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第11話「リリンとお勉強~皇種について~」

「ユニクとお勉強、午後の部を始めます」

「おう!」



 腹を満たした俺たちは再び机についた。

 そして、リリンは空中、異次元ポケットと呼ばれる収納の中から何枚かの紙を取り出す。

 その紙束の表紙には、「皇種」とだけ短く書かれていた。



「午後の部、最初の議題は皇種について」

「皇種?あぁ、リリンが前に、「凄い化物だ」って言ってた奴だよな?」


「うん、冒険者として活動する以上、皇種の危険性を十分に理解しておく必要がある。さて、私が村で説明した皇種のルールは覚えてる?」

「大丈夫だ、覚えてるぜ!」



 確か村で聞いた皇種についてはこんな感じだったハズだ。


 1、犬には犬の皇種、狐には狐の皇種といった感じで1つの種族に1体の皇種がいると言うこと。

 2、皇種は必ず1種族につき、1体であると言うこと。

 3、皇種は絶対的な強者で有ると言うこと。

 4、皇種が存在しない種族もあると言うこと。

 実際、人間の皇種は確認された事はない。


 以上が俺が知っている皇種についての知識だ。

 あとは、あの光線ウナギがショボく見えるくらいに強い生物だとか言っていた気がする。

 ……どんだけスゲェ奴なんだよ。


 もう一度内容を確認するようにリリンに説明すると「良く覚えている。えらい」と誉められた。



「さて、皇種については以上のような内容が一般的で、総じて出会ってはいけない災厄だと教えられている。だけどその強さに関しては抽象的で、細かい内容は伝えられることは少ない」

「何でだ?」


「とても簡単な理由がある。それは……まともに戦えば殺されてしまうから」

「え……」


「その強さは、私たちの常識を簡単に破壊する。人は皇種に対し、物量を用意し、奇襲をかけ、戦いだったとはとても呼べないような方法でしか勝利を得ることは出来ない」

「そんな……。奇襲をかけるしか、勝つ術がないってのか……?」


「そう。ユニク、私は先程、レベルの最大値は99,999だと言った。しかし、これは厳密に言えば間違っている。正しくは、皇種を除いた(・・・・・・)生物のレベルの最大値。皇種のレベルの最大値は999,999なのだから」



 なん……だと?

 皇種のレベルの最大値は、999,999?

 文字通り、桁が違うじゃねぇか……。


 そして、それを肯定するように、リリンの顔色が暗いものへと変わっていく。

 少しの沈黙の後、意を決するようにしてリリンは口を開いた。



「私は、過去に三種類の皇種と出会っている。 幼い頃に私たちの住んでいた町を覆い尽くした、植物の皇種『天命根樹てんめいこんじゅ』。次に、修行時代に師匠に連れていかれた討伐任務の目標、『幾億蛇峰いくおくじゃほう・アマタノ』。そして、冒険者時代、偶然に出会った狐の皇種、『極色万変ごくしょくばんぺん白銀比はくぎんひ』。この皇種達は私に大切な事を教えてくれた。生きてゆくために、命を守り続けるために必要なもの。純然たる……死の恐怖」



 カタカタと何かが鳴っていた。

 ふと、音の鳴る方向に目を向けると机がほんの僅かに揺れている。

 その原因は、リリンだった。


 リリンの足先が机に触れ、振動を伝えているのだ。

 圧倒的な力を持つリリンが震えているその光景は、その話に現実味を持たせるのには十分だった。



「今から話をする内容は一般人は知らない皇種に関する事実。いや、話したとしても理解できないと言うのが正しい。分かりやすいのは、蛇の皇種、幾億蛇峰アマタノ討伐戦、通称『蛇峰戦役じゃほうせんえき』だろうか。どの皇種も私は直接戦ってはいないけれども、アマタノは師匠達が戦う様をこの目で見ている。その時の話をしようと思う」

