第55話「ゲンジツ」
「ピエエエエロン!タタカウ!カッテアイニイク!!ピエエエエエエロン!」
無事に脱出することが出来たドラピエクロが、高らかに鳴いている。
うん。だいぶ聞きなれたせいで、ドラゴンの鳴き声として違和感が無くなって来たな。
ホロビノが「ピエロ―ン!」とか言い出しても、スル―するかもしれない。
さて、戦況は莫大な大きさかつ、キャラ立ち十分な異形ドラゴンが2匹と、明らかに強いであろう正統派ドラゴンが一匹。
その中でも、キャラ立ちが一番濃い鎧武者ドラゴンはリリンとワルトに手を焼かれ、苛立った風に顔を歪めている。
だが、それだけだ。
リリンとワルトの必殺技であるはずの、『雷人王の掌』と『氷終王の槍刑』を受けて、腹立たしそうに表情に出しただけ。
瀕死の重傷を負うどころか、ロクな怪我もしていない。
あくまでも、『うざったい』と、そう思っているだけだろう。
戦略の第一手、ドラピエクロの奪還は成功し、ほぼ俺達の勝利に終わった。
だが、図らずとも、その力の差を見せつけられる形となった訳だ。
さて、どうするか……。
「おい、そこの赤い髪のお前」
「さて、どうするか……」
「おい!おい!」
「思い出せ、トーガは格上と戦う時は逃げの一手をうまく使っていたよな……?」
「おい聞けよこの野郎!」
「ん?あぁ、なんだよ俺が考え事している時に」
「お前は、やはり、あの英雄の息子なのか……?」
お?冥王竜が食いついてきたな。
流石は色んな意味で名高き英雄の親父。
ドラゴン界にもその名を轟かせているようだ。
……ドラゴンの集落には辞書とかないよな?変態性まで伝わっていない事を祈りたい。
「あぁ、俺はあの英雄の息子で間違いないぜ」
「やはりそうか……英雄『フルイラード』。人類には珍しき、強き者……」
語感が似てるけど、だいぶ違うッ!!
古い動物性油?そんな食えなさそうな名前じゃねえよッ!!
「ならば、お前は『赤き先駆者』か?」
「……?赤き先駆者?」
「ん?違うのか?」
「……いや、俺が赤き先駆者だ!!」
誰だよッ!『赤き先駆者』って!?
そんな肩書き、聞いたこともねえんだけどッ!!
だが、話の流れからいって、間違いなく俺だろう。
くっ。ここは、赤き先駆者になりきるしかない!
うおおおお!俺は赤き先駆者だ!
誉れ高きタヌキスレイヤー・赤き先駆者・ユニクルフィンだ!!
ダメだッ!申し訳程度に要素を足してみたが、全然イメージが湧かない!!。
なにが、赤き先駆者だよ。もっとイメージしやすい名前にしとけよ、過去の俺。
今なんて、『魔獣懐柔ユニクルフィン』なんてアレな肩書きになり掛けてるんだぞ?
しかも、ちょくちょくタヌキがやってくるから否定できない。
リリンがバナナでご機嫌とりをして……あれ?マジで魔獣懐柔してるんだけど?
俺の思考が変な方向に転がり始めた時、悪辣な声が空に響いた。
どうやら、俺達のやり取りを見ていた大悪魔さん達が悪ノリを開始したらしい。
いつの間にか後ろに戻って来ていた二人は、操り人形と華麗に入れ替わり、俺の腕にしがみ付きやがった。
「赤き先駆者様!あぁ、これからどうするんだい!?いつもみたいに敵を薙ぎ倒しておくれよ!」
「ゆ……赤き先駆者。いつものスーパーでデラックスでデリシャスな技で一刀両断して欲しい!」
「え!?」
「いつもみたいに頼むよぉ、赤き先駆者様ぁ!」
「ウルトラ究極ビックバンに切り裂いて欲しい!」
おい!悪ノリも大概にしろよ!!
ワルトはやけにノリノリだし、リリンに至っては適当にカタカナを並べているだけだろ!?
流石に胡散臭すぎる。
これは、いくらなんでも食いつくはずが……。
「なに?ウルトラ究極ビックバン?なんだそれは?」
え?食い付いたんだけど。
バカなの?コイツ?
「くくく、相対する敵のアンタに、我らが赤き先駆者様の究極奥義の事を教える訳無いだろう!」
「そう!空気が振え、地面が爆裂し、火山が噴火するなんて言う訳が無い!!」
え?なにそれ?
設定あるの?知らなかったんだけど!?
というかさ、なんでこういう時だけ、お前ら息ぴったりなんだよ!!
いつもは絶妙に噛みあわないだろうが!!
