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第40話「水害の王」

「動きを止めるわよ!パプリ!!《 氷蓮華アイスフラワー》!」

「分かった!シシトの魔法を強くするね!《大地の息吹!!》」



 後衛のシシトとパプリがドラモドキの群れを捕らえるため、魔法を放つ。

 シシトが氷結の魔法を使い、パプリが風の魔法で拡散。

 魔導師二人が連携することで、より広範囲に効果を届かせているようだ。


 あの後、索敵を続けた俺達は『ぽっくり沼』の近くでドラモドキの群れ40匹に遭遇。

 当然、最優先駆除対象であるコイツらを狩るべく、戦闘になったのだが……ここでリリンから、俺に"待った"がかかった。

 この戦闘は、トーガ達『ブロンズナックル』に任せるというのだ。


 ドラモドキは個体の戦闘力はそれほどでもないが、群れるために数が多い。

 広域殲滅魔法でさっさと焼き払った方が良いと思ったんだが、「このくらい、ブロンズナックルでなんとかしてくれないと困る。というか、雑魚狩りして連携を高めて欲しい」とリリンは言い、ブロンズナックルもそれぞれが頷いて同意を示した。

 その後、代表してトーガが「やるぞお前ら。ちったあ役に立たねえと、装備を返せって言われちまうからなぁ!!」と宣言し、戦闘が始まったのだ。


 せっかくだし、様変わりしたトーガ達を眺めてみよう。

 俺は自分にあてがわれた獲物をグラムで裁きつつ、トーガ達の連携に視線を向けた。



「うおらぁ!《連炎撃!》」

「……炎を纏いなさい《炎来剣!》」



 炎を纏ったトーガの拳は、一撃でドラモドキを絶命させ、その身を火葬させた。

 拳で殴った瞬間にガントレットの魔法を起動させ、ドラモドキの体を炎で貫き、燃やしているのだ。

 そしてシュウクも、炎を纏った剣でドラモドキを切り伏せ、火葬。

 こちらは常に刀身が燃えているので、分かりやすい。


 トーガ達が悪逆非道にドラモドキを痛めつけているのには理由がある。

 死んだドラモドキを、ドラゴンの餌にしないためだ。

 ワルトの話だと、ドラゴンは、死んだドラモドキでも狙うらしい。


 そんなんで良いのか?誇り高きドラゴンよ。

 死んだ獲物を喰い漁るなんて、雑魚のやる事だぞ?


 だが、死んでいてもドラモドキは魅力的に見えるらしく、こぞって群がるらしい。

 なのでドラモドキはすべて火葬。

 姿が判別できないようにするのが常識なんだとワルトも言っている。


 そして瞬く間に、ドラモドキ40匹は討伐された。


 トーガ達は、元々上手い連携をしていただけに、非常に効率よく立ち回っている。

 シシトが氷の魔法で足止めし、パプリは魔法を広範囲へ拡散する為のサポート。

 そして、トーガとシュウクが狩る。


 前衛二人が、敵を一撃で倒せる攻撃力を得たことにより、一度逃げてタイミングを見計らうという動作が消滅。

 それぞれガントレットと魔法剣を駆使し、高速で処理していったのだ。



「トーガ、シュウク!反対の岸にいる群れも狩りに行くわよ!沼地の上を通る最短ルートでね《氷蓮華!》」

「おお!沼を凍らせるったあ粋じゃねえか!だったらこうして表面を溶かして滑らかにして……パプリ、風の魔法で俺達を運べ!」

「氷の上を滑るんだね!いくよ《大地の息吹!》」


「ひゃはぁあああ!クソトカゲ、会いたかったぜえ!!」

「あなた達が住みついたおかげでこんな事になりましたからねぇ!責任を取りなさい!」



 トーガとシュウクは沼地の氷上を滑走し、瞬時に反対側の岸へ移動。

 そして再び駆除を始めた。


 ……なんだ今の世紀末な奇声は?

 落ち着いた雰囲気のナイスガイはどこにいった?


 これはもう、普通のパーティーとは呼べねえな。

 聖女シンシア監修の心無き冒険者部隊アンハート・アドベンチャーと言ったところだ!

