第44話「ドラゴンフィーバー④-VS炎ドラゴン―」
「さて、次はどのドラゴンを落そうかねぇ」
「次に数の多い炎ドラゴン40匹にしよう。炎を吐く系のドラゴンは放っておくと面倒だから」
「おーけー。それじゃ……って、おおっと。僕らが挑発しなくても、随分とやる気みたいだね」
風ドラゴンが落された。
それはドラジョーカーとホロビノを除く、この場のドラゴン全てを震撼させていた。
『速さ』こそを至高とする風ドラゴンの集団が、指の一本も触れることなく叩き落とされるというのは、ドラゴン達に取っては予想の範疇を越えた異常事態だったのだ。
瞬時に危険だと判断を下したドラゴン達が戦闘を始めようと動き出す中、一番先に咆哮を上げたのは、炎ドラゴンの若いオス達。
この12匹の炎ドラゴンは、風ドラゴンと仲が悪く、小競り合いや喧嘩が絶える事が無かった集団。
それゆえに風ドラゴンの持つ速さは身近に感じたものであり、実力を認めていたライバルが一匹残らず駆逐されたということに、激怒の感情を抱いたのだ。
炎ドラゴンの心に沸き上がった激情の殺意は、行動を伴って示された。
怒りに任せ咆哮を放ち、その咆哮は熱を伴う破壊のエネルギーと化して解き放たれる。
12の熱光線が狙らったのは、風ドラゴンを翻弄した青い髪の小さき、"外敵"。
「リリン、ブレスが来るよ!」
「対処する。《閃光の敵対者と対滅精霊八式を融合。発動、有爆熱精霊》」
なぜ、回避行動をしない?
回避も防御もしない外敵の大胆さに疑問を抱けたのは、熱光線を放った12匹の炎ドラゴンの内、わずか1匹だった。
そして、その1匹と残りの11匹は明確に運命を分ける事となる。
ワルトナによって空間に魔法が融合されている今の状態は、例えるなら、パレットの上に絵の具を載せている事に近い。
必要な魔法を取り合わせ、望んだ魔法を造る。
リリンサよりも深く魔法の深淵を知るワルトナは、創生魔法の原点となる技術を使い、魔法を自由自在に創造できるのだ。
そしてその力は、第九識天使を通してリリンサにも伝播し、望むがままに戦況を掌握する。
リリンサが炎を迎撃するべく唱えた魔法は、熱と光を無力化する『閃光の敵対者』と、衝撃を感知吸収し受けた方向に返す『対滅精霊八式』を改変し融合させたもの。
それは、リリンサと炎ドラゴンが熱光線で繋がった瞬間に、効果と結果を同時に発現させた。
放たれた熱光線はリリンサに触れた瞬間、熱から衝撃へと変換され、数珠繋ぎの有爆と化し、炎ドラゴンを襲う。
全ての衝撃と指向性が炎ドラゴンへと逆流し、その口内を破壊したのだ。
炎ドラゴンは、本来ならば自らが放った炎によって口内を焼く事は無い。
魔法紋が刻まれた牙により、炎熱に対する耐性が非常に高いためだ。
しかし、今回炎ドラゴンを襲ったのは、熱量を差し引いた純粋な破壊力であり、温度としての性質を持たない。
それゆえに成す術が無く、体の反応として短く息を吐く事が精一杯だった。
「「「「「「「「「「「かはっ……」」」」」」」」」」」
漏れ出た敗北の音色と共に、11の巨体が傾き、崩れ落ちていく。
ギリギリのタイミングで放熱を止めた1匹の炎ドラゴンは、自分の判断が正しかったことを確認し、絶句することしか出来ないでいる。
「はいはい。退場はこちらから《異次元の穴》」
「ワルトナ、見た?1匹反応した。これはすごい」
「勿論見てるよ。この反応の良さを見ると、レベル99999の中でも、戦闘経験豊富な奴なんだろうね」
「しかも、次は反撃されないように、高度で複雑な炎を口の中で作り始めた。なかなか、手間がかかりそう」
自らの考えを口に出したリリンサは、跨っていた杖から降り、右手で構えた。
相対する、少女とドラゴン。
仲間を落とされた悲しみを感じる余裕も無く、この窮地を乗り切るために思考を回している炎ドラゴンは、自身の放てる最高の炎を作りつつ様子を窺う。
一方、リリンサは炎ドラゴンの口から漏れ出る光を受けて怪しく光る星丈―ルナを傾けながら、どう攻めようかと思案していた。
そして作戦は立案され、リリンサは炎ドラゴンへと向かい駆け出す。
「ワルトナ、弾丸が欲しい。準備して」
「おっけーい。《二十奏魔法連・雹壊。ついでに並べて整えて、はい、出来ました!発動、雹壊弾》」
