第43話「ドラゴンフィーバー③―VS風ドラゴン―」
「さてと。下準備も済んだ事だし、そろそろ暴れようかな。リリン、もちろん腕は鈍っちゃいないよね?」
「問題ない。ワルトナとの連携もちゃんと覚えている」
「よしよし。それじゃ、簡易的な作戦を授けよう。僕とリリンで取り巻きドラゴン200匹を全滅させる。ユニとホロビノはお留守番。以上だ」
「ん。了解した」
「いやちょっと待て!」
ワルトの悪辣な詐欺に騙されたドラジョーカーは、取り巻きドラゴンを集めて集会を開いている。
恐らくは、リリンを笑わせる為の演目を打ち合わせているのだろう。
そして、ドラゴンの言葉が分からない俺が遠目で見ていても、分かることがある。
ドラジョーカーと周りの温度差が違いすぎる!
一匹興奮し、すごく上機嫌なドラジョーカーに対し、周りのドラゴンは何処かやるせなさそうな顔をしている。
特に、死にかけピエロなドラゴン10匹は、達観しすぎて今にも成仏しそう。
レベル99999、自然界では圧倒的強者になったのに、やることがサーカスの真似事だもんなぁ……。
そんな訳で、俺の手で戦線離脱という名の救済をしてやろうかと思ったんだが、どうやら俺の出番は無いらしい。
一応、理由を聞いておくか。
「ドラゴン200匹を二人で倒す。たぶん出来るんだろうけど、三人でやった方が効率が良いだろ?」
「この場合はそうでもないんだよ、ユニ。僕らは広域殲滅魔法を連発しながら戦う。そんな中、接近職のキミがドラゴンの前に居てごらんよ。どうなると思う?」
「……木端微塵。もしくは欠片も残らない」
「骨すら残らねえのかよ!すまん!大人しく見てるぜ!!」
「勿論、ユニの存在は有効に使わせて貰うよ。ユニ、そしてホロビノ。キミらは上空から僕らを見下ろしてドラゴンの位置情報を送って欲しい。と言っても、第九識天使中だから見てるだけさ。簡単だろう?」
「それにドラジョーカーが残ってる。私達が取り巻きドラゴンを掃討した後、ドラジョーカーが負けを認めなかった場合、間違いなく戦闘になる。そうした場合、今度は全員で連携して戦うことになるから、私達の動きを見て予習をしていて欲しい」
「なるほど。取り巻きドラゴンとの戦闘を見て、リリン達の動きを勉強しておけってことか。分かった」
「聞き分けが良いようで何よりだね。さて、始めよう」
「うん。本気の戦闘なんて久しぶり。腕が鳴るね」
ワルトの掛け声にリリンが賛同し、二人は空を踏みしめ歩き出した。
丁度その時、ドラジョーカーの集会も終ったようで、一斉にドラゴンが散開し配置について行く。
俺達から見て真正面の位置に陣取った、ドラゴンの群れ約200匹。
ある種の幾何学模様のように形成されたその陣は、それだけで畏怖を振り撒く。
でも、それぞれのドラゴンが浮かべている表情は決してやる気に満ち溢れたものではない。
だが、俺には分かってしまった。
一糸乱れず、等間隔に精密に配置された陣形。
それは高い練度が無ければ不可能な行いなのだと。
「リリン、ワルト!絶対に無理はするな!!」
俺の声に振り返らずに「分かった」とだけ答えた二人は、ドラゴンの群れを見据え、空を駆け始めた。
**********
「まずは小手調べからだ。リリン、先行してドラゴンの右側、『風ドラ』を切り崩せ」
「分かった。《飛行脚・最大出力》」
天空を駆けるのは、青い髪の小さき魔導師『リリンサ・リンサベル』。
愛用の星丈―ルナを片手に、ドラゴンジョーカーの右足前方へと走り寄った彼女は、風ドラゴンの一団と接触する数m手前で急激に軌道を変え、翻弄する。
その急激な動きに静観を決め込んでいた風ドラゴン達はどよめき、直ぐに反応を見せた。
見たことも無い素早い高機動に、速さを誇りとする風ドラゴンは食いついたのだ。
リリンサの後を追う為に陣形から離れた風ドラゴンは25匹。
風ドラゴンの半数が追従し、天空を舞台にした鬼ごっこは突如、始まった。
獲物は小さき人間の子供ただ一人。鬼は空を飛ぶことを生き甲斐とする風ドラゴン25匹。
通常ならば、結果は明白どころか勝負として成立しないこの事象は、思わぬ結果を見せることになった。
風ドラゴンはただの1匹すらも、リリンサに追いつけなかったのだ。
「グルゥ……」
その光景は、風ドラゴンのプライドを大きく傷つけた。
力では他の種族のドラゴンに及ばない。それゆえに速さを極めよう。
