第18話「保護」
きゅーーーあーーーきゅーーーあーーーきゅーーーあーーーー……。
あぁ……真っ白いドラゴンが飛び去ってゆく。
行き先は『聖・オファニム博愛大医院)』
大悪魔が二匹も生息する血塗られた魔郷だ。
あの二人は生きるために行ったはずだが、無事に生き残れるのだろうか……。
そんな不安を抱いているのは、どうやら俺だけじゃなかったらしい。
「成り行きに任せちまったが……」
「ん、どうしたんだ?ブライアン」
「怪我人をドラゴンに運ばせるなんて、正気の沙汰じゃねえな」
「……今更だな!」
「……それもそうか!」
飛んでいくホロビノを見て、ブライアンが遠い目で呟いた。
もの凄く今更だ。
あんな魔王な惨状を見た後なら、どんな事でも受け入れられると思うんだが。
まぁ、ホロビノはリリンのペットだが、何だかんだ賢いから、事の重大さを理解しているっぽい。
ちゃんと病院に届けてくれるだろう。たぶん。
そんな事を考えていると、ふと、疑問が浮かんできた。
そもそも俺達がブライアン達を敵だと判断した理由は『緊急脱出用の犬を連れていない』からだった。
よくよく考えてみると空を自由に踏める俺達は良いとしても、ブライアン達はどうやってこの森を脱出するつもりだったんだろう?
どこかで役に立つかもしれないし、一応聞いておくか。
「なぁ、俺達がブライアン達を敵だと思ったのって、離脱用の動物を連れていないからだったんだが、どうやって森から出るつもりだったんだ?」
「木が有れば方角は分かるだろ?だったら同じ方向に進み続ければ、いずれ森を抜けるじゃねえか」
「ん?どういうことだ?」
「なんだ知らねえのか。いいか、木の年輪てのはな、間隔が狭い方が北になる場合が多い。たとえ北でないとしても、同じ種類の木は同じ方角が狭くなるつう、規則性が有るんだよ」
「へぇ、そうなのか?」
「そうなんだよ。だから年輪を確認した後、その後一定距離ごとに木を切り倒して確認して行けば、いずれは森を抜けられるだろ」
なるほど、勉強になった。
どうやらリリンも知らなかったようで、早速、木を切り倒して確認している。
暫くして、「ユニク、全部同じ方向を向いてた。すごい!」と平均的な表情で興奮してたから事実だったようだ。
「まぁ、結局、探索するときはそんな事をしてらんねえから、犬が必要になるんだけどな」
「ん?だとすると、俺達の事を最初から捕捉してたって事か?」
「ウワゴートの奴がそういうのが得意なんだよ。アイツは戦闘力はそこそこだが器用で、炊事・洗濯・鍛冶・暗示、何でもござれだ」
「名前の割には優秀だったんだな……。」
最後の方が怪しい雰囲気だったが、要は便利屋だって事だろう。
元々ランク5で常識外れの冒険者なんだし、それくらい出来ても不思議じゃない。
「さて、あいつらの事をこれ以上考えてもしょうがない。俺はこのまま、聖女シンシアのところで保護してくれるんだろ?」
「そうなるはず。ちょっと聞いてみる」
そういいながら、リリンは携帯電魔を操作し始めた。
たぶんワルトに掛けているんだろう。
凄く手慣れた感じで、鼻歌でも歌いだしそうだ。
そんなリリンを眺めていると、ブライアンが肩を叩いてきた。
「なぁ……あの魔道具は何だ?あれだけ小型だと、すごく便利そうじゃねえか」
「ん?便利な事は間違いないけど、何なんだろうな?仕組みとかさっぱり分からん」
「そうじゃなくて、アレはどこに行ったら買えるんだ?俺たちみたいな傭兵稼業だと喉から手が出るほど欲しいんだが」
「あれは特注品で非売品だ。たぶんどこにも売ってないと思うぞ」
確かカミナさんが自作したって言っていたし、同じような魔道具はあるのかもしれないが、どこに売っているのか見当もつかない。
カミナさんから手に入れるとしたら……実験に協力したいとか言えばくれる気もする。
その代わり、『エンシェント・森・ブライアン』にされるかもしれないけど。
ブライアンと雑談をしている内に、携帯電魔から聞こえていた荘厳なパイプオルガンの音が止んだ。
そしてその後すぐ、テンション低めな聖女様の声が聞こえてくる。
「……なんだい?」
「凄く朗報が有る!……んだけど、どうしたの?声に元気が無い。食べ過ぎ?」
「別に。なんでもないさ。食べ過ぎでも無い」
「……相当、具合が悪そう?何が有ったの?」
「キミに心配される筋合いは無い事さ。……ただねぇ。ちょいと任務中に光の槍が飛んできてねぇ。僕の清廉無垢な真っ白い衣装が焦げちゃったんだよねぇ」
「え?ワルトナの服を焦がすとか、相当な威力のはず……。本当に大丈夫?」
「頑張って裁縫をするさ。三日くらい掛るかもね」
任務中に服を焦がした?