俺は至って冷静に取り繕った。
一瞬でも表情に出したら、この作戦は終わる。
だからツッコミは心の中で。
大事な事だから、もう一回唱えておこう。
ツッコミは、心の中で。
「なんと火山まで噴火するのか……超常現象を操るとは恐ろしき男よ」
「そうだろ?だから、ここは僕らとは敵対せずに、素直に天龍嶽に帰った方が良いんじゃないかな?」
「それはならぬ。なぜなら天龍嶽もまた大災害中なのだ。進むも地獄、帰るも地獄よ」
「噴火したってのは聞いてる。不幸な心中、お見舞いするよ」
「噴火?あぁ、ある意味で噴火に近いかもしれぬか。然りて、弱肉強食は自然の摂理。抗えぬのなら、別の道に違えるまで」
ちっ。どうやら失敗したようだな。
冥王竜は腕を天にかざし、握り締めた。
それに呼応するように、茶褐色だった太陽が元の色合いに戻り、薄暗い宵闇だった世界はいつもと同じになった。
一体何をしたんだ?
一見して視界を薄暗くしていただけ。だが、確かな意味があるはず。
俺は注意深く辺りを見渡してみたが、特に変わった事は無い。
ただ、リリンの様子だけがほんの少し違う。
若干、顔を青ざめさせて、掲げられたままの冥王竜の手に視線を送り続けているのだ。
そして、
その意味は、冥王竜の指が開かれた事により内部から出現した。
「なんだあの、光源は……」
「いけない!伏せて、ユニクワルトナッ!《結晶球結界!》」
事態をいち早く理解したリリンは、俺達の間に割って入り、周囲の空間ごと防御魔法を張りドラゴンの動きに備えた。
身を縮みこませながらも、俺は冥王竜の動向を観察。
そして、冥王竜は掌の上に出現した黄色い宝玉を握りつぶし、内部のエネルギーを解き放った。
「《竜の眩惑》」
その光は、リリンが先程ドラピエクロに叩きつけた、命を止める時針槍の雷撃と同じ位の明るさだった。
光が光を乱反射させるという見たことも無い光景。煌めき糸を引く閃光。そして……。
手当たり次第、無差別に空間が連鎖有爆を起こし、破壊が撒き散らされた。
リリンの防御魔法の内部にいる俺を取り囲むように、遠くから破壊の波が押し寄せてくる。
一撃。二撃。
有爆が近くで起こって、体が激しく揺さぶられて。
三撃。四撃。
ここで俺達の周囲に変化が起こった。
リリンが発動した防御魔法がひび割れを起こし、崩壊。
俺達を守るものは、それぞれ個人の第九守護天使のみとなってしまったのだ。
やばい、なんとかしないと……!
「《重力星の崩壊!》」
グラムを空間に叩きつけながら、叫ぶように魔法名を唱えた。
俺の真正面の位置で空間が裂けて正円となり、空気ごと有爆を飲み込んでゆく。
程なくして吹き荒れていた有爆の嵐は収まった。
俺もリリンもワルトも無事。
ドラピエクロは……髪の毛がさっきよりも倍くらいボンバーな感じになっているが、無事。
なんとかなったようだ。これもいち早くリリンが気付いたおかげだろう。
「助かったぜ、リリン!なんで破壊魔法が来るって分かったんだ?」
「あれは、忌むべき黒幼女主義が得意としている『絶望の雛』にそっくりだった。恐らく、太陽光を集めていて有爆のエネルギーにしたのだと思う」
「黒少女主義……。師匠だっけか。おかげで対応できたわけだし、感謝しねえとな」
「感謝?しないほうがいい。私達が無事な事は素直に喜ぶべきだけど。それに、状況はあまりよろしくない」
「あまり良くない?」
「さっきの無差別有爆で、私達の慈悲なき絶死圏域が損傷を受けた」
悪魔な空間が損傷を受けた?
それって、さっきみたいなバッファ全開が出来なくなったって事か?
「それはまずい……よな?」
「今ワルトナが修復中」
「あー。魔法融合する陣とアンチバッファに支障が出ているね。これは簡単には治らない」
「そうなのか」
「一応、普通のバッファの領域は無事さ、でも、魔法を新たに融合させる事は出来なくなったね」
魔法を融合する事が出来ないという事は、ドラピエクロを追い詰めた魔法の数々が使えなくなったって事か。
俺はリリンとワルトを庇うように、一人で前に歩み出た。
配置換えだな。今度は俺一人で前に出る。
「……リリン、ワルト。後ろに下がれ。前衛は俺がやる」
「ユニク。それは危険すぎる。私も一緒に……」
「いや、ユニにやらせよう。リリン」
「あぁ、そうしてくれ」
「ワルトナ?ユニクに危険を押しつけるのはダメだと思う」
「危険を押しつける?それは違うよ。僕ら二人掛りでユニを全力で守るんだ。それが、最も安全で、最も勝率が高い」
「分かってくれ、リリン。たまには俺だってカッコいいとこ見せねえとな!」
「分かった。絶対にユニクは傷つけさせない」
俺の意見にワルトが同調し、リリンもしぶしぶだが賛成してくれたようだ。
これで前衛の俺一人に対し、補助役の魔導師が二人。
両手に花って奴だ。負ける気がしねぇ!
