第1話「目指す場所」
「たったの2週間でトーガ達も随分と図太くなったな」
「うん。昨日なんか「あぁ、なんだ、三頭熊か。ちょっと殴ってくるぜ」って、逆にナメ過ぎな気もする」
「確かに危うい感じがあるよな。なにせ……時折、バナナを強奪しにくるタヌキに勝てない!まぁ、出てくるタヌキは将軍だし、妙に上手い連携をかましてくるけどな」
「ユニクもタヌキに勝ててない。人の事は言えないと思う!」
「うぐっ!痛いところを……」
ドラゴンフィーバーから2週間が経ち、俺達は大書院ヒストリアから離れた。
壊滅状態になった森を隙間なく探索しドラモドキを駆除し終えた俺達は、この森から離れても問題ないだろうと判断した。
そして、妙に強くなったトーガ達に別れを告げ、新たなる大悪魔に会うべく馬車に揺られる事、半日。
特にする事も無いし、リリンと雑談に花を咲かせている。
「次の町はオーストフィアって言ったか?」
「そう。魚介が美味しい!」
今回の目的地は『オーストフィア』という平凡な町。
リリンが言うには、特に特色も無くありふれた町だそうで、しいてあげるなら魚介類が美味しいらしい。
旨みが詰まった貝をふんだんに使ったパスタが絶品だった!と、興奮気味に語っていたので間違いないだろう。
さて、雑談もネタが無くなってきたし、俺もそろそろ準備を始めるか。
それはもちろん、心の準備だ。
「リリン。次に会うのは『無敵殲滅・メナファス・ファント』さん……だったよな?」
「そう。メナフはさっぱりした性格だから、特に警戒する必要とかない」
「いや、心無き魔人達の統括者ってだけで厳戒態勢をするレベルだ。なにせ、『無敵殲滅』だぞ?語感からしてヤバい」
「んー。口より手が先に出るけど、回避すれば問題ないと思う」
「ソレのどこが問題ないんだよ!?問題しかねえよッ!!」
それって、回避に失敗したら大惨事ッ!!
言うまでも無いが、ランク7の大悪魔が襲い掛ってくるって、トンデモナイ事だ。
レベル99999のドラゴンを相手にしてたから感覚がマヒしてるが、普通の人間だと5秒も掛らずに抹殺される。
うーん、リリンの価値観はあてに出来なさそう。
ここは慎重に行くべきだな。
「カミナさんは『医師』。レジェリクエ女王は当然『女王』。ワルトは『書士』と来て、メナファスさんはなんだ?」
「せっかくだから予想してみて」
「そうだなー。確か、遠距離攻撃が得意なんだよな?じゃあ……『狩人』とか?」
「はずれ!どちらかと言えば真逆に近い」
「真逆?狩りの反対って事は育てるのか……?」
育てる……。
育てる……ね。
俺の脳裏に、もっさもさな魔獣が降臨した。
瞬く間に増殖し思考を埋め尽くしてゆく、タヌキ。
もし、もし仮に、タヌキを飼育しているなんて事になってたら、俺はどうしたらいいんだろうか。
あ、上手く話を持っていけば、タヌキ帝王を飼いならしてくれるかも。
アイツを檻に閉じ込めて……、速攻で抜け出して、闇撃ちを仕掛けてきそうだな。
この案は没で行こう。
「なぁ、リリン。メナファスさんがタヌキを飼ってるなんて事は無いよな?」
「飼ってないんじゃない?動物はいた気がするけど、兎とかだった気がする」
「兎か。レベル7万とかか?」
「そんなに高くない。そもそも、子供が居るのに危険生物を飼育するはずない」
「子供がいる?どういうことだ?」
「クイズは降参?」
子供がいて、動物もいる?
それって、闇の仲買人とかじゃないだろうな?
ワルトとレジェリクエ女王的に、十分にありそうな気がするんだが?
『心無き魔人達の統括者の無敵殲滅は、どんな物でも仕入れます。
希少動物、高価な宝石、そして、人。
仕入れは簡単。
町を襲撃すれば、大体の物は手に入りますので!』
……こんな感じだったら、本気で逃げよう。
というか、英雄の息子は目玉商品になりそう。
そしてレジェリクエ女王が買い付けに来て、ロイとの戦争まっしぐら。
せめて、俺の知らない所で果ててくれ。ロイ。
「降参だ。リリン、心の準備は出来ている。教えてくれ」
「答えは……、保母さん!」
「……は?」
「だから、メナフは保母さんをしている。メナフは子供好きで、旅の途中から保母さんになりたいとずっと言っていた」
「それは、保母さんの皮を被ってるだけで、子供を売り飛ばしてたりしないよな?」
「それは絶対にない。むしろ、誘拐された園児を救出するために大きな組織に一人で攻め入って壊滅させている。その時に捕まった犯罪者は4000人以上。そのくらい、メナフの子供好きは筋金入りということ!」
「……別の意味で不安になったッ!!」
4000人もいる闇の組織を一人で壊滅だと!?
