第45話「ドラゴンフィーバー?―落ち逝く都こそ楽園―」
「ほら、なんか言えよ。タヌキ帝王」
「ヴィギュリオン!」
「……俺に分かるように頼む」
「ヴァーカジャネエノ?」
あれ?おかしいな。
俺はタヌキ語が分からないはずだが、今はっきりと『馬鹿じゃねえの?』と聞こえた気がするぞ?
いやいや、そんなはずは無い。
だってこいつはタヌキだし。タヌキは人間の言葉をしゃべらねぇし。
「お前、好きな食べ物は?」
「……バナナ」
……。
今、コイツは、しっかりとバナナって発音したな。
『ヴィナナ!』じゃなくて、『バナナ』。
コイツ、間違いなく人間の言葉を喋るぞ!!
「つーか、お前もバナナ好きなのかよ!」
「モットヨコセ!」
……。
『もっと寄越せ』って言いやがった?
将軍がバナナを一房お持ち帰りした後、ハンバーグを三皿も喰ってておかしいと思ってたが、なるほど。納得が言ったぜ!
コイツは将軍からバナナを奪いやがったんだな。
なんか、コイツと将軍の間には、ただならぬものがある気がする。
……確たる上下関係。俺とリリン的なやつが。
「ユニ!ユニ!!大丈夫かい!?怪我は無いか!!?」
「ん?そんなに慌ててどうしたんだ、ワルト」
「どうしたもこうしたも、ランク9オーバーの超危険生物が出現したんだよ!?ほら、逃げるよ!!」
「超危険生物!?どこにそんな……?」
「いるだろ目の前にっ!タヌキ帝王がっ!!」
あ、コイツか。
そう言えばワルトは、タヌキ帝王が出てきたら逃げろとか言ってたっけ。
俺の目の前に居るのは、見るからに小柄な小さいタヌキ。
よく見かけるタヌキ将軍と比べればその差は一目瞭然で、体長は将軍の半分程度の50cmほどだ。
だが確かに、言い表しようのない異質なオーラを感じる。
触れてはいけない禁忌的な奴だ。
ここはワルトの言うとおり、警戒しておくべきだな。
「どうするワルト?一旦、離脱するか?」
「簡単に言ってくれるね……。そもそも、タヌキ帝王が戦闘を始めたら、ドラジョーカーがどうのとか言ってられない。こいつは、超古代を知るタヌキ『ソドム』だ。無事に逃げられるかは……分の悪い賭けになる」
「バナナチップスでいい?」
「ヴィギュリオン!」
「逃げるのですら、分の悪い賭け……」
「このタヌキ帝王は空間から出現した。つまり、僕らの支配領域である『慈悲なき絶命圏域を強制的にこじ開けたってことなんだよ。間違いなく、僕らよりも高度な魔法が使えると見て間違いない」
「あ、リンゴチップスもあった!」
「ヴィーギルアップル!クレクレ」
「ワルトやリリンよりも、高度な魔法を使う……だと?」
「始原の皇種ナユタの眷属だよ?当たり前だろ」
「蜂蜜ヨーグルトをかけると、さらにおいしく食べられる」
「もぐもぐ……。ヴィギルアーン!」
「「何やってるんだよッ!!リリン!!!」」
「……餌付け?」
そんな事してる場合じゃねえだろッ!!
俺達は今、超危険生物から逃げる算段を必死になって考えてるんだよッ!!
そんでもって、そこの超危険生物!
バナナチップスに蜂蜜ヨーグルトなんぞを塗るんじゃねぇよ!タヌキのくせに贅沢しやが……って、問題はそこじゃねえ!!
緊急事態すぎて、俺の思考がおかしなことになってる!!
少し落ち着け、俺。
俺は冷静になろうと、周囲を見渡した。
そこに居たのは、俺達に視線を注ぎつつも絶対に近寄ろうとしないドラゴン達。
野生の本能的に、このタヌキが意味不明な存在だと悟っているらしい。
「リリン!そっとバナナチップスをそこに置いて、ゆっくりこっちに来るんだ。いいか、絶対に刺激しちゃだめだよ……」
「あぁ、ゆっくりな……。ゆっくりでいいぞ、リリン」
「このタヌキの危険性は一目で分かった。戦っても勝てないって。流石はカツテナイ・タヌキ。本当に勝つ手が見当たらない」
「冗談を言ってる場合じゃないんだよ!」
「そうだぞ、リリン!タヌキは猛獣だ。ドラゴンよりも!!」
「ん。だったら餌付けして仲良くなっておいた方がいいと思う」
「……良いかいリリン。アリと人間は友達にはなれない。だから、僕らとタヌキ帝王も仲良くなれない」
「タヌキだぞ?タヌキ!!ドラゴンをペットにするのとは訳が違うんだ」
「じゃあ、聞いてみる。あなたは私達に危害を加える気があるの?タヌキ帝王」
「ナイ………………ヴィギルオ」
「ないって」
最後、何か付け加えやがっただろッ!!
この野郎、巧みに言葉を使い分けてやがるッッ!!
