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第58話「眷皇種・希望を費やす冥王竜②」

「俺達を殺す……?」



 冥王竜は確かにそう言った。

 殺されるというのは、『死ぬ』ということだ。


『死』『死別』『永遠の別れ』『後悔』『怨嗟』『無力感』……取り返しのつかない、『謝罪』。


 俺はもう二度と、そんな事はしないと誓ったじゃねえか。

「もう二度と、こんな事は起こさせない。だから、泣かないでくれ」と、誓ったんだろ。


 ……誓ったんだよ、俺は。

 だから、そんなことは、意地でもさせねぇよ。



「リリンやワルトを殺すと、お前はそう言ったのか?冥王竜」

「否定も訂正も無い。まずは白を殺す。その後は青。最後にお前だ。脆弱な人間が我の気晴らしとして役に立てるのだ、光栄であろう」



 コイツは、再び言いやがったのだ。

 リリンを、ワルトを、俺を、……殺すと。


 冷たい何かが体の中から抜けていく。

 それはたぶん、倫理観とか、常識とか、自制心とかいうものだろう。

 もしかしたら、体を危険に晒さない為のリミッターかもしれない。


 自然と湧き出た言葉を、俺は躊躇なく口にした。



「……殺してやるよ、お前を、な」



 確証が無くても良い。

 根拠も保証もいらない。

 昔の俺がコイツを倒したという事実。それさえも必要としない。


 俺はコイツを殺すと決めた。

 今のこの感情さえあれば、それでいい。


 俺はグラムを真正面に構え、冥王竜を見据えた。

 アイツは体長が20mもある、が、厚みはそれほどでもない。せいぜい3mといった所だ。

 グラムの刃は1mを少し超えた長さ。根元まで突き刺せば体の中心(心臓)に届く。


 ならば、問題ない。

 俺は勝利だけを求め、足を踏み出した。



「《重力流星群ガルミーティア》」



 先に行くと心の中でワルトに告げ、俺は一人飛び出した。

 頭の中に思い浮かんでくる、殺戮を行う為に必要なプロセスを行う為に。


 俺はグラムを二度振り抜き、右前方と左前方へ重力流星群ガルミーティアの結晶を設置。

 そして、胸にあるグラムの召喚紋へ別の重力流星群ガルミーティアをセット。


 これで、前方にある二つと俺の胸にある一つの重力流星群ガルミーティアは逆三角形の形となった。

 俺は全ての重力流星群ガルミーティアを全力で起動、それぞれの引力を最大にし、唱える。



「構築せよ。《超重力軌道ガル・システム》」



超重力起動ガルシステム

 これは、二つの星から発せられる引力と斥力せきりょくを自在に操り、対象物を高速移動させる技だ。

 今回の対象物は、俺の肉体。

 バッファの代わりとなる、体の負担を度外視した無茶な使用法。


 だが、これは必要な事なのだ。

 現状、リリンとワルトのバッファは機能していない。

 冥王竜の能力で魔法の効果時間を加速されると、任意のタイミングで消失させられてしまうからだ。


 だが、グラムは魔法では無い。

 よって、グラムが引き起こした事象も、魔法では無い。

 理屈なんてどうでもいい。今必要なのは、結果のみだ。


 左右の重力流星群ガルミーティアから発せられた同等の引力は、中心で釣り合い、一本の進路を定めた。

 俺の向かう先は、悠然と構える冥王竜。


 そのでかい態度をぶっ潰してやる。

 外部からの力の干渉に体を軋ませながら、俺は超音速で突き進む。



「《重力衝撃波ガル・バースト》」



 俺と冥王竜が接触する一瞬前、俺はグラムの内部のエネルギーを暴走させ放出させた。

 エネルギーは可視化し、空を飛ぶ斬撃となって冥王竜に着弾。

 流石の冥王竜も防御の構えを取ったが、エネルギーが炸裂するとバランスを崩した。


 狙うなら、胸か首か。

 直感で胸を選択し、グラムの切っ先を冥王竜の心臓めがけて突き出した。



「ふむ、精彩を欠いたかと思うたが、見れる程度には出来るようだな。それでも、衰えを感じるがな」



 突き立てたグラムの切っ先が冥王竜の腕に突き刺さっている。

 確かな手ごたえと見るからにダメージを与えたが、その程度ではダメだ。


 俺は追撃をするべく、グラムを引き戻そうと力を込めた。

 だが、ビクともしない。


 なぜだと思い視線を向けて見れば、理由がはっきりと分かった。

 グラムが刺さったまま傷口が再生し、固まってしまっている。



「何でもアリかよ……」

「すまんな、『命』を神から与えられし竜族は、生命力が桁違いに高いのだ。この程度、雑作も無く出来る」



 再生した腕から、自らの意思でグラムを抜いた冥王竜は、俺に見せつけるように腕を上げた。