実力主義のドラゴンの戒律の中でも、その思考が強い風ドラゴンの若い個体達は、おかしな趣向を持ちながらも隔絶した実力を持つドラゴンジョーカーに付き従い、ここに居る。
それゆえに速さで劣る所など、主たるドラゴンジョーカーに絶対に見られる訳にはいかなかった。
「《グルゥオ!》」
再び低く唸り声を上げ、自らの翼にバッファを重ねてゆく風ドラゴン達。
10mを超す巨体が空を飛ぶ。
ましてや、音速に匹敵するほどに高速でともなると、魔法の力を使うしかない。
それゆえにドラゴンの多くは翼に魔法紋を持ち、天空を駆ける。
その魔法紋の上から、新たな魔法紋を構築し限界を超えた速度を引き出すのだ。
研鑽されたこの技法は確かな効果を上げ、段々とリリンサと風ドラゴンとの距離を縮め始めた。
しかし、それは悪辣な計画の上に記されている、予定調和。
最前線で戦い続けてきたリリンサは、単純な速度の優劣で勝敗を決させない技術を要していたのだ。
「どうせなら、風ドラ全員と鬼ごっこをしよう。その方がいいよね?ワルトナ」
「勿論さ。単純な遊戯は数が多い方が面白いってのが、常識だろう?」
一応の確認をして、ワルトナの許可を得たリリンサは、風ドラゴンを引きつれてドラジョーカーの右足元、残りの風ドラゴンが居る場所へ視線を向けた。
そして、手に持っていた星丈―ルナを前に突き出しながら、用意していた改変魔法の起動に入る。
「《空間内の改変魔法を起動。飛行脚を星丈―ルナにセット。起動・飛行杖!》」
戦闘前に発動していたワルトナとリリンサの一連のバッファ。
その最中に唱えられた『飛行脚』は通常ならば、意思を持つ生体にのみ適応されるべきもので、意思の無い星丈―ルナに効果を及ぼすことはできない。
しかし、その常識をワルトナは揺るがし、捻じ曲げていたのだ。
ワルトナの得意とする改変系の魔法『逆行する時間と約束・歪曲する真実の虚偽』に加え、自信だけが使えるオリジナルの改変魔法『価値観の崩壊』の重ねがけは、一連の魔法を融合させ効果範囲を『ワルトナとリリンサが指定した空間内の全て』としている。
その利便性を良く知るリリンサは、有効に使う手段として、自身の手に持つ星丈―ルナに高速移動の効果を付与したのだ。
結果、空間に魔法で構築された見えないレールが敷かれた。
縦横無尽にレールの上を、きらめく朝日を乱反射させて、高速で滑る星丈―ルナ。
その星丈ールナにまたがるリリンサの姿は、さながら本当に空を飛んでいるかのようにドラゴン達を錯覚させ、思考から冷静さを奪う。
「グルアァ!!」
「捕まる訳が無い。筋肉を使って翼で羽ばたいている以上、初速はゼロとなってしまうのだから」
追い迫る風ドラゴンと、待ち構える風ドラゴン。
リリンサ自らが挟撃になるように演出したのだ。当然、全ては計算づくによるもので。
待ち構える風ドラゴンの末端に到達したリリンサは、欺くように、蔑むように、風ドラゴンに接触するスレスレの場所を飛び回り、再び翻弄する。
風ドラゴンはその翻弄に冷静さを失い力任せに腕を振ったが、たったの一度もリリンサに触れることが出来ない。
翼を使って羽ばたく風ドラゴンと、見えないレールの上を滑るリリンサでは、力学が違いすぎるからだ。
旋回をする時にスピードを落せざるをえない風ドラゴンに対し、曲線に設置されたレールの上を滑るリリンサは、掛る遠心力のせいで減速しない。
ましてや、レールの軌道を自由自在に変更できるとあれば、未来予知でも出来ない限り、触れることすらは不可能なのだ。
そして、リリンサは待機していた風ドラゴンの群れの中で優雅に舞い続けた。
風ドラゴンのプライドをズタズタに引き裂きながら。
「いいねぇ!さすが僕のリリン。あんなに可愛らしい舞いを見せられたんじゃ、風ドラゴンはメロメロになってしまうね。ほら、ファンが25匹から50匹に増えた。一つの種族丸ごと追っかけにするなんて、アイドルみたいだね!」
楽しげな声と共に感想を呟いたのは、白い髪の小さき魔導師『ワルトナ・バレンシア』
基本的に前線に立つことのないワルトナは、いつもと同じく、自分の脳内に描いたキャンパスどおりに計画を進めていた。
ひぃふうみぃと指を折り、数を数え、にこりと嗤う。
そして小さく「あーらら」と声を漏らすと、パチリと指を鳴らしてリリンに合図を送った。
「リリン。追っかけファンの相手も疲れたろう?しつこいのも困りものだよね」
「ん。準備完了?」
「もちろんさ。《空間改変を起動。次空間の抜け穴よ、新たなる姿へ昇華せよ。起動―無限門》」
