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第7章続続続々・プロローグ「神が笑ったカレー」

「……おじさま、カレー食べたい」

「今の話の流れで食欲が湧くんだな……流石タヌキ。まったくぶれねぇ!」



 那由他の話もひと段落し、和やかな空気が漂い始めた。

 丁度話の区切りも良いし、飯にするかとユルドルードは鍋に向き合う。

 もともとカレーが良い匂いをさせていただけあって、ユルドルードも腹が減ってきていたのだ。


 ユルドルードは手早く空間から皿を取り出すと、炊いていた米とカレーを盛り付けてゆく。

 カレーを要望したアルカディアは勿論の事、那由他までもが目を輝かせ、カレーが来るのを今か今かと待っている。


 そわそわしつつ、行儀よく待つ少女の姿をした二匹のタヌキ。

 一匹は現在進行形で息子を誑かそうとしているし、小さい方に至っては、ドラゴンの聖地を食糧庫としか見ていない。


 ユルドルードは「ふっ。」っと笑みをこぼすと、優しい手つきでタヌキ達の前に皿を並べた。

 皿には純白の白米と、反する色のカレー。

 具は肉も野菜も大雑把に切り分けられた特大サイズでありながらも、よく見れば、荷崩れしてルゥに溶け込んでいる部分もあるのが良く分かる。

 ユルドルードが手抜きと称し使用した時空魔法は、具材とルゥそれぞれの時間軸を操り、最適な状態へ昇華していたのだ。



「ごくり……。美味そうじゃの……」

「ごくり……。良い匂い……」



 ユルドルードは、巧みにお玉を使い、具材の比率が高くなるようにルゥを調整している。

 アルカディアと那由他の皿には、肉と野菜、とりわけ玉ねぎが多めによそられていた。

 意味無いと分かっていつつも多めに玉ねぎをよそったのは、元気があり過ぎて暴走をしまくるコイツらに仕返ししてやろうという、ちょっとした悪意があっての事だ。


 そして「「いただきます」」という食前の儀式の後、まず、那由他がスプーンに口を付けた。

 それを見たアルカディアもぎこちない手つきで続き、その後は我先にとスプーンを口に運んでゆく。



「もぐもぐ……うまっ!惑星竜の100倍は美味いの!」

「おじさま!これすっごくおいしい!今までで食べた獲物の中で一番おいしい!」

「そうかそうか。よく噛んで味わって食えよ」



 内心で、「ち。玉ねぎも美味そうに食ってやがるな……」と毒づくユルドルード。

 那由他に至っては速攻でひと皿を平らげてから、ウキウキな足どりで、自分で皿に盛りに行く始末。


 自分等を一方的に喰い散らかした恐怖の象徴が、カレーにときめいている。

 そんな光景を惑星竜が見たら、絶句する事、間違い無しだ。



「おじさま!このカレーっての、すごくおいしいね。お肉が特においしい!う”ぎるあ~ん!」

「そりゃ、作ったかいがあるってもんだ。しかも、その肉は超凄い肉なんだぜ」


「そうなの?もぐもぐ……これは、鶏肉だよね?おじさま」

「あぁ、鶏肉だ。……皇種のだがな」


「う”ぎるあ!?」



 高速で動いていたアルカディアのスプーンが止まった。

 信じられない……と言った表情で視線を彷徨わせ、ユルドルードと那由他に視線を送る。


 まぁ、そういう反応するよな。というのがユルドルードの感想。

 うまけりゃ何でもいいじゃの。というのが、那由他の感想。


 それでもアルカディアは信じられず、ユルドルードに視線を向けた。



「おじさま……皇種って、あの皇種?那由他様ほどじゃなくても、すっごく強い皇種の事?」

「そうだ。アレは正真正銘、皇種だったからな。レベルも30万を超えてたし……」


「え、えっと……皇種って、食べられるの?」

「さっきまで美味そうに食っててだろ」



 え。でも……と困惑から抜け出せないアルカディア。

 ユルドルードも那由他も美味そうにカレーを食べているが、いまだ一般のタヌキ将軍気分が抜けきっていないアルカディアは、皇種の肉と聞いて固まってしまった。



「もぐ……まぁ、そうかしこまるでないの。森羅万象、ありとあらゆる命は巡っている。たとえそれが皇種とて、死ねば、唯の肉として、レベルが200にも満たない幼タヌキの餌となることもある。第一、奴は名前からして美味そうじゃったのしの」

