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第17話「搬送」

「……だいぶ落ち着いてきたようなだな……リリン」

「もふふ!」


「ほら、そのクッキーを喰ったら、話を元に戻すぞ。いいよな?」

「もふっふ!!」



 これは運が良いと、かつての獲物を見つけて微笑むリリンを大人しくさせるのに、30分の時間が掛った。

 持っている食い物を片っ端から集め、リリンのご機嫌を窺う。

 途中からは事態を察したブライアンも参戦し、二人ががりで、リリンの口に食べ物を詰め込んでいった。


 ……逆兵糧攻めである。

 クリティカルヒット!大悪魔には効果抜群だッ!!



「ユニクルフィン、リリンサ。俺達の身の安全は保障されたって事でいいんだよな?」

「……。そう、あなたの(・・・・)身の安全は保障された」


「「……あなたの(・・・・)?」」



 俺とブライアンの声が重なり、同時に疑問を口にした。

 今の言い方だと、リリンの相手はもう……。


 そう言えば再起不能になったんだったなと思い出し、疑惑の視線をリリンへ向けた。

 ブライアンも同様、いや、俺よりも強い眼差しでリリンを見つめている。

 リリンの『相手の心を粉砕しつつ、やり過ぎない』という絶妙な優しさを知っている俺はともかく、襲撃した側からは、返り討ちで殺されたと思っても不思議じゃない。


 そして、俺の推察は当たっていたようだ。



「……俺の安全は保障された……か。だとすると、ウワゴートやモウゲンドは死んじまったのか?」



 諦めの色を強く出したその声は、後悔をしつつも、仕方が無いと割り切っているようにも思えた。

 冒険者として、いつ命を落としても文句は言えないというのは、リリンも常に言っている事で、だからこそ敵と対立した場合は容赦などしないといっている。


 まさかな……とは思うが、ホントにやってしまった可能性もある。

 なにせ、あの時のリリンは、魔王デモンリリン。

 タヌキリリンすら凌駕する、この大陸に巣食う諸悪の根源の一柱であり、割と本気で怖い。


 言葉を失って沈黙している俺達を見て、リリンは視線を泳がせている。

 やがて、気まずそうな空気感の中、意を決したようにリリンが口を開いた。



「……一応、生きている」

「なに!?それは本当かッ!」


「うん。細いの相手に使った魔王の右腕には殺すなと命令をしたし、太いの相手に使った魔法は、見かけは凄い事になるけど、実際の威力は大したこと無い『幻想の炎』。だから大丈夫なはず。……たぶん。きっと」

「おぉ!それだけで十分だ。ありがとう。本当にありがとう!」



 ……。

 いや、礼を言うのはまだ早いんじゃないだろうか?

 さっきからリリンの言葉の節々に、気になる事が多々あったんだが?


 まず、「一応生きている」。このフレーズだ。

 生きているんだろうが、『一応』って何だよ?

 それはあれか?『今は辛うじて生きているけど、すぐに死ぬよ』的な意味か?