 リリンも満足げに頷いているし、中々の大悪魔な仕上がり具合だと思う。


 俺は自分の獲物、三頭熊に切り捨てた後、くるりと向き直り、リリンとワルトの所に向かう。

 そろそろ俺達も作戦会議をしておかないと。



「リリン、ワルト。トーガ達も仕上がったし、この後の予定を確認しておこう」

「そうだね。この後はシシトとパプリに『水害の王クラーケン・オブ・タイタニカ』を教えれば、第一目標クリア」

「その後、僕らはドラゴンの到着を待つ事になる。ここまでは話したよね?」


「あぁ。だが詳細はさっぱりだ。まず、その水害の王クラーケン・オブ・タイタニカとやらがどんな魔法なのか分からないしな」

「んー。分かりやすく言うと……イソギンチャク?」

「想像してごらん、ユニ。大地に張り付く、巨大なイソギンチャクをね!……ぶにょんぶにょんきしゃぁ!!あぁ、なんて、恐ろしい!」


「……。気持ち悪いんだけどッ!!そんなのが切り札なのかよッ!!」



 なんだよイソギンチャクって!?

 地面からぶにょんぶにょんした触手がいっぱい生えるって事か!?

 というか、ワルトの言った「ぶにょんぶにょんきしゃぁ!!」って何ッ!?

 イソギンチャクって、そんなアクティブな動きしねえだろッ!!


 流石にイメージが付かなかったので、再度リリンに聞いてみると、「大体ワルトナの言うような感じ」らしい。

 ……あってるのかよ!?ぶにょんぶにょんきしゃー!?!?


 少なくとも、雷人王の掌(ゼウスケラノス)氷終王の槍刑(ハデス・バイデント)のような、煌びやかさや格好良さを感じない。



「なんか、あんまり強そうに思えないんだけど?」

「そんなこと無い。大規模殲滅魔法としてみるなら、雷人王の掌(ゼウスケラノス)よりも使い勝手が良く、一度の魔法でより多くの命を奪う」

雷人王の掌(ゼウスケラノス)は広範囲を吹き飛ばすけれど、威力が散漫になりがちだし、氷終王の槍刑(ハデス・バイデント)は対個人向け。今回のような敵を殺し漏らしたくない局面において、有用性はピカイチだね」


「……すまん、もう少し詳しく頼む!」

「まぁ、それは後での見てのお楽しみにしておこう」

「ほら、ユニ。ホロビノが追い立てて来た獲物がやって来たよ」



 そう、この場にホロビノはいない。

 森の上空を飛びまわり、俺達が直接相手をするべき危険生物を集めているのだ。



「ホロビノは空から、危険な獲物を探して私達の所に誘導して欲しい。特に魔法を無効化する三頭熊を見つけたら絶対に連れて来ること!」

「きゅあら!」



 と索敵任務を言いつけられ、元気に飛び回っている。

 その甲斐あってか、俺達の所に来るのは割とレベルが高めだ。


 今回は、破滅鹿2匹と真頭熊1匹。

 どれもレベルが9万を超えているが、瞬時に破滅鹿2匹はリリンとワルトによって駆逐され、残っていた真頭熊も俺がグラムで両断。

 だんだん体も温まって来たし、いい準備運動って所だな。



「だったらさ、ドラゴンが来た後の話をしておこうぜ?俺達は直接ドラゴンを叩くと言っているけど、具体的に何をするんだ?」

「それは……。ワルトナ、魔王の右腕(デモン・ライト)でも使って恐怖を刻んでみる?」

「それはだめだ。ドラゴンが恐慌状態になれば、なりふり構わず攻撃してくるだろう。そうなると、地上の冒険者も少なからず犠牲者が出てしまう。それは避けたい」


「じゃあ、遠距離から魔法でドカーンとやるか?」

雷人王の掌(ゼウスケラノス)を使う?」

「馬鹿言えよ。そんな事をすれば、やっぱり魔法の発信源を探す為にドラゴンが暴れまわるだろ。ここは正攻法、ホロビノの背に乗ってドラゴンの目の前に姿を見せる。そして、敵のボスであるドラジョーカーに言うんだ。「この森を掛けて、勝負をしようってね」」



 ドラゴンに勝負を提案する?