ワルトナの周囲を埋め尽くすように生成されたのは、直径5cmほどの氷の弾丸。
それらは紐で結ばれているかのように筋状に繋がれており、弾丸の末端はワルトナの右手が握っている。そして、向かい合わせるように構えた左手には、弾丸がギリギリ通る大きさの虚無空間が口を開けていた。
リリンサのリクエストによる、魔法を使った絨毯爆撃の準備が整ったのだ。
準備が完了したことをワルトナの視界を経て確認したリリンサは、走るスピードを一段階切り上げて、残った炎ドラゴンに詰め寄る。
だが、炎ドラゴンとてレベル99999に到達した強者。
無抵抗で接近を許すほど、愚かでは無い。
「《燃え出る炎!》」
迫るリリンサへ、先程の熱光線とはまるで違う『紫炎』が吐きかけられた。
この紫色の炎は、水分と激しく反応する特性を持たせた炎ドラゴンの最高温度の炎。
一度放たれれば空気中の水分と反応し爆発的な推進力を生じさせ、生物の皮膚に着弾した瞬間、含まれている水分によって更なる高熱となる。
あまりの威力の高さに対象となった生物は数秒も経たずに炭化し脆く崩れ落ちてしまうこの炎は、炎ドラゴンの経験上、必殺の一撃を秘めているはずだった。
「……この炎は化学現象ではなく、純度100%、魔法によるもの」
炎ドラゴンは、今この瞬間まで『自分が生きているという事の意味』を考えたことが無かった。
自身の生命を脅かす、圧倒的な力を持った外敵の存在。
この過酷な世界で生を全うしている殆どの生物は、そういった抗えない暴力を経験することなく生きており、自分もまた、そういった恐怖に見舞われたことのない幸運を持つ存在だということを知らなかったのだ。
「よって、魔法を拡散する効果を持つ星丈―ルナの前では、無力に等しい」
殆どの生物が知らない経験とは、すなわち……臨死。
それを悟る時というのは、大抵は、もうどうにもならない状況であることが多く、今回も例外ではない。
解き放たれた炎を星杖-ルナで真正面から受けながら、リリンサは頬笑みを炎ドラゴンに向けた。
拡散し散りゆく炎が、リリンサの顔に影を落とし、更なる恐怖を炎ドラゴンに抱かせる。
炎ドラゴンは、とっさの判断で口内の熱量を上げるも、状況は変わらない。やがて星丈―ルナの先端が炎ドラゴンの口に突きつけられた。
「射出準備おっけーい。無限門・開通。3、2、1、今!」
「《雹壊弾・射出》」
キュオンという空気が膨張する音と共に、炎ドラゴンの意識は狩り取られ、消失。
あっけない幕引きとなった。
ワルトナが創造し、リリンサの星丈―ルナの先端から射出されたのは、30発の弾丸。
氷の飛礫を放つ雹壊を改変させ創られたのは、高濃度の二酸化炭素を含むドライアイス製の弾丸『雹壊弾』だった。
放たれた雹壊弾は炎ドラゴンの口内の凄まじい高熱によって瞬時に気化し、急激に膨張して肺を拡張、内部に溜まっていた酸素と入れ替わる。
そして、肺内部の空気が全て二酸化炭素になったのならば、中毒症状になるのは避けようの無い運命だった。
知恵ある強者の炎ドラゴンも、理不尽な力の前では、無力だったのだ。
「ほい、異次元の穴と。……あ、リリン。雹壊弾に仕込みをしておいたよ。こっちの方が効率よく仕留めることができるはずさ」
「有爆系?」
「うん。2種類混ぜると、いい感じに燃えるやつ」
「分かった。バラ撒くから少し離れてて《五十重奏魔法連・大地の息吹》」
リリンサは、空から見下ろしているホロビノの視界から状況を確認し、残りの炎ドラゴンを片付ける事を決めた。
素早く星丈―ルナを向け、開いたままの無限門から打ち出した雹壊弾を、さらに風の魔法で高速化して放つ。そして、空には無数の弾丸が絨毯の様に広がった。
今までのやり取りを見ていた炎ドラゴンは迫る弾丸を、細かく区切った炎の散弾で迎え撃った。
外敵と自分が炎を通して触れ会えば敗北。
外敵の魔法弾を受けても敗北。
狭まってゆく選択肢の中で、この散弾での迎撃がもっとも有効だと判断したが故の行動だった。
結果、炎ドラゴンと魔導師の二組ともが願った通りに、全ての弾丸が撃ち落とされてゆく。
「あらら。ドラゴンはもっと鼻が効くと思ってたんだけどねぇ」
「仕方がないと思う。可燃性のガスなんて自然じゃ嗅ぎようがないし」
