第14話「ご機嫌ナナメな大悪魔」
「ユニク、無事だった?」
「「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」」
「怪我とかない?大丈夫?」
「「ぐえええええええ!!」」
「……。くらえ!魔王の左腕!」
「「ぎゃああああああ!!」」
暗黒なシミから姿を現した大悪魔さんは、あろう事か、可愛らしい少女の姿をしている。
蒼い髪をたなびかせ、鈴とした声で俺達を恫喝してくる様は、まさに、大悪魔。
……いや、大魔王と言っても良いくらいに悪魔悪魔している。
そうか、コイツが噂に聞く『心無き魔人達の統括者』って奴だな?
あぁ、一目で分かる、危険性。
この恐ろしき生物は夜になると第二形態に変身するし、きっと世界を揺るがす大厄災を起こすに違いない。
……。
…………。
…………………。
いや、リリン!?なんなんだよその杖はッッ!?!?
生命として備わってる本能が、逃げろと訴えかけてくるんだがッッ!?
「なぁ、リリン?その杖、なに?」
「これ?これは魔王の左腕という魔道具。すごく強力な私の切り札」
ひぃぃぃぃぃ!?先端をこっちに向けないでくれッ!!
怖いから!!タヌキと同じくらい怖いからッ!!
「すまん、その杖が怖すぎて直視できない。どうにかしてくれ!」
「ん。じゃあこの持ち手を握って」
恐怖で体をこわばらせている俺に向かって、恐怖を振りまく杖が差し出された。
こんな造形からして悪魔な感じの杖を、俺に握れというのか?
握った瞬間、もの凄い電気が体を襲うとかじゃないだろうな?
そんなジョークグッズをじじぃが持っていたような気がするが、理不尽レベルでやられたら、ぶっちゃけ死ぬぞ。……俺の心が。
俺はおそるおそる手を伸ばし、まず、指先でちょんちょんと杖を叩いた。
人差指で何回かつついて安全を確かめ、そっと静かに指を置く。
…とりあえず、電気は来ないっぽい。
そしてようやく杖の柄を握り、俺はリリンに向き合った。
……うん、いつもの平均的な表情の大悪魔さんだ。
今はもう、異常すぎる恐怖を感じない。
一体、何だったんだ?
「リリン、もう一度聞くぞ。この杖はなんだ?」
「この杖……とこの宝珠、それと別空間で刺さっている槍は、魔王シリーズという私の切り札。そして、ユニクが感じた恐怖感は、この魔王シリーズが標準で備えている『恐怖装置』という能力のせい」
「ま、魔王様の封印が解かれた……だと……?」
「この恐怖装置はある程度の制御は出来ても、無くす事は出来ない。今も、恐怖感少なめに設定しているのに、どうしても周囲に影響を及ぼしてしまう」
「これで抑えめ……だと……」
「なお、持ち手を持っている使用者には一切の影響を与えないので、今ユニクは平気なはず。そこの錯乱している人はダメそうだけど」
「ふはははは!剣が15個に砕け散っている!!じゃあ全部上手く使えれば、俺は15刀流だ!そんな奴聞いた事ねえから俺は最強だぁ!!」
……。
人間ってのは、恐怖の感情が振り切ると壊れるんだな。
知らなかったぜ、ブライアン……。
「で、リリンがここに来たという事は、そっちは片付いたって事か?」
「そう。控えめに言って再起不能だと思う」
控えめに言って再起不能とか……。全然控えてないぞ、リリン。
まず間違いなく、取り返しがつかない事になってそう。
というか、リリンが現れてから事態の収拾を計る為の難易度が爆上げしている。
さっきまでいい感じに話が纏まり掛けていたのに、最早、ブライアンと会話をするのすら困難な状況。
どうしたもんかと悩んだが、まず、ブライアンを正気に戻した方が良さそうだ。
「で、どうするんだよリリン。ブライアンの目が血走ってるんだが、これ、元に戻るのか?」
「うーん。とりあえず、魔王の左腕で何回か殴ってみる?えい。えい。」
「ぐぁぁぁぁ!?怖い怖い怖い怖いぃぃぃ~」
「……逆効果だな」
「あはは。でもちょっと楽しい」
……。今、リリンが声を出して笑わなかった?
笑ったよな?
