第35話「聖女シンシア」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
なんだこの、カオスな状況!?
悶えるタヌキの横に現れたのは、真っ白い服の腹黒悪辣少女『ワルトナ・バレンシア』だった。
なにその、清廉無垢で清らかな服!?
外見と内心が一致していない。もう既にカオス!
そんでもって俺の後ろからは、青い髪の理不尽系爆裂少女。こっちも可愛らしい顔して、物騒な槍『雷人王の掌・願いと王位の債務』を構築していて、さらにカオス!!
んで俺のグラムも、我慢の限界が来そうでブルンブルン震えている。カオスカオスッ!!
あ、ワルトがタヌキを踏んずけて跳躍し、こっちも物騒な槍『氷終王の槍刑』を構築。カオスが満ちるッ!?
そして、それぞれが手に持つカオスな力は激しくぶつかり合い、混ざり、そして……膨張。
混沌とした光を解き放ち、暴力の波が辺り一面に叩きつけられた。
余波に巻き込まれる俺。
沸き上がる大地からの熱風で巻き上げられてゆく、タヌキ。
もう!対人戦闘がどうとかいってられない!
生き残るだけで必死だッッ!!
「うおおおお!」
「ヴィーギルアー!」
「あーリリン、もうちょい右」
「……こう?」
「くぅうううー!」
「ヴィギルアッ!?!?」
「それは行き過ぎ」
「むう。ごめん、タヌキ。あ。」
「ひぃぃぃ!こっちに向けるなよ、リリンッ!」
「ヴィギ…ル…ア……。」
「やれやれ。拡散して消滅させるんだ。リリン《逆行する時間と約束・歪曲する真実の虚偽》」
「ん。発散すればいいの?……《王家の終焉!》」
ワルトが改変系の魔法を唱えた後、リリンは槍を空へ打ち上げた。
その一瞬の後、星空が反転。
影すらできないほどの眩い光が、何度も天より打ち下ろされて、地表を抉り飛ばしてゆく。
やがて草原は、焼け野原となった。
「……。おい、お前らに言いたい事がいっぱいあるんだが。まずは、リリン」
「ん。どうしたの?」
「今のは明らかに雷人王の掌でランク9の魔法だ。俺、トーガ達の前では使うなって言ったよな??」
「それを言うのなら、ユニクのさっきの技も大概に問題だと思う!事実、雷人王の掌と同等以上のエネルギーを感じた」
う。それを言われると反論できない。
確かに、重力流星群は、ランク1の俺が使うには威力が高すぎる。
どうやら俺はタヌキに化かされて、正気を失っていたようだ。
で、おいそこの、悪辣系美少女魔導師。当然、お前にも聞きたい事はあるぞ。
「なぁ、ワルト。なんでここにいる?」
「なんでってそりゃあ……」
「お、おい!なんだ今のは!大丈夫かっ!!」
飄々とした軽い口調のワルトを遮って、トーガが乱入してきた。
リリンの防御は完璧だったようで、トーガ達は全くの無傷。
しかも、安全地帯から事の成り行きを見ていただけあって、先程の衝撃的な光景が如何にヤバいものか分かってしまったらしい。
カオスな閃光が消え去った後、トーガは全速力で俺達に駆け寄り、安否を確認しに来たようだ。
性格や面倒見の良さは本当に一流だと思う。あんまり戦闘力は無いけど。
「おい、ユニクル、嬢ちゃん。怪我はないかっ!?」
「あぁ、俺は問題ない」
「私も」
俺とリリン、乱入してきたワルトも当然ながら無傷だ。
この途方もない理不尽にだんだん慣れてきている自分が怖くなりつつも、それよりも気になる事がある。
俺達は無事だったが、タヌキはどうなった?
最後に見た時はリリンの槍の影響が直撃していたから、無事では済まないだろう。
俺はキョロキョロと周囲を見渡し、タヌキを索敵。
あんなキモイ生物、すぐに見つかる……ん?どこにもいないんだが?
まさか、木端微塵になったのか?タヌキよ。
俺はなぜか、不意に叫びたくなった。
「……タヌキィィィィィィッッ!」
「ヴィーギルアー!」
……いるじゃん。
つーか、鳴き声からして、割と元気そうじゃねえか。
でも、それらしい姿が見当たらない。
ん?何か動いたな。……なんだあの汚ねぇ毛玉。
モゾモゾ動いてすくりと立ち上がり、そして、ひと鳴き。
「ヴィギルア!」
……なんだこの不思議生物。……羊、か?
俺の目の前にいるのは、全身の毛がクルックルに縮れてモフモフになった茶色い……羊?
だが、鳴き声は間違いなくタヌキ。
でも、見た眼は完全に、羊……いや、この憎たらしい顔はタヌキ!
ということは、第3形態は羊なのか。
羊……羊と言えば悪魔的イメージが強い。
着々と悪魔化が進行しているようだ。こりゃ、角と羽が生えるのも時間の問題かもしれない。
「タヌキ。お前、やっぱりタヌキをやめたんだな?」
「……?」
「自分の体を見てみろよ。どう見ても羊っぽいぜ?」
「……。ヴィ……ヴィギルアー!?!?」
あれ?驚きようからして第三形態ってわけでもないのか?