 見る見る内に再生し、元の漆黒の鱗へと変化していく傷口を見て、やはりか。という感想を抱く。



「やっぱり足りえてねぇか。一撃で葬らねえとダメみたいだな」

「この我を、今のお前が一撃で?それは無理だろう」


「なんでだ?」

「我とて、研鑽を積んでいる。お前に負けたあの日から、ずっとな」



 俺が記憶を失ったのは、大体6年前だ。

 だから最低でも、6年間は修行していたという事になる。


 冥王竜は体の前で拳を強く握った。

 そして、指先から肘にかけての鱗が逆立ち、形を変えてゆく。


 俺の背筋がザワリと騒ぎ、心臓が強く脈打つ。

 冥王竜は口を開いてバッファの魔法を唱えた。



「《見えぬ光機ブラインドネス・アルべド》」



 冥王竜の両腕が黒い結晶へと変化した。

 肘から先が、二枚の鉄の板を組み合わせたような平らな形状となり、先端から五本の爪が伸びている。

 それはまるで、騎士が腕に小さな盾を付けているかのようだ。

 隙の無かった防御がさらに堅牢になった事が見て取れる。



「この腕は、お前の剣を防ぐ為に我が生み出したものだ。せっかくだから使ってやろう」

「そうか。それはご丁寧にどうもありがとう、だな」



 短いやり取りの後、冥王竜は翼を広げ、魔法紋を浮かび上がらせた。

 恐らくあれは、速度上昇の効果があるはずだ。


 俺の読みは当たり、リリンの最高スピードと同じ速さで冥王竜が接近。

 鋭くとがった爪を俺に向け振り抜く。



「回避せねば死ぬぞ!」

「つっ!」



 ドラピエクロよりも小さいといえど、俺と比べれば10倍以上の巨体なのは紛れもない事実。

 突き付けられた爪の一本が、それぞれグラム程の長さもあり、それが5本連続で襲いかかる。


 第九守護天使は意味を成していない。

 そんな状況で音速以上の速さの爪に触れれば、あえなく即死するだろう。


 正攻法は回避すること。

 だが、重力流星群ガルミーティアによる高機動は、緻密なコントロールが出来ない。音速を超えて迫る爪をいつまでも回避するのは、バッファの魔法無しじゃ不可能だ。

 だから、俺はあえて前に出る。


 グラムは絶対に破壊される事は無い。

「臆するんじゃねえ、ユニク。世界最高の攻撃力と同時に、世界最強の防御力を誇るのがグラムだ。お前は世界最強の剣と盾を同時に持っているんだぜ!」

 それが親父の口癖なのだから。



「お前の()()と、俺のグラムグラム、どっちが強いか勝負しようぜ」

「ふむ、面白い。優劣を付けてやろう」


「うおらぁぁぁぁッッ!!」



 迫る爪にグラムを打ち付け、俺は叫ぶ。

 体重差はおそらく100倍以上だろう。

 その差を埋めるのは、魂を燃やした叫びと、グラムの機能。


 声を囮にし、グラムの惑星重力操作を起動。冥王竜の重量を減少させ軽くし、力任せに振り払う。

 それでもガキィンと鈍い音と火花を散らしながらグラムと爪は交差した。


 吹き飛ばすどころか、振り払うので精一杯。

 あぁ……グラムはこんな程度じゃ無かった。

 性能を十全に発揮させれば、力負けなどしない。


 力を引き出しきれない自らの未熟さに苛立つ。が、それすらもエネルギーとしてグラムに注ぎ振う。


 再び打ち下ろしたグラムを迎えたのは、冥王竜の鱗が変化した盾。

 爪よりも堅いその部位は、グラムの斬撃を完全に受け流し、無力化。


 その隙をついた冥王竜は、動きが止まった俺目掛けて、反対側の爪で斬撃を繰り出してきた。

 グラムを引き戻しつつも、重力流星群ガルミーティアの引力を起動。

 着弾のタイミングをずらし、グラムの側面で爪劇を受け流す。


 一進一退の攻防。

 数度の攻守の結果はお互いに無傷。しかし、体格で劣る俺の息切れが激しい。

 このままだと、押し切られ……。



「《十奏魔法連デクテットマジック願いと王位の債務ハルバードベット・ティアラ!》」



 高出力の雷槍が天から降り注いだ。

 それらはすべて冥王竜の頭部へ向かい、致命傷を与えるべく、突き進む。



「小賢しいッ!《星の加速(スイング・バイ)》」



 冥王竜の咆哮が轟き、まるで花火が弾けるような乾いた音を上げて、雷槍が消え失せてゆく。

 リリンの全力の魔法でさえも、冥王竜には有効打となりえない。


 だが、有効打へのアプロ―チとしてみれば、充分過ぎるほどの効果を上げてくれた。


 俺は、二つある重力流星群ガルミーティアのうち、一つは引力を、もう一つは斥力を発生させた。

 今の位置関係のままだと、高速移動は起こらない。

 だが……。


 ワルト、重力流星群ガルミーティアを転移させろ!


