第56話「ゲンジツとカイコン」
「ガァァァッ!」
消えゆく炎剣と、近づく腕。
俺は鎧武者竜の剣をグラムで切り捨てた後、ひた走っていた。
今、鎧武者ドラゴンはグラムの剣を一度受けて、体勢を崩している。
グラムの機能『惑星重量操作』で腕の重量が倍以上になり、右半身に負荷が掛っているためだ。
俺の目標はあの太くてたくましい手首を落とすこと。
太さだけでも50mはある肉太な手首だが、俺のグラムならいけるだろう。
……というか、無理そうでも根性で斬り落としてやる!
リリン達の必殺魔法を受けても大したダメージを受けていないんだから、物理防御を無視できるグラムでどうにかするしかねぇ!
気持ちで負けてたら、やれることでも失敗する。
逆に、声高らかに叫べば、大抵の事は何とかなるってもんだぜ!
息を吸って、よし!
俺は体の重量を操作し、空中で乱回転。
充分に勢いを付けた後、鎧武者竜の手首に向かってグラムを振り降ろした。
「ウルトラァァァァァ!究極ぅぅぅぅぅぅぅ!ビッグバァァァァァン!!」
いくぜ!俺の必殺技、『ウルトラ究極ビッグバン!』。
……この技を受けた相手と俺の羞恥心は、もれなく死ぬ。
「……《怨樹たりて、災禍の盾》」
その呪文が唱えられたのは、グラムが鎧武者竜の腕に衝突しようとした瞬間だった。
既に振り降ろし始めていたグラムを止める事はできず、このまま振り抜いてしまった方が良いと判断した俺は、力任せに叩きつけようとした。
しかし、結果としてグラムは鎧武者ドラゴンの腕に届く事は無かった。
グラムを受け止めているのは、空中よりわき出た樹木。
木の幹が異常に堅い樹木がグラムと鎧武者竜の腕との間に出現し、グラムの進路をふさいだのだ。
俺は手首を一撃で打ち落とすつもりだったわけで、当然、絶対破壊付与を発動させている。
にもかかわらず、空間から湧き出た樹木が何重にも絡まり合い盾となって、グラムを止めた。
……少なくとも、普通の木を斬った時の感触じゃない。
この手ごたえは、何重にも魔法を張り巡らされているカミナさんの撃滅手套と同じものだ。
俺はこの木を出現させたであろう木の化物竜に視線を向けた。
そして、8本の頭に搭載された16個の瞳全てが、俺を見つめ返す。
木の化物竜の、リリンとはまた違う無表情な瞳は俺を見やり、にやりと嗤った。
「汝、現実ヲ知リ、次ニ来ルベキハ何デアルカ答エヨ」
「……現実を見た後には、希望を抱くもんだろ?」
「違ウ。汝等ガ"現実"ヲ認識シタ時、抱クノハ”悔恨”ダ。我ラヲ前ニシテ、年輪ノヨウニ広ガル感情ハ”悔恨”デナケレバナラナイ。我ガ名ト同ジ、”悔恨”ナリ」
木の化物ドラゴンは、当たり前の事実を告げるかのように淡々と言葉を発した。
歪な言葉使いのせいもあって、非常に重みたっぷりである。
その言葉を言い終った直後、グラムの先で樹木の盾が歪み始めた。
なにか仕掛けてくるかのか?危険だと判断した俺は、素早く引き戻すと距離を取る。
一度、リリンとワルトの近くまで後退し、指示を仰いだ。
「ワルト、リリン。あの空間から出現した木は厄介そうだ。グラムの絶対破壊付与を発動していても防がれたからな」
「え?もしかしてあの木は、高度な魔法で出来ているということ?」
「そういう事になるね。単純に防御力が高くて物理的なダメージが通らない鎧武者の鱗と、特殊効果が通じない木の幹。コイツは厄介な組み合わせだ」
「どうする?」
「私達の魔法が効かない以上、グラムを主軸とした戦闘を続けるしかない」
「リリンの言うとおりだ。だから、ユニ。キミはただ真っ直ぐに剣を振りつづければいい。障害は僕らが全て排除する」
「分かった。任せたぜ」
あぁ、それは凄くシンプルでいい。
グラムの剣撃を防いだって事は、防ぐ必要性があった、つまりは、グラムで相応のダメージを与えることができるという事の証明。
ならばどうにかしてグラムを届かせさえすれば、鎧武者竜に傷を負わせることができる。
目標が明確になり、そこに至るプロセスは、リリンとワルトが用意するといった。
ならば俺は、全力でグラムを振うまでだ!