「リリン、お願いだよリリン。とりあえずこっちに来てくれ……」
「そこまでワルトナが言うのなら……タヌキ。これは全部食べて良い」
リリンはタヌキにリンゴチップスとバナナチップスを渡すと、何事も無く俺達の所まで歩いてきた。
どうしてリリンはこんなにも落ち着いているんだ?
タヌキ帝王。カイゼルだぞ?カイゼル!!
「リリン、いくらなんでも不用意に近づき過ぎだろ!あのタヌキは俺が見た、転移魔法を使うタヌキだぞ!」
「確かに、戦闘力は高いと思う。でも、何となくいける気がした」
「何となく!?それはタヌキ相手に使っちゃいけない言葉だ。俺が何度、『何となくいけそう』と思いながらタヌキに敗北してきたことか……」
俺の中にタヌキ映像が駆け巡る。
それはまるで、走馬灯。
勝てそうだったり、あと一歩のところまで追いつめても、必ず、最後には逆転されたり邪魔が入る、忌まわしき記憶。
おぉ、神よ。
どうしてこんな生物を作ったんだ。
確か、噂では『生命断絶の剣』という恐ろしい剣が存在するらしい。現在は親父が持っているって話だし、使えるチャンスがあったのなら、真っ先にタヌキを斬りに行こう。
密かな願いを胸に秘めつつ、俺はリリンとワルトに向かい合った。
そしてワルトが意を決したように口を開く。
「リリン。本当にいける気がしたんだね?」
「うん。たぶん大丈夫」
「え?リリン?ワルト?どういう事だ?」
「リリンはね、こういった直感がもの凄く鋭いんだよ。トランプのババ抜きで、僕はリリンに一度も勝ったことが無いくらいにね」
なるほど、つまりリリンは、無意識的に危険度を判断することが出来るって事か?
俺の中じゃ、コイツの存在は人類の危機レベル。
だが、リリンにとっちゃ、近所の野良猫に餌をあげる感覚なんだろう。
だからな、リリン。
そのサツマイモチップスはしまっておいてくれ。
さてと。コイツが何しにここに来たのかを聞いておこう。
まさか本当にバナナを奪いに来たわけじゃないだろうし。
「おい、タヌキ。お前は何しに来たんだ?」
「ドラゴン、イイケイケンギルギル。レベルアゲ」
「レベル上げ?お前はもうレベル最大値だろうが」
「ヴィーギルオオン!ギルギルギィー」
肝心な所でタヌキ語に戻すんじゃねえよッ!
くそう、将軍も大概に腹が立つ存在だが、コイツはそれ以上だな。
俺に実力があれば、今すぐにでも斬り掛ってると思う。
「……ミテレバヴィギルオン。《落ち逝く都こそ楽園》」
「おい、何しやが――」
「うわぁあああああ!!僕の、僕の支配領域が!!」
タヌキ帝王が何かの魔法を唱え、白い大悪魔が悲鳴を上げた。
もう、この状況がすでに意味不明な混沌。
だって、ドラゴンを爆破した大悪魔さんが生娘みたいな声を上げるとか相当だぞ?
ワルトは、実際に生娘だって言ってた気がするけど、問題はそこじゃない。
問題なのは、今、俺達の頭の上に創造された1000を楽に超える魔法陣が、一体何をする為のものかって事だ。
「リリン、ワルト。この魔法陣は何だと思う?」
「知らないよ!知らないけど、絶対にロクなもんじゃないだろうね!死んじゃう奴かも!!」
「色んな魔法陣が集まって、四つ葉のクローバーみたいになってる。これは、どう見ても高度な魔法陣」
「どのくらい高度だ?雷人王の掌と比べて見てくれ」
「雷人王の掌も、氷終王の槍刑も、この空間内では影響を与えることができる。だけど!」
「さっきから、改変しようと干渉してるけど全く歯が立たない。むしろ、逆に汚染されそうなので手が出せないレベル」
……それって、雷人王の掌や氷終王の槍刑よりもヤバい魔法って事か?
そんな魔法陣が、ひぃ、ふぅ、みぃ、よ……って数えられるかッッ!!
どうする……!?
あ、そうだ、どうにか英雄の親父に助けを……って、親父はコイツに負けてるんだったッ!!
え?それじゃあ本当に、……死?
俺が臨死を感じている時も、事態は着々と進んでいた。
空には、黄金色に輝く魔法陣で出来た四つ葉が、ゆっくりと花開きつつある。
そして、四つ葉が開くのと連動するように魔法陣の形も変わり、やがて、それぞれが複雑な形をした円形となった。
俺の直感では、その魔法陣はトンデモナイ物を生み出す気がする。
例えるなら、地獄の門が開き、悪魔が召喚されるような……
「って!なんか本当に召喚陣ぽいんだがッ!?」
「ぽいんじゃなくて、召喚陣なんだよ!伏せろ、ユニ!」
1000個の召喚陣は輝きを増し、やがて中心に近い一つの魔法陣が開く。
それは、ある意味で想像した通りの、しかし、想像を絶する光景を産んだ。
「ヴィギロアー!」
その召喚陣から生み出されたのは、間違うこと無き、タヌキ。
あぁ、タヌキだ。召喚されたのはタヌキだった!
