第36話「ドラゴンフィーバー」
「ドラゴンフィーバー?なんだそれ?」
「私も知らない。ワルトナ教えて」
「最上位ドラゴンが住まうと言われる、霊峰『天龍嶽』。その霊峰は最上位竜でありドラゴンの皇種『不可思議竜』が住まうとされるくらいには神聖なる山なんだけどね。一週間くらい前に突然、噴火しちゃったんだ」
「噴火!?という事はもしかして、噴火が起こってドラゴンが逃げ出してきたのか?」
「逃げ出してきたというより、巣別れが早まったという方が正しいらしいんだよねぇ。噴火の規模自体は霊峰の尾根が抉れてしまう程に強力だったけど、すぐに収まった。しかし、巣立ちを控えていた竜が予定を前倒しにして巣立ってしまったんだ」
「ドラゴンって、巣立ちするのか……。」
「霊峰に住むドラゴンは一人前になると、別の住処を探すんだってさ。大体10年周期ぐらいで起こるその一連の騒動の事を不安的機構では『ドラゴンフィーバー』と呼んで、恐れおののいているよ」
「恐れているんだったら、『ドラゴンフィーバー』なんて楽しそうな名前を付けるんじゃねえよ!」
「フィーバーとは『熱狂』という意味で、熱狂とは『狂わんばかりに興奮し、夢中になる』事を指す。つまり、ドラゴンフィーバーが起こると人々は恐怖のどん底に叩き落とされて、ドラゴンの事しか考えられなくなるのさ」
「なるほど、意味合い的には間違ってないって言いたいんだな?さぁ、ここで一般的な冒険者のトーガに話を聞いてみよう。トーガ。どう思う?」
「俺達普通の冒険者を代表して答えてやる。満場一致で酷い言葉だ。詐欺に合った気がするほどに」
ほらな!俺のツッコミ、間違って無いじゃねえか!
ドラゴンを見て興奮する奴なんか、どこにもいねーよ!
でも、瞳をキラつかせて「ドラゴン……良い的になる」と呟いていらっしゃる理不尽さんはいる。
この大悪魔はまだ暴れたりないのか。
「んでね、巣立ちを迎えたドラゴンが、なななんと!この沼地に向かってきているのさ」
「なんでそうなった!?」
「この森にはドラモドキがいるだろう?おいしい餌がいる所に来るのは必然だと思うけど」
「あぁ、いるらしいなドラモドキ。俺はまだ見てないけど」
ドラモドキか。本当に厄介な奴だな。
コイツ本体はそこまでの戦闘力では無いらしいが、ドラゴンを引き寄せるとなれば話は別だ。
ドラゴンと言っても強さは千差万別だろうが、森ドラゴンや森ヒュドラクラスが来るとトーガ達じゃ戦闘にすらならないだろう。
「ワルト、200体のドラゴンってどんな奴が来るんだ?強いのか」
「僕に直接出向けと強制的な命令が下るレベルだよ?強いに決まってるだろ」
「森ドラとどっちが強い?」
「森ドラ?格だけで言えば同格だけど、こっちは空を飛ぶからねぇ。一応名前だけ羅列しておこうか。確認されたのは7種類だ」
そういってワルトはドラゴンの種族名を読み上げた。
一匹目でトーガの顔色が土気色になり、二匹目で無色になった。それ以降は可哀そうなので見ていない。
『エタニティ・風・ドラゴン』
『ファイナル・炎・ドラゴン』
『ドグマ・ドレイク』
『パーライト・ドラグーン』
『千刻竜』
『ドラゴンモドキドラゴンモドキモドキドラゴンリザードイータードラゴン』
……。そうそうたる顔ぶれっぽいな。
少なくとも、森ドラゴン並みであることには間違いあるまい。
で、6匹しかいないけど?
