第4話「茂みに潜む者」
「ぐぅぅぅるぐる!げっげーー!」
深い森に謎の奇声が響く。
奇声の発生源は、年端もいかない童貞冒険者だ。
格好いい剣と鎧を携えて、高らかに奇声を発している。
客観的に見たらさぞ、痛々しいことだろう。
……俺達が森に入って10分。
今だキングゲロ鳥は現れてくれない。
早く出てこいよ!
ぐぅぅぅるぐる!げっげーー!
「ユニク、相手は仮にもキングを名乗っている。だから、もっと高らかに鳴いた方が良いと思う!」
「これ以上、高らかにだと……」
「聞いただけで、全鳶色鳥がひれ伏すような奴が良い!」
「………。ぐうううううるぐうううる!げぇっげええええええ!!」
俺は、高らかに鳴いた。
自尊心とかを燃料にして、それはもう、高らか鳴いた。
そんな俺の魂の叫び声を聞いて、リリンは平均的な満足顔で頷き、「これなら直ぐに見つかると思う!」と大変にご機嫌。
鼻歌交じりに、周囲を索敵している。
俺は、心の声として取り入れるくらいには、ゲロ鳥の鳴き声に親しみを覚えている。
なのに、テンションがまったく上がらない。
それは……、リリンが抱き抱えているミニドラが俺をガン見しているからだ。
赤いナイトメアも、青いディザスターも、物凄い形相で俺を凝視。
「え?こいつなんなの?」って顔に書いてある。
まるで、未知の生物に遭ったかのような顔で俺を見続け、明らかに警戒、真っ最中。
……おい、そんな目で見るんじゃねぇよ!
俺だって、鳴きたくて鳴いてるんじゃないんだよッ!!
ぐるぐるげっげーー!!
「ユニク、表向きの任務は任せた。裏の方は私に任せて」
「おう、こんな状況で接触してくる冒険者がいたら、どう考えても不審者だし、その時はリリンに任せる」
「うん。その時は全力でイチャラブして敵を煽りたい。格の違いを見せつけてあげる!」
……いや、そこは普通に捕まえた方が良いんじゃないか?
イチャラブを見せつけるのは敵の動揺を誘う為で、判定を付けやすくする為だっただろ。
実際、ものすっごく動揺が誘えるはずだ。
なにせ俺は、ぐるぐるげっげーと奇声を上げている訳で、もの凄く近寄りがたい。
そんな俺とイチャラブするリリン。
……バカップルというか、本物の馬鹿にしか見えない。
ワルト、この作戦、上手く行きそうにないぞ?
「とりあえず、俺は心を無にして鳴くか。ぐうううううるぐる!!げっげええええ!!」
なぁ、ミニドラ。
俺が奇声を発する度に、びくぅ!とするのやめてくれない?
そんなにも、俺の事が奇妙に見えるのか?
……見えるんだろうなぁ。
そうして、しばらくの間、俺達は森をさまよい続けた。
**********
ガサッ。
「ぐううううるぐるげっげーーーー!」
「ん?」
ガササ。
「ぐうううううるぐうるげっげーーー!!」
「ユニク。」
ガササササ。
「ぐるぐるげええーー」
「ユニク、茂みがざわついている。何か来たみたい」
お?ついにゲロ鳥キングの登場か?
森に入って1時間。程良く喉が枯れてきた所で出てくるとは、中々分かってるじゃねえか。
俺はグラムを構えつつ、様子を窺う。
リリンは抱えていたミニドラ達をリリースし、星丈―ルナを手に取った。
ドラゴンフィーバーを乗り越えた俺達に死角は無い。
どこからでもかかって来るが良い!!
そして、ミニドラ。
リリンが手放した瞬間、ホロビノの所に一目散に駆けだすんじゃねえよッ!!
そんなに俺の事が嫌いかッ!!
ガッサガサ。ガササ。
「おっ揺れた。間違いなく茂みの中に何か居るな」
「……居るには居るけれど、たぶん、キング鳶色鳥では無いと思う」
「え?なんでだ?」
「だって、このパターンは初めてタヌキ将軍と会った時と一緒。だから、出てくるのはタヌキだと思う!」
……うわぁ。言われてみれば、そうとしか思えなくなった。
俺とアホタヌキの因縁も、そういえばゲロ鳥を探している時に始まったんだったっけ。
だとすると十中八九、茂みの中に居るのは、もっさりマリモヘアーのアホタヌキだな。
つーか、あの高さから投げ捨てて無事とは、完全にタヌキを超越している。
なぜが細長くなるし、化けタヌキと見て間違いないだろう。
さて、ここは初心に帰り、石でも投げ込んでみるか。
よし、これがいいな。
俺は足元にあった50cmの石の塊を拾い上げ、大きく振りかぶった。
普通は50cmもある石を投げ込んだら、それだけで致命傷になる。
だが、相手はタヌキの可能性が高い以上、遠慮するという選択肢は無い。
バッファ全開、全力で行かせてもらうぜ、おらっ!
「ヴィギルアッ!?」
……。やっぱりタヌキじゃねえかッ!!
