第48話「決戦!ドラジョーカー③―命を止める時針槍―」
「ブチ転がす……か。ぶっ殺すじゃなくて安心したぜ!」
「いやいや、そうでもないさ」
「そうでもないのかよ……。で、どういう事だ?ワルト」
「僕の可愛らしいリリンが『ぶっ殺す』なんて、下品な表現を使うのが許せなくてねぇ。だから少し表現を矯正してマイルドにしてるんだ」
「……マイルドにする前の意味を教えてくれるか?」
「意味かい?『ブチ転がす→ぶち殺された方が幸せなくらい、痛めつけてから転がしてやる』だねぇ。あ、ちなみに『チョロい→超簡単に痛めつけられそう』ってのもあるよ。どっちも僕が教えた言葉さ!」
「だめだこれッ!?決して安心していい言葉じゃねぇ!」
「僕としても、中々良い仕上がりになったんじゃないかと思っているよ」
「私の人生の中でも、4番目くらいにブチ転がしたい!」
ブチ転がす。
外見は可愛らしい少女なリリンが、不安的機構の受付とかで言ったのならば、微笑ましい空気になること間違い無しだろう。
他の冒険者の目線では、「まだ幼い魔導師が、頑張って背伸びをしている。可愛い!」とか、「ちいさい子供が大人に負けたくなくて、突っ掛かっている。可愛い!」とかになるはずだ。
だが、リリンの実力知り、あまつさえ隠されていた言葉の意味を知ってしまった今、俺に残されたのは恐怖だけ。
ブチ転がす。
俺も言われないように注意をしよう。
……つーか。『チョロい』にもそんな意味があるのかよ!
何回か、言われた事があるんだが!!
俺が内心で溜息を吐いている間も、リリンの興奮は収まってくれない。
そして、いきなりヤバそうな事を言い出した。
「ワルトナ。『命を止める時針槍』を使いたい。準備して 」
「はぁ!?命を止める時針槍 だって!?リリン、流石にそれはどうかと思うよ!下には唯の冒険者がいっぱいいるんだからね!?」
「なんとかして」
「そのなんとかってのは、後始末の事を言ってるんじゃないよね?余波で死なせないようにしろってことだよね!?」
「もちろんそう。なんとかして!」
「はぁー。どうしたもんかねぇ」
「……すまん。ちょっと事態について行けないんだけど!!」
今、もの凄ーく物騒な会話が聞こえた気がする。
名前からしてヤバそうな技名が聞こえた気がする!
いや、きっと聞き間違いだな。
正直、今は会話に集中しているような状況じゃない。
ドラジョーカーが我武者羅に腕を振り回し、「ピエーロォォウッッ!ニガサナイ!カンキャク、ニガサナァイ!」と、暴れ回っているのだ。
しかも、その腕には光で出来たナイフが握られている。
イメージ的には『そのまんま殺人ピエロ』。表情も鬼の形相だ!
俺も、リリンの大規模個人魔導のおかげか、異常なまでに素早い動きが出来るからなんとかなっているだけで、本当は絶体絶命のピンチな局面。
だから会話には集中してなかったし、きっと聞き間違い――
「ユニク。『命を止める時針槍 』っていうのは、私とワルトナが二人掛りで行う超奥義。相手は必ず、ブチ転がることになる!」
「補足説明ありがとうリリン!状況が一発で分かったぜ!!」
あぁ、リリンはなんて気のきく良い大悪魔なんだろう。
俺が知りたくも無かった情報を、的確にぶつけてくる。
しかし、超奥義ときたか。
どう考えてもランク9だろうな。
こりゃ、色んな意味で危険な香りがする。
俺とドラジョーカー、絶体絶命の危機だ!
「リリン、その命を止める時針槍 っての、使うのやめようぜ?」
「……やだ。これくらいしないと、私の気が収まらない」
「こりゃ決意が固そうだね。僕のプランではそこまでするつもりは無かったんだが……。まぁ、いいや。やろう」
「ヤバい!過去最大級の地獄になりそうだ!!」
「ありがと!ワルトナ」
「ちなみに、まさに地獄絵図な光景が広がるよ。この僕、大悪魔シンシアちゃんが太鼓判を押すくらいに、そりゃあもう酷いもんさ」
大悪魔シンシアちゃんが太鼓判を押す!?シンシアちゃんは聖女のはずだろうがッッッ!!
どうしてこんなことになったんだ?
確かドラジョーカーをうっかり殺してしまうと、タヌキ帝王クラスの化物が来るって話じゃなかったのかよ!?
