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第9話「”危機”の目覚め」

 

「ここは……?」



 リリンサは困惑していた。

『敵の罠に掛ったフリをして捕まえる』という作戦が失敗したばかりか、あろうことか逆に異空間に捕らわれてしまったからだ。


 自分自身の強さと敵の三人を比べて、純粋な戦闘力で自分達が優位だと判断していたリリンサは、万が一の時でもユニクルフィンを守りきる自身があった。

 しかし、ユニクルフィンと分断されてしまった今、その大前提は崩れ去り、危機的状況となってしまっている。


 直ぐにでも此処から脱出して、ユニクの所へ行かないと。


 そんな風に思考を巡らせ始めたリリンサへ、敵は嘲笑を投げかける。



「意外と簡単に捕まえられたんだなぁ」

「そうだそうだぁ。これだけマヌケならば、警戒する必要も無かったかもだぁ」



 さっさとランク9の魔法でも放って空間をぶち破ろうとしたリリンサへ、言葉が投げかけられた。

 言葉の発生源は、やせ細った男『ウワゴート』と太い男『モウゲンド』。


 リリンサが声の方向へ視線を向けると、にやにやと下卑た笑いを浮かべ二人は立っていた。

 二人の手には長剣がそれぞれ握られ、目的は言うまでもなく、力による武力制圧だと見て取れる。



「一応聞くけど、これは何のつもり?」

「聞かなくても分かるだろ?お前らを襲撃しに来たってことだなぁ」

「げへへ。可愛い子ちゃーん。オラとイイコトしようだぁ」



 リリンサは一応の確認として、敵かどうかを男達へ尋ねた。

 心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)時代、ワルトナを始めとする仲間から、『無関係な人を襲うのはやめなさい』と散々に渡り注意されたが為に出来た習慣だ。


 そしてリリンサは「確認は済んだし、後はヤルだけ」だと、平均的な表情で目を細めて獲物を見定める。

 分断されてしまったとはいえ、今のユニクルフィンの実力ならそう簡単には負けないと思っているリリンサは、ならばさっさとコイツらを処理して助けに行けば問題ないと戦略を組み立て終えた。