 いや、違うだろうな。

 リリンは言っていたのだ。『控えめに言って再起不能』だと。

 そして、人類の半分程度が持つ精密機器へ狙いを定めた魔法陣を見るかぎり、ソコが被弾したのは間違いようがなく、あまつさえリリンは『燃やした』と明言している。

 という事は、しっかりウェルダンされて再起不能……尊い数億の命の灯は失われているだろう。

 まさに、魔王の所業である。


 で、「細いのに使った魔王の右腕には、殺すなと命令したし」。

 こっちはもう既に、文脈から魔王様が降臨なさっている。


 俺の考察の結果。

 10割の確率でロクな事になっていないと判断した。

 ブライアンが味わう本当の絶望は、これからなのかもしれない。



「なぁ、ブライアン。お前の仲間がどんな事になっていたとしても、気を確かに持ってくれ」

「死ぬよりも酷い事なんかありゃしねえ。命さえありゃぁ再起が図れる。何も問題ない」



 ……再起不能なんだよ。ナニが。

 ……問題があるんだよ。ナニに。



「……そうか。なら俺から言う事は何も無い」

「そうと決まれば、迎えに行ってくるとするか。手酷くやられて動けないんだろ?まったく世話が焼けるぜ」

「……槍は抜かないで欲しい。場合によっては死ぬから」


「そんなもん、止血の準備をしてからに決まってるだろ?傷口は外気に晒さない方が良いからな」



 そう言いながらブライアンは、付けていた腕輪を外し裏側のスイッチを押した。

 すると、空間に切れ目が入り、拡張。

 簡易的な転移陣が出現した。


 ん?ワルトがドラゴンをポイポイ放り込んでいた魔法陣にちょっと似ているな。

 まぁ、転移魔法の種類なんて俺にはさっぱり分からんので、こういうもん何だろうけど。



「それじゃ行ってくる。ちょっと待っててくれ」

「ブライアン、気を強く持つんだぞ……」

「先に言っておく。……ごめん」


「んだよ、大げさな。おぉーい、ウワゴートーー。モウゲンドーー。お前ら負けちまったんだって……な?」



 言葉が止まったんだが?

 明らかに、絶句しているんだが?



「な、なんだよこれはッッッ!!??おい、ウワゴート!!おい、しっかりしろ!!こんなんで生きているのかっ!?」

「……、…。………、、、。」


「こんな針山にぶっ刺されて生きてるだとっ!?あ、ありえんッ!!」



 そうか、一目見て生存が絶望視されるレベルか。

 というか、針山って何だよ?槍って話だっただろ。



「ゆっくりだ、ゆっくり息を吸うんだ、ウワゴート!」

「ワイ……は、だ、い……じょ、ぶ。それよ、りも、もうげんど……が……ごふ。」


「ウワゴォトォォォォォ!!」



 ……。あ。

 嘘だろ?おい!



「あ、気絶しただけか……。良かった。それに見た感じ、ウワゴートほどモウゲンドは酷くねぇ。これならすぐに目をさま……きゃぁああああああああ!?」



 良かった生きてた。

 とりあえず、ウワゴートの生存は確認。と。

 で、そっちはどうなったんだ?生娘みたいな叫びって事は、相当ヤバいって事だよな?



「こ、これは酷い!!!!火傷どころか……炭になってるじゃねえかッ!!ど、どうする?動かしたら完全にもげるぞ……」

「ぼ……す……」


「モウゲンド、しっかりしろ!」

「もう……。はぁはぁ……できないんだなぁ……。がくっ。」


「モウゲンドォォォォォ!!」



 あぁ。モウゲンドがウェルダンに焼かれた方だったか。

 リリンにセクハラしたのもモウゲンドだったと言うし、これはしょうがない。同情はするけど。


 さて……。



「なぁ、リリン。言いたい事はあるか?」

「……慰謝料は払いたいと思う!あ、あと、カミナの病院の紹介状も書く!!」



 **********



「リリンサ、お前は鬼かッッッ!!それとも悪魔かッッッ!!!」

「……悪魔だな。とびきりの」

「……。」


「まさか死ぬよりも酷い目があるとは思わなかったぞ!!鬼畜だ!!極悪だ!!」

「まぁ、なんていうかブライアン。命がありゃあ再起が図れるんだろ?」

「……。」


「あれじゃおめえ、明日の日すら拝めねえだろうがっ!今夜が峠だろどう見ても!」

「んーなんとかならない?リリン」



 あれから、ウワゴートとモウゲンドをそっと静かに回収して、異空間を脱出した。

 その時に、一応どんな感じなっているのか俺も確認している。


 ……絶句。

 その一言以上に、語ることはない。


 ただ、リリンと初めて添い寝した夜、手を出そうとしなくて本当に良かったと思う。

 あれは英断だった。もし、あの時道を踏み外していたら、英雄の息子の息子が消し炭になる所だった。


 これからもし、リリンと添い寝する様な機会があっても、絶対に手を出さないようにしよう。

 まぁ、今の所、その予定は無いけど。

 毎日一緒に寝るのはタヌキだし。



「……とりあえず、カミナに電話する。こういう時はいつもカミナの手腕でなんとかしてきた。《サモンウエポン=携帯電魔》」

「この状態をなんとかしてきた……?おい、まさかそいつも悪魔仲間なのか!?」

「正解だ。今から連絡をするのは、白衣を着た大悪魔だ。本人もそう自称しているぞ」



 流石はランク6の冒険者だ。感が鋭い。

 そして、俺の話を聞いた後、ブライアンは言葉にならない声を上げ、天を仰いで何かに祈っている。


 だがな、神に祈ってもたぶん無駄だぞ?