 確かに、人間の言葉が分かる相手なら一方的に俺達の意思を使える事は可能だ。

 だけど、いざ戦い終った後に、交渉して何処かに行って貰わなければならない。流石に言葉が一方通行だと厳しいだろう。



「提案をしても、言葉が一方的にしか伝わらない以上、戦いの後のまとめ役は誰がするんだよ?」

「それはホロビノができる」

「だね。ホロビノは並みのドラゴンなら対等以上に会話ができる。知能が高いであろうドラジョーカーとも話が出来るはずさ」


「ホロビノが?大丈夫か?」

「ホロビノは出来る子。だから大丈夫!」

「ホロビノは僕らに絶対服従だから言う事を聞いてくれるさ。……ドラゴンをナンパするのを趣味にしてるし!」



 おいホロビノ、そんなチャライ事を趣味にしてやがるのかよ!?

 いや待てよ?

 ドラゴンをナンパって、各地で魔法竜を量産しているあれの事か?


 リリンやワルトの話では、ホロビノは、心無き魔人達の統括者時代も暇を見つけてはご当地ドラゴンと仲良くなり、ドラゴン談義に花を咲かせていたらしい。

 ナンパと言っても男女交際ではなく友達を増やす事が目的のようで、今でもたまにホロビノに会いに来るドラゴンもいるんだとか。


 そんな訳で、ドラゴンへの説得は得意中の得意。

 安心して任せてもいいレベルなんだそうだ。



「つまり、俺達は戦闘をしてドラジョーカーに負けを認めさせればいいって事か?」

「そうっぽい。武力で解決できる分、やりやすいかも?」

「言うほど楽じゃないはずだよ。ドラジョーカーは名前を付けられるほどの特殊個体。過去には魔法騎士団を討伐に差し向けたという話もあるんだけど、結果は無残に敗走さ。僕とリリンとユニ。3人がそれぞれがうまく連携し全力を出さなければ、勝利は厳しいだろう」


「3人が全力……ね。あのさ、俺はそもそも、二人の全力を見た事が無いんだが?俺と戦った時だって、訓練だからってある程度の手加減をしてるだろ?あ、もしかして三頭熊23匹と戦った時みたいな感じか?」

「確かに私は、全力をユニクに見せた事が無い。三頭熊の時はあくまでも防御重視、つまりユニク達の所に被害が行かないように立ち回っていた」

「そうだねぇ、ユニと訓練した時は相応に本気を見せたけど、そもそも僕は後衛職。あの戦い自体がイレギュラーと言ってもいいものだ」


「だろ?だったらせめてポジションぐらいは決めておいた方が良いと思うんだ」

「それはそうだね。ユニクは前衛として、私はどっちに就くのが良い?ワルトナ」

「リリンにも前衛をお願いするよ。ドラゴンを相手にするには、どうしても前衛で盾役が必要になる。ユニを守ってあげてくれ」


「……盾役?第九守護天使があるだろ?」

「ランク9のドラゴンが200もいれば、第九守護天使だって突破される。むしろ、第九守護天使は保険として扱うべきで、防御または回避は絶対に必須」

「ここら辺が、『防御魔法は第九守護天使一つあればOK!』とならない理由さ。受ければ死ぬ攻撃に晒され続けるなんて正気じゃない。敵の攻撃は基本的に回避か迎撃して相殺を必要とするから、間違えるなよ。ユニ」



 言われてみればその通りだ。

 防御魔法と言えど破壊される事もある訳で、その瞬間に無数に攻撃を繰り出されれば、あっけなく人間は死ぬ。


 だとすると、俺も敵の攻撃を裁く手段を持っといた方が良いな。

 何か手軽に使える方法は無いだろうか?



「俺も自衛手段を持っときたい。何かないか?」

「ん。ユニクのグラムは魔法も切り裂ける。正確に表現するなら、グラムの斬撃は魔法を破壊し無力化できる。ユニクにドラゴンの吐く魔法が着弾する前に、全て切り落とせばいい」

「それと、重力流星群を応用してデコイ()を作れないだろうか?物体全てを無差別に引き寄せる重力源が存在するってだけで、だいぶ、防御に幅が出来るんでね」



 なるほど、つまりグラム一本でなんとかしろって事だな!