という事は、第九守護天使を突破するほどの魔法を受けたって事だよな?
どうやらワルトも、強力な敵と戦っているらしい。
俺達が心配する事じゃないのかもしれないが、心配になってくるな。
「いや、本当に大丈夫なのか?ワルト」
「……そうだねぇ。僕の事は良いから、ちゃんとリリンを見張っておきたまえと言っておくよ。ユニ」
ちゃんとリリンを見張っておけ……か。
まるで今の情緒不安定なリリンを見ていたかのような言い方だな。
流石は一緒に旅をしてきた大悪魔仲間ということか。
リリンの声を聞いただけでそれを察するとは、俺とは年期が違う。
「で、朗報というのは何だい?」
「うん。なんと、襲撃者の捕獲に成功した!」
「それは……ちゃんと生きてるんだろうね?物言わぬ死体は捕獲とは言わないよ?」
「大丈夫!二人はカミナの所だけど、一人は無事!」
「二人は致命傷って事か……。大丈夫では無いっていうんだよ。それは」
簡単な言葉のやりとりで、ワルトナは事態を察したらしい。
カミナさんの名前が挙がった時点で、敵がどんな結末を迎えたのかが分かったようで、やるせない声でリリンを咎めている。
そういえばワルトに「魔王シリーズは多用するな」って言われてたんだったよな?
つまり、使うなって言われるだけの事が過去にあったということで、リリンとホロビノの対応が妙に慣れていたのはそういう事か。
俺は天に向かって祈りをささげた。
そして、ブライアンも俺と同様、天に祈りをささげている。
考えている事は多分同じだ。
……過去の犠牲者に、黙祷。
「そんなわけで、一名は普通に話せる状態で捕獲した。どうする?」
そしてリリンは、特に気にする事も無く本題に入って行った。
あの程度の小言ではダメージを与えられないらしく、けろっとした平均的な表情。
さすが魔王リリン様。防御力が半端じゃない。
「もちろん、僕自らが尋問するよ。色んな道具を使って、徹底的に」
そして、電話の先の大悪魔もまったく悪びれていない。
こっちはこっちで慣れているのか、いつもの悪辣な声でリリンに答えている。
だが、その声を聞いてブライアンは目を見開いた。
「ユニクルフィン。今、リリンサが喋っている相手って聖女シンシアでいいんだよな?」
「そうだけど?」
「……尋問するって言わなかったか?」
「ははは、気のせいじゃないか?」
ブライアンは、「そ、そうか……気のせいか……」と呟き、事態を見守っている。
全然気のせいじゃないけど、知らぬが仏ってやつだな。
だが、俺のフォローを嘲笑うかのように、大悪魔さん達は怒濤のような追撃を繰り出してきやがった。
「認識阻害が掛ってるから、普通のやり方じゃ難しいかも?」
「じゃ、拷問だねぇ」
「……おい、今、拷問って言わなかったか?」
「聞き間違いじゃないか?」
「それがいいかも。敵とも直接会っているらしいから」
「ん?なるほど。実行部隊って奴だね?こりゃ、聞く事聞いて用済みになったら処分かな」
「……おい、今、処分とか言わなかったか?」
「見間違いじゃないか?」
「電話で見間違いが有るかッ!!おい、ふざけんなユニクルフィン!!聞いていた話とまるで違うんだがッ!?」
どうやら、自分の置かれてる現状を理解し始めたらしいブライアン。
そうだよ。お前が今から行く先は、聖女の皮を被った大悪魔の所だ!
