第13話「剣と剣の戦い」
そして、俺とブライアンは、剣を握り締め、地面蹴り、相手に向かって走り出した。
剣が光を反射し、輝いている。
異空間と言えど、現実の世界と変わらないこの空間には太陽のような光源が存在している。
普通の地面、普通の空。
特に違和感がないという違和感を抱く、無機質な空間は絵画のような背景であり、その中で俺とブライアンは怒号を散らしながら激突した。
命ある者は、俺達二人だけ。
たった二人きりの戦いは、激しい剣撃から始まった。
「さはぁ!いいぞ、やるじゃねえかユニクルフィン!」
「お前もなブライアン、流石はランク6だ。俺は、ついていくのでやっとだよッ!」
俺もブライアンも武器は大剣。
必然的に大ぶりな攻撃が主体となる……なんてことはなかった。
俺は惑星重力制御を存分に使い、重量を軽減。
高速で剣を振る事に特化した、手数重視の戦法をとっている。
これは、カミナさんの弾捨離を破壊した時同様、ブライアンの大剣がグラムの一撃を受けて壊れなかった為だ。
複数の魔法陣が重なり合った武器は一撃じゃ壊せない。
ならば、手数で押し切るしかないのだ。
そして、ブライアンが取った戦法も同じものだった。
おそらく、先ほどの突きは俺を一撃で昏倒させる為に放ったものだろう。
それの効果が薄いと見るや、手数重視の攻撃で俺を押し切ろうとしているらしい。
大剣を使う両者が、速度と手数を重視して戦うという、イレギュラーから始まった戦い。
そしてお互いに剣をぶつけ合わせた後に体を引いた事によって、僅かな時間が生じた。
その時間を使い新たな戦法を仕掛けてきたのは、ブライアンの方だ。
「《刺撃・打突鑿》」
だんだんと整い始めていた視線の先で、ブライアンが剣の構えを変えた。
細いレイピアを持つように大剣を片手で垂直に構え、余った左手は体の後ろへ隠している。
これはどう見ても突きの構え。
大ぶりな大剣でそんな構えをとれるなんて、背筋どうなってんだとツッコミを入れたくなるが、そんな暇はない。
フワリと舞ったブライアンは一歩だけ体を突き出したあと、大剣の向きを変えて俺の胸に狙いを定めた。
さっき喰らった刺突攻撃よりも、見るからに強力な突き。
そんなもんをまともに喰らえば、今度こそ勝負が決しかねない。
俺は、四方に設置した全ての重力流星群に魔力を注ぎ、斥力を行使。
空間内に有る全ての物体を強制的に重力流星群へ引き寄せ、放たれた刺突攻撃に干渉を及ぼす。
ぐらついた剣先をグラムで薙ぎ払い、その後は斥力に身を任せてブライアンと距離を取った。
「打突鑿を防ぐか……。刺突錐も防がれたし、良いバッファと防御魔法を盛ってやがるな」
「当然だろ。これくらいやれなきゃ、リリンは守れないからな」
実際には、これだけの力はあっても、リリンとワルトを守れなかった。
あの瞬間に抱いた絶望と後悔。
俺は何度、同じ過ちを繰り返すんだと、あの時に感じた湧き立つ黒い感情は二度と忘れたりしない。
コイツは敵だ。
敵だから倒す。
そして、コイツには実験台になって貰おうかと思っている。
あの時思い出した、過去の俺が使っていた技の数々をコイツで試し、足りてない技能の礎となって貰うのだ。
ランク6というレベルに裏付けられた強さを持つコイツならば適任だろう。
敵だし、失敗しても問題少なめだしな!