だがこうなってしまった以上、俺がどうこうすると言っても止まらないだろう。
そもそも、『命を止める時針槍』が、どんな魔法なのか分からないことには、対策の取りようがない!
俺があれこれ考えながらドラジョーカーの腕を回避し続けていると、リリンが一人で先行して突撃をしかけた。
どうやら、ドラジョーカーを挑発しに行ったらしい。
ドラジョーカーの頭の回りをブンブンと飛び回り、煽りまくっている。
今の鬼気せまる迫力から察するに、リリン一人でドラジョーカーを狩れそうだな。
リリンさん、マジ大悪魔。
で、もう一人の大悪魔なワルトは……って、なにしてるんだ?
ワルトは何も無い空間に、ペンで魔方陣を書いている。
あのペン、何処かで見覚えがある気がするが……。
「ワルト、何してるんだ?」
「もちろん準備をしてるんだよ。今の空間強度だと漏れ出たエネルギーが地上を蹂躙するからね。空間に防御魔法を掛けて対策をしてるんだ」
「空間に防御魔法?そんな事が出来るのか?」
「……出来るさ。でも、理論は知ってても、なかなか難しくてね。こういう魔道具を使わないと僕には出来ないんだ。あーあ、これが僕の才能の限界なのかなぁ」
「その口ぶりじゃ、道具無しで出来る奴がいるって事か……?」
「……ノウィン様は出来るよ。実力を隠しているからリリンは知らないだろうけど、ノウィン様はすっごく恐ろしい方でさ。このドラジョーカーですら、30秒も掛らずに始末するだろうね」
リリンの全力の魔法を受け止めた上に跳ね返してきやがったドラジョーカーを、30秒も掛らずに始末か。
……なるほど。
そのノウィン様ってのは身長が200mくらいある巨人なんだな?それなら納得できる!
「何、バカなこと考えてるんだよ、ユニ。そんなわけないだろ」
「……は?え?」
「何で分かったかって?そりゃそうさ。今、僕らは第九識天使で繋がっている。キミの表層意識を読むのなんて簡単さ」
「え?ちょ?はああ!?そんな事になってるのかよ!?」
「なってるねぇ。この空間内をコントロールしている僕にはキミらの思考が丸見えさ。そういう風に設計してるし」
「なんて酷い!プライバシーはどこ行った!?」
「そんなもの、ないない。戦略を把握し指揮をするのが僕の役目だよ?誰が何を考えているかなんて、戦闘中にいちいち聞いてらんないでしょ」
「そ、それじゃあ、俺の考えていた事はワルトには筒抜けだった……?」
「そういうこと。『リリン可愛いなぁー』『でも悪魔だなぁー』『ベットの上で食べられちゃいそうだなー』。よくもまぁ、戦闘中にこんな事を考えている余裕があったもんだねー」
「そういうシステムになっているなら、先に言えよ!!」
「「……この大悪魔め!」」
「被せてくるなよぉぉぉ!?」
「さてと、空間の強度も上げ終わったし、それそろ、仕上げを始めますかね」
「俺の話を聞いてくれ!!」
い、今までの思考を全部読まれてたとか、恥ずかしすぎるうううううう!
一応戦闘中だし変な事を考えていた訳じゃないが、タヌキに対する熱い感情を知られたってことだろ!?
……この戦闘が終わったら、しばらく、そっとして欲しい。
布団にくるまって、冬を越したい。
「ほら二人とも、仕上げの段取りを伝えるよ。まず現状把握、ドラジョーカーはだいぶ消耗しつつも、まだ怒りは消えていない」
「おう」
「うん」
「だが、思考は揺らぎ、迷いが生じている。だから僕らの奥義『命を止める時針槍』を叩き込み、心をへし折って落ち着かせる。死なないように調整した上でね」
「死なない程度に、か。そういう調整できるんだな?」
「……。うっかり手が滑るかも」
「そうなった場合、責任を被るのは僕だからやめてね。もの凄く怒られるから、ホントにマジでやめてね!……で、ここからが肝心なんだけど、ユニ、キミには大役を任せたい。……ドラジョーカーに語りかけて、説得しておくれ!」
「俺にホロビノの代わりをやれってか!?ドラゴン語なんて分からねえんだけど!!」
「面白そう。ちょっと楽しみ」
「語りかけるのは人間の言葉で良いよ。そもそも、魔法を放った僕らが準備を終えるまで時間を稼いで欲しいってだけだ。その後は僕らが引き続ぐ」
「最後の準備……?何をする気だ……?」
「私もするの?ワルトナ」
「そう、説得にはリリンの力が必要不可欠さ。なんたって、ドラジョーカーは可哀そうな迷子で、帰るべき所がちゃんとあるんだからね」
ワルトはそう言いながら、一枚の紙を眺めていた。
ワルトの視界を通じて見えたのは、スケッチされた一匹のドラゴンの絵。
紙の上には『家族を探しています!見かけた方はご連絡を下さい!』と表題も書かれている。
もしかして、その絵に描かれているドラゴンって……ドラジョーカーなのか?