「名前?」


「この鶏肉の名前は『バジルコッコ』。ハーブニワトリとか、食ってくれって言っているようなもんじゃのー」

「そ、そんなふざけた名前なのに、皇種だったんだ……」


「……違うからな?本当の名前は『ヴァジュラコック』だからな。つーかナユ!肉を喰ったって事は知識として蓄えてるじゃねえか!ワザと間違えてるだろッ!!」



 アルカディアは「え?何この空気。私がおかしいの?」と酷く困惑している。

 困惑したが故、取り敢えず、目の前にスプーンの上に乗っている肉の塊を食べてみる事にした。


 もぐもぐ……あ、おいしい。

 アルカディアは、「皇種は、おいしい」と、もの凄く歪んだ知識を身に付け、後でソドムに叱られた。



「もぐもぐ……で、アルカよ。そろそろ定期報告を聞きたいんじゃが?」

「もぐもぐ……はい分かりました。おじさま、お水ちょうだい」

「ほらよ」


「儂にも水をくれ。で、報告前に聞きたいんじゃが、この山の麓にタヌキ将軍の軍勢が姿を現した理由に、心当たりはないかの?」

「ごくごく……ぷは!それはソドム様のせい。ソドム様はゆになんちゃらをからかう為にタヌキ将軍を1000匹召喚。そのタヌキ達がドラゴンにくっ付いてここに飛ばされた」



 アルカディアは、忌々しそうに乱雑にカレーを掬うと、怒りを込めて飲み下した。

 結果的に超絶サラサラヘアーを手に入れたとはいえ、ゴワゴワにされた恨みは消えたわけではない。


 今回の戦犯は『りんなんちゃら』と『わるなんちゃら』。

 そして『真っ白いドラゴン』。

 ゆになんちゃらは今回は無関係とは言え、尻尾の毛を焦がされた過去も有る。


 そんな苦い過去を思い出し、口直しにカレーを何度も口に運びながらアルカディアは語りだした。



「ドラゴン150匹VSタヌキ将軍1000匹の戦いは、タヌキ軍の圧勝。直ぐにドラゴンは墜落して、地上で見ていた私の前に、真っ白いドラゴンが――」

「白いドラゴンッ!?やっぱりあいつも関係してるのかッ!?……待て待て!いきなり情報が出過ぎだ!アルカ、お前がユニク達の前に姿を露わしたとこから順番に話せ」


「分かった。私が森で散歩をしていると、ゆになんちゃらと知らない人間の男が歩いてきた。で、知らない人間の男は私を見て、「くくく、タヌキは馬鹿だからなぁー」って言って、私に罠を投げてきた」

「罠に嵌める存在に観察されてる……。よし、その知らない人間の男ってのは、大したこと無い奴だってのはよく分かったから割愛しても良いぞ。タヌキの恐怖を知らねえとか、雑魚も良いとこだからな」


