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第32話「心無い小悪魔」

「シシト、パプリ。森の様子はどうだった?」

「はい、仰られていた通り、日が暮れてから動物達が活発に動き出していました。リリンサ様」

「森の中で見たこと無い生物がいっぱいたよ。リリンおねーさま」



 ちょっと待て、なんか言動がおかしいんだがッ!?


 森から現れたシシトとパプリは、リリンの手招きに従い真っ直ぐに俺達へ歩み寄って来た。

 どことなく、どす黒いオーラを纏わせながら。


 二人の姿を訝しげに見ていたトーガも、シシトとパプリの報告を聞いてからますます眉間にシワが寄ったし、これは明らかに異常事態だ。

 まぁ、原因ははっきりしてるけどな。


 どうやら二人は、リリンの理不尽に調教されて、心無き小悪魔アンハートミニデーモンとなってしまったらしい。

 今ならトーガとシュウクを瞬殺するだろう。



「おい、お前ら、二人だけで森に入ったてのか?非力でサポートしかできない魔導師のお前らが、二人だけで?」

「……。くす」

「……。えへ」


「なんだよ、その笑みはよ!?危険な事をしているって自覚がねえとは言わせねえぞ!」

「トーガ、あのね。森には三頭熊が、いたの(・・・)


「な、なんだとっ!?全員、装備を整えろォ!!三頭熊が町に入る前に食い止めねえといけねえ。おい、シュウク、連絡用の転送陣を起動しとけ!!」

「おじちゃん。……だいじょうぶなんだよ。熊はもういないの。だから怖くないんだよ。おじちゃん」


「は?居たんだろ?なのに居ないっておかしいじゃねえか?」

「あぁ、言葉が足りなかったわね。ちゃんといるわよ……三頭熊の死体は、だけど」


「……へ!?」



 そう言ってシシトは左手を上げた。

 そして、夜空に響く「きゅあらららー」という軽い鳴き声。


 おい、何してやがるホロビノ。

 お前が手に持ってるのって、三頭熊じゃねぇか!!


 空を舞うホロビノの体の下には毛むくじゃらの大仰な獣がぶら下がっていた。

 ホロビノの体格的につらい物があるような気がするが、軽やかに空を飛んでいるので問題無いのだろう。

 そしてホロビノはシシトとパプリの前に三頭熊を投下した後、リリンの横にふわりと着地した。



「ホロビノ、二人の護衛、ご苦労さま」

「きゅあらららー!」



 ホロビノはリリンに存分に甘えつつ、チラリと、視線を走らせている。

 その先には、地面で寝そべる一匹のタヌキ。

 タヌキもホロビノに向けて視線を走らせ、お互いに油断ない空気感を纏わせていた。


 え、なに?お前ら知り合いなの?

 雰囲気からいって友達って事はなさそうだけど。


 もしや、俺の知らない所でこいつらは出会い、そして戦った?

 うわぁ。その戦い、超見たかったんだけど!!



「とととぉトーガ!!これは間違いなく三頭熊ですよ!!大きさから言っても間違いなく成体です!!」

「そんなこたぁ分かるんだよっ!!!問題なのは、どぉおおおおして三頭熊の死体なんぞが空から降って来るのかって事と、それを当たり前に受け入れているコイツらに何があったんだって事だつーの!!」