「あぁ、生物としての最高峰とはどんなものなのかは興味あるからな!よろしく頼むぜ!」



 今だなお、顔色の優れないリリン。

 俺に出来ることは、ただ元気良く相槌を打つことだけだった。



 **********



「馬鹿な、ありえない…………。」

「いえ、あり得るのですよ、リリン。皇種とはこうゆうモノですから」



 あどけない顔付きの頼りない体付きで、少女、いや、幼女と言った方が正しい年齢のリリンサは戦場と呼ばれていた山陵を見下ろしていた。


 傍らには、あまり服を汚していない優男。

 それも汚していないだけで着崩れているシャツなどを見れば激しい戦闘の後だったことが分かる。


 天空に立つ二つの人影は、かの暴虐を一点に見つめ、無為に言葉を交わすことしかできなかった。



師匠せんせい……。アレはなんですか……?」

「蛇、ですね。『幾億蛇峰いくおくじゃほうアマタノ』。アレの名前です。そして、まさに死の権現とも言うべき存在でしょう」



 リリンサの目には、いくつかの不可解なものが映っていた。

 先ずはその、眼下に蠢く長大な生物についてだ。


 遥昔からこの地に存在する、標高3000mは有ろうかという高さの山『蓋麗山がいれいさん』。


 その山に巻き付き、その全貌が良く分からないほどに幾久しい長さの身体。所々に違う色の混じった黒を主体とした色合いの長細い生物。

 巨大過ぎるが故、リリンサ達が天空から見下ろしているのにもかかわらず、その全貌を捕らえきる事は出来ていない。


 そして、その生物には頭部がいくつも存在した。


 頭一つが人間の背丈を楽に超える大きさで、その数は合計八つ。

 戦いが始まってから幾度となく、この戦いに参加した人間の命を刈り取るべく振われている。


 一つの頭が森を薙げば、別の頭が人を押し潰す。

 さらに別の頭が大地を返せば、隣の頭が日光を遮る。


 いくつもの同じような生物が折り重なっているようにしか見えないこの光景は、リリンサを大いに混乱させた。

 なぜならば、どの頭を見ても、どこの場所を見ても、その生物のレベルは同じだったからだ。



 ―レベル999999―


 

 この事実こそがリリンサを混乱させる原因だった。

 あれだけの暴力を一体の生物が起こしている。

 それは、リリンサには信じられないことだったのだ。



「リリン、私を含む三人の師匠は生物として最高値に達しています。その私たちの弟子で在るからには、気高くなければなりませんよ」



 今も傍らに立つ師匠の口癖。

 幼いリリンサはこの言葉の前半部分を、師匠達に勝てる生物はいないと言う意味で理解していた。


 事実、師匠達はそれこそ他人と比べることなど出来ないほどに強い。


 生物としての限界値、レベル99,999に達した人間など師匠達以外には出会ったことはなく、それこそ、人間かどうか疑いたくなる程の強さだった。

 今でこそ見慣れてしまった師匠たちの魔法や武技をリリンサは決して忘れることが出来ない。


 空を埋め尽くし、夜を昼にしてしまうほどに目映い、光の魔法陣。

 拳一つで池を蒸発させてしまう程の威力の、殴打。

 瞬きの間に敵を消し去ってしまう、剣技。


 各々の師匠達が扱う、常人には理解の出来ない技の数々。


 魔導師であり、弟子でもあるリリンサは、今も傍らに立つ優男、『エアリフェード』の行使する魔法を辛うじて読み解ける程度で、後の二人の師匠、『アストロズ』と『シーライン』の武術や剣術は全く理解出来ていなかった。

 ――どうすれば拳で水を沸騰させられるのか?

 ――どうすれば剣を振るっただけで敵が消滅するのか?


 考えても分からない日々が続く中で、解かったことと言えば、師匠達は最強と呼ぶに相応しい強さを持っているという事だけだった。



 しかし、今、眼下の光景はどうしたと言う事だろうか。



 また、一つ、目映い光と爆裂音が響く。


 師匠のアストロズがアマタノの頭を殴打した音だ。

 本来ならばそこで頭蓋が粉砕され、戦いの幕は引かれる筈だった。


 しかし、今もなお、アマタノの頭はその場に留まり続けている。


 アストロズの拳とアマタノの頭蓋の力は拮抗し、まるで一枚の絵画のように静止された世界。

 だが、爆心地からは放射状に衝撃が伸び、周囲の樹木や岩、地表すらも削ぎ飛ばしてしまっている。


 先程から何度も何度も見た、同じ光景。

 だからこそ、次の一瞬がリリンサには解ってしまう。


 それは、力尽き、吹き飛ばされる師匠の姿。


 理解が出来ない師匠の、不可思議な拳が退けられるばかりか、競り負けてしまう不可解な、暴力。

 リリンサの心に残るのは、理解の範疇を越えた耐えがたい恐怖のみだった。


 たまらずリリンサは、別の場所に視界を切り替えた。

 そして、そこではまるで別世界の光景が、目に映ることとなる。

 