 俺の心の声はワルトに届いている。

 事実、考えの通りに重力流星群ガルミーティアは、俺と冥王竜の背後に一個ずつ配置された。


 冥王竜は背後からの引力によって引き寄せられ、俺は背後からの斥力によって押し出される。

 俺達の距離感は変わらない。それはお互いが同じ量の影響を受け、同じ速度で移動しているためだ。


 だが、冥王竜を引き寄せている引力が、突然、押し出す力に変化したとしたら?

 俺は冥王竜の背後の重力流星群ガルミーティアを操作し、斥力に変更。

 引力に耐えるべく前のめりに力を入れていた冥王竜は、俺目がけて凄まじいスピードで突撃してきた。



「《重力破壊刃ガル・ブレイドッッ!!》」



 この重力破壊刃は、いつもとは少しだけ違う。

 グラムの先端にエネルギーを集中させた一点突破だ。


 冥王竜は腕をクロスさせ防御を取るも、グラムは深々と突き刺さり手傷を負わせた。

 再び訪れた好機。

 俺はグラムのエネルギーを暴走させ、刀身を震わせる。

 超振動を引き起こしたグラムは発熱し、やがて周囲の物体の原子結合が崩し始めた。



「《重力光崩壊ガル・デストラクションッッ!》」



 突き刺した傷口から、白い閃光が迸る。

 その光に手ごたえを感じた俺は、乱雑にグラムを斬り降ろし、離脱。


 傷口に目を向けると、閃光は冥王竜の腕の中に留まったままになっていた。

 それでいい。この技はここからが本番なのだ。


 技が決まった以上この場に留まる意味は無い。俺は後退し、冥王竜と距離を取る。

 その瞬間、冥王竜の腕が白く変色し崩壊。肘から先が、塵となって消えてゆく。



「腕の強度が足りなかったというのか……」

「……。はっ!攻撃を防ぐ為に作った腕が千切れちまったな。で、攻撃手段を失ったお前は、また逃げ出すのか?」



 俺の中でチラつく映像。

 それは目の前の光景と妙にダブって見えるものだった。


 腕を失い、沈黙を発する黒い竜。

 声高らかに勝利を宣言する俺。


 そうだ、この光景は見た事がある。

 だが、おかしい。

 この光景を見た事があるのならば、冥王竜に腕があるのは、絶対におかしいはずだ。


 俺は違和感を感じるも、抱いた疑問に対する答えに辿り着く事が出来ない。

 そして、何も分からないまま、事態は進行し始めた。



「……いくら竜族と言えど、欠損した腕を再生させる事は難しい」

「あぁ、トカゲじゃあるまいし、生える訳ないだろ?」



 このやり取りも、覚えがある気がする。

 そう、昔の俺は確かに今と同じやり取りをして、そして……俺はコイツの事を、『黒トカゲ』と呼ぶようになった。



「……だが、出来ない事も無いのだ。有り余る魔力を顕現させるというやり方ならば、すぐにでも腕は元に戻る」

「な……に……?」



 その言葉を言い終えた頃には、冥王竜の腕は再生していた。

 さっきまでと同じ、鋭い爪と堅牢な鱗を備えたままで。


 俺とリリンとワルトの連携で与えた致命的な傷が、十秒も経たないうちに消えた。

 それは、絶望と呼ぶのですら生ぬるい何か。


 そして、冥王竜は粛々と告げた。

 二十分が経過した、と(終りの時間だと)



「……《我が拳に纏え、核熱の粒子(ニュートリノ)》」



 漆黒の腕が、熱せられた鉄のような焦熱色に変化してゆく。

 星の最後の瞬きとも呼べるそれは、空気を歪め、空間を歪め、時すらも歪めた。


 俺の目の前から冥王竜の姿が消え、遥か後方のワルトの目の前に出現。

 そして、その余波を受けただけで第九守護天使は崩壊し、ワルトは生身に晒された。


 拳という名の『死』がワルトに迫る。


 ここからでは、俺の手は届かない。

 ワルトの隣にいるリリンが、必死に杖を突き出して迎撃を試みているが、そんなんじゃその攻撃は防げない。

 考える時間なんて無い。一か八かの賭けをするしかない。

 

 グラムを投げつけ、一撃で心臓を抉る。

 これしか冥王竜の動きを止まる術はない。


 俺は渾身の力でグラムを冥王竜めがけて投げつけた。

 重力流星群ガルミーティアでの加速も加え、光の筋となったグラムが冥王竜に迫り、そして……。


 冥王竜は己の尾を犠牲にして、グラムに刺され留めた。

 グラムは冥王竜の尾に刺さったまま完全に動きを止め、俺の希望は……潰えた。

 


「やめろぉぉぉぉぉぉッッッ!!」

「《廃星の一撃(スターダスト)》」



 これは、意味の無い叫び。

 失うことへの、恐怖の現れ。


 そして……。

 俺の慟哭を嘲笑うかのような絶死の閃光が弾け、遅れて音が届いた。



「きゅあららら~」



 それは、酷く間の抜けた、聞き覚えのある鳴き声だった。


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