まぁ、予想の範疇は超えていない。
タヌキがタヌキを召喚しても何も不思議はない……様な気がしないでも無い、ということにしておく。
問題は、魔法陣が1000個以上も残っているという事だ。
「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」「ヴィギロアー!」
ひぃえぇぇぇぇぇぇぇぇx!!
なんだこれぇぇぇ!!
遥か天空から降り注いでいるのは、茶色い超危険生物。タヌキ。
タヌキが天空を舞っている!
……もう一度言おう、タヌキが天空を舞っている!!
しかも、ただのタヌキでは無い。
コイツらは……
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タヌキの額に輝くのは、誉れ高き『×』マーク。
……コイツら全員、タヌキ将軍だとぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッッ!?!?!?!?!?
「ひぃぃぃぃ!!地獄だ!ここが地獄だッ!!」
「もしや……これが噂に聞く、タヌキ大戦争……?はうぅ、どうしてこんな事に……」
「あ、タヌキがドラゴンに群がってる。ちょっと可愛い」
何を言ってるんだ!リリン!!
この地獄の風景を見て、ちょっと可愛いだとッ!?
流石は、心無き魔人達の統括者のリーダー。言う事が違うぜ!
リリンが落ち着いてタヌキを眺めているせいで、俺も冷静さを取り戻しつつある。
うん。冷静に考えても地獄以外の何物でもねぇ。
そりゃ英雄の親父だって逃げ出すよな。
この光景は絶対に忘れられない。
なぜなら、天空から降り注いだタヌキ将軍達は一斉にドラゴン達へ群がり、戦闘を始めたのだ。
当然、ドラゴンの方が体もでかいし、力も強い。レベルだって、タヌキは2万前後が最も多いのだから、比べるまでも無い。
だけどタヌキは、ひたすら数が多かった。
ドラゴン一匹に対して10匹以上のタヌキ将軍が群がり、集団でドラゴンに暴行を加えている。
首に噛みつき、尻尾にしがみ付き、羽にぶら下がる。
酷い、なんて酷い光景なんだ!
「ヴィギルオ―ン!……ヤレ」
そしてタヌキ帝王は、降り注ぐタヌキ将軍に向けて命令を下した。
『殺れ』
多分こんな感じだろう。
……。
ドラゴンが成す術なく墜落して行くんだけど!?
「何なんだよ……この光景、何なんだよ……」
「察するに、タヌキ帝王はタヌキ将軍のレベリングをしたいんだと思う。で、丁度よくドラゴンの群れが来たから参戦したのでは?」
「ヴィギルオン!」
「正解っぽいな。……なぁ、タヌキ帝王。少しは空気読めよ、この野郎!今は俺達が戦ってただろうが!!」
「ハヤイモノガチギルギル」
「つーか、さっきから取って付けたようにタヌキッぽい鳴き声してるけど、嘘くせぇんだよ!」
「ちっ。」
おい、今の明らかに鳴き声じゃ無かったぞ!!
さてはお前、もっと流暢に喋れるなッ!?
流石に帝王ということだけの事はあるらしい。
タヌキ将軍はもっと馬鹿……真っ直ぐな性格だったぞ!!
「ユニク。そうこうしているうちに、事態が動きだした」
「え?」
「周りを見て」
周りを見てって、一体どこを見りゃいいんだよ。
俺達の周囲には、ドラジョーカー以外、何も無いんだが?
……え?何も無いっておかしいよな?
リリンに促されて周囲を見渡してみても、頭の中の敵の分布図を確認しても、俺達とドラジョーカー、そしてタヌキ帝王のマーカーしか見当たらない。
あれだけ居たドラゴンが影も形も見当たらないんだが?
さりげない強キャラ感を出していた、死にかけピエロなドラゴン10匹も見当たらないんだが?
……もしかして、100匹以上いたドラゴンが全滅?
……。
ドラゴンVSタヌキ。
勝者、タヌキィィィィィィ!!!!!!
「これは困ったことになった」
「え?」
「ユニ。事態は一番深刻でとびきりに危険なルートに進んでしまったよ。覚悟するんだね」
「は?」
「ドラジョーカーを見て」
ドラジョーカー……?
どうやら奴も、タヌキが降り注ぐという天変地異は無視できなかったらしい。
ジャグリングしていた岩を全て抱えながらも辺りにキョロキョロと視線を巡らし、仲間を探している。
「……ピエロン?」
その鳴き声は、さっきよりも甲高く。
「……ピエリーヌ、ドコ?」
何処か悲しげで。
「……ピエリエッタ、イナイ。……ピエルドイナイ、……ピエロンイナイ」
まるで迷子の子供のように。
「ダンチョーモイナイ、ミンナイナイ。……ヒトリボッチ……」
感情を吐露して。
「ピエロォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
空気が、体が、意識が
……揺らぐ。