……犬猫じゃねぇんだぞッ!体長100mの頭のおかしいドラゴンだぞッッ!?
無理があるだろ!!
「ワルト?背景設定が分からないんだが、どういうことだ?」
「ユニは分からなくても、リリンには分るだろう?ほら、教えてあげなよ」
「……ドラジョーカーは、ピエロが育てた!」
なんだその雑な答えはッ!?
言われなくても、薄々そうじゃないかって感じてたよッッ!!
しかし、これ以上雑談を広げても仕方が無い。
仕方が無いんだが、本来の交渉役のホロビノの方が上手くやってくれる気がするんだよなぁ。
都合良く帰って来てくれないだろうか。ホロビノ。
「そう言えば、ホロビノは落っこちて行ったきり戻って来ねえな」
「すぐには戻ってこれないだろうね。だって……ホロビノは今、地上で戦っているんだから。こぼれて落ちてったタヌキ将軍の軍勢とね」
「なんでそんな事にッ!?」
「タヌキが降り注いだ後、僕はホロビノを除く全てのドラゴンを天龍嶽に送り返した。けど、タヌキまでフォローしてる暇は無かったんだよね。なんで、ドラゴンにくっ付いていないタヌキ将軍は全部地上に落っこちたのさ。その数なんと……200匹!」
「タヌキ地獄じゃねぇかッ!?」
200匹ッ!?
あの、超絶強くて憎たらしい魔獣が、200匹も地上に降り注いだっていうのかよ!?
これは……。
……トーガを代表するブロンズナックルの皆さん。ご冥福をお祈りします。
いくら、『水害の王』があると言ったって、絶望的すぎ……いや、ホロビノも一緒に落ちて行ったんだっけ?
「実は、解呪しながら認識できる空間の範囲を広げて、ホロビノの視界を見てたんだけど、もともと地上にタヌキ将軍が居たっぽいんだよね。で、そいつの目の前にホロビノが落っこちた」
「……もしかして、そいつはレベルが7万くらいあるやつか?」
「よくわかったね。ユニ。そのやけにレベルが高いタヌキ将軍が河原で何をしてたのか知らないけど、ホロビノが落っこちてきたのが気に入らなかったんだろうね。戦いになってさ」
「なんだその戦い!?すげぇ見たい!!」
「そこに天から降り注いだタヌキ将軍が次々に参戦。あっという間に、1対200になった」
「頑張れホロビノッ!負けるなホロビノッ!!」
「今は若干押され気味だね。ということで、まだ時間がかかりそうなのさ」
「ホロビノ!!勝ったら、うまい肉を食わせてやるぞ!ドラゴンモドキが美味いらしいから、それでいいか!?」
「ワルトナ、私の認識もホロビノにつないで欲しい。本気を出しても良いと伝えたい」
え?何を言っているんだ。リリン。
……本気を出しても良いと伝える?
タヌキ将軍相手に、本気を出さない訳無いだろ?
むしろ本気を出しても、敗北もあり得るくらいだな。
だが、認識範囲が繋がった瞬間、リリンは何のためらいも無くホロビノに語りかけた。
「ホロビノ……ホロビノ!」
「きゅあ!」
「ホロビノ、源竜意識を使っても良い。全力を出して」
「……きゅあら!!《源竜意識の覚醒》!」
源竜意識?
確かそれって、ずっと前にリリンと戦う時に禁じた技だよな……?
そして、リリンがホロビノに語りかけた直後、予想だにしない事が起こった。
森が、爆発しやがった。
「……。何だあれ?」
「今のはホロビノの『竜滅咆哮』。たぶんホロビノは、今まで周囲の冒険者に気を使って、広域殲滅魔法を使ってなかったのだと思う」
「……おう」
「でも、本気を出して良いと私が言った。なので躊躇が無くなったんだと思う」
「つまり、ホロビノは『壊滅竜』になったんだな?」
頑張れホロビノ。
壊滅竜の名に於いて、タヌキを壊滅させるのだ!