 この世界の神は、あろう事かタヌキに力を与え魔神獣へ進化させた邪神だからな。

 人間如きの願いなど、聞いてくれるわけがない。


 そうこうしている内に、リリンが掛けていた電話が繋がったようだ。

 しかし、電話に出たのはカミナさんじゃなかった。



「はいはい、こちら、カミナ先生の携帯ですよー。私は電話番ですー」

「ん?ミナチル?」


「はい、お久しぶりです、リリンさん。どうしたんですか?」

「カミナは?実は、ちょっと相談したい事がある……」


「カミナ先生は手術中ですね。さっき始まったばかりなので、あと5時間は戻らないかと」

「う。それは困った。すぐに見て欲しい患者が居るのに……」


「……患者さん?どんな状態ですか?受け入れの準備はしますので、まず症状を教えてください」

「え、えっと、全身四十四か所の刺し傷。一応、内臓は避けていると思う」


「……惨殺死体が一名ですね?」



 おい、小悪魔ナースが惨殺死体って言いきりやがったぞ。

 いいのか?医療関係者がそんなんでいいのか?



「あ、あと、足の付け根、股関節のところを炭になるくらい火傷しているのが一人……いる」

「焼死死体が一名ですね?……あはは、流石にそんな冗談は通じませんよ!いつもそんなブラックジョークを言ってるんですか?もう!」


「全然冗談じゃない」

「……は?え?」


「……大マジ。」

「えぇ!?ちょっと、えぇ!?」


「ホロビノに届けて貰うから……どうにかして欲しい……」

「え?あ。はい!分かりました!!至急準備に取り掛かります!!」


「それと、魔王が刺さってるってカミナに伝えて」

「魔王?はい、分かりました!」



 なんだ、ミナチルさんは冗談だと思っていたのか。

 いきなりこんな事を言われれば、そう思うのも無理ないか。


 んで、ホロビノが運ぶと。

 是非ホロビノには静かに運んで貰いたいものだ。

 振動でもげるからな。


 ミナチルさんの早口な返事を聞いた後、リリンは電話を切り、早速でホロビノを呼ぶ笛を吹いた。

 若干、安心したような平均的な表情。

 リリンの顔色を見る限り、カミナさんの所に生きてたどり着けさえすれば、なんとかなりそうだ。



「良く分からんが……病院に行くって事でいいんだよな?」

「そうだ。しかも、腕の方は超一流の医者が診る事になるし、なんとかなるじゃないか?」


「そうか……コイツらは、助かるのか……」



 ブライアンは、無言で横たわっている二人に近づくと、絞り出すような声で「すまねぇ……」とだけ言った。

 ホントにすまねぇ。俺も心からそう思うぞ。


 再び訪れる重い空気。

 誤魔化すように何度が笛を吹いていたリリンだが、とうとう耐えきれなくなったようで、ブライアンへ話しかけた。



「あの、一応、慰謝料は払いたいと思う……」

「ん?慰謝料?」


「一人3億エドロほど……二人で6億でどう?」

「「んんっ!?」」


「足りない?じゃあ、10億では……?」

「「んんんっっ!?」」



 落ち着きを取り戻し、事の重大さを理解し始めたらしいリリンは、しょんぼりした平均的な表情で交渉を切りだした。

 その言葉を聞いて、目を見開くブライアン。

 まさか慰謝料が貰えると思っていなかったらしく、別の意味で困惑しているようだ。


 そして、困惑しているのは俺も同じ。


 ……あのデブのシンボルに、5億の価値はねぇだろッッッッ!!!!!!

 それこそ、森ドラ以上の価値が有るなんて事は絶対にない。

 ゲロ鳥1匹で十分だ。


 だがリリンはそう思っていないらしい。



「10億じゃ足りないの……?でも、それ以上はすぐに用意できない。あ、バナナチップスとかなら付けられる」

「違うぅぅぅ!!そうじゃねえぞリリン!」

「あぁ。バナナチップスはいらねぇよ。10億で十分だ」


「そうなの?じゃあ、10億で」

「やめろリリン!!そんな大金を支払うんじゃない!落ち着け!」

「うわ。良く見りゃこの傷口、凄く痛そうじゃねえか」


「でも、痛そうだって」

「痛いのは当たりまえだろ!コイツらは敵だったんだぞ!!容赦はしないのはどこ行った!?」

「焦げてるな。これは義手?が必要になるかもしれねえ。凄く高価な代物だ」


「お金かかるって」

「それこそ、バナナでも付けとけよ!!」



 こいつ、リリンが申し訳なさそうにしているからっていい気になりやがって!