だめだ、話を聞くたびに不安要素が増えていく!!
そんな大規模な組織なら、用心棒的な冒険者が複数いるだろうし、組織のボスともなれば強いのがセオリーだ。
だが、メナファスさんは一人で戦いを挑んで勝利したらしい。
なんか、戦闘力が随分と高そうなんだけど。
もしかして、リリンより強いとか無い……よな?
「ちなみに、メナファスさんとリリンが戦ったらどっちが勝つんだ?」
「ん。条件次第ではあるけれど、制限無しで戦ったらメナフの方が強――」
突然、馬車が大きく揺れた。
その衝撃でリリンは言葉を中断。さりげなく星丈―ルナを召喚している。
そして俺もグラムを握りながら、窓から顔を出して外を覗いた。
どうやら揉め事があったようだな?
俺達が乗っている馬車以外にも何台かが立ち往生し、渋滞となっている。
「リリン、何かトラブルがあったみたいだぞ?」
「うん、行ってみよう」
馬車の運転手に声をかけた後、人だかりの中に紛れて歩いていく。
ガヤガヤと喧騒が続く中、男3人組の冒険者パーティーが他の冒険者といざこざを起こしているらしい。
騒ぎの中心人物は、大きな大剣を背負った冒険者。
折れた動物の角を指差して大声で叫んでいるが、態度がすごく暑苦しい。
これは、トーガやハンズさんといった自らの実力に溺れている系の奴だろう。
どれどれ……レベルは……?
なにッ!?63927だとッ!?
「リリン、あの人、随分とレベルが高いな」
「うん。あのくらいのレベルになると戦闘力が別次元になる。注意が必要」
「そうだよな。じゃあ関わらない方が良さそうだな」
「うん。馬車の人に言って別の町から迂回しよう」
俺達は馬車に戻り、運転手に声をかけた。
向かう先は土地勘が有るリリンにお任せ。
平均的な思案顔になったリリンは地図を広げて見た後、「あ、ここからなら、『カラッセア』を通るのが良いかも」と、目的地を変更した。
「カラッセアか。どんな町なんだ?」
「有名な観光地。大きな闘技場とかある!」
その町『カラッセア』は凄く歴史がある観光地だそうで、『神が作った闘技場』ってのが目玉スポットらしい。
そしてリリン曰く、『絶好の狩り場』。
よくよく話を聞いてみると、その闘技場では毎週のように武闘大会が開かれているらしく、賭け試合で稼ぐ事が出来るそうだ。
そして、リリンは心無き魔人達の統括者時代に荒稼ぎをしたらしい。
もちろん、心無き魔人達の統括者達は、出場した仲間に所持金を全賭け。
いつもの平均的に頬を赤らめさせたリリンは「私は伝説となった!」と胸を張っているんだから、相当勝率が良かったのは間違いない。
……八百長?いえいえ、大悪魔にとっては平常運転。
「闘技場か。時間があったら見てみたいな」
「じゃあ行こう。他の人の戦闘を観客席で見るのは、結構勉強になる!!」
「よし、楽しみが増えたぜ!」
これは吉兆だ。
なにせ、俺達の旅が始まって初めて、前向きな予定が出来たってことだからな!
ただ漠然と強くなるべく冒険者になった後、大悪魔ルートに進んでしまった訳で、ぶっちゃけ気乗りのしない旅だ。
心無き魔人達の統括者が全て、悪名どおりの人物という訳ではないが、ちょいちょい黒さが見え隠れしている。
ワルトだって真っ白い法衣を着ていたかと思ったら、いきなりピエロになったし、予想不能な出来事ばかり起きるので心が休まらない。
……最近は夢の中でタヌキが踊るようになった。昼も夜も本当に心が休まらない。
だから、観光地に行くというだけで心が躍るぜ!
これこそ、旅の醍醐味だよな!