 ……敵は二人。

 気絶させる前に、ユニクがどこに居るのか脅して吐かせよう。



 戦略の方向性を定めたリリンサは、愛用の星丈ールナを男達へ突き付けつつ、疑問を投げ掛ける。



「あの森は転移魔法が使えないはず。どうやって、私を此処に飛ばした?」

「教えてやる義理なんかないよなぁ?どう思う?モウゲンド」

「可愛い女の子には優しくしてやるのが花ってもんだぁ。でも、教えてやらーーーん」



 リリンサとて、敵が素直に答えてくれると思っていない。

 しかしながら、小馬鹿にするような返答には苛立ちを覚え感情を揺さぶられた。


 そして、時間が無いと思っていたのにも関わらず、怒りを言葉にして男達へ返してしまった。

 それが、男達の戦略だとも知らずに。



「いい気にならないで欲しい。お前達の無傷は、私の優しさの上に成り立っていると理解するべき」

「おや?これは自信家ちゃんなんだなぁ。背伸びをしたいお年頃?」

「大人に突っかかるなんてお子様も良いとこ。絶対にお子様ランチで旗を集めちゃうタイプなんだなぁ」



 威嚇として強い言葉を放ったリリンサに対し、柔らかな言葉で煽りを続けるウワゴートとモウゲンド。

 その言葉は的確に、リリンサは感情を揺さぶる。

 実際に、お子様ランチの旗を集めていたリリンサは「何で知っている!?」と驚き、取り繕っていた焦りと不安の感情に恥ずかしさを混ぜ込んで取り乱す。


 男達は、ワルトナとセフィナからリリンサの情報を得ている。

 戦略に組み込むから標的の情報を教えてくれ。と打診し、その問いにセフィナがノリノリで答えたたのだ。



「おねーちゃんはね、お子様ランチの旗を集めてるの!ダブった旗は私が貰えるんだよ!!」


「おねーちゃんね、おやつを先に選んじゃうの。私に選ばしてくれるのは五回に四回くらいなんだよ!!」


「野菜も食べなさいって言ってくるのに、実はキノコが嫌いなんだよ!ママにね、キノコは使わないでってお願いしてたもん!!」



 情報が食い物の事しか出てこない……と、ウワゴートとモウゲンドは若干顔を引き吊らせながらも、足りていない情報を脳内で補完。

 戦略に組み込める程度に精査し、リリンサの素性に当たりを付けた。



 ・依頼主は標的を『おねーちゃん』と呼ぶ、親しい間柄。

 ・依頼主は認識阻害が掛けられていて正体が掴めないが、話の方向性から、標的は依頼主より年上でありながら、近い年齢。

 ・依頼主は、おそらく10~15歳の範疇。ならば、標的も思春期真っ盛りである可能性が高い。



 出てきた情報から、標的のステイタスを考察。

 ウワゴートとモウゲンドはリリンサの素性を完全に予知し、事前に作戦をシュミレーションしている。


 ・標的は15~19歳の女の子。

 ・思春期真っ盛りで、男を見つけて舞い上がっているものの、上手くいっていない。

 ・食い意地が張っている。


 追加で得たワルトナの情報も混ぜ込みつつ、ウワゴートとモウゲンドは格上たるリリンサを手中に収める為に必要な、小さな綻びを見つけた。

 ”恋慕”という名の決定的な弱点。

 それは、隔絶した強さを持つリリンサを、敗者たらしめる要因としては十分なものだ。



「お前達は敵だと宣言し、私を煽って来た。よほど酷い目に遭いたいの?」

「いえいえトンデモございませぇん!ワイらはアンタを攫って来いって言われただけなんだなぁ。酷い目になんて御免被るぅ」

「でもでも、イイ事ならしたいかも?お子様でも女は女。男がいるならご奉仕の仕方くらい知ってるでしょ?毎日ベッドの上でイチャラブしてるんでしょー?」


「……。ふざけるのも大概にして欲しい。あぁ、ブチ転がされたいの?それなら、いくらでもしてあげる。《二十重奏魔法連ヴィゲテットマジック・雷光槍》」



 モウゲンドとウワゴートは、的確にリリンサの琴線に触れた。

 それは、彼らにとっての予定調和。


 この二人は、言葉一つで戦場を渡り歩く『狂言師』と呼ばれる存在だ。

 人道を外れた言葉や道理を無視した言葉などを巧みに使い、人間の心を揺さぶる事を仕事とする指導聖母『悪典ヴァリアブル』の直属の配下だった過去を持つ。


 時に、戦場を支配していた騎士団長へ『姫が攫われた』と嘘吹き、選択肢を誤らせた。

 時に、廃人寸前の浮浪者に『夢』を見せ、使い捨てのコマとして仕立て上げた。

 時に、揺れ動く人の荒波の中で『未来』を予見し、多くの人民を戦場へと歩ませた。


 彼らは、たとえ標的が格上の存在だったとしても、問題視しない。

 標的が人間である以上は『感情』があり、『感情』は致命的なミスを呼ぶ。


 多くの経験からそれを知るウワゴートとモウゲンドは、確たる自信を以て行動を起こした。

 そしてそれは、狙い通りの現実となる。



「反撃の機会は与えない!《五十重奏魔法連クィンクァゲテットマジック・主雷撃!》」

「おいおいおい、すげぇ雷だな」

「だか、効かーーん!」



 リリンサがごちゃ混ぜの感情で放った、威力任せの闇雲な攻撃。

 それは、通常の冒険者ならば対処不可能な連撃だった。

 しかし、予めリリンサの強さを把握し、有効な対策を練り上げてきたウワゴートとモウゲンドには通じない。


 ウワゴートとモウゲンドは知っていた。

 パルテノミコンの森の上空でドラゴン相手に起こった、凄まじい雷撃の数々。

