第60話「悪魔竜会談・最強の”力”」
「是非、僕もご一緒したいもんだね。いいだろ?ホロビノ?」
「きゅあら!」
何故かドラゴンと会議することになったんだが、未だに状況が飲み込めていない。
つい先まで殺意むき出しで俺達を蹂躙していた冥王竜が突如、ヘタレ化。
その原因はホロビノに有り、話を聞いていたリリンが言うには、ホロビノは冥王竜の師匠だったという。
そして、チラリと出てきた『ヴィクティム』
一体何が始まるんだろうか。
「ワルト、改めて言う事じゃないのかもしれないが、この話って凄く重要だよな?」
「ヴィクティムの名前が出ている以上、キミにも関係ある事だろうね、ユニ。ちゃんと聞いておいてくれ」
ワルトは真剣な表情で、頷いている。
その雰囲気は人を騙そうとか詐欺を働こうとかいう、負の感情が一切感じられない。
そして、ワルトは冥王竜に向かって話しかけた。
「ヴィクティム……さっきホロビノが言ったのは、『蟲量大数・ヴィクティム』のことかい?」
「あぁ、そうだ。偉大なるあの方の事を、お前らは知らぬのか?」
「その口ぶりじゃ、ヴィクティムの事に詳しいようだね?知っている限りの情報を教えてくれないか?」
ワルトは、そのヴィクティムの事が気になるらしい。
『蟲量大数・ヴィクティム』
確かワルトは俺達に、蟲量大数に関するどんな些細な情報でも、聞いた瞬間に逃げ出せと言っていた。
なのに、ワルトはその情報を自ら集めようとしている。
「我にすら勝てぬお前ごときが、それを知ってどうするというのだ?」
「……知らなくちゃいけないんだよ、僕はもう、置いて行かれるのは嫌なんだ」
どういう事だ?
何やら訳ありな様子だが、ワルトの真剣な顔を見るに、かなり重要な事なんだろう。
というか、心無き魔人達の統括者、ヤバそうな生物に関わり過ぎだろ!
リリンが狐と蛇で、ワルトが蟲に興味津津で、ホロビノは竜の眷皇種と知り合いとか。
そんでもって、俺自体にも何か有るような気がしてならない。
少なくとも、眷皇種と知り合いだってのは俺にも当てはまる事みたいだし、蟲とも何らかの関わり合いがあったという。
まずは、ヴィクティム。一番ヤバそうなこいつの話から聞くとしよう。
「ふむ……教えてやるとするか。我らが竜族の皇たる『不可思議竜様』の上位に君臨する唯一の生物。蟲量大数様は、この世界最強の”力”を持つお方だ」
「力……?力って言うのは抽象的すぎて良く分からないね。どういった力が強いんだい?」
「何を馬鹿な事を。……全てだ。蟲量大数様はこの世界に存在する”全ての力”で最強なのだ」
「全て?それはどういうことだい?」
「筋力……、視力、聴力、体力、握力、走力、魔力、能力、暴力……上げればキリがない。蟲量大数様は、この世界で起こりうる、”力として観測できる全ての事象”で最強であり、かのお方より優れた”力”を持つ生物など、この世には存在しない。我等と同じ世界に生きながら、我等と同じ次元にいないのだ。それが世界最強たる『蟲量大数・ヴィクティム様』のお力だ」
なんだそれは……。そんな奴に過去の俺は関わっているかもしれないのか?