「もう一度行くぜ!」
俺は再び、空を踏みしめて鎧武者竜に接近を試みる。
そして鎧武者竜も腕を引き絞り、同じフォームから、再び炎剣を作成。
奇しくも先程のリプレイとなった俺達の攻防。
同じ進路をたどる俺達の剣跡に、結果は同じとなるかと思った。だが、途中から、先程には無かった事が起こった。
木の化物竜が、魔法を唱えたのだ。
「《怨念種の開花》」
その花は、いつの間にか空に咲き誇っていた。
青い色の可愛い花。そこから漏れ出る、芳しい甘い香り。
……あぁ、なんで俺はこんなにも、グラムを握り締めているんだろう?
リラックス。リラックス。
もう少し、ゆったり構えても良いんじゃな――
「焼き払え!《五十奏魔法連・極炎殺!》」
うわぁあああ!可愛い花がぁぁぁ!!俺の安らぎがぁぁぁ!!
なんて事をするんだよ、リリン!!
「ボケるのも大概にしろ。ユニ!さっさと鎧のアロマを起動させて相殺するんだよ!!」
「アロマ?あぁ、とりあえず起動ぅぉおおおおッ!?剣がそこまでッ!?《重力流星群ァァァ!!》」
目の前10mの位置まで迫って来ていた炎剣を重力流星群で引きつけ進路をずらし、俺は反対方向に緊急離脱。
頭の上スレスレの位置を通り過ぎる炎剣。噴き出す冷や汗。
今のは危なかった。
まさかあんなタイミングでアンチバッファを掛けてくるとは思わなかったし、リリン達のサポートが無ければ、まともに炎剣を喰らっていただろう。
「すまん!予想外だった!」
「ユニク、鎧の機能を開放して。嗅覚耐性、光系の魔法耐性、精神異常耐性を念入りに」
「分かった」
俺は手早く鎧の機能を発動させ、よろめいた体勢を立て直す。
鎧ドラゴンの剣先は闇雲に放った重力流星群に引き寄せられていて、俺に向いていない。
ならば、これは絶好のチャンスだ。
姿勢を低くし、グラムを前に構えたままの突進。
体の表面積を出来るだけ小さくし、俺は心の中でワルトに指示を出す。
ワルト、さっきリリンが風ドラゴンを引きつけた時に潜った空間魔法を、今、出せるか?
「できるし理解したよユニ。タイミングは樹木の盾が出現した瞬間。それでいいね?」
話が早くて助かるぜ。
俺が狙っているのは、木の盾を空間魔法でスル―して鎧武者ドラゴンに一撃を与える事だ。
防御が成功したと思った瞬間の不意打ち。
これならうまくいくかもしれない。
作戦も決まり、後は実行に移すだけ。
俺は鎧武者ドラゴンの腕に肉薄し、グラムを構えて――木の化物ドラゴンが再び魔法を唱えた。
「《怨樹たりて、災禍の盾》」
「今だワルト!!!」
「《次空間の抜け穴!》」
出現した樹木の盾のさらに前に、空間の歪みが現れた。
俺は躊躇なくそこへ身を投じ、視線を前に向ける。
そこは、真っ黒い空間だった。
距離にして20mくらい先に光の門が見える以外は、何も無い寂しい場所。
やけに見覚えがあるような懐かしい感覚を感じたが、今は戦闘中。
感傷に浸っている場合ではないと、真っ直ぐ光の門めがけて進み、潜り抜けた。
開けた視界で目が捕らえたのは、鎧武者ドラゴンの巨大な顎だった。
ワルトが用意した出口は、なんと、鎧武者ドラゴンの顔の真正面だったらしい。
……え。何この急展開。
一瞬、面食らったが、顔というのは言うまでも無く急所だ。
その大きく空いた口にグラムを突っ込んで、敗北を味あわせてやるぜ。
「《重力破壊刃!》」
どうやら、面食らっていたのは俺だけじゃ無かったらしい。
いきなり顔の前に敵の俺が現れた。慌てた鎧武者ドラゴンは、口内に侵入しようとした俺を見て、口を閉じようと顎に力を込める。
鋭い牙が上下方向から迫ってくるが、
しかし……
「《二十奏魔法連・主雷撃》」
リリンの雷撃が鎧武者ドラゴンの眼の前で炸裂。
いくら鎧が堅く、直接的なダメージを与えられないと言っても、音と閃光で視界を奪うことはできる。ナイスだ、リリン!
二度目の不意打ちに身をよじっている鎧武者竜は、無抵抗で俺のグラムを受ける事となった。
「うおぉらぁあああ!!」
グラムが通った後から、血液が吹き出す。
裂ける肉の感触は確かな手ごたえ。
よし、グラムが届いた!!