 ……なんか釈然としないけど、実際には有効だろう。

 よく考えなくても、俺はグラム一本で戦ってきた訳だし、対抗手段もグラムとしておいた方が混は少ないかもしれない。


 それにしても、攻撃技のはずの重力流星群を防御に使うって発想は無かった。

 これは是非、使わせてもらおう。



「それに、ユニクは私が守るから大丈夫!絶対に指一本触れさせない!!」

「だってさ、良かったねユニ。でも僕は怖いから、ぎゅってして元気を分けてくれよ。ほら、ぎゅー!!」

「お、おい!?ワルト!腕に絡みつくなって!!」


「あっ!だめ!!ワルトナからもユニクを守る!!指一本触れさせない!!!!」

「むぐぅ!いいじゃないか。戦いの前に、英雄は女を抱くものなんだよ!」

「待て待て、ワルト、こんな時にからかうのはやめろって!!」


「おーい、ドラモドキの駆除終わったぞって、お前らは何してんだよっ!」


「「……ユニクを襲ってる!」」

「目的が代わってるじゃねえかッ!!」



 ほら離れろって!人の目ってもんがあるんだよ!!


 俺達の痴態を見たトーガは呆れているし、シュウクはにやけている。

 シシトは興味津津だし、パプリは「三角関係だー」って適当な事を言い出す始末。


 まったく、もう少し緊張感を持って欲しいんだが!



「まぁ減るもんじゃねえし良いけどよ……。あぁそうだ、ここへ帰ってくる途中、見知らぬ冒険者が居たんで、様子を窺って見たんだけどよ」

「見知らぬ冒険者?」


「そいつらも、お前らみてえなヤべえ動きをしてやがった。バレンシアが呼び寄せたって言ってたけど、ああいった冒険者なんてどこで見繕ってきたんだ?」

「都合が良い事に、丁度使える駒が手元にあってね。僕は不安定機構の上層部の人間だし、あてくらい幾らでもあるってもんさ」


「トーガ、ちょっと聞きたいんだが、そいつらはどんな風にして敵を倒してた?」

「大柄な男が、大剣でこう、バッサリよ!後は斥候ぽい奴が動き回ってたな」



 俺と同じ大剣使いか。

 せっかくだし、ちょっと話を聞いてみたいが今はそれどころじゃなさそうだな。


 なにせ、リリンとワルトが魔導師二人を捕まえて何かを始めている。

 これは、トーガとシュウクに警告を出しておかないとヤバそうだ。


 このままいくと、イソギンチャクに多大なトラウマを追う事になってしまう!!



「トーガ、シュウク。女子連中が魔法を使うけど、心構えをしておいた方が良いぞ」

「心構え?今更な気がするが……。なんかしやがるんだな?」


「そうだ。今までの事がお遊びだったって思うくらい、ヤバいかもしれねえ」

「それ程まで、ですか?一体何を……?」


「リリン達は、ランク9の魔法を、シシトとパプリに使わせる気らしい……」

「……ランク9?は。流石に冗談だろ。ランク9なんて魔導師30人がかりでも発動できねえぞ?」

「そうですね。それを、たった二人でなど……」


「……残念なお知らせがあります。リリンもワルトも、それぞれ一人でランク9の魔法を使う事が出来る」

「「……。」」


「だから、あいつらはが『出来る』と言ったら、出来る。そんでもって、今まさに楽しそうに準備を始めているよ?」

「「……。マジで?」」


「マジで。」

「「に、逃げろ!!」」



 俺の真顔を見て悟ったトーガ達は、慌てて森の中に避難した。

 途中、木の上から太くて逞しい蛇に奇襲されたが、拳一つで返り討ち。

 ちらっと見えたレベルが9万を越えていた気がするが、大悪魔の恐怖の前では些細なことだな。


 俺もリリン達からそこそこ離れつつ、事態を見守る。



「今からあなた達に教えるのは、正真正銘の最強クラスの呪文『水害の王クラーケン・オブ・タイタニカ』。この魔法はひとたび発動させれば、絶対的な拠点としてあなた達に勝利をもたらしてくれる」

