第46話「激戦!ドラジョーカー①―開幕を知らせる咆哮―」
「ピエロォオォォォォォォォォオォン!ボッチヤダ!!ピエロオオウウウウウウウ!ヒトリサミシイ!!」
驚愕のタヌキフィーバーから一転、事態は悪い方向に転がり初めた。
今まで、一匹で曲芸をしていたドラジョーカーが現実に気付き、そして、悲しみの金切り声を上げているのだ。
なんというか、うん。同情するよ、ドラジョーカー。
気が付いたら仲間のドラゴンが一匹残らず駆逐されており、しかも目の前に居るのは明らかに強そうなタヌキ。
悲鳴を上げるのも無理は無い。
お前はワルトとの約束を守り、一生懸命にリリンを笑わせようとしていただけなのに、タヌキのせいで滅茶苦茶にされたもんな。
タヌキって奴はロクでもない生物……いや、よく考えてみれば、早いか遅いかの違いしかねぇよな?
我らが大悪魔さんも、ドラゴンを駆逐しようとしてたのは一緒だし。
だが、ワルトもリリンも、状況は最悪のルートに進んでいると言っている。
何が違うんだろうか?
「リリン、ワルト。ドラゴンを駆逐するのは既定路線だったんだろ?手間が省けて良かったんじゃないのか?」
「全然違うんだよ!あぁ……ユニの周りにタヌキがうろついていると聞いておきながら、なんという失態だ。ここ1年の中で一番、最悪だよ……」
「そんなにか。確かにドラジョーカーは叫びまくっているけど」
「じゃあ聞くけどさ。どうやって、怒り狂ってるアイツを説得するんだよ!?」
「え?それはホロビノがやるって話じゃ……?」
ドラゴンを駆逐して勝利宣言をした後、ホロビノに交渉を頼む。
そしてドラジョーカーが天龍嶽に戻れば仲間と再会。めでたしめでたし。って予定だろ?
割と順調に進んでいる……って、あれ?ホロビノはどこに行った?
「あれ?ホロビノは?」
「……ホロビノなら居ないよ」
「うん。ちょっと心配」
「居ない?どこに行ったんだよ!」
「どこもなにも、落ちていったじゃないか」
「ホロビノはタヌキの襲撃を受けて、揉みくちゃになりながら落下していった」
「……。ホロビノォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!」
えええええええええッッッ!?
なんて事しやがるんだよッ!このクソタヌキィィィィィィィィ!!!!!!
お前が狙ってたのは、ドラゴンの群れだろうがッ!
俺達のホロビノには何も関係が、ってあぁぁぁ!そう言えばホロビノはドラゴンだったぁぁぁ!!!
「え?それじゃ、ホロビノはタヌキに敵だと間違われて、攻撃されたって事か!?」
「どう見てもそうだろうね。というか、ドラゴンなんだからそっち側だと思うだろ。普通に」
「じゃあどうすんだよッ!!交渉役がいねぇんじゃ、事態が収拾しねぇだろッ!」
「しないねぇ。どうすればいいか僕にも分かんないや。あ、文句はそこのタヌキ帝王に言っておくれよ」
本当にロクでもねぇ存在だな!このクソタヌキッッッ!!!!!
お前のせいで、戦略破綻さんの戦略が破綻しかかってるんだけど!!
俺はタヌキ帝王に詰め寄った。
冷静じゃない今の俺は、タヌキ帝王がどんな存在であるかなど関係ない。
一言文句を言ってやらなきゃ、気が済まねぇんだよッッ!!!
「おい、このクソタヌキ。てめえのせいで面倒事が増えたんだよ!!謝罪しろ謝罪!!」
「シラネ。」
「コイツ……!」
俺はグラムを抜き放ち、タヌキに突きつけた。
それでもタヌキは微動だにせず、あろう事か溜め息を吐きだし、口を開く。
「やめておけ。今のお前にグラムは使いこなせないだろうし、三人で攻撃してきても、脅威になりそうなのは、そこの”白いの”だけだ。まぁ、それでも、俺が余裕で勝つがな」
「……な!」
「せいぜい強くなっておくんだな。今のお前にゃ、遊んでやる価値もねぇ」
流暢な人間の言葉で、タヌキ帝王は語った。
タヌキの口から発せられたというよりも、直接大気を揺らしたかのような、作られた音声で。
つーか、やっぱり喋れるじゃねぇか!
めちゃくちゃ流暢じゃねぇか、この野郎ッ!!
そして、たったの二言だけのその語らいは、俺に多くの情報をもたらした。
今の俺にはグラムは使いこなせない?