ヒツジタヌキは自分の腕に視線を向け雄叫びをあげた後、体中を確認して絶句している。
というか、大変にショックらしくプルプルと震えているっぽい。
そう言えばお前の毛並み、やけにサラッサラだったもんな。
今となっては見るも無残な毛玉になっちまったけど。
「……ヴィギルア…………。」
そしてヒツジタヌキは、悲しげにひと鳴きすると森に帰っていった。
その足取りは悲壮感を漂わせていて、若干ふらついているようにも見える。
じゃあな、タヌキ。これに懲りたら二度と俺の前に出てくるんじゃないぞ!
**********
「ユニクルも嬢ちゃんも無傷か。よかった……。で、問題はお前だよ、バレンシア。戦闘中に不用意に近づくとか死にてえのか?」
「死にたくは無いけどさ、良く分からなくてキモイ生物に襲われている人を見かけたら、助太刀に入るのが普通じゃないのかい?」
「……それはそうだが、コイツらに関しちゃ、そんなのは余計なお世話なんだってよ」
「そうなのかい?僕には実力が均衡しているように見えたけど」
あれ?トーガとワルトが談笑しているんだが?
お互いが自分のペースで喋り、そこに遠慮は見られない。
明らかに知人に対する態度だし、間違いなく知り合いなんだろう。
なるほど、そりゃ、『魔獣懐柔』を知ってる訳だ。
名付け親本人が噂をバラ撒いてやがるんだからな!!
「なぁ、トーガ。一応聞くが、お前らって知り合いだったのか?」
「知ってるも何も、コイツはよく不安定機構の事務をやってるんだよ。利益の良い依頼なんかも回して貰ってるし、結構長い付き合いだ」
「そうそう。僕がこの支部に出入りするようになって、かれこれ1年。その間『ブロンズナックル』のみんなにはお世話になってるよ」
そういって、ワルトは朗らかな笑みを振りまいた。
……不思議だな。素顔なのに仮面をかぶっているように見えるんだが。
あぁ、指導聖母ともなると、素顔が認識阻害の仮面なのか。納得の悪辣さだ。
そして、悪意100%の笑顔で何をしていやがったんだ?
お世話になっている?操って手駒にしている。の間違いだろ?
そんな俺の疑問を知らないトーガも、俺達が知り合いだという事に気が付いたようだ。
「ユニクル。その言い草じゃあ、お前らも知り合いって事か?」
「あぁ。……知っているとも。何もかも」
「なんだその、含みのある言い方は?なんかあんのかよ?」
「おや?もしかしてキミら、『聖なる天秤』の話をしちまったのかい?」
ワルトは、演技っぽく手を口に当て驚いたふりをしている。
その非常に安っぽい動きが不信感を振りまいていて、トーガはもちろん、後ろで話を聞くだけだったシシトやシュウクまで何か有るなと感づいたようだ。
そして、意を決した態度で、トーガが口を開いた。
「バレンシア。俺はお前の事を不安定機構の情報収拾屋か何かだと思っていたが、どうやら違うらしいな」
「ほう?聞こうじゃないかい」
「嬢ちゃんはあの聖女シンシア率いる『聖なる天秤』のメンバーなんだそうだ。んで、お前とも知り合いで随分と親しげだ。だとすると……」
「だとすると?」
「お前も、聖なる天秤のチームメイトなんだろ?大方、嬢ちゃんと同時期に加入した見習いってとこか?」
「ふむふむ。ずいぶんと頭を使ったんだねぇ。……15点」
あー、おしいッ!
途中まではいい感じに話が進んでいた。だが、よりにもよって、見習い呼ばわりとはなぁ。
だけど残念なことに、……本当に残念なことに、この悪辣さんは『聖女シンシア』本人なんだ。
「15点?聖なる天秤じゃねえってのか?」
「そこはあってるんだよ。だけど、僕は見習いなんかじゃなくってねぇ……」
「見習いじゃない?ガキのお前じゃ戦力にならねえんじゃないか?」
「ちょいちょい失礼だねぇ。いいかい、僕はね、シンシ……」
「ワルトナは、聖女シンシア本人。よって、聖なる天秤のリーダーもワルトナ」
「……は?」
「あ、ちょっと、リリン!僕の楽しみを取らないでおくれよ!!」
「さっき私を仲間外れにした罰。思い知ると良い!」
「え?なんだって?誰が……シンシア?」
「この人。聖女シンシアはワルトナ・バレンシアの仮の姿!」
「あぁ、またもばらすなんて!!……。僕こそが、聖なる天秤の創設者、聖女・シンシアちゃんだ!よろしくね!!」
「な、なんだってぇぇぇ!?この、ちんちくりんが聖女ぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「ちんちくりん言うなし!」
トーガは目玉が飛び出さんばかりに興奮し、年甲斐も無く叫びまくっている。
後ろの方から、「おじちゃん、鏡を見て?」と暴言を吐かれていてもお構いなし。
一年間も騙されていたんだもんな。そりゃ、驚くだろうよ。
「コイツが聖女シンシア!?不安的機構の事務所で、依頼報酬をちょろまかしているような奴がか!?」
「ちょろまかしているなんて人聞きの悪いなぁ。徹底した利益主義者と言ってくれたまえよ!」
「じゃあ言い方を変えるぜ!!……こんな小悪党が聖女!?」
「その小悪党が差し入れる饅頭を美味そうに食ってたのはどこの誰だい?その饅頭だって、木に実ってるわけじゃなんだがねぇ」
なるほど。ワルトはトーガ達と普通に接していた訳だ。
この場合の普通とは、詐欺や汚職を始めとする悪魔的”普通”のことである。……決して普通の人間の”普通”ではない。
「じゃ、じゃあ、本当にバレンシアは聖女シンシアなのか?」
「そうだとも。ほら、『バレンシア』と『シンシア』って字面が似ているだろ?」
「た、確かにそうだが……」
いや待てトーガ、字面で納得するのはおかしいぞッ!?