 響く驚愕の声と、響く怒声。

 あぁ、まさに阿鼻叫喚。


 当然だが、三頭熊は強い。

 しかも、魔法を無効化する肉球を備えていて、魔導師な二人との相性は最悪なのだ。

 それが一体どうなっているのかというと……。


 シシトとパプリは三頭熊に近寄って、



「これだけの毛皮を売れば、半年は余裕で暮らせるわ」

「シシトおねーちゃん。新しい魔導服が欲しいんだよ。買っても良い?」


「いいわ。私も杖を新調しちゃおっと」



 と、仕留めた獲物を前に、頬を赤らめている始末。

 ちなみに、その光景を見てトーガとシュウクは青ざめている。

 足して2で割るとちょうど良さそうだな。



「これは一体どういうこった……?三頭熊は魔法じゃ倒せねぇんだよ……倒すには、犠牲を払っての、ギリギリの戦いが必要なはずなんだよ……」

「そうです!いかなリリンサさんといえど、魔導師であるならば勝つのは不可能!ですから私達をボコッたような体術が必要になったのでは!?」



 いまだ事態に追いつけていない二人は、必死になって三頭熊の危険を説いている。

 まぁ、言われなくても三頭熊の戦闘力は俺も知っているんだが、たぶんコイツらは自分に言い聞かせるために言っているんだろう。


 だが、シュウクが口にした、「私達をボコッた 」という言葉が、頬を赤らめていたシシトとパプリの顔を急速に真顔に戻した。



「……ねぇ、あんた達まさか、リリンサ様に盾突いたわけ?」

「そうなの?おじちゃん。身の程を知らないダンゴムシ以下の知能だね。おじちゃん?」

「「なんだと!!」」


「なのに、怪我が無いんだ?ふーん。相手にすらされなかった?……でしょうね」

「か弱いんだね、おじちゃん。……その歳で」



 投げかけられる言葉が辛辣すぎるッッ!!

 一体どんな事をしたら、2時間弱でこんなことのなるんだよ!?


 というか、パプリの言葉のキレがすごいんだけど。

 幼い倫理観では、リリンの調教は耐えきれなかったんだろうな。



「なぁ。コイツらがおかしくなっちまってるのは、嬢ちゃんがやったって事で良いのか?その見るからにヤバそうな白いドラゴンといい、本当に何が……?」

「うん」


「いや、うん。じゃなくてだな……説明をよ、してくれねぇかな?」



 やっと事態の原因がリリンに有ると理解し始めたトーガは、大ぶりに腕を振っての必死のアピール。

 それにシュウクも続き、リリンが答えた。



「現状は、ドラモドキが引き起こすとされる、生態系の淘汰の阻止が最重要。これを行うには、ドラモドキを狩れるだけの技能はもちろん、集まって来た高ランクの動物の駆除も行わなければならない。たぶん、シンシアにお願いすれば不安定機構の使徒を派遣してくれると思うけど、結構お金がかかる。だったらあなた達でした方が懐も潤うしいいかなと」



 あれ?結構まともな事を言ってるな。

 俺に取っちゃ、敵をあぶり出す為の踏み台程度の気持ちでこの任務を受けたが、どうやらリリンはこの森の未来の事も考慮していたらしい。



「おう、なるほど、理に適った良い理由だ。で、そんな事が出来るとは到底思えねえが、事実として三頭熊はそこに転がっている訳だな。そこんとこはどうなってる?」

「二人には、『魔導師の基本セット』を覚えて貰った。先制攻撃・牽制攻撃・バッファ・防御魔法・必殺技。利便性の高い魔法が一纏めになったシンシアが考案した急速成長カリキュラム」


「聖女様が考案……?」

「二人とも基本五属性の親和性が高く、さらにシシトには防御魔法とバッファ、パプリには、驚く事に防御魔法と虚無魔法の適正まであった。なので、ランク5までの魔法なら私の監督のもと、すぐに覚える事が出来る」


「……はぁ?魔法ってのはな、何年もかけて魔導師の先輩に教えて貰うってのが普通だっつーの。そんな飯を食うみたいな軽いノリで覚えられてたまるか!」



 トーガの言う事はもっともだな。

 リリンの理不尽な『第九識天使ケルヴィム』による魔法の訓練の仕方を知らない以上、疑うのも無理は無い。

 シュウクも、「私が複数の魔法を覚えているのは、貴族という魔導書に触れる機会の多い恵まれた環境に居たからです。そうそう簡単に覚えられるものではありません」と言っているし。


 ……だが、それは常識的な冒険者の話だ。

 今、シシトとパプリが師事しているのは、聖女シンシアが誇る『聖なる天秤』の魔導師にして、超有名ソロ冒険者『鈴令の魔導師』。

 そして……心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)の総帥、『無尽灰塵・リンサベル』なのだ。


 常識など、通用する方がおかしい。



「トーガ、残念だが、リリンの言っている事はたぶん事実だ。実際、シシト達が三頭熊を倒してきた訳だし、間違いなさそうだぞ?」

「でもよ、目の前にあるからっつても、受け入れがたいもんもあるんだよ」


「ねぇ、そんなに私達が強くなったのがいけないの?あ、もしかして、私達に捨てられるって思ってる?」

「おじちゃん。パプリはおじちゃんを捨てたりしないよ?お尻には敷くかもしれないけど」



 シシトもパプリもキレッキレの言葉で、トーガを煽る。

 いくらリリンの影響を受けたとはいえ、こうも簡単に性格が変わるものか?

