね」



 セフィナはリリンサの実力を見に行こうと誘われて、一層、興奮し始めた。

「おねーちゃんはきっと凄い魔導師になってるよね!?ウワゴートさんとモウゲンドさんを倒しちゃったんだもんね!」とはしゃいでいるのだ。


 そんな無邪気な笑顔を見ながら、ワルトナは「知らぬが仏だねぇ。可愛いねぇ」と呟いて、密かに溜め息を吐いた。


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