「だけどぉ、コントロールに失敗すれば、一瞬で事故死だ。そういうものさ、過ぎたる力ってもんはね。どうする?覚えるかい?」


「私は……やるわ。その魔法さえあれば、もう仲間を失わなくて済むんでしょう?」

「パプリもやるよ。後で後悔しないために」


「良い返事。では、早速始めよう」

「いいかい?一人では難しいから、今回は二人での重複詠唱で行うよ。僕らがキミらの頭の中で呪文を唱えるから、そのまま復唱するんだ」



 リリンはシシトの後ろ、ワルトはパプリの後ろに立ち、シシト達が手に持つ杖に腕を添えている。

 そして、真正面に向かい合って立つシシトとパプリは精神を集中させ、まずシシトから呪文の詠唱が始まった。



「《船渡る海域に、一体の魔物あり》」

「《船沈むと共に、魔獣は快楽に踊る》」


「《老爺は魔獣に問うた。人を喰らわんとするのは何故か?》」

「《魔獣は老爺へ答えた。ただ飯を喰ろうているだけだ》」


「《儂を食おうとしないのは、慈悲か?それとも食がそそられぬのか?》」

「《違うとも。お主は喰えぬ。喰おうとすれば食われるのは我の方じゃろうて》」


「《そうよの、魚介の王よ。お主が喰らうのはこの技のみよ》」

「《そんなもの喰ろうても美味くはあるまい。せっかくだ、出来ぬと言わずお主を喰おうとしてみよう》」


「「《喰われてて死すは、お前か我か。その血の一滴まで、溜飲してみせようぞ!》」」


「「我こそは――」」


「「《水害の王クラーケン・オブ・タイタニカ》」」



 詠唱が終わった瞬間、風が凪いで、全ての音が止んだ。

 夜空から照らしていた月明かりすらも、雲にさえぎられ、その光を隠す。

 すると周囲は、”暗黒”となった。


 視界の外側で、何かが動いた気がした。

 ぬめりとした存在感を放っていた沼が、動いた気がしたのだ。


 いや、確かに水面が動き、それを感じた俺の背筋が、ゾワゾワと産毛を逆立たせている。

 圧倒的存在感を持つ何かが、今、ここに誕生した……?


 やがて、すらりと雲から抜け出た月が照らしたのは、沼の中心に浮游する、血を零した様な鮮烈な赤い球体。

 表面がザラザラとした鱗で覆われたこの球体は沼の水で湿り、隙間からポタリと何度か水滴が落ちて、言いようのない恐怖を煽る。

 ごくり。と俺の喉が鳴り、もう、視線は外せなくなっていた。


 眺めるしかない俺の視線の先で、赤い球体が『フォォン。』と一度だけ音を立て、その輪郭がボヤけた。

 沼の水を巻き上げ、球体全体を覆ったのだ。

 その水は何処かぬめりとしていて、質量と重量を感じさせる。

 ゆっくりと回りだし、周囲の水を巻き込み始めても、重厚な雰囲気は変わる事は無い。


 加速度的に重量と質量が増してゆく災いの渦は、周囲3kmはある沼と同等となった時に、ついに意思を持つかのように、対岸にひしめく生物に、”手”を出した。


 それは水で出来た触手。

 何本もの激しい水流で構築された触手が渦から這い出て岸に伸び、手当たり次第に沼の淵の生物を取り込むと、内部を通して中心の赤へ送り込んでゆく。


 そして……。


 中心の赤い球体は、命を噛み砕く『絶命の歯』だった。


 赤い球体に生物が触れた瞬間、巻き込まれるように生物は微塵となって内部に吸い込まれたのち、幾らかの、残骸が砕ける音を撒き散らす。


水害の王クラーケン・オブ・タイタニカ


 この魔法はその名に相応しく、認識したすべての生物を飲み込み、無に帰す。

 例えどれほど強大な生物であろうとも、一度捕らえられれば、逃れる術は無い。


 暴れ狂う生物を飲み尽し、森に静寂を訪れさせても、水害の王クラーケン・オブ・タイタニカはこの場に、変わらず在り続けている。

 ほんの少しだけ、真っ赤だった絶命の歯を、どす黒く変色させながら。



「なんだこれ……。周囲にいた生物を全部、喰らっちまった……」

「ユ、ユニクル。俺達は今、恐ろしいもんを見てるんじゃねえのか?」

「あの触手に捕まったが最後、どんな生物も脱出できませんでした。激しい流れに捕らえられて身動きが取れず、中心まで流されて、死亡。まさに水害を模しているようですね……」



 ……何あれ。

 殺意に満ち溢れ過ぎてるんですがッ!!


 おい、リリン!!イソギンチャクなんて可愛らしいもんじゃねえぞッ!!

 おい、ワルト!!何が「ぶにょんぶにょんきしゃぁ!! 」だよッ!!

「ぶにょん、ぎゅるぎゅる、どぐしゃああああ!!」って感じだろッ!!