三人で戦っても、タヌキ帝王に通用するのはワルトだけ?
そして、”今の俺”には遊んでやる価値がない。……それはつまり、過去の俺を知っているということ。
……お前は一体何者なんだ、タヌキ帝王。
「《次元の獣道》」
「おい、待て!!」
タヌキ帝王は、俺が疑問を問いかける前に空間に転移陣を創造し、そこへ向かって歩み初めた。
咄嗟に引き止めるも、タヌキ帝王は振り返りもしない。
「おい、待てよ、待ってくれ!クソタヌキッ!!」
「それが俺にものを頼む態度か?クソガキ。絶対に待ってやらん」
ちくしょう!クソタヌキをクソタヌキと呼んで何が悪いんだよッ!!
そうやって呼び合うのが、俺達の礼儀だろうが!!
だがタヌキ帝王は待ってくれなかった。
それどころか、足取りが軽やかになり、軽快なリズムで魔法陣へ一直線。
本当にクソタヌキだ。
「一つだけ聞かせて欲しい!!貴方は何故、ユニクの近くに居るの!」
ここでリリンが割って入って来た。
そしてその問いは俺が一番聞きたかった内容だった。
リリンは俺の意図を瞬時に理解し、助け船を出してくれたらしい。
だが、相手は性格のネジ曲がったクソタヌキ。
簡単に答えてくれるはずが……
「バナナチップスの礼だ。答えてやる」
答えてくれるのかよ!
食い意地張ってんなッ!クソタヌキッッッ!!!
「刻限が迫っている。因果を越えようとしたが故の代償の刻限がな。それに興味があるんだよ、俺も、……そして、ナユタ様もな」
「代償の刻限……?」
「いきなり現れて、物知り顔で語ってるんじゃないよ!この、クソタヌキ!とっととどっか行っちまえ!!」
「ワルトナ?」
「……口が悪いな。どいつもこいつも。……次に会った時に遊んでやろう。内蔵する魂を呼び覚ましておけ」
「!!」
「おい、待――」
それ以上の問答をするつもりはないとばかりに、タヌキ帝王は魔法陣に飛び乗り消えた。
その動きは、この空間内で見せたリリンの動きよりも格段に速い。
この瞬間、俺は悟ったのだ。
あのクソタヌキは、俺達よりも圧倒的に格上の存在であるということを。
「ちくしょう、何なんだよあのクソタヌキ。いきなり出てきて意味深なこと喋り過ぎだろッ!!」
「これは後で吟味した方が良さそう。でも、それは後で。今やるべきではない」
「そうだね。本当にそんな事をしている場合じゃないんだ。ドラジョーカーが本気になってしまったんだから」
「ピエロン……。ドコニイル?ミツカラナイ。ミツケテホシイ……」
「来るよ、ユニク。衝撃に備えて!」
「防御は僕が張る!《多層魔法連・空盾―氷障壁―結晶球結界》」
「オマエラタオセバ、ブタイモラエル……ミツケテクレル……!!《龍技演目・龍道化師の宣言》」
そして、唐突に戦闘は始まった。
開始の宣言はドラゴンジョーカーの咆哮。
天を衝く巨体から放たれた魔力を帯びた声の波動は、見えるはずの無い空気の揺らぎを可視化させるほど、濃密なものだった。
俺は衝撃に備えるため、グラムを盾がわりにして耐えようと構える。
だがその波動は俺に届く事がなかった。
俺の前にワルトが割り込み、魔法障壁を張っていたからだ。
「ワルト!」
「ち。この波動は、衝撃だけを与えるものじゃないね……精神汚染系か!」
ワルトが何かに気付いた瞬間、構築していた魔法障壁が音を立てて破壊された。
咄嗟にリリンが別の魔法障壁を張り耐え凌ごうとするも、あっという間に亀裂が走り、砕け散る。
そして、ドラジョーカーの魔力の波動は俺達を包み込み、透過した。
「リリン!ワルト!大丈夫か!?」
「……僕は大丈夫だ。感覚的に、三人とも外傷はない。が、」
「外傷はない、が?」
「リリンが、やられた」
「なに!?」
俺の前に立つ二人に外傷は見当たらない。
二人ともが腕を突き出したままの恰好でドラジョーカーを見据え、第二波に備えている。
無事な二人の姿に安堵しつつも、ワルトの言った『リリンがやられた』という言葉の意味を探る。
その正体は、リリンのあり得ないはずの声によって、すぐに判明した。
「あはは……あは、あはははははは!ん。あははははははは!」
「リ、リリン……?」
「あはは!ごめんユニク。ドラジョーカーの魔法を受けてしまった。あははあはははは!」
「……。なにごとだよッ!?リリンが笑ってるんだけどッ!?」
「今のは精神汚染系の魔法だよ。アンチバッファを戦闘前に掛けてくるとは、いよいよ侮れなくなってきたね」
「それとリリンが笑っていることに何の関係が?」
「精神を汚染されたんだ。だからリリンは、まるでサーカスの観客席に居る時みたいに笑い続けることになる」
「あはははは!あははははは!情けなくて笑えてくる!この屈辱は100倍にして返す!」
なんだそれッ!!ピエロだったら実力で笑わせに来いよッ!!魔法使ってんじゃねぇ―よッ!!
