第59話「眷皇種・希望を費やす冥王竜③」
俺は、失敗した。
モウモウと巻き上がる白煙を見て、いつか抱いた負の感情が溢れだし、背中がずしりと重くなる。
あぁ……。すまない……。
後悔の念に刈られながら、俺は、拳を握りしめていた。
もう何もかもが手遅れで、取り返しがつかない。
だけど、それでも。
これ以上、犠牲者は出させない。
俺の命に変えても、リリンだけは守り通す。
決意を新たにし、俺は、冥王竜へ視線を向けた。
「ぶっ殺してやるよ、冥王りゅ……ん?なんだあれ?」
冥王竜の背中越しに”白いの”がチラッと見えた。
目を凝らしてよく見て見る。
そこにいるのは、冥王竜と、リリンと、そして……無事なワルト。
失ったはずのワルトは、呆然としながら、目の前の”白いの”を見つめていた。
んん?
よくよく見れば”白いの”が冥王竜とワルトの間に割って入り、拳と拳を激突させたようだ。
んんん?あれは……。
俺が困惑している間に、状況を理解したリリンが、平均的な表情を崩しながら口を開いた。
「……ほ、ホロビノ?」
「きゅあら!」
「た、助けてくれたの?」
「きゅあらーん!」
「ホロビノっっ!!」
「きゅあらー!!」
杖を放り投げて、勢いよくホロビノに抱きつくリリン。
謎の白赤の弓を構えながら、絶句するワルト。
頬を伝う涙を感じながらも、困惑する俺。
ガシガシと頭を撫でられて、嬉しそうなホロビノ。
そして……。
目玉が飛び出さんばかりに目を見開き、顎が外れんばかりに大口を開け、「ぐえぇぇぇ!?!?」と驚き声を漏らす、冥王竜。
……なんだこれ。意味が分からない。え?意味が分からない。
意味が……まったく分からねぇんだけどッ!?!?
ワルトの絶体絶命のピンチを救ったのは、ホロビノだった。
冥王竜が拳を振り上げた瞬間、地上から雷が駆け抜け、リリンとワルトの目の前で炸裂。
そういう攻撃なのかと動揺したものの、白煙が散れば、起こった出来事が明らかになった。
ホロビノは、冥王竜の必殺の一撃を受け止め相殺、ワルトを救ったらしい。
どうやったのか知らないが、あの威力の高そうな攻撃を止めた。
明らかな異常事態だが、当事者のワルトが冥王竜へ向けている鋭い視線が、戦いはまだ終わっていないのだと語っている。
様々な空気が入り乱れる中、ホロビノはひとしきりリリンと触れ合った後、冥王竜に向かって話しかけ始めた。
「きゅあららら」
「……え。えっと……」
「きゅあら」
「え、えぇ。あの、その……」
……。
冥王竜が挙動不審なんだけど?
めちゃくちゃ狼狽えているんですけど?
「きゅあららら?きゅあっす!」
「え?いや、分かります……え?なんで。なんで……こんな所にいらっしゃるんですか……?」
「きゅあろろろー。きゅあら!」
「え、っちょ、い、いやっすよ!そんな訳無いじゃないっすか!!」
「きゅあ、きゅぐろろろ……」
「ひ、ひぃ!助けてっす!知らなかったっす、勘弁して欲しいっす!!」
おい、冥王竜。さっきまでの威厳ある姿はどこにいった!?
何処かのチャライ下っ端みたいな口調になってるじゃねえか!!
それならまだ、「ピエロ―ン!」の方が威厳があるってもんだぞッ!?
ホロビノが突然現れて、冥王竜の必殺の一撃を相殺したかと思ったら、会話だけで追い詰め始めた。
うん。言葉にしてみてもまったく意味が分からない。
俺は状況を整理するべく、冥王竜へ話しかけた。
「なぁ、冥王竜。とりあえず、俺達を殺すのはやめてくれないか?」
「あっ!このタイミングでそれを言わないで欲し……赤き先駆者よ、その申し出を受け入れよう」
「……今更取り繕っても、もう遅いから」
「……そうか。そうだよな……はぁ……」
冥王竜さんのテンションがダダ下がりになっている。
必死の殺し合いをするどころか、戦闘をするという雰囲気ですらなくなってしまった。
俺は安心しながらも、胸の召喚紋を起動しグラムを呼び寄せた。
一応グラムを控えめに構えつつ、状況の把握を行う。
「で、冥王竜。どういうこった?」
「……。」
「黙ってるんじゃねえよッ!」
「……お前たちは、このお方と知り合いなのか?」
「このお方?」
「この白く気高き、我等竜族の希望であらせられる、このお方の事だ」
そう言って冥王竜はホロビノを敬仰しつつ、指し示した。
間違いなく、この『お方』というのはホロビノの事だろう。
ホロビノが偉そうに胸を張っているし。
だとすると、絶対的強者たる眷皇種の冥王竜が、美しくもタヌキに襲われていた悲しきホロビノに対して畏敬の念を感じているという事になる。
どういう事だ……?