……なんて、まともに言うと逃げられそうなので、適当にぼかしておこう。
いくらリリンが勝ったこと有る集団だったとはいえ、本気で逃げの一手を取られたら、逃がしてしまうかもしれない。
「さっきのは、リリンとシンシアの間のじゃれ合いみたいなもので、特に深い意味は無いぞ」
「深い意味も無く、人をひとりぶっ殺すって言ってるって事か?聖女が」
「なんでも、「聖女として人を導くために、時には罰することも必要だ」って言ってたと思う」
「罰するにしたって限度があるだろ!?拷問した上で処刑って、考えうる最悪のコースだろ!『聖なる天秤』はどこに行ったんだよ!」
「パーティー名も知ってるんだな。なお、神聖さが有利な方に傾いているから『聖なる天秤』なんだって言ってたぞ」
「ソレのどこが聖女だよ!?さてはこの聖女も悪魔だな!?」
その後もブライアンの必死の抵抗は続いていた。
しかし、ある程度の事情をリリンが話した事により、ワルトの考えが変わったらしい。
最後には、とっても優しい声で「ほら、この僕、聖女シンシアちゃんが責任を持ってキミの身柄を預かるから、安心したまえ」とブライアンへ語り掛けた。
その声を聞いたブライアンは、どこか疑わしそうにしつつも、「そうだよな……もう、この道しか残ってねえんだ」と諦めた様子。
だからな、リリン。不敵な笑みで魔王の左腕を振るんじゃない。
**********
「というわけで、ブライアン。シンシアと打ち合わせた結果、不安定機構の奥の部屋で待機しててくれって事になった」
ワルトと連絡を取り合った後、俺達は不安定機構の支部に戻って来ていた。
どうやらワルトは忙しいらしく、直接会って渡すと言うリリンへ待ったをかけた。
そして、「キミ等が居るのは、カラッセアか。僕は所用が有るからすぐに向かう事は出来ないし、行ってもキミらと会う時間も無い。そこの事務所に預けておいてくれ」と言われ、指示通りに来たわけだ。
もともと、キングゲロ鳥の依頼達成報酬を貰う都合上、戻ってくるつもりでいた。
達成報酬はなんと一億エドロ。6億エドロの損失を被った今、喉から手が出るほど欲しいのが実情だ。
つまりここでブライアントはお別れとなる。
短い間だったけど、俺はお前の事を嫌いじゃなかったぜ。
……黙祷。
「ブライアン。俺達は敵同士だったが、今度会う事があったら気軽に声をかけてくれ」
「これから聖女様に処刑される俺に言う言葉じゃねえだろ」
「なんだ、まだそんな事を思ってたのか?流石に処刑はされないから安心しろ」
「いや、冗談だと思っているが……なんかこう、危機感があるような気がするんだよな」
危機感?それは魔王シリーズの影響かなんかだろうか?
俺と違い、ブライアンは魔王シリーズの放つ波動に長く晒されていたし、そういう事もあるのかもしれない。
ちょっと気になってリリンに聞いてみたら、そんなもんは無いらしい。
が、明らかに魔王シリーズを手にしている時のリリンは目がギラギラしてるし暴言のキレも凄かった。
無自覚の影響?さすが魔王様、影響力が半端じゃない。
「まぁ、襲いかかったのは俺の方だしな。多少キツイお仕置きぐらいなら覚悟している」
「俺達からもシンシアにやり過ぎに無いように言ったし、ああ見えて割と優しいからな」
ワルトは何だかんだ悪ぶりつつも、迷子のピエロを保護し、飼い主の所に送り帰している。
前後の過程を度外視すれば、大変に素晴らしい聖女じみた行動だ。
だから今回も上手く事を運んでくれるに違いない。
ブライアンも本気で心配してるようなそぶりは無く、何処か落ち着いた雰囲気。
こういった精神的な強さを持つから、ランク6なのかもしれない。
「じゃ、俺は奥で待つとするぞ」
「おう、ワルトによろしくな」
「あの二人組は治り次第、シンシア経由で面会させる。安心して」
「そうか。……ユニクルフィン、リリンサ。これは先輩冒険者として、せめてもの意地ってもんだ。とっておきの情報を教えてやる」
「「とっておきの情報?」」
歩き出したブライアンはせめてもの意地を見せると、そんな事を言い出した。
とっておきの情報……か。
実際、俺達はそういった情報に精通していない。
そういう噂話は聞いておいて損は無いはずだし、もしかしたら耳よりの情報の可能性もある。
若干ワクワクしながら、俺達はブライアンへ視線を向けた。
「俺ほど高ランクになると、そこらの奴じゃ知らねえ裏情報も知る事がある。見た所、お前達はそういうのに詳しくなさそうだからな。せめてものカッコつけって奴だ。聞いとけ」
「へぇ……。タダで教えてくるってんなら是非聞きたい。教えてくれ」
「あぁ……実はな。この町の闘技場の殿堂入り、メナファス・ファントは心無き魔人達の統括者だ。絶対に関わりを持つんじゃねえぞ」
うん。その裏情報、めっちゃ知ってる。
だがまぁ、せっかく教えてくれたんだし、このまま話してもらおう。
「なに、そうだったのか……?」
「あまり表立っては知られていないが……裏の世界を知る人物だと、メナファスの顔と名前は結構有名だったりする。覚えておけ」
「結構有名人?それはどういう事だ?」
「アイツは闇社会の殺し屋稼業をしている。殺すのは悪人ばかりだが、その雇い主も悪人だ。おそらく、この町に潜伏しているのも依頼の為だろうし近づかねえほうが身のためだ」
いや、保母さんだから。
少なくとも、心無き魔人達の統括者のリーダーは保母さんだって言ってるから。
「そういうことだ。お前達も大概に強いが……、気をつけろよ」
そう言ってブライアンは堂々とした歩みで不安定機構の奥の部屋へ歩いていった。
背中に、「どうだ?知らなかっただろう?俺を敬え!」と書いてある。
俺は勿論の事、リリンでさえ平均的な呆れ顔でため息を吐いている。
それにしても、関わり合いになるな……か。
そっちの方向にも、心無き魔人達の統括者がいるから、注意しろよ。ブライアン。