 俺達は木の影に身を隠しながら、事態の収束を待っている。

 今出ていくと、喰われそうな気がするからな!って、あ……れ……?



「な、なぁ、あの触手、俺達の事狙ってない、か?」

「ま、まさか、そんなわけあるめ……こっちきた!!」

「ひぃぃ!?に、逃げ……」



 ちくしょうめ!!《飛行……》

 ……あ。


 とぷん。


 うぐおおおおおッッ!?!?水の中、身動きが取れねえ!?!?

 つーか、この水の粘性が高くて、まともに泳げもしねぇ!!


 まずい!このままだと、真ん中の赤い玉に激突す――



 ペッ。どげしゃああああ!



「「「ぐおおお!!死ぬかと思ったぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」

「……あ、出てきた。シシト、コントロールばっちり!」


「こんちくしょう!いきなり何しやがる!!」

「この魔法は動くものを無差別に狙う。一度触手に取り込まれれば、もう狙われないから大丈夫!」


「どこら辺が大丈夫ッ!?見ろ!トーガとシュウクが抱き合ってるぞ!!」



 どうしてこうなった!?

 俺達は確か、木の陰に隠れて様子を窺っていたはずだ。

 しかし、俺達だけではなく、触手も様子を窺っていたらしい。


 身の危険を感じ逃げようとしたが、時すでに遅し。

 あっけなく捕らえられ、触手の中に取り込まれた俺達は、激流に流されて水害の王の中心へ送り込まれそうになった。

 幸いにして、触手の途中で外に放り出されたから良かったものの、あのまま進んでいたらと思うと、ゾッとするッ!!


 つーか、ワルトの言っていた「失敗すれば一瞬で事故死」って、俺達が犠牲になるのかよ!?

 こういうのは普通、術者が被害を被るもんだろうがッッッ!!



「どう?この魔法。結構な殺傷能力でしょ?」

「殺る気ありすぎだろ!!」


「でも、これは完全体では無い。本来の用途で使うと、もっとえげつない威力を発揮する」

「……え?もっとえげつない……?」


「本当は、こういう風に地上に設置するんじゃなくて、空に逆さ向きに設置して、竜巻みたいな触手をいっぱい地上に垂らして使用する。そうすることによって、より広範囲の生物を根絶やしにできる」



 怖えええええ!!

 この、捕らわれたら脱出不可能な感じの触手が、空からいっぱい襲ってくるだとッ!?


 遠くから見たら、まさに天空に住まう巨大なイカに襲われたみたいに見えるはずだ。

 流石はランク9で雷人王の掌(ゼウスケラノス)と同等の魔法。

 規模が凄まじい!!



「これで、ブロンズナックルの対空防御は完成した。これなら万が一ドラゴンが接近しても対処できる」

「その為の魔法だったのか!!」


「トーガとシュウクに頼みがある。森の冒険者へ、この沼の周囲に集まるように伝言をして回って欲しい。これから先はドラゴンと私達の戦い。命が惜しくば、この安全地帯を目指すようにと」

「分かった。この魔法がある限り、ドラゴンは近寄れねえって事なんだな?さっさと集めてくるぜ!」

「私も、尽力します!」


「シシト、パプリ。二人掛りで制御に注力して。冒険者が来たら一度触手に通せば、水害の王クラーケン・オブ・タイタニカの自動捕縛の対象から外れるから」

「分かったわ。リリンサがドラゴンと戦っている間、一匹たりとも近づけさせないから」

「安心してドラゴンを倒してきて、リリンおねーさま!」


「任せた」



 そして、リリンは俺とワルトに向き合った。

 いつにも増して平均的なその表情は、戦いを前にして気を引き締めているということが、簡単に見てとれる。



「ユニク。これからが本番となる。頑張ってほしい」

「あぁ、勿論だ。さっさと追い払って飯でも食うとしよう」

「それはいいね。是非、僕もご一緒したいもんさ」


「もちろん一緒に食べよう。その方が絶対においしい。だからまずは、全力で腹ごしらえをする!!」



 そう言ってリリンは、東の空へ視線を向けた。

 俺もつられて視線を向けると、うっすらと空が白んで、今にも朝日が昇りそうだった。


 そして、遠くの山の輪郭から太陽の光がこぼれ始めた頃、そいつらは来た。

 空を埋め尽くさんばかりの、――ドラゴンの群れだ。


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