このままグラムを横薙ぎに振り払えば、口内を通り過ぎて頬を貫通するだろう。
そこから刃を返して首筋に向かって切り開けば、かなりの深手となるはずだ。
俺はグラムを持つ手に力を込め、振り払おうとして、手ごたえに違和感を感じた。
妙に堅いその感触は先ほどと同じ、木を斬る感触。
まさか……。
俺が懸念を抱いたと同時に、鎧武者ドラゴンの口内に新緑が芽吹き、瞬く間に覆い尽くした。
流れ出る血を養分としているかのように、目に見えるほどの脈動をする樹木。
そして、その樹木は、まるでかさぶたの様に傷口を塞いでしまったのだ。
ちっ。そう簡単にはいかねぇか。
ここは一旦、口内から出て同じ手段でダメージを蓄積して――
「そのまま全力で斬りかかれユニ!僕が道をこじ開ける!そしてリリン、最大火力を準備だ!!」
ワルト?いや、聞くまでも無いか。
どうやって樹木をこじ開けるんだと一瞬思ったが、なんて事は無い。
俺の後ろにいるのは、なんとも恐ろしい大悪魔達だ。
そんな大悪魔達が言っていたじゃないか。「俺はただ真っ直ぐにグラムを振ればいい」って。
だから、あれこれ考える必要なんて無い。
俺ただ真っ直ぐに、全力で、グラムを振り降ろした。
「《歪め空間よ、お前は俺の支配下にある《原初の世界邪》」
そして響くワルトの声と現れる変化。
グラムの剣先を中心にした空間が、ねじれて輪になり、握り潰されたのだ。
これは恐らく空間ごと無差別に消滅させる魔法だろう。
効果範囲は直径1mぐらいの楕円という、非常に狭い範囲。
それゆえに絶対的な効果を及ぼした。
目の前にあった樹木の盾は跡形も無く消し飛び、再び、傷口が露出している。
もし、俺が突き出していたのが普通の剣なら、樹木の盾と同様に消滅していただろう。
だが、俺が手にしているのは伝説の剣で、絶対に破壊が不可能な代物だ。
当然、ワルトの魔法の影響は無く、俺がつけた勢いのまま、鎧武者ドラゴンの口内にグラムは突き刺さった。
「ユニ。そのままグラムを根元まで押し込め。それで決着がつく」
「こうか!?」
言われた通り、俺はグラムを根元まで押し込んだ。
噴き出す返り血を浴びながらも、ワルトの言う勝利の瞬間が訪れるのを待つ。
その時は、すぐにやってきた。
「《かのお方こそ、私の誉れ。無垢な感情の全てを捧げ、祈り、願うは、等しく幸せと言える民草の声。あぁ、じぃ様。この私には何が足りないのでしょうか?いえ、解っているのです。私に足りないもの。時に力と残酷を与えたじぃ様の鉄槌を――》」
流れ込んでくる、リリンの鈴とした声。
これは、雷人王の掌の別形態。威力を研ぎ澄まし槍として顕現した姿。『願いと王位の債務』だ。
「《――与えうる、心の強さ。私には足りなかったのです、生への渇望。命を潰し糧とする悪業が。……奪い、殺し、世界から蔑まれようとも、私は、生きる》」
……いや、違う。
リリンが唱えているのは、輝かしい『願いと王位の債務』を出現させるためのものではない。
もっと違う、酷く身勝手で、まさに悪魔に相応しい、そんな魔法だった。
ワルトの視界を通して、俺に映像が流れ込んでくる。
リリンが手にしているのは、光通さぬ黒き杖。
焼けた鉄をただ固めたようなその杖をリリンは前に構え、呪文の最後の一節を唱えた。
「《これはきっと、意味のない争い。だから終わらせよう。この静滅の光で―雷人王の掌・願いを吊るす磔刑―》」
魔法名を唱え終わった瞬間、リリンの杖の表面が剥げ落ち、その魔法の真の姿が現れた。
赤い茨が象られた十字架の形をした、金の王笏。
リリンはその王笏を強く握ると、声を荒げて、前に振りかざした。
「行くよユニクっ!」
「ユニ。しっかりとグラムを支えておくれ。今からそこに、全て流し込むんだからね。《次空間の抜け穴!》」
……………は?
え?なにを? え?
俺は思考停止に陥るも、大悪魔さん達は待ってくれなかった。
グラムを突き刺した隙間から、光が迸り始め、俺は悟る。
あぁ、なるほど、リリンが手間暇かけて用意した最高級な魔法を、この鎧武者ドラゴンにご馳走してやるんだな。
なるほど、なるほど。そういうことなら、最初から言ってくれればいいのに。
俺は、溢れた光の熱の余波のせいで軋む第九守護天使に恐怖を抱きながら、ワルト達の視線を借りて状況を確認した。
鎧武者ドラゴンを包んでいる鎧の至る所から光が漏れだしている。
おそらく、体表が堅い鱗で覆われているために、エネルギーの逃げ場がなかった。
そのせいで高出力のエネルギーが体内を駆け巡り、わずかな隙間から漏れだしているのだろう。
程なくして光は収まり、俺はグラムを抜いてその場を後にした。
あえなく落下していく鎧武者ドラゴン。
その巨体は600m。
……大丈夫だろうか。地上。