「それじゃあ、そっちに行く」
50の風ドラゴンの群れの中で踊りきったリリンサは、進路を天空に向けて急上昇した後、空間に出現した穴を目指した。
色を失った、漆黒が蠢く虚無空間。
ワルトナによって改変された『無限門』と呼ばれるこの魔法は、設置型の空間転移魔法だ。
長距離を一瞬で移動できる便利な魔法だが、それは改変前の『次空間の抜け穴』と同じ効果でしかない。
唯一違うのは、この無限門には、悪意が染み込んでいる。
「ワルトナ、離脱完了」
「そうかい。それじゃ、無礼な追っかけドラゴンにはご退場願いますかね《魔法干渉・暴走する力》」
リリンサは無限門へと身を投じ、風ドラゴンもまたその後に続いた。
ワルトナから見て右側に設置された無限門は、対となる出口を反対側に出現させ、リリンサを先頭とした50の鋭き疾駆を吐きだす。
その光景を満足げに見たワルトナは、ぼそりと呟いた。
「ドラゴンてのは大きくて強い。体は堅い鱗で覆われているし、魔法だってガンガン使う。まるで、鎧を装備した人間みたいだよね」
「人間には、自制心という名のブレーキが掛っている。でも、それって案外脆くてねぇ。それはキミらだって同じだろう?こんな風に簡単に壊れてしまうんだから」
「僕の支配領域でそれだけ激しく動き回って、魔法を張り巡らせた異次元まで通過して。あらら、可哀そう。もうキミらは止まれない。なにせキミらのバッファは破綻して僕の支配下にある。ほら《加速》《加速》《加速》やったね。音速を超えたよ」
リリンサの後ろにはもう、風ドラゴン達は追従していない。
無限門を抜け出てすぐに旋回し進路を右に切ったリリンサに対し、風ドラゴンもまた進路を変えようと頭を向け視線を走らせる。
しかし、早すぎる速度のせいで風圧が掛り、思うように頭が動く事が出来なかった。
いつしか体の制御は奪われ、ただの放たれた弾丸と化した風ドラゴンの群れ。
肉体の強度限界を超えたバッファの重ね掛けにより負荷がかかった鱗は剥がれ、キラキラと空に散る。
やがて、朝日が輝く蒼き弾丸の向かう先に現れたのは、悪魔が用意するステキなプレゼント。
「でも、人生には突如として壁が現れるもんさ。越えることのできない壁が、突然、こんな風に出来るんだ《五十重奏魔法連・氷塊山》」
ひぃっ。
それはドラゴンにあるまじき、絶望の悲鳴。
生まれたばかりの産声よりもか弱いその声は、誰にも届くことなく、50回の激突音に掻き消された。
「おや?50体全ての風ドラゴンが墜落していくね。かたや僕の用意した壁は3枚も残っている。あらら、壁を越えられなかったんだねぇ。ゆっくり休んでまた挑戦して欲しいものだよ《次元の抜け穴》」
そう言ってワルトナは墜落していく風ドラゴンが向かう先に、異空間に繋がる穴を展開させた。
意識を奪われ、無抵抗にその穴の中に落ちて行った風ドラゴン達は、二度と現れる事は無い。
この穴は、ここから数千kmの彼方にある天竜嶽の麓に繋がっている。
ドラゴンは不甲斐無い姿を晒すことを嫌う。
敗北し凄惨な姿となった風ドラゴン達は、再教育という名の『洗礼』を受ける事となるのだ。
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「50体の風ドラゴンが、3分経たずに全滅……。なんて恐ろしい……」
うわぁ、ヤバい物を見た気がする!!
走り出したリリンの速さは、俺の知っているものと完全に別物だった。
一度の跳躍で進む距離は約5m。
身長の3倍の距離を一度の踏みこみで進み、繰り返される足の回転も目で追えないほどに速い。
それだけでも驚異的だが、リリンが星丈―ルナにまたがった後に見せた高機動は、ヘタな魔法よりも格段に速かった。
それはつまり……魔法でリリンを撃ち落とすのは不可能だという事で。
本気の心無き魔人達の統括者、マジ恐ろしい!
過去にはこの力が国取りに使われたとか、ホント、マジ恐ろしい!!
そんでもって、そのスピードで壁に激突させるとか、究極的に恐ろしい!!!
俺はチラリと、ドラジョーカーに視線を向けた。
ドラジョーカーは風ドラゴンが撃墜された事に構うこと無く、自分で召喚した5mの大岩を使ってジャグリングをしている。
ワルトの提案通りにリリンを爆笑させるべく、曲芸を始めているようだ。
……敵の俺が言うのもおかしな話だけど、心の中でなら叫んでも良いだろう。
そんな事してる場合じゃないぞ!!ドラジョーカー!!!