「ワルト、7種類って話じゃ無かったか?」
「7匹目は巣別れのボスで、一匹のみ確認されたんだけど……コイツが問題でね」
「ボスはヤバいのか?」
「あぁ、ヤバいね。ボスの名前は『アルティメット・竜・ジョーカー』。天龍嶽の近くで度々目撃されていた名前を付けられるくらいの特殊個体だ。その大きさはね、優に100mを越えている」
……。100mね。
100mってどんなもんか知ってるか?俺の55倍以上のでかさって事だ。
勝てるのか?無理だろ。
「ワルト。敵の戦力がヤバい事はよく分かった。この沼地は諦めて引越しをしようぜ!」
「大書院ヒストリアが近くにある以上、そういう訳にもいかないんだよね。んで、僕に下された命令は二つ。一つ目はドラゴンの勢力を正確に分析し上に報告をすること。現在、不安定機構の内部では緊急招集が掛けられて戦力が集められている所さ。そしてもう一つは、可能ならばドラゴンを追い払って欲しいとの事だ」
「無茶ぶりも大概にしろよッ!?ぶっちゃけ戦力になりそうなのが俺達三人しかいねえじゃねえか!」
「あぁ、その点については近くにいた高ランクの冒険者チームに何個か来てもらった。僕らが本陣を叩く間、地上で雑魚処理ぐらいはできるはずさ」
「つまり、俺達はドラゴンの群れに突っ込むって事だよな?断るッ!!」
「おあつらえ向きに、キミは飛行脚で空を踏めるようになったし、練習するには丁度いいタイミングだね!」
「ちくしょう!俺に稽古を付けたのはこの為だったのかッ!?」
「ドラゴンが来るっていう報告も聞いていたからねー。というか、素直に助けて欲しいんだ。『アルティメット・竜・ジョーカー』 は僕とリリンでも勝てるかどうか怪しいくらいに強い……かもしれない。ユニは僕に、犬死しろというのかい?」
くっ!こんな時だけ上目使いであざとい表情しやがって!!
そんな顔されると断れないだろッ!!
「お願いだよ、ユニ。この事態は僕としても予想外なんだ」
「まぁ、しょうがないから手伝ってやるけどさ……ん?僕としても予想外?じゃあ、予想どおりだった場合はどうなってたんだ?」
「ドラモドキを求めて、それなりのドラゴンが20匹くらい飛来。そこに聖女シンシアを名乗る僕が颯爽と現れて、余裕でドラゴンを退治。するとトーガ達は僕の正体を知り、崇拝するようになる……というのが本来の筋書きだったのに、まさか、10倍の規模であろうことかドラジョーカーまで来るなんてね。いやはや僕の戦略を破綻させるとは、ドラゴンも中々やるもんだね!」
「……なぁ。不思議に思っていたんだが、なんでドラモドキをさっさと処理しなかったんだ?」
「わざと放置していたに決まってるじゃないか」
「この大悪魔がッッッ!!なんてことをしやがるッッッ!!」
ドラゴンをおびき寄せる為にワザと放っておいてだとッ!!
ドラモドキに引き寄せられて三頭熊とかの危ない奴まで出没してるのに、酷過ぎる!!
つーか、どう考えても聖女のやる事じゃねぇだろ!!
リリンに身元バレをされて、トーガ達はワルトの事を聖女シンシアだと思っているはず。
そのシンシアが自分等の生活圏を脅かそうとしているんだから、トーガ達の目線では、性質が悪いなんてもんじゃない。
そしてトーガは、無色だった顔色をわずかに紅潮させ、仲間を呼び寄せた。
何かしらの覚悟が決まってしまったらしい。可哀そうに。
「バレンシア。少し状況を整理するのに付き合ってくれ」
「いいとも。僕は心優しい聖女……おっと、今は聖母さまだからね」
「嬢ちゃんこと、リンサベルは異常に強く俺達では全く歯が立たない。当然、お前もそれに準ずる強さって事で良いのか?」
「もちろんだよ。ついでに言うとそこにいるユニも、僕とリリンと同程度の強さだね」
「ユニクルもか……。で、本題はここからなんだがよ」
「うんうん。何が聞きたいんだい?」
「『何』が『何匹』、『何処』に『いつ』来るって?」
「『ランク9のドラゴン』が『200匹くらいの群れ』で、『ここ、パルテノミコンの森』へ『明日の早朝』に来るね」
「……。で、それは誰のせいだ?」
「しいてあげるなら、この僕、聖母シンシアちゃんかなー?」
「このクソ聖女がッッ!!お前を聖女って呼ぶんだったらな、ならず者やチンピラまで一人残らず聖女になっちまうだろうがッ!!」
「言ってくれるねぇ。僕は控えめに行っても可愛らしい女の子だよ?そこらの小汚い雑草と同じにしないでくれたまえ」
「せめて言葉くらいは清らかにしやがれってんだよっ!!」
トーガ、何を言っても無駄だぞ?