秘密裏に行われる、悪魔の会談。
その内容は、今進行している破滅の解説だった。
ワルトナはドライアイス製の雹壊弾の中身を改変させ、特殊なガスに差し替えていた。
それは、赤い『酸性物質ガス』と青い『還元性物質ガス』。
そのガスが含まれた弾丸が撃ち出されてゆくにつれて、赤色から赤紫、紫、青紫、青色へと変化して行ったのは、すなわち内容物が『酸化性物質ガス』から始まり、『還元性物質ガス』の青へと変化していったということ。
そして、最後に真っ青な弾丸が放たれ、見事に撃ち落とされたことにより、広域殲滅魔法の下地が出来あがった。
「バラ撒き終わった。雷光槍で起爆出来る?」
「せっかくだし、超高層雷放電にしときな」
「分かった。《超高層雷放電 !》」
その炎は、自らの炎を誉れとする炎ドラゴンですら、見たことが無いものだった。
炎ドラゴン達は打ち砕いた弾幕から漏れ出る異常な臭気に気付き、防御魔法を張った。
そして、辛うじて命を繋ぎ止めたが故に出会う事が出来たのだ。『臨死』という、未知の経験に。
体の全方向から押し潰されるような、鋭い熱気と炎の渦。
塗り潰される視界と、痙攣する体。
熱い。
熱い。
熱い。炎とはこんなにも、熱いものだったのか。
高電圧由来であり、可燃物質を燃料とした朱白く輝く炎は、雲ひとつない朝空に灼熱の花を出現させた。
魔法で直接創造したのでは無い科学の炎は、残っていた28匹の炎ドラゴンをすべて撃墜してもなお、空で輝き続けている。
その日、撃墜されながらも生き残った炎ドラゴン達は、代え難く尊い経験を得ることとなった。
……人間は、死ぬほど、怖ろしい。
**********
「トンデモねえ事をやりやがったッ!!炎ドラゴンが焦げてたんだけどッッッ!!!!」
見ててと言われたし、俺はリリン達の戦闘を見物していたんだが、見たくなかったと心底思う。
風ドラゴンを事故に遭わせるという、心無い作戦を難なく実行した大悪魔達が次に狙ったのは、炎ドラゴン40匹。
リリンに先制攻撃を仕掛けた炎ドラゴンが反撃を喰らって落ちたまでは、それなりに平和?だった。
だが、その後が、もう酷い。
リリンとワルトは、空間ごと炎ドラゴンを爆破しやがったのだ。
ワルトが弾丸を魔法で創造し、リリンが打ち出す。
言葉にしてみれば、たったこれだけのシンプルな作戦で、なんでこれだけエゲツナイことができるのか。
……あ、分かった。才能だな?大悪魔の。
単純明快、純粋無垢に悪魔の所行である。
ほらみろ、ホロビノだって目を背けてるぞ!
「まったく、先が思いやられるぜ……。でもこれで半数のドラゴンが落ちたのか」
「ユニク、ユニク」
「リリン?」
「私達の連携を見て、勉強になった?」
「……あぁ、なったぜ。でも、『ドラゴンを空間ごと爆発させる』とか、俺にはちょっと真似できないな」
「大丈夫。魔道具をうまく使えば、似たようなことができる」
……いや、たぶん出来ないと思う。俺の良心的に。
そんな事を思いつつも、ここは戦場。余計な慈悲は自分の死に繋がる。
俺は気を引き締めて、再び戦場に視線を送った。
だからお前もそろそろ、こっちを見た方が良いんじゃないか?ドラジョーカー。
ジャグリングの岩が20個を越えているが、そもそも、リリンが見てないぞ!!
「ワルトナ、このまま一気に片付けよう」
「そうだね、リリン。氷終王の槍を改変し……ユニ!逃げろっ!!!!」
え?なにがどうし……
俺の脳内には、この空間内での敵の分布図がある。
俺とホロビノは常にこの分布図を確認し、敵ドラゴンに近づかないように立ち回っていた。
しかし、今、俺のすぐ後ろに敵がいる。
今まで表示されていなかった茶色のマーカーは、ドラゴンに比べて異常に小さく、よく見なければ気がつかない。
しまった。ツッコミを入れてる場合じゃなかった!!
俺は恐る恐る振り返り、そいつを確認した。
そいつは、ふさふさした獣だった。
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「おい、なんか言えよ、タヌキ」
「……。」
「いや、……タヌキ帝王」
その異質な気配を持つ獣は、俺の問いかけに「ヴィギュリオン!」と答えた。