「お前と出会えて良かったかもな。後ろで控えているであろう本番前の、いい練習になるんだから」
「ほざけよ。これが本番で、次はねえぞ。《鍛錬活性》」
ブライアンは短く呪文を唱えると、筋肉を膨張させた。
たぶん体の能力を向上させるバッファを使ったんだろう。
見るからに筋肉が膨れあがって、なんか、アホタヌキの戦闘形態を想像させる。ちょっとキモイ。
だが、効果のほどは本物だった。
再び狙いを定めて突進を仕掛けてくるブライアンへ、俺は重力流星群の斥力を増大させ干渉、攻撃を妨害しようとして……あえなく失敗。
増えた筋力による力技で振り切られて、そのまま勢いを増して俺に迫る。
速度が増したのか。
なら、俺も策を講じるまでだ。
俺はグラムの内部に重力流星群をセット。
これにより、持ち手を握る俺の他、四方から引力と斥力の影響をグラムに与える事が出来る。
要は、グラムが人間の物理可動範囲を超えて、縦横無尽に駆け巡るという事だ。
そして、激しく火花を散らしながら、剣の打ち合いが始まった。
まるで砂を巻き上げて進む竜巻が衝突した瞬間のように、複数の火花が同時に散った。
周囲に熱を撒き散らしつつも、俺もブライアンも攻撃をやめようとしない。
いや、お互いに攻撃を止めれないのだ。
攻撃の手を緩めれば、その瞬間に切り捨てられることが本能で解る。
そうして激しく続く剣撃は、衰えるばかりか、激しさを増してゆく。
「くはは!なんだこの意味不明な剣撃は!?常識がまるで通用しねえ!攻撃が来る方向がまったく予測できやしねえ!」
「そう言いながらも、余裕で裁いているみたいじゃねえか!!」
「予測はできんが、見てからでも、なんとかなるってもんだぜぇ!!」
いやいやいや、今の俺達の剣速、音速を超えているんだがッ!?
何、普通に対応してんだよ!?俺は次元認識領域を使っても良く見えてなくて、半分直感で攻撃してるんだぞ!?
グラムが通った後に風を斬る音がするんだから、音速は間違いなく超えている。
俺がブライアンの攻撃に対応できているのは、次元認識領域の俯瞰した視野があるからと、惑星重力軌道でグラムが超スピードを叩きだしているから。
それなのに、この至近距離で見てから対応するとか、人間に出来る芸当じゃない。
薄々は感じていたが、コイツ……理不尽側か!
ブライアンの大剣と俺のグラムの衝突は繰り返され、だんだんと俺が劣勢になってきていた。
剣をぶつけた時の威力は同等。
重量を操作し、威力の底上げをしている俺に対し、ブライアンは技で返してきている。
だが、我武者羅にグラムをぶつけているだけの俺と、武道の型を守り、連続した攻めを行っているブライアンでは事後に差が生じたのだ。
剣を放った後の姿勢の違い。そして、その姿勢が生む、わずかな隙。
やがて、グラムを弾き飛ばされそうになり、俺は戦略を変えた。
「ち。じゃあこれはどうだ?《重力衝撃波!》」
剣を打ち付けた瞬間に、グラムの内部のエネルギーを増大させ放出。
光を伴う熱閃が、ブライアンへと向かい――
「《秘儀・反台鉋ァ!》」
ブライアンは重力衝撃波を大剣の側面で滑らし、回避。
だが、大剣にヒビが入り……いや、違う、これはッ!!