 リリンサが光系統の魔法を得意とし、逆上すれば間違いなく得意な光の魔法で襲いかかってくる事を知っていたのだ。


 故に、リリンサの雷光槍と主雷撃は二人の体を貫けない。

 リリンサに対応する為に特別な装備――、光魔法を反射する特殊な服は、詠唱破棄で唱える事が出来る程度のランクの低い光魔法では貫けない。


 ウワゴートとモウゲンドを痛めつけるつもりで放った魔法が意味を成さなかった事を知り、リリンサは更に心を乱してゆく。



「魔法が効かなかった?なぜ?」

「効く訳ないんだなぁ。この装備はあんたを攫う為に仕立てた特注品。魔法なんて全て無効でっせ」

「魔導師の女から魔法を差し引いたら、ただの女になるんだなぁ。裸の付き合いをすんだったら脱いでやっても良いんだなぁ」



 リリンサは思考の渦に捕らわれ、判断が鈍り始めている。

 ユニクルフィンを人質に取られた状況でミスを指摘され、不安と怒りばかりが育つ。

 されに、ユニクルフィンとの男女関係を野次られ、羞恥心や恋慕も刺激された。


 色んな感情と思考がリリンサの脳内を渦巻き、纏まらない。

 そして、だんだんと感情に任せた単調な攻撃しか出来なくなっていく。



「ちぃ。何で当たらない!まどろっこしい!《主雷撃!》」

「芸が無いんだなぁ。魔法は効かんと言ったはずだがなぁ」

「おらおらおら、女をいじめるのは楽しいんだぁ!それ!」



 リリンサが苦し紛れに魔法を放つも……、ウワゴートやモウゲンドに届く事は無い。

 焦っているが故に詠唱が速い光魔法を放ち、無効化。

 ならばと、水系統の魔法『氷弾雨アイスバレット』を放ってみたが、やはり効果が無いと錯覚(・・)させられた。


 実際には、二人が着ている服に氷魔法を無効化する機能は無い。

 だが、二人には防御魔法があった。

 ランク5という数字に裏付けられた強さを持つウワゴートとモウゲンドは当然、バッファの魔法も防御魔法も扱える。

 だからこそ、あえてリリンサの氷弾雨を真っ向から受けて耐える事で、ウワゴートの言葉どおりに『全ての魔法を無効化する服』だとリリンサに錯覚させたのだ。



「魔法が効かないなら、切り刻めばいい。《サモンウエポン=殲刀一閃・桜華》」

「おぅ?いい刀だな。祖国でもお目にかかれない逸品だ」

「幼女に刀。アブナイ組み合わせだと思うだぁ」



 魔法という選択肢を奪われたリリンサは、バッファを使用した肉弾戦を強いられた。

 そしてそれこそが、ウワゴートとモウゲンドが用意した確実な勝利。


 桜華を召喚し、リリンサは真っ向から剣撃を仕掛けた。

 バッファも複数発動し、最高速度で桜華を振う。

 音速を簡単に超える鋭き斬撃。

 いくら魔法を無効化しようとも、物理攻撃ならば通るはずだと、リリンサは本気で斬りかかる。


 しかし、その剣撃でさえも、ウワゴートとモウゲンドには通用しなかった。

 単純に剣士としての技量で、リリンサは二人に負けていたからだ。



「ん……!!」

「俺らの剣は飾りじゃねぇんだ」

「もちろん、こっちの剣も飾りじゃないんだなぁ!」



 二人の剣士は、下卑た言葉とは裏腹に、華麗に舞う。

 とある国で師範代にまで登りつめた実力を持つウワゴートとモウゲンドは、狂言を使わずとも強者なのだ。


 『剣皇』と呼ばれたシーラインに師事していたとはいえ、魔導師として成長したリリンサが、近接戦闘において最も優れていると言われる国の師範代と魔法を封じられた状態で戦う。

 さらに、相手は二人であり、体の大きさは両方ともリリンサの二倍近く大きい。


 だんだんと追い詰められて行くリリンサは攻撃を防ぎきれず、体に剣を受ける回数が多くなっていく。

 なんとか第九守護天使が防いでいるものの、確実に耐久力は削られているのだ。



「くっ……、コイツら、強――!」

「おらおら、どうするガキィ!」

「大人しく降参して泣きべそを書くんだなぁ!」



 リリンサは、命を賭けた人間同士の殺し合いを、久しく忘れていた。

 ウワゴートとモウゲンドは、常に命を賭けて戦場を渡り歩いていた。

 この差は、歴然と広がっている。



「はぁ……はぁ……」

「息も絶え絶えだなぁ。まぁ、魔導師が運動量で剣士に勝てる訳がねぇ」

「幼女がはぁはぁいってるだぁ。オラもハァハァしたいだぁ」


「おかしい。いくらなんでも、この程度で息が上がるはずが……」

「ワイらは狂言師。空気を操るのが仕事でっせ?」

「精神的にも、物理的にもお子様じゃ耐えれないんだぁ」



 呼吸が異常に苦しくなり、リリンサは空間に異常がある事に気が付いた。

 すぐに確かめる為に、何も無い空間へ雷光槍を放って観察。

 すると、通常よりも飛行速度が二割ほど遅い事が分かった。


 何らかの魔法が発動している。やられた……。とリリンサは己の傲慢を悔いた。

 思えば、この状況はワルトナに警告されていた通りの筋書きだと気が付いたのだ。



『いいかい?キミらからは決して仕掛けてはいけないよ。敵が入念に準備した場所に飛び込めば、負けるのは必然だからね』



 確かに警告されていたのに……と、後悔を抱きながらも、リリンサはこれから展開へ思考を巡らせる。



 敵は女であり、ブライアンとは別の人物。

 こいつらも依頼主が居ると証言していた。


 だとすると、その内、敵の最高戦力がここに来る?

