第13話「リリンとお勉強~蛇峰戦役(中)~」
場面は再び天空。
眼下の蛇が動きを止めたことを確認し、勝利は目前だとエアリフェードは高らかに笑っていた。
「アストロズ、上出来です!まさかポリシーを曲げてまで、あの蛇の動きを止めてくれるとはね!では、私も本気を出してみましょうか!!」
エアリフェードから溢れ出る膨大な魔力。
リリンサはこの時に、自分の身近にも化物が居たことを知る。
練り上げる途中の魔力が大気を振わせている光景など、リリンサは見たことがない。
いつも飄々としている師匠達は戦闘を行う際にも、どこか緩い空気を出すことが多かったからだ。
「あー。いっぱい居ますね。面倒なので、アストロズさん、やってしまいなさい!」
「うがぁぁー」
なんてふざけたやり取りが、ランク5相当の危険生物が大量発生した際に行われており、リリンサも、「どこか変だな?」くらいには感じていた。
結局のところ、リリンサは師匠達の本気を見たことがなかったのだ。
「リリン、良く見ておきなさい。これが私の最強の魔法です。最も、強力過ぎるので貴女に教えることは有りませんけれどね。おっと、閃光の敵対者を発動しておきなさい。目が潰れてしまいますからね」
「師匠……。」
リリンサは眼前の光景を目で追う事に忙しく、師匠と相槌を打つので精一杯だった。
頭上に君臨する9つの球体。
ほんのりと朱色だった球体はエアリフェードの呪文に反応し白く変色、そして、その下部から緻密な亀裂が発生してゆく。
トクン、トクンと脈打つ度に亀裂は正確な模様を型どり、何度目かの脈動が終わる頃には、繊細かつ精密な模様をあしらえた巨大な魔道具らしきものが空に創られた。
リリンサはあの魔法が完成したのだと本能的に悟る。
そして、最後の呪文を隣に立つエアリフェードが付け加えたのを聞いた。
「≪そうだな、まずは力を誇示しよう。この光を以て殲滅し、英雄への価値観を変えてやろう。我こそは英雄。我が名は、―光輪の使途―≫」
『明星殲滅・蛇峰殲滅第一形態―光輪の使途―』
かつて英雄に憧れを抱き、その生涯を以て英雄と呼ばれるようになった男が編み出した光の魔法は、数百年の時を経て再び発動された。
そして、この魔法の目撃者は、口を揃えてこう言うだろう。
「光の魔方陣が大地に張り付き、触れたあらゆる物を消滅させたのだ」と。
リリンサはこの瞬間を一瞬たりとも見逃さないよう、目に映る映像全てに意識を集中させ、観察する。
世界最高の魔道師を目指す彼女には必要な事だったからだ。
九つの球体から発せられた閃光。
空気が膨張し破裂する音よりも早く殲滅の光は地表に届けられ、地面に触れた瞬間に決められていた方向へと拡散する。
寸秒の時の間に地表にて完成した殲滅の光の魔法陣は、触れたあらゆるもの、木々や岩石、空気に地表、そして、物言わぬ姿の亡骸までも全て均一に閃光と同化させ消滅させた。
その無慈悲な閃光はアマタノの体を無数に貫き、傷を負わせることですら無謀と呼ばれた長大な体の断裂させてゆく。
初めて与えた決定的な一撃を前にして、リリンサは息を飲むしかできない。
アマタノの体に絶大なダメージを与えた光の可視光線は今だ威力を衰えさせることなく、その光に触れた何もかもを消滅させ続けている。
突如起こった体の痛みの後は、無の感覚。その後押し寄せた痛烈な衝撃と熱量、そして、断裂した部位の感覚が無くなった事にアマタノは反射的に体をよじり、抵抗を見せた。
しかしそれは、再び光に体を触れさせる行為であり、焼かれ消滅する箇所を増やす結果となってゆく。
**********
断裂した部位が増えて行く中、全身に銀色を纏った騎士達が戦場を駆けていた。
「うぉりぁぁぁぁぁ!!これが土壇場だ!死にたくねぇ奴はァ!命を投げ捨てろ!」
あまりの恐怖で、滅茶苦茶な事を言い出したのは、全身甲冑に覆われた中年騎士だ。
その言葉を投げ捨てるや否や、光輪の使途に突撃。
続く別の騎士もまた同じく、涙声で怒鳴りながら、光の中へと侵入してゆく。
この騎士達は何をしようとしているのか?