 俺とブライアンの攻防の結果、リリンが慰謝料として6億エドロ支払うって事で落ち着いた。

 どう考えても大損害だ。完全勝利したと思って油断したのがいけなかったらしい。

 そして、リリンによって大金が召喚され、それをブライアンはキッチリ3等分にした後、それぞれ別の転移陣のシートを使って転移させた。


 ……。リリンの事を悪魔だと罵った割には、エグイことするじゃねえか。



「きゅあらららーーーー」

「お?来たな」

「ホロビノーーこっち!早く来て!」



 丁度いいタイミングで、ホロビノもやってきた。

 遠くの方から鳴き声で居場所を伝えるなんて、本当に飼い犬ドラゴンそのものって感じだな。


 ホロビノは暫く空をクルクルと旋回して、だんだんと高度を下げ……て来ないな?

 ん?どうしたんだ?

 早く来いよ。こっちは惨殺死体と焼死死体がお前を待っているんだぞ!?


 だが、ホロビノは一向に降りて来ようとしない。

 まるで何かを警戒しているよう……あ。



「ホロビノの奴、魔王の右腕が怖くて近寄ってこないんだが!?」

「あ。」


「このままじゃ、逆に逃げられる可能性すらあるぞ!?リリン、あのシールをホロビノに貼って来てくれ」

「……それは無理」


「えっ?」

「このシールは脳に近い場所の地肌に直接貼らないと効果が無い。よって、ホロビノは毛深いから貼れない」


「え。それじゃ、魔王シリーズ使う時はどうしていたんだ?ホロビノの近くじゃ使わなかったのか?」

「ううん。そんなことない」


「え。」

「使う時は、ホロビノには我慢して貰ってる。ホロビノの上に乗って杖を振りまわしても平気。プルプル震えるけど」



 プルプル震えているって、やせ我慢じゃねえか!!

 本能を刺激する恐怖を我慢しろって、いくらなんでも可哀そうすぎる!!

 そりゃ、警戒して近寄ってこないはずだろッ!!


 これは……詰んだ。手詰まりだ。

 いくらカミナさんが最高の医療知識を持っていても、診せる事が出来ないんじゃ話にならない。


 ってそんな事を言っている場合じゃない!

 不可抗力とは言え殺人犯なんかになりたくねえぞ!!

 そうだ、転移の魔法で……あー!ここは転移不可能な森だったッ!!

 ちくしょう!どうすればいいんだ!!



「リリン!このままじゃマジでヤバいぞ!」

「……。ホロビノを説得してくる」



 ……説得?

 それだけ言い残して、リリンは空を踏み、ホロビノの居る上空に向かって翔けて行った。



 **********



「キュア!」



 なんだこのドラゴン。

 めっちゃキリッとした顔をしやがって。


 暫くして、ホロビノは地上に降りてきた。

 もちろん背中にはリリン。いつもの光景なんだが、違う点がいつくかある。


 まずホロビノの顔がキリッと引き締まっている。

 まるで魔王の城を守護する悪魔竜のごとく、瞳は真剣そのもの。

 ぶっちゃけ、小物化した黒トカゲよりも凛々しい顔をしている。


 そして、リリンの膝の上で赤いミニドラと青いミニドラが抱き合って震えていた。

 何をそんなに怯えて……あ、アレは魔王の左腕!!


 ホロビノの背の上に乗っている大悪魔さんは金と黒で出来た杖を振りかざしていた。

 ついさっき、可能な限り封印しとけって言ったばかりだろッ!!



「リリン。魔王シリーズは出すなって言ったよな?」

「恐怖を克服させるには、更なる恐怖が必要だと、ワルトナも言っていた!」



 もうダメだこれ。収拾が付きそうにない。

 色んな意味で諦めた俺を他所に、キリッとしたホロビノは素早くウワゴートとモウゲンドを手で掴むと、空へ向かって飛び立っていった。



「きゅーーーーあーーーー。きゅーーーあーーー。きゅーーあーー。きゅーあー……」



 そしてだんだんと、鳴き声が遠ざかってゆく。

 怖いだろうが、頑張ってカミナさんの所へ届けてくれ、ホロビノ。


 ……途中で捨てるんじゃないぞ。


皆さま、明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします!


本年の目標等につきましては、活動報告に。

とにもかくにも、僕は頑張っていく所存ですので、変わらず応援いただけたのなら嬉しい限りです。


皆様の一年が良い年でありますように。

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