よく分からないので、ありのままを答えてみる。
「知り合いどころか、ソイツ……ホロビノはリリンのペットだぞ?」
「……は?」
目玉が飛び出さんばかりに見開き、顎が外れんばかりに大口を開け、「ペットぉぉぉぉぉ!?!?」と驚き声を漏らす、冥王竜。
……なんだこれ。意味が分からない。意味が分からないが、その表情はさっきも見たんだが。
つーか、こんなマヌケ顔をしている奴に負けそうだったとか、別の意味で悲しくなるからやめてくれ。
俺がやるせない気持ちに襲われている間に、どうにか状況を理解したらしい冥王竜が、シドロモドロに口を開いた。
さっきまでの威厳ある姿はもうどこにもない。まじで『黒トカゲ』って感じの小物臭がしている。
「ペット……?このお方、我が師たるこのお方が、お前らごときに飼われているというのか?」
「は?我が師?誰が?」
「そう!私の愛らしくてカッコよくて強くてピンチを助けてくれるホロビノは、私の可愛いペット!いや、家族と言っても良い!!」
ここでリリンが会話に参戦してきた。
ややこしくなるから、ちょっと困るんだけど。
そして、どうやら俺と同じ思いを抱いている心無き仲間が、もう一人いたようだ。
「……ユニ。ちょっとこっちに来てくれるかい?」
「……あぁ。」
俺はワルトに呼び出され、極秘悪魔会談を開催。
議題はもちろん、『出会った冥王竜が、下っ端ぽい件について』だ。
「ユニ、キミは冥王竜と顔見知りなんだろ?何か知ってるんじゃないのかい?」
「記憶にございません……と言いたいところだが、戦闘中にだんだんアイツの事を思い出してきた」
「うん。吐け」
「アイツとは、俺と親父が旅をしている時にたまたま出会って戦闘になった事がある。そんで、俺はアイツと戦って、両腕と尾を切り落として勝利したはずだ」
「……すごく重要な情報だけど、僕が聞きたいのはそこじゃない……。なんだよあれ。冥王竜がついに頭を抱え始めたぞ?」
「ホロビノの野郎が威嚇してるな。頭をビシビシ叩いてやがる。なんて恐ろしい……」
俺はワルトと雑談をしつつ、ホロビノと冥王竜に目を向けた。
その大きさの対比は、3対20。ホロビノが3m弱なのに対し、冥王竜が20mと言った所。
普通に考えれば、冥王竜の方が格上に見えるはずだ。
事実、冥王竜は俺達三人を相手どっても、優位に立つほどの腕前。
タヌキに誤爆されて地上に叩き落とされるという痴態を晒した壊滅竜さんとは大違い……のはずなんだが、事実は違う。
ホロビノは冥王竜の顔の目の前に陣取り、腕を組んで冥王竜を見下ろしている。
そして、尻尾を器用に操って、冥王竜の鼻先をバシバシ叩いている。
……どういうこと?さっき『我が師』って言ってたよな?
「「どういうことだ……?」」
自然と漏らした声が、ワルトと重なった。
人を騙すのが使命の大悪魔さんも、事態について行けていないらしい。
あ、食い意地が張ってると評判の方の大悪魔さんが、ホロビノに抱きついていた手を離し、俺達の所に駆け寄ってきた。
若干、頬が赤い。酷く興奮しているようだ。
「ユニクっ!ワルトナっ!凄い事が起きた!!」
「……おう」
「ゆっくりと、落ち着いて話しておくれ、リリン。ゆっくりだよ?」
「ホロビノは冥王竜よりも凄く偉い!というか師匠だったっぽい!」
「「なんだってッ!?」」
いきなりの師匠設定とか、聞いていないんだけど!
大体、どう考えても無理がある。
世界第2位の強さの皇種『不可思議竜』の眷属たる『希望を費やす冥王竜』が、悪魔だ悪魔だと言われてはいるが、その実、可愛らしい少女5人組に飼育されてるペットの弟子。
ほら無理がある。……タヌキを飼うくらい無理がある。
しかし……見るからに力関係はホロビノの方が上なのは間違いない。
ホロビノはとうとう冥王竜の腕の上に腰を下ろし、楽な姿勢を取っている。
冥王竜の目も泳いでいるし、これは……師弟関係で間違いなさそう。
俺は奴らの会話に聞き耳を立てた。
「あの、お師匠様……随分、縮みましたね」
「きゅあらー」
「あぁ、発音能力まで失われて……、あなた様をここまでにするとは、一体どんな奴と戦われたのです?」
「きゅぐろ……キュアラ・ヴィクティム」
「……なんと……!」
ドラゴン同士の、意味深な会話。
ホロビノの言葉が分からないせいで、俺にはまったく理解できない。
だが……『ヴィクティム』。
ホロビノがはっきりと口にしたこの名前は、酷く印象に残った。
俺はこの名前を聞いた事がある……?
「なぁ、ワルト。ホロビノの言った「ヴィクティム」ってなんだろうな?」
「……どうして……どうしてその名前が、ここで出てくるんだよ……」
「は?」
「どうして、『蟲量大数』の名前が、ここで出てくるんだって、言ったんだ」
蟲量大数……?それって確か、世界最強だってワルトが言って奴だよな?
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
俺に蟲量大数とのフラグが立っているのかと思いきや、まさかの別方向からのアプローチ。
リリンはよく分かっていないようで首をかしげているだけだが、ワルトは違う。
ワルトは顔を青ざめさせ、「いくら僕が悪人だからって、これはあんまりじゃないか……」と若干涙声になっている。
完全に予想外の出来事が起こってるらしい。
これは立ち直るのに時間がかかりそうだな。
しょうがないから、俺だけでも情報収拾に励むとしよう。
「冥王竜、ホロビノ、俺も会話に参加しても良いか?」
「ふざけるな、小さき人間よ。貴様のような雑魚がでしゃば……」
「きゅあらん!」
「どうぞ、客人よ。温かくもてなそう」
ダメだこの黒トカゲッ!完全に我を見失ってるッッ!!
ホロビノに一喝されて押し黙るどころか、掌がクルックルな冥王竜。
俺は、その情けない姿に親近感を湧かせながら、ホロビノの横に立った。
突然起こった、予期せぬ超展開。
『悪魔・ドラゴン会談』の始まりである。