それって、滅茶苦茶やっべえだろッ!?
俺の知らないところで何が起こったんだよッ!?
ピエロなドラゴンにでも遭遇したのか!?
「リリン。とりあえず落ち着け。ほら、息を吐いてー吐いてー吐いてー」
「ついでにストレスも吐き出してー。えい!」
「ぐぁぁあ!!」
ダメだ!どう話を持っていっても、ブライアンが痛め付けられる!
平均的な表情を崩しつつ、微笑みながらブライアンをいじめるリリン。
どうやら俺が目を離した隙に、リリンは何かに目覚めてしまったらしい。
これはもしや……ヤンデリリンという奴か?
一度気がついてしまうと、もう、そうとしか思えない。
今だってブライアンへ杖を突き付けて何かをしている。
……あ。トンデモない所に魔方陣が出てきた。
何をするつもりだよリリンッ!!そこは色んな意味で魂が宿る神聖な場所だ!!
「まてまてリリン。何をするつもりだよッ!?」
「『肝を冷やす』と冷静になると聞いたことがあるから、凍らしてみようかなって」
「肝を冷やすってそういう意味じゃないぞ!というか、まさか……さっきの二人は凍らせちゃったのか?」
「ううん。凍らせてなんかいない」
「そうか。それを聞いて安心し……」
「でも、燃やした」
「ひぃぃぃぃ!?」
ひぃぃぃぃ!?凍らすよりも性質が悪い!!
取り返しがつかないってレベルじゃないぞ!?
よりにもよって熱に弱いデリケートな部分に、なんてことをしちまったんだよッ!!
「リリン!どうしてそんな事になった!?」
「だって、コイツらはユニクを殺すと言った。そんな事を言ったのだから、当然の報いを受けるべき」
「……は?いや、ブライアンは俺を殺すつもりなんて無いって言ってたぞ?」
「え?そうなの?」
「あぁ。むしろ、リリンに対して勝ち目が薄いから、俺を捕らえて人質にするつもりだったらしい」
「え?えっ。じゃあ、あの太いのと細いのが言っていたのは?」
「嘘って事になるな。たぶん、リリンを動揺させるために適当な事を言ったんだろ」
あぁ、人間の体の中で最も精密な部分に火を放った大悪魔さんが沈黙している。
若干、気まずそう。
というよりも、目が泳いでいるので、完全にやり過ぎている系の奴です。
これはもう、和解とか不可能かもしれないな……。
「……で、どうしよう……」
「と、とりあえず、魔王シリーズ対策として、このシールをブライアンのおでこに張ろう」
「ひぃぃぃぃぃぃ来ないでくれ!来ないでくれぇぇ!!」
リリンは空間から魔法陣が書かれた薄いシールを取り出した。
詳しく話を聞いてみると、このシールは恐怖装置の効果を弱めてくれる代物らしい。
これを張っていれば嫌悪感を抱く程度まで効果が弱まり、一応会話が可能になるのだとか。
とりあえず、俺は自分の額にシールを張ってみた。
……。
効果を確かめるために魔王の左腕から手放すと、リリンから発せられるオーラが、タヌキの纏うオーラとほぼ同じになった。
一応会話をする事は可能そうだ。リリンが動くたびにもの凄いストレスを感じるけど。
そんなわけで効果はそこそこありそうなシールを張ろうと、リリンがブライアンに近づこうとして……失敗。
リリンの動きを完全に見切り、全速力でブライアンが逃げ出したからだ。
ただ逃げ回っているだけなのに、ものすっごい高機動。
四つん這いのまま、軽々5mぐらい跳躍しやがった。
完全に脳のリミッターが外れているっぽい。このスピードで攻撃されたら対応できないかもしれない。
あぁ、事態が進むどころか、悪化してゆく。
そんな光景を見て呆然としている俺に向かって、魔法陣が書かれたシールが差し出された。
……。
大悪魔さんの無言の圧力。
ブライアンに張って来いって事だろう。
「ほら、じっとしてろブライアン。今、楽にしてやる」
「楽にしてやる!?や、やめろ!何をするつもりだ!?」
「うるせーーー!!《重力流星群、斥力最大!!こっちにこい、ブライアン!!》」
ジタバタと往生際悪く逃げ回るブライアン。