リリンは声を出して笑い、腹を押さえながら「笑い過ぎてお腹が痛い!あはは!!」と唸っている。
恐らく声を出して笑う事が少ないから、笑う為の筋肉が使い慣れてないのだろう。
というか、危なかった。
もしもこの魔法を戦闘開始時に使われていたら、一瞬で勝負が決まる所だった。
リリンが爆笑することなんて絶対にないと思っていたが、魔法を使ってくるとは盲点だったぜ!
「ワルト、いきなりやべえ魔法を使われたというのは分かる。だが俺達は何で平気なんだ?」
「僕は職業柄、精神干渉には特別な耐性を得るように訓練している。ユニは……たぶん馬鹿だからだろうね」
「なんでだよッ!」
「こういうのは、普段から本音を偽ってる奴の方が効果の振れ幅が大きいんだよ。ユニは自由気ままに思ったことを口にして生きているだろ。タヌキ帝王にツッコミを入れるなんて事が出来るのは、古今東西、キミくらいなもんさ。誇っていいよ」
「くっ、褒められてる気がしねぇ!」
ワルトの解説では、さらに状況は悪化してしまったという。
リリンは表面上は笑っているだけだが、実際は精神を汚染され、正常な思考ではなくなってしまったというのだ。
笑うということは気分が向上し、判断を一方づけてしまう。
結果的に判断ミスを引き起こし、致命的な事態を招きかねない。
……なんて厄介な。
「今から僕はリリンの解呪に専念する。5分でなんとかするから、その間はキミらで凌いで欲しい」
「リリンも戦うのか?」
「解呪自体は、この空間内にいればどこに居ても出来る。それよりも、今から押し寄せるであろう怒濤の攻撃を凌ぎきるのは、ユニだけじゃ不可能だ」
ワルトは口惜しそうにしながらも、黙ってリリンの解呪を初めた。
そしてリリンは身体が淡く光り出し、湯気のようなものが空中に霧散していく。
体の中に入った魔法を空間に流して溶かしているのだろう。
神秘的な光景だが、ゆっくりと眺めている時間は無い。
ドラジョーカーは、リリンが魔法に掛ったことを確認し満足げに頷いた後、腕を広げて抱えていた岩を空中に放り出した。
その岩の表面には、全て、魔法陣が刻まれている。
俺とリリンがその事を視認した瞬間、ドラジョーカーが再び、鳴いた。
「《巨岩を放つ》」
20個の岩が連なり、まるで一匹の生物のように空中で回る。
莫大な質量を持つであろう巨岩をいとも簡単に操りながら、ドラジョーカーは口から火を放ち、次々に岩を着火させた。
周囲の空気を歪めほどの熱量となった、灼熱の溶岩石。
そして、その溶岩石は、俺達に向かって放たれたのだ。
「リリン、回避するぞ!」
「あはは!」
俺はリリンの手を引き、何も無い空を駆け上がった。
足元を通り過ぎて行った溶岩石の熱を感じ、ひやりとした汗が流れる。
あんな熱量の岩を喰らったら、ひと溜まりも――
「《 超高層雷放電!》」
ガァン!という爆裂音が俺の前で炸裂し、思考を停止させた。
……今のは、何だ?
「あはは、ユニク。気を抜いちゃダメ。これからが本番」
「今のは……?」
「光で出来たナイフだよ。あはは!ドラジョーカーが光で出来たナイフを投げて来たから迎撃した。うふふ!」
「光のナイフ……? いや、あれはナイフと呼ぶには、でかすぎるだろ……」
天空に悠々と立つドラジョーカーは腕をクロスさせ、道化師さながらにポーズをとっている。
その指の間には、一本が5mを越えるバカデカイサイズの光のナイフが、7本も握られていた。
 