そいつは聖女なんかじゃない。聖女と名乗っているだけの、大悪魔だ。
「で、その聖女様はこの森の危機を救ってくれるのか?それなら、まぁ納得も……」
「いや、キミらもやるんだよ?」
「……は?」
「は?じゃなくってね。キミらはこの支部のトップ冒険者チームだろ。参加するのは当然ってもんだね」
「エタニティ・風・ドラゴンもファイナル・炎・ドラゴンもランク9で出会えば死ぬヤべえ化物だぞ?そんなもんに俺達が戦いを挑む義理は無い」
「義理は無くとも、義務はある。そうだね、ここは聖母シンシアじゃなくって別の肩書きを使おうっかな。不安定機構パルテノミコン支部長としての肩書きをね」
「ぐええ!?お前が支部長!?!?」
「その席はお金で買い取らせてもらった。いやー以外と安かったね。さて『土暮れの腕・トーガ』、お前のチーム『ブロンズナックル』に命じる。……僕と一緒に戦って!お願い!!」
「くぅぅぅぅぅ!!この外道聖女がぁぁぁ!!……一応聞かせてくれ、拒否したら、どうなるんだ……?」
「冒険者の義務を怠った罰として、冒険者資格の剥奪と禁固刑だね。あ、でも、今回の場合は情状酌量の余地もあるし、森の木に3日くらい吊るすだけで許してあげよう!」
「ドラゴンが来るのに、木にぶら下がってろってか!?それは事実上の処刑だろうがっ!!」
トーガは、地団太を踏み、頭を抱えて、涙目で拒否を訴えている。
でも、ワルトはまったく悪びれもしない。
大悪魔に命乞いなんて通用しない。なぜなら、大悪魔だからだ!!
流石に可哀想になって来たな。俺が仲介しても無駄かもしれないが、一応、場を取り持っておこう。
「ワルト、トーガの実力じゃそれこそ犬死になるんじゃないのか?それは普通に損害だろ?」
「確かに死んだら損害だね。でも当然、防御魔法を含めた対策はするし、夜明けまでに時間もある。僕が考案した急速成長プログラムを使ってトーガ達には……そうだね、ドラゴンをチームで狩れるくらいには育って貰おうかな」
「お、俺達だけで、ドラゴンを狩る……?そんなの出来っこないだろうよ……」
「存外難しくないように思う。少なくとも、シシトとパプリの二人だけでも善戦はできるはず!」
ここでリリンが会話に参戦。
どうやら大悪魔さん達は、トーガ達を教育するらしい。
しかも、たったの一晩で、ドラゴンを狩れるようにするとか。
俺が経験した以上のハイペース。
保つのだろうか。魂が。
「おや?リリン。コイツらにちょっかいを出したのかい?」
「うん。シシトとパプリには基本的な魔法を教えてある。ちなみに、パプリは虚無魔法と相性が良い。ワルトが鍛え上げれば最高峰の戦闘指揮官になるはず」
「それはそれは、良い事を聞いたね。さあ、『ブロンズナックル』の皆さん、選びたまえよ。『必死になって泥にまみれて、それでも繊細な生きる道』を歩くか、『木の下で楽しくブーラブラ。そしてドラゴンにぱっくんちょ!』になるか」
「選択肢が用意されてねぇ……くそ!聖女は人を罰することを嫌う慈悲深い人物だって話じゃ無かったのかよ……」
「それは聖女だった頃の話だろ。今は聖母。母と名の付くからには、罪を犯した哀れなる子供を、時には厳しく罰しないといけないんだ!」
「どこの世界に、子供をドラゴンの餌にしようとする母がいるんだよ!!それじゃまるで……。あっ!」
「なんだい?トーガ」
「……運命掌握こと、レジェリクエもお前らの仲間だったと聞いた。あの、悪逆極まる『心無き魔人達の統括者』のレジェリクエだ。そして、聖女シンシアはそれを承知の上で仲間にしていたとも。……まさか。まさか、お前らは……っ!!」
「おっと。それから先は未来永劫、発音しないことをオススメするよ。そっちの僕はあんまり優しくないんでね」
あ、ついに真実にたどり着いてしまったか。
可哀そうだが、こうなってしまった以上、運命は決まってしまったも同然だろう。
この日、トーガ達は冒険者を卒業し、大悪魔の使い魔となった。