いい加減話が進まないので、重力流星群を使ってブライアンを拘束。そして俺に向かって射出。
すれ違いざまにブライアンの額へシールを叩きつけ、任務を完了した。
「うわぁぁぁぁ、ぁぁ、ぁぁ……あ?あれ?」
「正気に戻ったか?」
「お、おう……。なんとかな……」
まったく、やっとまともに話ができそうだ。
俺は落ち着き始めたブライアンの向かい側に座り、リリンを手招く。
リリンはいつもよりも大人しめな態度で、俺の横に座った。
さて、事態の収拾を計るとするか。
まずは……ブライアンを上手く懐柔することからだな。
あぁ、相手がタヌキだったら楽だったのに。
あいつらは美味いもん食わせておけば、そこそこ大人しい。
扱い方はリリンと一緒だから、手慣れたものだしな。
「すまんな、ブライアン。悪気は少ししかないんだ」
「ユニク、敵に謝る必要なんて無い。むしろもっと絞めあげた方が良いと思う!」
「これ以上は、色んな意味で危険だろ……。つーか、随分ご機嫌ナナメだな?何があったんだ?」
「……再三にわたる挑発とセクハラを受けた。一応我慢しようとしたけどユニクを殺すと言われて、何かがキレた。もういいや、ぶち殺し……ブチ転がしてやると思って魔王シリーズを解禁。今に至る」
再三にわたるセクハラ……か。
ブライアンの話じゃ時間稼ぎをしていたらしいし、相当煽ったのかもしれない。
そしてリリンは、意外と熱くなりやすい。
普段は平均的な顔をして大人しくしているものの、いざスイッチが入ると、雷人王の掌をぶっ放してくる理不尽系雷撃少女に早変わり。
壊滅竜も速攻で逃げ出す怖さを発揮するが、今まではなんだかんだ、実害が出ないように調整していた。
……が、今回は、コンガリしっかり焼いたらしい。
ヤンデリリン、恐るべし。
「リリンが何をやらかしたのかはとりあえず置いておくとして、さっきの俺の話を受けてくれる気はあるのか?」
「すまん。恐怖で内容がどっかに行っちまった。もう一回最初から頼む」
「俺達は不安定機構にコネがあるという話だよ。んで、俺達の後ろにいるのはあの有名な『大聖女シンシア』。噂くらいは聞いたこと有るだろ?」
「大聖母シンシア……?あぁ、シンシアなら知ってるぞ。貧しい子供たちを見つけると声を掛けて仕事を斡旋するとか、人生を見失った浪人を集めて事業を起こすとかいう、妙に現実味のある聖女様だよな?」
……。
ちらりとリリンの顔色を窺うと、やはり目が泳いでいる。
うん。恐らく向かう先はレジェンダリアだ。今頃、楽しく過ごしているに違いない。……奴隷として。
だが、そんな事は今は関係ない事。
俺は知らん顔して頷き、ブライアンに視線を飛ばした。
『知らぬが仏』って言うしな!
「そうそう。そのシンシアだ。信用するには充分だろ?」
「まぁ、そうなんだが……なんか妙にひっかかる気がする。つい最近、その名前をどこかで聞いたような……?」
「それはそう。あなた達はパルテノミコンの森に居たと聞いた。だったらシンシアの名前は聞いていて当たり前。シンシアはあの森の責任者だから」
リリンも話に加わり、俺の援護をしてくれている。
どうやら、だんだんと気分が落ち着きつつあるようで、いつもの平均的な表情でお茶の準備をし始めていた。
すぐ傍で控えている魔王な杖と宝玉が、再び封印される日も近いかもしれない。
「そう、だったっけな?あぁ、認識阻害を受けていたせいで若干記憶が歪んじまってるみたいだ」
「記憶が歪んでる、か。それでもいい、知っている事を話してくれないか?そうすればある程度の身の安全を保証するぜ」
「身の安全が保証されるというのなら、俺に拒否はない。協力させてくれ」
こうして、ブライアンの協力を得る事が出来るようになった。
認識阻害を受けていたとはいえ、手がかりになる事はあるはず。
ここはじっくり話をしたいところだな。
……だからな、リリン。
そろそろ、ブライアンに設置した魔法陣を解除してくれ。
真面目な話をするのに、絵面が締まらないのは大問題だから!