冥王竜は嘘を言っていない。
それは奴の顔付きを見れば分かる。
冥王竜は顔に引きつった笑みを浮かべ、まるでトラウマを思い出すかのように語っている。
これが演技だというのは、あり得ないな。
ホロビノが現れただけで取り乱してボロを出したコイツが演技なんて出来るはずがない。
それにしても……。
「ワルト、大丈夫か?顔色が悪いぞ?」
「これほど無力感を覚えた事は無い、かもね」
「予想外だったようだな」
「ホントにね……蟲量大数は力に秀でている。というのは文献を漁って知っていた。だが、その内容は文献によって様々なんだ。だけど、納得がいったよ。神から力の概念を授けられたというその意味は、こういう事だったのかって、ね」
「今は体力を消耗しているだろ?少し休んでいた方が良いんじゃないか?」
「その優しさは、僕の運命を汚染する毒だよ、ユニ。僕は話を聞かなくちゃならない……」
そう言いつつも、ワルトの足元はふらついている。
ワルトと蟲量大数の間に何があるのかは知らねえが、その能力の強大さを前にして、足が竦んでしまっているようだ。
この世に存在する、全ての力の上位互換。
言葉にするとトンデモねえ。弱点が無いどころの騒ぎじゃない。
勝てる要因が一つも無い。
圧倒的王者の風格を纏わせ、『カツテナイ』と言われるタヌキ帝王だってここまで酷くないぞ。
アイツは何だかんだ、バナナを愛している。
愛する者は、そこが弱点になる。……と、いいなぁ。
「そんな化け物がいるって言うのは、まぁそうなんだろうと思う他ねぇな。だけどさ、ホロビノはその蟲量大数と戦ったって事だろ?そこん所はどうなっているんだ?」
俺は冥王竜とホロビノに向かって疑問を投げかけた。
そこまで圧倒的な力を持っているというのなら、ホロビノが生き残ったというのは少々不自然だ。
冥王竜がさっき言った「縮んだ」という事も踏まえて、説明が欲しい。
「あぁ、違うぞ?我が師が戦ったのは、蟲量大数様の眷皇種……『王蟲兵』だ」
「王蟲兵?」
「なにを言っている?お前とフルイラードも、王蟲兵と戦っていただろう?」
だから、親父はそんな食ったら腹を壊しそうな名前じゃねえよッ!!
話のテンポが悪くなるので心の中で突っ込みつつ、俺は記憶を探る。
……。
……そう都合よく思い出す訳ねぇよなー。
そんな簡単に思い出せるなら、苦労はしない。
そう思いつつも、俺はさっきの戦いの中で、過去の記憶を呼び起こしている。
グラムに搭載された機能を使った技の数々。
アレらの技能を万全に使いこなせていたのならば、俺はワルトを危険に晒さなくて済んだのかもしれない。
追及はするべきだが……今考えるべき事ではないな。
俺は思考を打ち切って、ワルトに話しかけた。
「思いがけず、俺の過去が明らかになったなワルト」
「これでキミがその王蟲兵に関わりがあった事が確定したというわけだ」
「……話が良く分からない。どういうこと?ワルトナ?ユニク?」
ここでリリンが会話に参戦してきた。
さっきから難しい話をしていたせいであんまり聞いていなかったぽいが、俺が関わっていると聞いて興味が出てきたんだろう。
「さっきから言っているその、蟲量大数というのとユニクになんの関係があるの?」
「ミナチルさんを過去の俺が助けたっていう話を覚えているか?」
「もちろん覚えている。ユニクの逸話なのだから、忘れるわけ無い」
「その時の敵は、”蟲”だったよな。恐らくだが……親父が倒しに行ったという敵のボスが王蟲兵だったんだろう。過去の俺はどういうわけか、世界最強と関係しているらしい」
俺の説明に、リリンは「そういうこと」と頷き、納得したようだ。
自分で言っていても嘆きたくなる過去だが、過去は代えられないのでどうしようもない。
俺は話を戻そうと視線を冥王竜に向けようとして、リリンがトンデモナイ事を言い出した。
「……もしかして、ユニクの記憶が無いのは、そのせい?」
「は?」
「もしかしたら、ユニクとユルドル―ドはその蟲量大数と戦って負けた。その後遺症としてユニクは記憶を失い、村で養生していた?」
なるほど……筋が通るな。
親父が村長に俺を預けた理由としてはまずまずだ。
記憶が無いってことは、俺は物凄く弱体化したという事。
事実、初期型汎用ノーマルタヌキにすら俺は勝てなかった。
そんな状態で世界最強に挑み続けるのは、はっきり言って不可能。
だからこそ、俺はのどかな村に送られ体を癒し、そして、世界を救うという神託を持ったリリンと出会う事になった。
この仮説をリリンとワルトに話し、それぞれの意見を聞く。
「リリン、ワルト、どう思う?」
「……。」
「……。」
返事が無いんだが?
「なぁ、俺の話聞いてた?」
「ちゃんと聞いてた。でも……」
リリンが言葉に詰まり、言い淀んでいる。
視線が助けを求めるようにワルトへ向けられているし、なんか隠し事がありそうな雰囲気。
リリンにもホロビノと同じ尻尾が無いのが悔やまれる。
俺はワルトに話せと、目で合図を送った。
「あぁ、ユニの言う通りさ。神託に書かれていた”厄災”とは、蟲量大数の事だ」
「え!?」
「え!?」
いや、なぜリリンまで驚く?