 戦闘ではなく、蹂躙。



 かの大蛇が蠢く度に、赤い土煙が空気を汚し、数えるのが面倒なほどの数の人間が、別の何かに形変えられてゆく。


 物言わぬ死体。

 何かの肉片。

 赤い飛沫は、大地を汚す染料。


 幼い少女が見るには、あまりにも無惨な情景は、リリンサの価値観をさらに歪めていく。



 ―あの蛇の突撃を受けた人達は皆、呆気なく死ぬ。聞いたこともないような、パシュリと乾いた擦潰音は、人が人で無くなる時の合図。―



 眼下の生物こそ、間違う事なき化物であり、理解できない不可解なモノだと理解し、リリンサの思考は渦巻き続ける。


 ふと、視界の端に、光る銀色が映った。

 その銀色はとても見慣れた、リリンサに馴染みのあるもの。

 兄弟子、澪騎士れいきし・ゼットゼロの白銀甲冑の輝きは、ほんの数瞬だけ光を反射すると、再び、蠢く黒に混じっていった。



みお!」



 たまらずリリンサは、慟哭するように言葉を叫ぶ。



師匠せんせい!澪があそこに居た!助けにいこう……速くしないと死んじゃう……。死んじゃうから……助けてよ……ぅ」



 エアリフェードはリリンサの懇願を一通り聞き終わると、フルフルと頭を振るう。

「どうして!」となおも食い下がるリリンサに、確りとした声色で語りかけた。



「私は今回の『蛇峰戦役』の総指揮官であり、全ての責任者です。私は私の役目を果たさなければならず、ここを離れるわけには行きません」

「命よりも大切なことがあると言うの?……あんなのに勝てるわけがない……ならば一刻も早く逃げるべきで、命を散らす意味など……ない……」



 エアリフェードとて、分かっている。

 過ぎた時間の分だけ命が散っていくことなど分かっているのだ。


 だからこそ、エアリフェードはここから動かない。



「リリンサ、良く覚えておきなさい。

 この戦争としては我々の敗北です。死亡者は全体の半数を超え、すでに撤退の命令を出しました。

 そうして生存者の7割は安全地帯まで下がり、一時的ではありますが身の安全を保証したといえるでしょう。

 ですがえぇ、そうです。まだ3割もの人が戦っています。

 今もなお、アマタノの前に立ちふさがる人々は自らを犠牲にしてでも仲間を守ろうとした人たち、即ち、『無名の英雄達』です。彼らの気高い意思に、散り逝った命に意味を持たせるために、私はここで見届けなければならないのですよ。次で、勝つために(・・・・・・・・)



 いつも冷静かつ飄々としている師匠からは想像も出来ないような、低く重厚な言葉。

 師匠の言葉は、"次で勝つために"と締め括られている。


 だが、リリンサは、師匠たちは今回、勝つことを諦めてしまったのだと思った。

 何千という命が潰えたこの戦争に意味などなかったかのようだと絶望し、リリンサの視界が暗くなってゆく。


 そして、その視界が染まりきる前にまたひとつ、先程とは別の場所で目映い光と爆裂音が響いた。

 それは紛れもなく師匠、アストロズの拳の放つ光。

 アマタノに吹き飛ばされつつも生き残ったアストロズは、別の頭蓋に狙いを変え、なおも愚直に攻撃を仕掛けていたのだ。



 もう、無駄なのに……。



 体も、思考も、育ちきっていないリリンサが言葉を呟こうとした瞬間、当事者たるアストロズの怒声が山陵に響く。



「"(くさび)"は打ち終えたァッ!すまねぇ……遅くなっちまったァッッッ!!」



 その怒声は何もかもを震わせた。

 木も山も、折れかけていた人の心さえも。



「……まったく、本当に遅いです。怒りと焦燥感でどうにかなりそうですよ。さて、シーライン、当たり前ですが、準備は終わっていますね?」

「あぁ、当然だ。鏡銀部隊も展開し終わってらぁ」



 突如として響いた師匠アストロズの怒声にリリンサは驚愕し、続く師匠エアリフェードたちの念話を聞き、目を見開いた。

 山々を揺らす大音量の声にではなく、その内容にだ。



 「師匠せんせい達は、まだ諦めていなかった……?」



 かの暴力に晒されても勝ち得る方法を模索し続け、今、それが発露しようとしているのだと悟る。


 リリンサは恐怖の段階で思考を停止していた自分を恥じ、習うべき師匠達に目を向けた。

 エアリフェードが言った『次』とはきっと、『今から』であると信じて。


 エアリフェードはいつもの飄々した態度を取り戻したような振る舞いで、しかし、内面では滾る怒りを押さえつけながら、最後の闘いが始まることを宣言する。



「では、始めるとしましょうか。伝説の合成禁術を!」


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