「《奥義・圧殺釿ァ!!》」
グラムを上に撥ね退けながら、ブライアンは空高く大剣を掲げた。
バギンと音を立てて、大剣に亀裂が走り、そして、二本の中剣へと変貌を遂げる。
両手持ちの大剣から、両手持ちの双剣へと姿を変えた剣が、俺を見下し嗤っているようだ。
グラムの側面を通り過ぎ、俺の首へと近づいてゆく。
「反発しろ、グラムッ!!」
俺は手に持っていたグラムを重力流星群と反発させ、俺に向かって突き飛ばした。
俺に迫る刃が三つに増えるがこれでいい。
グラムの動きに押し込まれるようにして、俺の体が地面へ向かい、頭上を二本の剣が交差しながら通り過ぎてゆく。
これで俺に向かってくる刃は一本、グラムのみだ。
手早くグラムを再召喚し、刃の向きをブライアンへと向けた。
ブライアンは今、剣を振った後の、無防備な体勢だ。
回避されると思っていなかったという目を見開いたブライアンの顔は、俺に勝利を与えてくれた。
「最大出力だッ!《重力衝撃波ォォォオ!!》」
再び放った重力衝撃波がブライアンを穿ち、その巨体を吹き飛ばした。
手に持っていた剣が砕け、無数に散らばってゆく。
あの体勢から、重力衝撃波と体の間に剣を潜り込ませたらしい。
これでは致命傷には程遠いはずだ。
だが、武器は破損し、腕も裂け血を流している。
ブライアンは、それでも、二本の足で立ち上がり砕けて短くなった剣を構えていた。
まだ勝負を諦めていないらしい。
「これはどうみても、俺の勝ちだろ。もうやめようぜ、ブライアン」
「はっ。俺まで負けちまったら、もう、どうにもならねえだろうが」
「……なに?どういうこと?」
「ウワゴートとモウゲンド程度で、あの化けもんに勝てるわけない。俺が居たって勝ち目が薄いだろう。俺達に残されてた勝利の目は、やつらが時間を稼いでいる間にお前を捕縛しあの化けもんと交渉する事だけだ。『素直に俺達と一緒に来いってな』」
うわぁ。さっきから勝ち目があるとか言ってたのはハッタリだったのか。
流石に、冥王竜との戦いを見せられて、勝ち目があるなんてのはおかしいもんな。
だが、だったらなんでこの依頼を受けたんだ?
「勝ち目が無いなら俺達を襲うなんてしなけりゃいいだろ?お前らほどの実力なら、危険は冒さなくてもいいと思うんだが?」
「簡単な話だ。危険から逃げるためだよ」
「はい?」
「俺らの依頼主は俺らよりも強く、そして狡猾だ。全ての逃げ道を封鎖され、残されたのはお前らを捕まえるか、死ぬかの二択。誰だって、死にたかねえだろう?」
コイツらは敵から依頼を受けたのではなく、脅迫されてしかたなく俺達の所に来たって事か?
そうか……。つまり……。
冥王竜と戦った俺達を見ているのにもかかわらず、その俺達よりも敵の方が怖かったってことだ。
敵は強大。
これが確定された今、本来の作戦に戻った方が良さそうだ。
俺はにこやかにほほ笑むと、ブライアンへ停戦の申し出を行った。
「なぁ、俺達に協力してくれるなら、お前らの身の安全を保証しても良いぞ?」
「……なんだと?」
「実は俺達は不安定機構にコネクションがある。しかも、相当に高位なコネだ。そして、不安定機構は俺達の敵を潰そうとしてくれてる。お前たちに協力する意思があるのなら見返りに保護する事はできると思うぜ?」
「不安定機構との繋がり……それはどっちの不安定機構だ?白か?黒か?」
黒です。
というか、真っ黒な悪魔色です。
……いや、待て待て。早まるな、俺!
そんな事を言おうものなら、不信感がうなぎ上りで話を断られるだろ!
ここで、心無き裏設定が俺の脳裏に浮かんできた。
真っ白い悪魔『大聖女シンシア』さんが、へらへらと薄く笑っている。
ここはシンシアの名前を使わせて貰おう。
シンシアの名前は冒険者の中でも有名らしいし、良い方向に働くはず。
よし、これでいこう。
我ながらいい作戦だと思うぜ!
「あまり大きな声じゃ言えないんだが……」
「おう……」
決して大声で言えるような内容じゃないので、小声で話す。
ここには俺達しかいないが、なんとなく雰囲気的にそうしたいのは、俺に残った僅かな罪悪感のせいかもしれない。
大聖女様の管理下に置かれるなんて、人生を使い潰されるのが目に見えて分かる。
だが!我こそは心無き魔人達の統括者、まじゅうかいじゅ……おっと間違えた。有償救世ユニクルフィン!
救いが欲しいなら、対価を支払って貰おうってな!