リリンに与えられた神託だろ?なんで内容を知らないんだよッ!?
「リリン。”え!?”ってなんだ。”え!?”って」
「え。だって神託にはそんなこと書いてない……」
神託に書いてない?
確か神託の内容って……『リリンサ・リンサベルは英雄・ユルドルード実子、ユニクルフィンとこの世界を旅し、いずれくる世界の厄災に備えよ』だったはず。
確かに具体的に蟲量大数とは書いていない。
それをなんでワルトが敵が蟲量大数だと知っているんだ?
「どうやら俺達が知らない情報を持っているみたいだな、ワルト。なんで隠していた?」
「隠していた、というか、あえて明言しなかったのは、キミらの為だよ。ユニ」
「どういうことだ?」
「僕はリリンと旅をしている途中に、その厄災とはなんなんだろうと、ずっと考えていた。そして、僕は大書院ヒストリアの館長となり、真実にたどり着いた」
「真実?」
「その厄災とは、歴史の分岐点に登場する『犠牲』と呼ばれる存在なのではないかと言う事にね」
ワルトの話を纏めるとこうだ。
歴史の分岐点、国の滅びや破壊が起こった時に稀に登場する悪しき存在。『犠牲』。
それは人の形をした異形そのもので、抗う事の出来ない”力”を振り撒く。
歴史上、少なくない数の英雄がこの犠牲に挑み、敗れてきた。
人類の……いや、現存する全ての生物にとっての天敵が俺達が挑む厄災なのかもしれないとワルトは判断し、情報の収集をしていたという。
そこに、昔の俺が蟲と戦っていたという情報が舞い込み、ワルトは確信した。
だが、調べれば調べるほど、危機感ばかりが増えていく。
そんなタイミングで俺達が訪ねてきたということだった。
「だから僕は、その存在だけを匂わせるような事を言って、キミたちに注意を促しつつ、調べ物を続けていたってわけさ。ユニとリリン、キミらを危険に晒さない為にね」
「そうだったの……。ワルトナには感謝してもしきれないと思う!」
「いいって、いいって。僕とリリンの仲だろう?」
「ありがとう。ワルトナ」
う……ん?
リリンは信じきった眼差しでワルトとハグを交わしている。
だが、その光景を見て、なぜか違和感を抱いた俺。
今のワルトに副音声を当てるなら「ちょろいなー」とか言いそうな顔をしている……気がする。
だが、これ以上の追及は難しそうだな。
第一、ホロビノが王蟲兵とか言うのと戦ったという話もまだ済んでいない。
俺は話の流れを戻す為に、ホロビノに向かって話しかけた。
「ホロビノ、そもそもお前は何者なんだ?」
「きゅあらー。きゅあら、きゅあきゅあ」
なるほど、そうだったのか……って分かんねぇよ!!
タヌキといい、ホロビノといい、一方的に人間の言葉を聞き取れるせいで会話が進まない。
というか、ホロビノって、冥王竜の師匠なんだよな?
眷皇種の師匠……か。
俺の中で一つの疑惑が膨らんでいく。
ホロビノ……お前はもしかして……。
「ワルト、一つ聞きたい」
「何だいユニ。何でも聞いておくれよ」
「眷皇種ってのは、その種族で一匹しかいないのか?具体的には、竜の眷皇種は冥王竜だけか?」
「いいや、違う。眷皇種というのは皇種の側近とも直属の部下とも呼べる存在だから、複数体居るよ。もちろん、竜もね」
「……俺が今何を考えているか分かるか。ワルト」
「……まさか、ねぇ。そんなわけ、ないんじゃないかな」
「……。」
「……。」
「?……。」
俺達のジト目がホロビノに注がれる。
事態をいまいち理解していないリリンも、何となく、ホロビノには何か有ると察してはいるようで、俺とワルト同様、ホロビノを見ていた。
「……きゅあら」
「おい、人間ども、なんだその目は?失礼にも程があろう。このお方を誰だと心得ている、不可思議竜様のちょ……」
「きゅあらららっっっーーー!!」
「ぐおおおおお……」
あ、ホロビノの野郎が慌てふためいて、冥王竜の口を封じやがった。
具体的に言うと、超高速で冥王竜へ突撃し、鼻の穴めがけて凄まじい熱量の光線を発射。
アレが噂の『竜滅咆哮』という奴か?
