第3話「森に入る前に」
「リリン、キングゲロ鳥は北の森に居るんだったよな?」
「うん。そして、この町の北にあるのは特殊な森だから注意が必要」
「特殊な森?」
「『迷子の森』と呼ばれているこの森では、自分達の現在地が分からなくなる。そして、森の内部では転移魔法も使用不可」
「転移魔法が使えない?」
「岩や地面から発せられている磁場によって、魔法が乱されてしまうらしい。装備の召喚ぐらいならできるけど、生物の転移みたいな難しい魔法は無理。森で現在位置が分からなくなることもあって、迷子が続出する」
俺達は一度町を離れ、郊外の森へ向かっている。
とりあえず森の近くまで馬車で移動し、その後は徒歩。
うっすらと森の姿が見え始め、いよいよキングゲロ鳥の捜索が始まるという所だ。
しかし、リリンが言うには、この森は少々特殊らしい。
迷子の森というそのまんまなネーミングで、中に入ると方向感覚が狂い、転移系の魔法も使えなくなるとか。
緊急脱出手段を封じてくるとは、中々厄介な森だ。
今までは、転移の魔法陣を使えば逃げられるという保険があったが、それが無いなら致死率が格段に跳ね上がる。
「そんなわけで、この森に入る時は必ず緊急離脱手段を用意しなければならない」
「そんなのがあるのか?転移魔法は使えないんだろ?」
「普通の冒険者は大抵、鼻の効く動物……例えば『犬』とかを連れて入る。方向感覚が狂っても、動物の感覚は惑わされないから、逃げ道を把握することができる」
「へぇ、動物の感覚は凄いんだな」
「そうみたい。なので、犬とかを連れていって道を案内してもらう」
「……で。その犬はどこに居るんだ?」
リリンの話は筋が通っているし、意味も十分に分かる。
……が、俺達は犬を連れてきてない。
どうりで俺達が不安定機構の応接室を出る時に、「飼育舎は裏にあるからな」とか支部長が言ってくるわけだ。
そして、リリン。
なんで支部長の言葉を断ったんだよ!?
速攻で「いらない。私達には必要ないから」って、話を聞く限り、どう考えても必須じゃねえか!!
「なぁ、なんで犬を借りなかったんだ?あの時は意味が分からなかったからスルーしちまったけど、借りてきた方が良かっただろ?」
「必要ない。だって、私にはこの子が居る。かもん!ホロビノ!」
ホロビノォォォォォ!
お前、リリンに『犬』扱いされてるぞ!!
そして、飼い犬ドラゴンのホロビノはすぐに姿を現した。
「きゅあららら~~」と高らかに鳴き、フワリとリリンの横に着地したあと、頭をすり寄せてじゃれている。
……間違いない。コイツはドラゴンの姿をした犬だ。
「きゅあらら~」
「よしよし、そういえば、天龍嶽でユルドルードに会えた?」
「……きゅあ」
「そうなの。それは残念」
ホロビノは短く鳴いた後、頭を横に振って会えなかったと態度で示した。
そうか、会えなかった……ん?
なぜか尻尾も連動して、横に振れているな。
これは確か、後ろめたい事を隠す時の仕草だったはず……。
だとすると……、親父に会えたってことか?
だが、ホロビノはそれを隠したいっぽい。
顔だけは申し訳なさそうにリリンにすり寄って謝罪をしているが、尻尾は元気をますばかり。
もの凄くバレバレなんだけど!!
「そうか。会えなかったのか。残念だな?」
「きゅあー」
残念そうな顔をしたホロビノの尻尾が、残像を発生させ始めた。
どうみても嘘だな。
しかし、何のために嘘をついているんだ?
もしかして、天龍嶽にリリンを近づけさせない為か?
天龍嶽には、恐ろしき神タヌキがいるらしいし、きっと地獄のような風景が広がっていたに違いない。
飼い主の安全のために、飼い主を裏切るとか、まさに忠犬ってかんじだな。
忠犬ホロビノ。
壊滅竜よりも語感が良いし、こっちにした方が良さそうだ。
「ホロビノ、今日は一緒に森に入って欲しい」
「きゅあ!」
「まぁ、ホロビノなら鼻が利くだろうし、いざとなったら空も飛べるしな。緊急離脱手段としちゃかなり優秀……ん?」
なんかホロビノの方から、妙な視線を感じるんだが?
確かに見られているような感じがするんだが、ホロビノはリリンとじゃれあっているから違うよな?
ん?
今ホロビノの背中の辺りに赤いのがちらっと見えたぞ?
んん?
今度は青いのがちらっと。
んんん?
俺は素早くホロビノ横に回り込むと、白い毛の中に埋もれていた生物をつまみあげた。
「……ぎゅあろろろ~」
「……くるれれれ~」
なんか変なのがいた……。
ホロビノの白い毛に隠れていたのは、俺の事を滅茶苦茶睨んでくる赤いミニドラゴンと、青いミニドラゴン。
体長は30cmほど。
どう見ても生まれたてで、レベルは赤い方が1007で青い方が701。
つーか、コイツら妙に目つきが悪い。
俺がなんか気に障る事をしたか?