「俺達の後ろに居るのは……大聖女シンシ……ア?」
俺は、ブライアンの右斜め後ろの空間に黒いシミみたいなものが浮かび上がっているのに気が付き、話の途中だからと無視を決め込む……事は出来なかった。
ゾワリと背筋が凍り尽き、体温が急激に下がってゆく。
そのシミがジワリジワリと広がってゆくにつれて、俺の額にも、ブライアンの額にも、脂汗が噴き出し頬を伝って落ちていった。
恐怖。
恐怖。
恐怖。
そのシミからは恐怖が溢れだし、広がり続けている。
そして、あまりの恐怖に話を中断し、そのシミを凝視するしかできない俺達へ、さらなる恐怖が襲いかかったのだ。
怖……殺……滅……血……痛……悪……危……失……恐……疑……醜……鬼…怪…酷…毒…害…祟…厄…魔…病、災、獄、終、嫌、謎、怠、震、憂、邪、葬、屍、餓、溺、貧、恨、轢、裂、呪、負腐傷涙罰怯逃虚…………………………死。
「うわぁああああああああ!!!!!」
「ひぃいぃぃぃぃいぃぃぃ!!!!!」
だんだんとシミが広がるにつれて、叩きつけられる恐怖の波動が濃さを増していく。
死ぬ恐怖。
失う恐怖。
後悔する恐怖。
俺の中にくすぶっていた恐怖の感情が沸き立ち、思考を暗黒に突き落とした。
怖い、怖い……怖いぃぃぃぃぃぃ!!なにが、何が来るんだよッッ!?
あのシミが広がった後、何が出てくるんだよッ!?!?
これはアレか?まさか、タヌキなのか!?
だか、この恐怖感はヤバすぎるだろぉおおおお!?!?
タヌキ帝王すら凌駕する恐怖!あ、もしや、これは………………神?
俺の脳内に、四足歩行のシルエットが浮かび上がった。
タヌキっぽいけど、そうじゃない何か。
このタヌキ帝王をも超える恐怖なんて、心当たりは一つしかねぇ!!
来ちゃうの!?……神じゃないタヌキ、来ちゃうのッッ!?
そして、混乱しているのは俺だけじゃなかった。
ブライアンも錯乱し、散らばった剣の残骸をくっ付けたり離したりして直そうとしている。
そんな事しても直る気がまったくしないが、本人は必死に頑張っているからそっとしておこう。
そうこうしている内に、シミは人が通れるくらいの大きさとなった。
バチリバチリと閃光が弾けているのは、何かとんでもない存在が時空を超えて出現ようとしているからだろう。
そして、恐怖で一歩も動けない俺達の前に、恐怖の発信源が姿を現した。
「……あ、ユニク発見。無事でなにより」
蒼い髪で鈴とした声を持つそいつは、まさに、大悪魔だった。
「じんぐるべー♪じんぐるべー♪すずなーらぬー♪」
「……おい、なにやってんだナユ」
「ん?今日はアレじゃの?赤い服を着て町を練り歩き、「プレゼントをくれなきゃ悪戯するのじゃ!」といってから強盗し、短冊に願いを書いて待ってる子供らにプレゼントして回るというイベントがある日じゃ」
「色々と、余計なもんが混じってる……。しかも、今は紅葉の季節。冬には程遠いぞ……」
「ということで、赤い服を着ていい子にしてる子等にプレゼントを配ってくるじゃの!」
「……転移魔法でか?情緒の欠片もねえ。転移魔法が使えるサンタってなんだよ?全国の親御さんのレベル高過ぎだろ」
「ユルド、儂をナメておるのか?豪華なソリも、ソリを引く獣もちゃんと準備をしておるのじゃの!」
「は?どこのそんな……?」
シャンシャンシャンシャン…………。
「なんか来たし」
ヴィギュリオオーーン!!
「トンデモねえ奴がソリ引いてるし」
おじさまーー!那由他様ーー!!
「そしてお前はサンタなんだな……良く似合ってるぜ、アルカ……」
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「リリン、朝から何を喰ってるんだ?」
「ん。果実の詰め合わせセット?朝起きたら部屋の入口の所に置いてあった」
「なにそれ……。」
「もぐもぐ……とりあえず美味しいからいいと思う」
「ん?なんか紙が挟まってるな……どれどれ?」
『ぬりーくりすみます!』
「「……。色々、間違ってる……。」」
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メリークリスマス!
(狸゜ω゜)ノ