「で、バナナを食べたりハンバーグを食べたりした。とくに、ハンバーグは絶品だった」

「よし、食い物の話も割愛していいぞ」


「で、そんなことしている内に、ゆになんちゃらと遊ぶ事になった」

「ユニクと遊んだ?何をしたんだ?」


「バッファ全開で殴り合い」

「それは、遊んだって言わねぇな。生死を掛けた攻防って言うんだ、覚えておけ、アルカ」



 そうなの?っと首をかしげ、那由他に視線を送るアルカディア。

 その視線を受けた那由他は、「いや、遊びじゃのー。時空を超えん戦いなど、全て遊びじゃ」と適当な事を言いながら、パンにカレーを浸している。


 あ、それおいしそう……と思い、自分の異空間を開いたアルカディアだったが、パンを無くしていた事を思い出し、悲しくなった。

 それを察した那由他がパンを分け与え、感動に打ちひしがれながら、アルカディアはパンを味わう。


 そんな光景を見て、ユルドルードは遠い目で呟いた。



「ユニク。苦労かけてるみたいだな……タヌキ一匹追い払えない不甲斐無い父親でごめんな」

「もぐもぐ……そのタヌキはドラゴンを喰い散らかすからの、仕方があるまい」

「もぐもぐ……おじさま、カレーのおかわり、ちょうだい」


「ちくしょうめ!こいつら神経太すぎだろ!!ほら、皿出せアルカ!話の続きもな!!」



 ユルドルードはアルカディアの皿にカレーを盛りながら、話を促した。

 さりげなく差し出された那由他の皿にもカレーを盛りつつ、自分の分もついでに盛る。



「それで、海千山千を使って本気の戦いになったんだけど、そこに、「わるなんちゃら」が現れた」

「海千山千まで使いやがったのか……で、わるなんちゃら?誰だそれ?」


「リンなんちゃらの友達みたいだった。真っ白い髪の魔導師」

「真っ白い髪?わるなんちゃら……。もしかして、ワルト……か?そいつは、目つきの悪い女の子じゃなかったか?」


「んーそうかも。ゆになんちゃらがそうやって呼んでた気がするし、確かに目つきは悪かった」

「なら、ワルトだろうな。で、なんでワルトがそんな所に居るんだ?」



 ユルドルードはスプーンを止め、思考を巡らせ始めた。

 リリンサはユニクルフィンと行動を共にしている。これは予め決めた既定路線だ。


 だが、ワルトナの動向は計画には組み込まれていない。

 恐らくはノウィンの仕業だろうが、リリンサの友達役というのなら、特に問題は無いはずだとユルドルードは判断した。


 そして、そのワルトナという名前を、那由他は初めて聞いた。

 当然、背景など分かるはずも無く、ユルドルードに問いを出す。



「ユルド、その、ワルトってのは誰じゃの?」

「あぁ、ワルトってのは愛称で、本名は『ワルトナ・バレンシア』っていうんだが、俺達が蟲量大数……というか、『混蟲姫こんちゅうき・ヴィクトリア』を探していた時に、ユニクが拾ってきたガキだよ。身寄りがないってんで1年くらいは一緒に行動をしていた」


「……お前さんの狙いが混蟲姫だったことはとりあえず置いておくとして、蟲量大数に関わる旅路にそんな子供を同行させるとは、儂よりもド鬼畜じゃの」

「身寄りはねえから帰る場所がないし、旅は急いでいた。そんでなにより、ユニク達に懐いていたしな。……アルカ、ワルトは元気だったか?ユニクの陰に隠れて、大人しくしてただろ?」



 アルカディアは、一瞬考えて、首を横に振った。

 自分の毛を焼いたあの暴挙は、大人しいなんてものではないと、若干、憤る。



「ううん。全然大人しく無かったよ、おじさま。私がゆになんちゃらと戦っている時に乱入してきて、私を踏み台にして空を飛んだし」

「なにそれ!?どういう状況ッ!?」


「そして、ワルなんちゃらは、ランク9の魔法を、リンなんちゃらのランク9の魔法にぶつけた。……その余波で、私の毛並みが!那由他様に梳かされてサラサラだった毛並みが、見るも無残な結果にされた!!う”ぎるあ!!」」

「何してんだよ、ワルトォォォォ!?お前はそんな性格じゃなかっただろぉぉぉ!!」



 アルカディアからもたらされた驚愕の出来事に、ユルドルードは頭を抱えた。


 懐かしい記憶の中にある、か弱き存在。

 無口、無気力、無欲。と、絵に書いたようなおとなしい依存系女の子だった姿と一致しないからだ。


 そして、しっかりと確認するべく口を開く。



「アルカ、そのわるなんちゃらの情報を可能な限り寄越せ」

「髪の毛が白くて、服も白い修道服。目つきが悪くて、口も悪い。ソドム様に、『クソタヌキ!』って言ってた」


「……クソタヌキか。確かにユニク達といた頃は、よく来るタヌキの事を「クソタヌキ……」って呼んでたが……。その時、ユニクと一緒に居たのはソドムっていうタヌキ帝王なんだろ?タヌキ全般が嫌いなのか?」