「これであっちは放っておいても大丈夫だと思う。一応、視界も繋げておくし」
「あ、ワルト。俺もその戦いを見たいから、視界をつなげてくれよ」
「え?ダメだけど」
「なんでだよ!」
「今タヌキな光景を見せたら、ドラジョーカーをそっちのけにしてタヌキばっかり見るだろう?だからダメだ」
くっ!自分でも絶対にそうなる気がするから、言い返せない!
こうなったら……。
「よし、リリン、ワルト。さっさとドラジョーカーを倒しちまおうぜ!」
「分かった!まずは動きを封じよう!《五十奏魔法連・失楽園を覆う!》」
「ユニ……タヌキに対する情熱あり過ぎだろ……。その熱意を僕にも分けてくれよ……」
そうと決まれば話は早い!
さっさとこのピエロドラゴンをブチ転がして、魔獣大決戦を観戦するぜ!
先程からリリンが翻弄していたおかげで、ドラジョーカーの息も上がってきている。
赤い雷なんていう意味不明すぎる魔法を跳ね返したんだし、相当、魔力も使ったはずだ。当然だろう。
そして、リリンは『失楽園を覆う』を発動させ、ドラジョーカーの捕縛を狙う。
一回じゃ足りないと思ったのか、連続50回も発動された失楽園を覆うは、5m四方のキューブをドラジョーカーの周囲にランダムに出現させた。
ドラジョーカーが腕や足を動かそうにも、失楽園を覆うが邪魔をして、前にも後ろにも進まない。
まるで標本のように張り付けられたドラジョーカーは、脱出を試みるべく、手に持つナイフを指の力だけで弾き飛ばし、幾つかの失楽園を覆うを破壊。
しかし、時すでに遅し。
真正面の位置に、リリンとワルトが並んで立ち、声を揃えて詠唱を始めている……始まってしまうのだ。リリンとワルトの超奥義が。
「《雷界に渦巻く生よ、覚めよ―雷人王の掌・起動》」
「《氷界に吹雪く死に、眠れよ―氷終王の槍刑・起動》」
ん?なんでこのタイミングで、雷人王の掌と氷終王の槍刑を出現させたんだ?
一向に使う気配がないから切り札にでもするのかと思っていたが、違う魔法を使う為に解除でもするんだろうか?
俺はドラジョーカーの動きに注意しつつも、リリンとワルトの魔法を見守る。
色んな意味で目が離せない。
だが、俺の予想は外れていたらしい。
二人のその手には、雷光で出来た槍と、オーロラで出来た槍がそれぞれ握られている。
そして、そうするのが当り前であるかのように、その槍を重ね合わせたのだ。
「《我が古より相対する盟友よ、お主の求めるものはなんだ?》」
「《永遠・繁栄・戦い。なんであろうな?いつぞやに、忘れてしまったものだ》」
「《ならば教えてやろう。お前の願いは、温かな感情。凍てついた心を溶かす光の温もりだ》」
「《戯言を。だが、もしそうであるというならば、示してみせろ。お前の『願いの雷槍』で》」
「「《生誕の雷光と、臨終の氷塊は相対するものではない。今、一つとなり、時すらも超えて、願う前へと至れ……》」」
もしかして……。
もしかして二人は、雷人王の掌と氷終王の槍刑を融合させようとしているのか……?
やがて二人の持つ槍は"共鳴"を始めた。
二本の槍の間を光が飛び交い、相反する物質が激しく火花を散らす。
リリンの持つ槍には、『白』『光』『炎』……正属性を持つあらゆる物質が。
ワルトの持つ槍には、『黒』『闇』『氷』……負属性を持つあらゆる物質が、それぞれの槍に推移し蓄積されていく。
「「《……融合し顕現せよ。『命を止める時針槍』》」」
ランク9の魔法同士の融合。
俺が想像することも出来ない、究極の力。
リリンの持つ槍は、紅く輝くクリスタルの長槍。
それはまるで精巧に作られた時計の長針のように、精密にデザインされた針葉樹の葉のような形をしている。
ワルトの持つ槍は、蒼く輝くクリスタルの短槍
それはまるで緻密に作られた時計の短針のように、細密にデザインされた広葉樹の葉のような形をしている。
そして、その槍からは、存在感を感じる事が出来なかった。
見えもするし、リリン達が直接触れているというに、そこには存在しないかのような、概念を超えた槍。
驚くほどの静寂の中、リリンとワルトは同時に槍を交差させ、開始の魔法を唱えた。
「「《行こう。決別した世界軸を正す為に》」」
その瞬間、世界に変化が訪れた。
周囲の空間が持つ全ての”色”が、失われていく。