どう考えても、鼻の穴に撃ち込んでいい奴じゃなさそう。
冥王竜が、滅茶苦茶、悶えている。
なんというえげつなさ。ホロビノも正真正銘、心無き魔人達の統括者だということか。
「げほ!げほ!……ホントマジ勘弁して欲しいっす!!何が悪かったんすか!?」
「きゅあららら!」
「え?言うんじゃない?なんでっすか?」
「きゅあら、きゅあろろ」
「そんな……」
明らかな上下関係を見るに、ホロビノは相当格式高そうだ。
だが、不可解な点もある。
ホロビノのレベルだ。
ホロビノのレベルは3万程度だ……って、あれ?51224になってるんだけど。
そうか、さっきのタヌキの襲撃でレベルが上がったのか。
タヌキ将軍ともなにやら因縁がありそうだったし、最近レベルを確認してなかったからこんなもんだろう。
で、もし仮にホロビノが冥王竜よりも上位竜であった場合、レベルが5万台なのは絶対におかしい。
もしかして、リリン同様レベルを偽っているのか?
「冥王竜、ホロビノの正体を教えてくれ」
「きゅあら」
「ダメだと、仰られている」
「そこを何とか!」
「きゅあるるる!」
「無理だ。教えれば、我がボコられるのだぞ!?」
冥王竜をボコるってどんだけ強いんだよ、ホロビノ。タヌキに苦戦してたじゃねえか。
聞き分けのないホロビノから、どうやって聞き出そうかと画策していると、ワルトがすっ。っと前に出た。
頑張れ、悪辣なる大悪魔さん!ホロビノのプライドを破綻させてくれ!!
「ホロビノ、僕はね、ずっと思ってたんだ……。ホロビノと出会った時、見るからに親っぽそうなでかいドラゴンの死体には目もくれず、僕らにすり寄ってきたのはなんでだろうって」
「すり寄ってきた?」
「私がホロビノを見つけた時、ホロビノ方から近づいてきた。お腹が減ってただけだと思ってたけど、違うの?」
腹が減っているからと言って、野生のドラゴンの雛が近寄ってくるわけねえだろ!!
自分のパーティー名を思い出せ、リリン!!大悪魔だぞ!!
俺の心のツッコミを聞いているであろうワルトは、完全に無視してホロビノを追い詰めてゆく。
「キミは、なんで僕らの所に来たんだい?」
「きゅあ……」
ホロビノの尻尾がこれでもかというくらいブンブン振られている。
何か隠してることは間違いない。
だけど同時に、すごく悲しそうな顔をしているのだ。
それはまるで、捨てられるかもしれないと怯えるペットのようだった。
「……話さなくていいよ、ホロビノ」
「リリン?」
「ホロビノは見るからに嫌がっている。それなのに無理やり聞き出すのは可哀そうだよ。ユニク、ワルトナ」
リリンはホロビノに近づいて、優しく撫でながらそう言った。
ホロビノはされるがまま、気持ちよさそうに撫でられている。
そして、リリンの言葉は続く。
「例えどんな正体だったとしても、私の中でホロビノは可愛いペットであり、家族。それは変わらないよ、ホロビノ」
「きゅあららら~」
そして、ホロビノは嬉しそうに鳴いたあと、リリンに頬ずりをした。
うん、とても微笑ましい光景だ。
可愛らしい大悪魔と、疑惑だらけのドラゴンがじゃれあっている。
大団円みたいな雰囲気だが、どう考えても良くない奴だ。
「おい、これだけは、言っておくぞ、赤き先駆者」
「ん?何だ冥王竜?」
「我が師は、望んで貴様らと共にいるという事だ」
望んで一緒にいる……ね。
リリンとは仲が良さそうだが、他の大悪魔とは仲が悪いってもんじゃねぇんだけど!!
恐怖を魂に刻み込まれているってレベルだからなッ!!
俺はこっそりワルトに話しかけた。
「ワルト、ホロビノの正体を後で調べるよな?」
「もちろんだろ。眷皇種を一方的にボコるなんて疑惑があるんだよ?調べないはずがないね」
「分かったらこっそり教えてくれ」
「しょうがないなぁ。あとで見返りを要求するからね?」
うぐっ。大悪魔さんと悪魔的契約を結んでしまったんだが。
見返りに何を取られるんだろうか……。
結局、ホロビノの正体を完全に掴む事は出来なかったし、その王蟲兵と戦ったという真相も分からずじまいとなってしまった。
だけど、まぁ、いいや。
リリンが幸せそうだからな。