「は!俺達はこの通り無事だぜ?それで終わりか?ドラゴン共!」
俺は冥王竜をさらに煽った。
さっきは効果があったし、乗ってきて冷静さを失ってくれるのならこっちのものだ。
だが、冥王竜は荘厳な口調で、異形のドラゴン達に命令を下した。
恭しく頭を垂れる二体のドラゴンは、待ちわびたとばかりに、瞳を輝かせている。
「ゲンジツ、カイコン。お前たちを縛る空間は破壊した。これでいつものように動けるだろう」
「「……仰セ儘ノママニ」」
「二体がかりで、あの人間どもを潰せ」
「「御意ニテ、殺ス」」
たったこれだけの短いやり取り。
だが、状況を一変させるには十分すぎる言葉だったようだ。
一つ目の変化は、見る者を圧倒する灼熱の出現。
鎧武者竜『ゲンジツ』の鎧鱗の隙間から無数の炎柱が拭き上がり体を覆い、元々赤かった鎧鱗に炎が映り込んで、体全てが発炎しているように見える。
それはまるで、数万の命の灯を体に宿し支配しているかのようだった。
ゆっくりとした緩慢な動きで、ゲンジツは俺たちと向き合い、自らの意思を示した。
「感ジルガ良イ。星ノ息吹トモ呼ベル炎ニハ、成ス術ガ無イトイウ、現実ヲ」
言葉を告げながら、ゲンジツは拳を引き絞り、手の中には噴き出す炎の塊が握られた。
その炎塊は向き直して迫り始めた掌の中から天に向かって伸びて剣となり、俺たちに向く。
推定全長200mの炎の剣。
外側から、朱、赤、黄と変化し、中心は一本の青い炎が通っているその剣は、明らかに、肉体ところか鉱石などの無機物ですら耐えられる温度じゃないだろう。
そんな物騒すぎる剣を、ゲンジツは俺に向けてきたのだ。
だが、俺にはグラムがある。
いくら強力な炎だろうと、関係ない。
「そんな物騒なもんでも、魔法なんだろ!だったらグラムで一刀両断だぜ!」
ぐぉおおおっと唸りながら近づく炎の剣。
いや、炎の津波とでも言った方が分かりやすいな。
だが、グラムで切れない事は無い。
俺は重力破壊刃を発動し、魔法ですら切り裂ける状態となったグラムを何度も振り抜く。
「おらおらおらおらぁ!うおらぁ!スーパーゴージャスゥゥゥゥデリシャァァァスッッ!!」
一応叫んでみた。
なんか効果があるかもしれないし。
そんな俺の思いつきに、なんと、グラムは律儀に答えてくれた。
「うおぉぉぉ!あっちいぃぃぃ!!」
何度も炎を斬ったせいで、持ち手が滅茶苦茶熱くなってきたんだけどッ!?
「まかせて!《大地の息吹!》」
「冷やすならこれも必要だね《雹弾雨》」
「うひゃぁぁ!さみぃぃぃぃぃ!!」
体の正面は熱いし、背筋は寒い!
これこそまさに、完璧な連係プレー。
もうちょっとどうにかならないのかと思いつつも、何だかんだグラムは耐えられる熱さにまで抑えられている。
よし、このままいける所までいってやるぜ!
俺は全長200mの炎の剣を斬り崩しながら、突き進む。
剣の中心に行くほど高温になるらしく、青い場所は今の状態でも危険。
ならばと、俺は温度の低い剣の側面を滑るようにしてゲンジツの手元まで接近。
振り返らずとも、リリン達の視界を通して炎の剣が消滅したことを確認し、最後の仕上げだと力を込める。
「そんだけデカイんなら、重量を倍にしたらどうなるんだろうな?《重力惑星操作ァ!》」
俺は体を空中で返し、グラムを両手持ちに変えながら、全体重を乗せてゲンジツに叩きつけた。
刀身が触れた瞬間、グラムの機能で重力を2倍に引き上げ、ミシリという成功音が鳴る。
唯でさえアンバランスに発達した腕なのに、重量マシマシ。
その結果、膨大すぎる大きさのゲンジツが、姿勢を崩し傾いた。
俺はさらに追撃するべく、空を踏みしめ、前に進む。