騎士達の名は鏡銀部隊。
全身を銀一色の鏡鎧を身に纏う、リリンサの師匠『シーライン』の直属の戦闘部隊だ。
この騎士達は例に漏れず自身の役目を全うするために、全てを消滅させる殲滅の光に身を投じた。
この瞬間に騎士たちが思い出すのは苦々しい作戦会議。
事の発端は、鏡銀騎士団のボス、シーラインが言った軽い一言が原因だった。
「魔法を、進化させちまおうぜ」
シーラインから出される命令はいつだって無謀だ。
ほぼ毎日、死を覚悟している騎士達に飛びきりの命令が下されたのは、戦いが始まる少し前、切り札とされる光輪の使途の説明の時だった。
「私の光輪の使途は膨大な出力を誇りますが、いかんせん制御が難しい。当たりようによっては致命傷に成り得ないかもしれません」
「なるほどねぇ………んじゃまぁ、我が鏡銀部隊を使おうか」
エアリフェードの言葉に返事をしたのは、着物の上に、まだらに西洋甲冑を着た屈強な男、シーラインだった。
この男の言葉に騎士たちは、ゴクリと喉を鳴らす。
「どう使うんですか?」
「んなもん簡単だ。コイツらを光輪の使途に突撃させる、そんで、致命傷になるまでに何度も魔法陣を書き換えさせんだよ。ほら、鏡が光を反射させるみてぇにだ」
「それは理論的には出来そうですが、失敗したらその者は死にますね。骨も残りませんよ?」
「今更さ。こんな大規模な作戦を使わざるをえない時点で相当な死者が出てんだろうよ。足りなかったのは己の技量。我に出来ることは即ち、人間一人に出来るってぇことだ。我の鏡銀部隊に力量の足りない人物などいねぇと証明してくれるってぇもんだろ」
その無茶苦茶な理論に絶望しつつ、鏡銀部隊は念入りに作戦を練った。
もともと、自分等のボスたるシーラインに認めて貰うため、または、奴より強くなり復讐を果たすためにこの部隊にいるのだ。
こんな適当な思い付きに殺されてたまるかと一致団結し、あらゆる可能性を吟味する。
「おう、お前ら。最後は我に魔法を寄越せよ?」
((あぁ、やってやるよ!特大の魔法を打ち込んで、蛇もろともぶっ殺してやるぜ!!!))
一部、鋭い目付きの輩のドス黒い思惑が、裏計画として芽生えている。
シーラインはそんなことも考えているだろうなと思いつつ、『頑張れよ』と部隊を煽った。
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「反射装甲の純度を上げろ!最初は右に弾けぇぇ!」
鏡銀部隊長は想定していた以上の威力に驚嘆しつつも、決められた作戦を履行する。
刹那、殺戮の閃光は空気の膨張する音と共に右に流された。
そして、流された先には目標の化物蛇の胴。
ジュワッと肉の焼ける音と臭いだけが残り、光の進路はそのまま真っ直ぐに突き進む。
そしてその先には、新たな鏡銀騎士が待ち構えているのだ。
地上を巡る光輪の使途は、鏡銀騎士達により戦場を縦横無尽に駆け巡ぐった。
最初に放たれた形から幾度となく変化し、移ろう閃光の進路の後には何もかもが残らない。
絶望を振り撒くアマタノの首でさえ瞬く間に分断されていったのだ。
やがて、この光輪の使途は別の魔法へと進化を果たした。
名も無き新たなる魔法。
対象の範囲内を縦横無尽に駆け巡る殺戮の閃光は、安全地帯にて成り行きを見守っていてた仲間達の目に焼き付き、後にこう呼ばれるようになった。
「蛇峰殲滅第二形態―終生の破滅陣―」
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「………これは、魔法なの?師匠」
「紛れもなく魔法ですよ、リリン。最も、蓋麗山が噴火したと言われても納得してしまいますがね」
リリンサの眼下には絶望の黒い渦が広がっていたはずだ。
しかし、今はその面影はなりを潜め、赤銅の炎を背に幾度も書き変わる白い魔方陣が描かれているのみ。
蠢く炎の中には、横たわる黒い巨体。
微動だにしない不可解な化物は、8つもあった頭の全てを断裂さており、もはや、火に巻かれつつある光景こそが結果として残されている。
良く見ておきなさいと師匠から言われていた。
もとより言われなくても目を放すつもりなど全くなかった。
だけれど、目まぐるしく変わる状況に着いていくことすら、リリンサには出来なかったのだ。
「師匠。終わったの………?」
リリンサは湧き出た疑問を素直に問うた。
そこには多大な安堵感と、少しの不安を抱いて。
「いえ、まだ終わっていませんね。アマタノのレベルが消失していませんから」
「そんな、まだ………なの………!?」
「頭を全て落としたのに生きているとは驚きですが、恐がらなくても良いですよ。もうすぐに終わります。ほら、シーライン達が最後の締めに向かいました」
赤銅の炎の中に二つの銀閃が光る。
師匠シーラインと兄弟子のゼットゼロだ。
「師匠達はどこに向かっているの?」
「あぁ、それは"付け根"ですよ。8つある頭の生え際ですね。そこにある"孔"が奴の弱点だと言われています。伝説ではね」
リリンサは銀閃を見つめ願う。
「どうか、二人が無事で帰ってきますように」
誰の目に見ても決着はついたと安心しているこの状況で、リリンサだけは、今だ不安に取り残されていた。