「?違うよおじさま。わるなんちゃらは昔からソドム様の事をクソタヌキって呼んでるんだって」


「は?ソドムってのは最近ユニクの近くに出没するようになったんだろ?」

「ううん。ソドム様は昔からゆになんちゃらに会っていたって言ってた。ゆになんちゃら達の事をひとくくりにして、『三色団子』って呼んでたよ」


「いや、それはおかしい。ユニク達の近くに出没したのはタヌキ将軍だったぞ?身のこなしがタダものじゃなさそうだったが、タヌキ将軍だしって思って放置してたんだ」

「おじさまにバレたくないから、おでこに葉っぱを張って誤魔化してたって」


「クソタヌキじゃねえかッ!!ユニク達が勝てなかった理由に納得がいったぜッッ!!」



 ユルドルードは「あのタヌキ、ふざけやがってッ!!今度会ったらぶち殺してやるッ!」と憤った。

 そしてアルカディアはその時は、全力で逃げようと心に決めた。


 一度怒った事により冷静さを取り戻してきたユルドルードは、ふと、懐かしい光景を思い出す。

 ずっとユニクルフィンから離れる事の無かったワルトナを、最終決戦に赴く際にノウィンに預けた時の情景。


 あの時は――。



「ということは、ワルトで間違いないのか。しっかし、ワルトの奴も可愛いとこあるじゃねえか。ユニクが約束を守らねぇからって、自分から会いに行くとはな」

「どういうことじゃの?」


「ワルトはな、保護した当初ユニク達が世話をしたせいか、ユニク達にべったりだったんだよ。飯を食う時も、風呂に入る時も、寝るときのベッドも全部一緒で、片時も離れねえくらいにな。だが、流石に蟲量大数との決戦には連れて行くわけにはいかねえ。だから、ノウィンさんに預けたんだが……」

「ふむ。面白くなってきたの」


「いつもは基本無口で頷くくらいしか反応が無かったワルトが、声を出して嫌がったんだ。「やだ。ぼくも、ユニといっしょにいく」ってさ。で。そん時にユニクが「ワルト、お前は留守番だ。でも必ず迎えに行くから、ちょっと待ってろ」って約束をした」

「天然の女たらしじゃの。3人纏めて嫁にするとか言っておきながら、他にも唾を付けるとは、儂も驚きじゃの!」


「まぁ、結局約束を守るどころの話じゃなくなっちまったけどな。俺達は蟲量大数に負けて、混蟲姫には会えず、アプリとあの子は命を失った。その過程でユニクも殆どの記憶を失い、じじぃに預けたんだ」

「蟲量大数と戦って敗走か、上出来じゃの。あ奴と戦って逃げる事が出来た者など、殆どおるまい。この儂ですら、戦う事を臆するというのにお前さん等はよく立ち向かったと褒めてやるの」



 アルカディアは、その言葉に絶句していた。


 周りのどんなタヌキに聞いても、那由他様は神に等しき力を持つと答えが返ってくる。

 そんな那由他が戦う事を臆するという生物がいるという事を、この時初めて知ったのだ。


 蟲量大数の名は、強きタヌキ帝王達により、禁忌とされ秘匿されている。

 平穏な生活をするうえで、絶対に抗えない存在など、一般のタヌキが知る必要はないと『上位タヌキ戒律』で定められているからだ。


 しかし、神たる那由他が自ら語ったのだ。

 その言葉は絶対の戒律となる。



「あの、那由他様。その蟲量大数ってのは何ですか?」

「あぁ、蟲量大数というのはな、儂と同じく神に選ばれた特別な皇種じゃの。神が見たという潜在能力(レベル)では、蟲量大数は儂の二階級上。儂の1000万倍強いという事になるの」


「いっ、1000万倍!?那由他様よりもですか!?」

「当初の予定ではの。しかし、蟲量大数は神から力を奪い予定よりも遥かに強大な力となり、儂もまた神から同等の力を授けられた。今は力の差は1000万倍という事は無いの」


「ほっ。よかった~」

「じゃが、遥か古より儂は蟲量大数と戦っておる。しかし、未だにこの腹に収める事は叶わん。不可思議竜なら2・3度食ったがのー」



 ユルドルードは絶句していた。


 さりげなく、那由他が不可思議竜を喰ったとか言い出したからだ。

 世界第2位の強さを持つとされる不可思議竜。

 その強さは語られる事は少ないものの、神が定めた階級は絶対だとユルドルードは思っていたのだ。


 ユルドル―ドは「玉ねぎを多めに盛るとか、みみっちいことはやめよう」と密かに決心した。


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