どうやら正常な判断が付かなくなっているらしい。
このままじゃワルトに飲み込まれ、操り人形となってしまうだろう。そろそろ助け舟を出すべきだな。
「というわけで、ワルトがシンシアなのは俺も保証するぜ。聖女に憧れがあったみたいだが現実なんてこんなもんだ」
「そう言えば……不思議とバレンシアのレベルを確認した事が無かったな。……あぁ。こりゃ間違いねぇ。本物か」
「その点については阻害をしていたからね。情報操作は聖女のたしなみなのさ」
聖女のたしなみって、言ってる事の意味が大悪魔な時と変わらないんだけど!
今はまったく似合わない清廉無垢な衣装を着て聖女っぽく振舞っているが、すぐに本性を表すだろうな。
だって、さっきからトーガを見る目つきが俺と戦っていた時と同じもの。
それってつまり、騙す気満々ってことだ。
「んで、聖女こと、ワルトは何しにここに来たんだ?」
「あぁ、そうだったね。僕が何しに来たかなんて決まっているさ、それは……」
「それは?」
「僕の愛するユニに会いたくなったからだよ!あーん!ユニ、抱きしめておくれよー」
「「「「なんだってぇぇぇぇぇ!!」」」」
おい、ふざけんな!変な設定を盛ってくるんじゃねえよ!!
この大悪魔さんは、爆弾発言でこの場を混沌とさせ、その隙に俺の腕に自分の腕をからめてきやがった。
リリンの勘違いイチャラブとは比べ物にならない完成度。
なにせワルトは体感バランスを崩し、俺に体を密着させてきている。
……そして、俺の腕は絞めあげられ一切動かない。
完全に関節技が決まっている。ヤバい!捕獲されたッ!!
「なんだい?いかに僕が聖女であろうとも、愛しの恋人に会いに来るのに理由が必要だとでも言いたいのかい?」
「おいユニクル!イチャイチャを見せつけるのも大概にしろよ!!二人も侍らせやがって、自慢なら他所でやれ!!」
「この状況のどこがイチャラブ!?獲物を奪い合う肉食獣の攻防だろ!!」
「ワルトナッ!!今すぐのその手を離して!!すぐに!!はやく!!」
「意外と抱き心地が良いもんだね。持って帰ろうかなー」
「腕を離して!!ワルトナ!!《主雷撃!》」
おい待てリリン、こんな密着状態で魔法なんて使うな!
第九守護天使中だからダメージは無い……ってちょっとだけ痛い!!
さっきのダメージで壊れかけてるのか?
電気が漏れてますよ!リリンさーん!!
「おい、お前ら落ち着けって!とりあえずワルトもリリンも離れてくれ!ほら!」
「むう……。私とはイチャラブしてくれないの?……むう……」
「僕らみたいな美少女に言い寄られて、ユニは幸せ者だねぇ。リア充は爆発しろっ!」
「自分でそれ言う!?……で、目的はなんだんだよ。ワルト」
「僕の可愛いリリンが、今頃、ユニとイチャラブしているなんて考えたら、居ても立ってもいられなくなってしまってね」
「……本音は?」
「キミをからかって遊ぼうって気持ちも含まれてはいるよ。だいたい、9割9分7厘ってところだ」
ふざけんな!99.7%じゃねえか!そこまで行ったら残りは何が含まれているんだか気になるんだけど!
まぁどうせロクでもない事だろうし、突っ込んだ話はしない。
体力の無駄だし。
「冗談はこれくらいにして、僕が来た本題に入ろうか。簡潔に言えば、僕は不安定機構の上層部から森に出向くように命令を受けた」
「それって、ドラモドキが出たから?」
「関係はあるはずだけど、直接的な原因はそれじゃない。僕が来た理由は『ドラゴンフィーバー』の阻止。明日飛来するであろう200を超えるドラゴンの群れを迎撃し、この森を救う事だ」
……なんか、随分と大ごとになっているようだな。