しかも鳴き声的に、いつものアホタヌキに間違いない!!
そうと分かれば話は早い。
滅茶苦茶に毛並みを罵倒して、追い返してやる!
なんか毛が縮れた後は悲しそうにしてたし、たぶん有効だろ。
そして、俺はアホタヌキが出てくるのを待った。
ガサガサと、勿体ぶるように何度か茂みを揺らした後、意を決するようにして茂みから足を出してきた、タヌキ。
ほら、惨めな姿を晒してしま……え?
「ヴィギュリア!」
「めっちゃサラサラしてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
え?おい!何があったんだよッ!?
お前の毛並みは『クルクルチリ毛・タヌキボンバー』だっただろッ!?
それなのに、なんで毛並みがサラサラのキラッキラッッ!?
超高級室内犬みたいな毛並みをしやがって、最早、トリートメントをしたとかそういうレベルじゃないんだがッ!?
しかも、ちょっとフローラルな良い匂いまでさせていやがる!
野生に現れていい感じの奴じゃない。
もしやお前は、格式が高いタヌキだったのか?
「ユニク、すごい。毛並みがサラサラになってる。もしや、タヌキ・プリンセス?」
……タヌキ・プリンセス?
おい、リリン。
いくら俺達が”キング”ゲロ鳥を探している言っても、このアホタヌキまでそういったステイタスを付けるのはどうかと思うぞ。
第一、どこの世界に、自分よりも10倍以上でかい森ドラゴンを殴り倒すプリンセスが居るんだよッ!?
「おい、アホタヌキ。その毛並みどうした?え?随分と小奇麗じゃねえか!」
「ヴィィギルア~ン!」
俺の呼び掛けに対して、アホタヌキは艶めかしい鳴き声を返し、これ見よがしと毛並みを”ふぁさ―”ってやった。
その後も、尻尾をブンブンと振り回したり、意味も無く寝転がってみたりと、毛並みの良さをアピールしてきている。
こいつ、俺に毛並みを自慢したいのか?
チラチラと視線を向けてきつつ、色々なポーズをとるタヌキ。
それを見て、顔を引きつらせる俺。
あぁ、そんなことをしても、無駄だぜ?アホタヌキ。
殺意しか湧かねぇからなッ!
「ヴィギルア~。ヴィギルオ~。ヴィギルギル~~」
「コイツ、とうとう歌いだしやがった……」
「……まさか、これが本物のタヌキ踊り?」
「ヴィギルル~ヴィギィ!ヴィギルルヴィーギ―!」
「……タヌキ踊り?」
「これは、よく見ておかなくてはいけない。新たなステージに上がる為に!」
何のステージだよッッ!?
タヌキの踊りを見て上がるステージって何ッ!?
リリンはキラキラした平均的な眼差しをアホタヌキに向けている。
そして、リリンの視線を受けて調子に乗るアホタヌキ。
いい加減、毛の”ふぁさー”って奴がうざったいんだが?
俺は木の根元の湿り気のある土を掬いあげ、こっそりと移動。
……おまえは、土で汚れている姿がお似合いなんだよ、アホタヌキ!!
「喰らえッ!おら!」
「……。」
バッシャァ!と良い音を立てて、土が命中。
くっくっく。これで少しはタヌキらしくなっただろ……は?
俺の目に飛び込んできたのは、土を投げつけられたにも関わらず毛皮がまったく汚れていないアホタヌキの姿。
俺が投げつけた土は全て、煌めかしいタヌキの毛並みに弾かれてしまったのだ。
……ちくしょう!毛並みにコーティングが掛っているとか聞いていないんだけど!!
「お前、本当に謎の存在すぎるだろ……」
「ヴィギルアン!」
俺の呟きに、アホタヌキは律儀に答えてくれた。
……満面のドヤ顔で。
マジでこの顔ブン殴りたい。
このブン殴りたさはじじぃに匹敵するくらいに、本気でブン殴りたい。
しかし、コイツは本当に謎の存在すぎるんだよな。
意味の分からないスピードでレベルアップしていくし、いつの間にか格好いいガントレットを装備するようになった。
そして、冥王竜が言うには、コイツには神タヌキの加護が付いているらしい。
ガントレットを授けた存在もそうだけど、コイツの後ろにはすげぇ奴が隠れているような気がしてならない。
当然、神タヌキはいるとして、それだけじゃないような気がするんだよなぁ。得に確証はないけど。
「バッチリ覚えた!これでクオリティが向上できる!う”ぎるあ!」
「……おい、リリン。一体何を目指しているんだ?」
こっちはこっちで変な事になってるっぽい……。
リリンのタヌキ化が著しい。これ以上タヌキ化が進むと、別の意味で眠れなくなるんだが!?
つーか、最近夢の中でタヌキが踊り出す理由、分かった気がする……。
**********
「わぁー見て見てワルトナさん!タヌキさんも出てきたよ!可愛いですよね!!」
「……いいや、ちっとも可愛くないね。ユニクルフィンに愛想を振りまくとか、僕が直々に駆除しに行きたいくらいだよ……」
風邪を引いたので、短めとなります~~。
みなさんもお体に気お付けて~~