 いや、もしかしたら、既にユニクの所に……。


 混乱する思考の中に、最悪の結末がよぎった。

 そして、僅かながらに表情に漏れ出た変化を、ウワゴートは見逃さない。



「だが、お前は殺せないから、安心だよなぁ」

「私を殺せない……?」


「依頼主の意向なんだよな。お前は生きて連れてくる事。それが条件の一つだ」

「どういう事……?敵は、私達二人を狙っているんじゃないの?」


「そうじゃねぇ。大事なのはお前だけだってよ。事実、ワイ達が受けた依頼は『リリンサからユニクルフィンを引き離し、決別させる事』だ」

「私とユニクを決別……?それに何の意味が?」


「お前の神託が気に入らねえんだとよ。だから、お前達は別れて貰うんだ」



 私の神託を知っている?と、リリンサは疑問を抱いた。

 しかしながら、それは今するべきでは無いと思考を打ち切り、ウワゴートの言葉を吟味する。



 敵の狙いは、私とユニクを別れさせる事?何の為に……。



 リリンサは思考を巡らせたが、敵の目的を見つける事が出来なかった。

 だが、リリンサの中で確たる答えが発露し、それは言葉として自然と口から出て行った。



「それは不可能なこと。例え、ユニクと別れさせられても、どこへ連れ去られたとしても、私は絶対にユニクを見つけ出す」

「へぇ。それは、あの世でもか?」


「……え?」

「別れさせる方法についちゃ、指定されちゃいねぇんだ。だからよ、ワイらはお前達を『死別』させる。あの男には死んで貰うんだ」



 おどけた口調を一変させて、ウワゴートは残酷な計画をリリンサへ告げた。

 いくら神託で結ばれていようとも、冥界までは会いに行けるわけがない。と笑い飛ばし、蔑み、感情を煽る。


 これは、ウワゴートとモウゲンドが用意した”最高の嘘”。

 再三にわたり思考と感情を揺らした末に、絶望を突きつける。

 どんなに屈強な戦士であろうとも、いや、強き者であればある程、『失う事への恐怖』には耐性が無く、簡単に騙される事となるのだ。


 幼き体でありながら、隔絶した強さを持つリリンサ。

 敗北など無い栄光の人生を歩いて来たはずだと、ウワゴートとモウゲンドの経験が語る。


 だから、この瞬間にリリンサの心は折れ、後は命乞いをしてくるか、なりふり構わず錯乱するかの二択が起こると値踏みしていた。

 そしてそれは、現実となった。



「……もういい。」

「降参するのかぁ?いい判断だなぁ」


「違う。情報を引き出すことや、決められた戦略を進める事、ついでに言うのなら、お前達への手加減、そして、命の保証をする事でさえも……、全部、全て、やめたと言った。」



 それは、明らかな激情だった。

 モウゲンドとウワゴートにとって、相手の激怒は日常。

 だが、リリンサの平均的な表情を知る者にとって、これは……、凄惨な恐怖への序章。



「おやおや?怒っちゃたのかなぁ?怖いんだなぁ」

「お前達は、ユニクを殺すと言った。殺されても文句は言えない。だから……」



 リリンサは激昂し、平均的な表情を崩した。

 さらに、ゆらりと揺れて右手を空へ向ける。

 そして、心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)の名前の由来となった、絶大なる禁忌を呼び覚ます。



「《魔王の降臨(サモン・デーモン)魔王の右腕(デモン・ライト)魔王の左腕(デモン・レフト)魔王の心臓核(デモン・センターコア)》」



 召喚されたのは、圧倒的な畏怖を撒き散らす、伝説の魔道具。

 それら三つの魔道具を装備したリリンサは平均的な表情を崩し、魔王のように、にこやかに笑って(・・・・・・・・)、潰すべき”害敵”へ別れの挨拶を告げた。



「……あっけなく、死んでくれると、嬉しいな。」


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