そうと決まれば話が早い。
俺達は馬車の人に話を付けた後、『カラッセア』に向かって進んでいった。
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「お前のせいでこっちは大損害だ。賠償しろ」
「それはおかしな話だ。俺はただお前の横に座っていただけだぞ?それなのに破滅鹿の角が折れたのが俺のせいだって言うのは、無理がある」
「あぁん?ボスがイチャもん付けているってのか?」
「くくく。腕っ節で勝負するか?ボスは強いぞー」
人だかりの中の喧騒の中心で、4人の男たちが言い争っている。
渦中の中心で声を荒げているのは、レベル63927の大剣を背負った男と、レベル35321の男。
足元には折れた破滅鹿の角が転がり、「倍賞しろ」「嫌だ」とお互いに平行線を辿っている。
そして、横に居るレベル49210の痩せぎすな男とレベル49479なふくよかな男が事態を煽っていた。
この二人は大剣を背負う男の仲間だ。
絶妙なタイミングで野次を混ぜ込み、周囲の人間も巻き込んで、命令通りに喧騒を育てている。
「4000万エドロでいいぞ。買い取れ」
「なんで俺が……第一、相場より高いじゃないか。そんな事をする必要があるとは思えない」
「あぁん?4000万で命が買えるのなら安いもんだろ!」
「ふへへ。この角はボスが仕留めた戦利品だ。お前も剥がされたいのかー」
男達のにらみ合いは平行線を辿り、決着が付く気配はない、
周りの冒険者も、高位冒険者同士のいざこざという事もあって、興味深げに事態を見守っている。
その中で、当事者の大剣を背負った男だけは鋭い視線を巡らせ、この事態とは別の物を見ていた。
そして、密かに目的を達した事を確認し、素早くポケットの中の魔道具で信号を送る。
その後すぐに、止まっていた馬車の中から荘厳な法衣を纏った少女たちが降りてきた。
「随分と大事になってしまったねぇ。『ブライアン』、キミは僕らの護衛をしているってのを忘れてないかい?」
「依頼主さんの事は忘れちゃいない。が、角が折れちまったのは別件だろ?この角は4000万で売れる事が決まってたんだよ」
「4000万ね。じゃあ、僕が代わりに角を買い取ってやるよ。ちょっと乗っけて4200万エドロで良いかい?」
「……それだけあれば、文句はないな」
荘厳な衣装を着た聖母は落ちていた角を拾い上げ、パサパサと土埃を払った。
太陽に光に照らされた角が、美しい聖母に抱きかかえられているという見る者を圧倒する光景に、周囲の冒険者は押し黙る。
そして、その光景に満足したかのように、聖母はニコリと笑みを作ると、言いがかりを付けられていた冒険者へ話しかけた。
「僕の連れがすまなかったねぇ。これは迷惑料だ。貰っておいてくれたまえ」
「……はい?」
聖女は有無を言わさず、冒険者の腕の中に破滅鹿の角を押し込んだ。
いきなりの急展開に冒険者はついて行けていない。
だが、困惑してはいるものの、自分に幸運が舞い込んできている事を悟り、先ほどとは別の意味で興奮し始めた。
「え?この角をくれるのか!?」
「そうだとも。あ、折れた反対側もやるよ。ほら」
「ちょ、折れているとはいえ、破滅鹿の角だぞ?これだって、売れば1000万エドロぐらいは行くんだが……」
「いやいや、面倒事に巻きこんでしまったお詫びさ。実は僕らは急いでいてね、速やかにここを離れたいから、キミに納得して欲しいんだ。それとも……」
聖母は冒険者の男の耳元に口を寄せると、ぼそりと呟いた。
「それとも……殺されたいのかい?」
その動きを以て、その冒険者も、周りの取り巻きたちも、その聖母が抗う事の出来ない絶対者であるという事を認知した。
聖女のレベルは77223。
それは、長く冒険者をしている人であろうとも、容易に出会う存在では無い、明らかに異常な存在。
やがて、さざ波のように人だかりは消えていき、その場には3人の男と、2人の少女が残った。
「ワルトナさん!上手く行きましたね!!」
「あぁ、これでリリンサはカラッセアに向かうはずさ。そして、仕込みはバッチリ。キミの所にお姉さんが返ってくる日も近いね」
「うん!楽しみだなぁ。おねえちゃん、喜んでくれるかな!?」
「それは間違いないだろうね。きっと涙を流して、ボロボロに泣き崩れてから喜んでくれるはずさ」
純黒の髪を揺らすセフィナは、姉の乗る馬車が消えていった方向を指差すと、鈴とした声で高らかに宣言した。
「よーし!おねえちゃん、ユニクルフィンさん、勝負だよ!!」