赤い方なんか、親の仇を見つけたみたいに睨みやがって。
よし。こんな目つきの悪いドラゴンは、大悪魔さんに見つかって揉みくちゃにして貰おう。
「リリン。ホロビノの背中に小さいドラゴンが居るぞ」
「……えっ!?あ、ホントだ!!」
「赤いのが1匹と青いのが1匹だ」
「なに、え、この子たちどうしたの?ホロビノ!?」
滅茶苦茶に目を輝かせながら、リリンはホロビノを問い詰めている。
その目の輝きは、注文した料理がテーブルに並べられた時と同等だ。
……ミニドラゴンが食われそうになったら、全力で阻止しよう。
「え?まさかホロビノ……いつの間に産んだの!?」
産まねえよ!!コイツは男だぞッ!!
だが、ご当地ドラゴンと”よろしく”やっていたという疑惑はぬぐえない。
この野郎、すました顔で「きゅあららら~」とか言ってリリンに甘えておきながら、やる事やっていただと……?
しかも、ミニドラゴンは、赤い奴と青い奴の二種類と来たもんだ。
赤い方は何故か腕が6本も有り、ちょっと鱗が鎧みたいな感じになっている。
俺達が必死になって倒した鎧武者ドラゴンに似ていると言えば似てるかも。
青い方はすらっと細長い体系。毛もふさふさしてるし、どことなくイタチみたいな感じだ。青いけど。
この間のドラゴンフィーバーで、赤いドラゴンは『ファイナル・炎・ドラゴン』で、青いのは『エタニティ・風・ドラゴン』という、まったく別の種族のドラゴンだった。
で、どうみても、この二匹が同じ種族のドラゴンだとは到底思えない。
ならば、導き出される答えは一つ。
……この野郎、二股を掛けてやがったのかッッ!!
ドラゴンの貞操観念がどうなっているか知らねえが、不誠実すぎるだろッ!!
つーか、天龍嶽に帰ったのも、現地妻に会う為だったのか!?
俺の中で、ホロビノの評価が大暴落。
コイツは忠犬なんかじゃない。ただの発情犬だッ!!
「おい、ホロビノ。子供を連れてくるのは良いが、二股は感心しねえぞ?」
「………………。きゅあらっ!?きゅあらきゅあら!!」
「はっ。いまさら何を言おうと無駄だ。カミナさんに弄られて可哀そうと思っていたが、ちゃんとやることやってるじゃねえか……ちっ。」
「きゅあ!きゅあ!!」
いまさら何を言っても無駄だ。
お前の評価は変わる事はな……ん?背中に乗っていたドラゴンを投げ捨てやがったな。
そして必死に、きゅあらきゅあら!!と何やら言い訳をしている様子。
自分の子供にする態度じゃない……?
「もしかして、お前の子供じゃないのか?」
「きゅあっきゅあっ!」
ホロビノは首を激しく縦に振り、必死に自分の子供じゃないとアピール。
今まで元気が良かった尻尾も沈黙を貫き通している。
……。
…………。
………………そうか、違うのか。
安心したぜ。ホロビノ。
俺達はずっと友達でいような。
「リリン、そのミニドラゴンはホロビノの子供じゃなさそう――」
「見てユニク!とても可愛い!ホロビノの子供なら、赤いのが『悪夢』で青いのが『厄災』にしよう!!」
……あ、名前を付けていらっしゃる。
これ、もう、手遅れな奴だ。
リリンはご機嫌でミニドラゴン達を抱きかかえ、平均的な微笑みをドラゴンに向けている。
そして、当のドラゴン達だが……。
赤い方は何故かドヤ顔を決めているが、青い方は、マジで蒼い顔をしている。
いや、毛並みが青いからそう見えるだけかもしれないが、なんというか、目が恐怖で震えているというか、死んでいる。
よく分からんが、心中お察しするぜ、ミニドラ。
いきなりレベル7万はあろうかという大悪魔に捕獲されたら、さぞ怖いだろ。
俺も経験したよ。
「ユニク、見て、赤い方は元気に暴れ回っていて可愛いし、青い方は大人しくて可愛い!」
「どっちにしても可愛いのか」
「そして、子供を連れてくるホロビノはもっと可愛い!」
……やべぇ。訂正するタイミングを見失った。
すまんホロビノ。今日からお前は2児の父だ。
「それにしても、子供かぁ……、私も頑張りたい」
おい、何を頑張るつもりだよ、リリン!
子供を誘拐するのは犯罪だぞッ!!
いや、待てよ……?
タヌキルートの可能性も十分にありそうだぞ?
アホタヌキはメスだったし、もしや、捕まえて繁殖させる気なのか?
やべぇ、考えただけでゾッとした!
これ以上の妄想は、命に関わる気がするッ!!
「ユニク、この子達も一緒に森に連れて行こう」
「そりゃ、こんな所に放置したら野良タヌキに食われるからな。まず、間違いなく、アホタヌキが出てくるような気がするし」
「よし。それじゃ仲間も増えたし、張り切って行こうと思う!」
「おう、張り切り過ぎて失敗しないようにな!」
こうして、迷いの森の探索メンバーに、赤いドラゴン『ナイトメア』と、青いドラゴン『ディザスター』が加わった。
よく考えなくても、ドラゴンが増えるとか天災級の面倒事な気がする。
俺達は一体どこへ進んでいるんだろう。
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「可愛いーー!ワルトナさん、あの小さいドラゴン、すっっごく、可愛いですよ!」
「……ドラゴンが増えるとか。どう考えても、ロクな事になってない気がする」
「おねえちゃんに会えたら、ぎゅっとしてもいいかな!?」
「それはやめておきたまえと、僕の感が言っているよ」