 もしかして……二人には魔法の才能だけではなく、心無き小悪魔の才能もあったのかもしれない。


 その暴言じみた言葉に我慢を重ねてきたトーガも、そろそろ限界らしい。

 はぁ。と短いため息を吐いて、反撃に出た。



「俺は信じたくねえんだろうな。ちょっと魔法の一つや二つを覚えたからって調子に乗るアホウが、俺のパーティーに居るなんてよ」

「ちょっとそれ、本気で言ってるの?」

「なんでそんなことを言うの!パプリ達はちゃんと三頭熊を狩って来たのに!」


「それもどうだかな。その白いドラゴンも一緒に居たんだろ?実際は殆どそいつが三頭熊を弱らせたんじゃないのか?それなら、覚えたての魔法でも仕留められるだろ?」

「何を言っても信じないつもりなのね?」

「おじちゃんの馬鹿ー!」



 あ、完全に仲間割れ一歩手前だな。

 自覚が無いとはいえ、一応は善意で魔法を教えた結果がこれとか、流石のリリンも平均的な困り顔をしている。


 そろそろ事態の収拾を計っとくべきだな。



「トーガ、シュウク。実際にシシトとパプリが強くなったのは間違いない。仲間が強くなったんだから、それでいいだろ?」

「あぁ、めでてえことだよ。本当に頭がめでてぇ。自分の実力を見失うって事は失敗した後の想定が出来ないって事だ。どんな優れた力を得ようとも失敗は必ず起こる。その時に気が付くのさ」


「何をだ?」

「自分の愚かさにだよ。だから俺は何度でも言うぜ。……この未発達の馬鹿どもが!悔しかったら、俺を倒してから文句を言ってみろってんだよ!!未だにお化けが怖くて俺の布団に潜り込んでくるお前らじゃ、何年かかっても俺には辿り着けねえけどな!」



 おい、やめろトーガ!

 それは死亡フラグだッ!!

 シシトとパプリの暴言にトーガが乗り、その様子を見ていたシュウクも「やれやれ、お化けが怖いなんて可愛い所もあるんですねぇ。あ、子供でしたか」と余計な援護をしている。


 そして、シシトとパプリは激怒の表情。

 これはもう争いを回避することは不可能だろう。リリンを煽った時から何も学んでいない。

 ホントにこいつらの知能は、ダンゴムシ以下なのかもしれない。



「トーガにシュウク。そこまで言うのなら、彼女達の力を試してみると良い。もちろん、怪我の無いように防御魔法も使うから安心して」

「はっ。嬢ちゃんの言うとおりだな。強くなったというのなら、俺らを倒せるだろうしなぁ。シュウクもそう思うだろ?」

「そうですね。彼女達の為にも、力の差を教えておかなくてはなりません」



 リリンの誘導で地雷原を走り抜けようとするトーガ達。

 明らかに無謀すぎるが、面白い事になったとも思う。


 なにせ、トーガ達は常識の範囲内では最高峰の冒険者。

 これから対人戦をする可能性が高い俺にとっては貴重な情報の収入源になりそう。


 よし、やってやれ!トーガ、シュウク!

 勝つことは無理だろうが、せめて、5分くらいは戦ってくれ!!



「ん。では対人戦を行いたいと思う。チーム分けは男女で分ける事とする。あ、ユニクも参加して!」

「……え?俺も?」


「せっかくの対人戦。参加しないのはもったいないし、やるべきだと思う!」

「……そうか?まぁ、いいけど」



 正直に言って、シシトとパプリの能力は未知数だ。

 だが、たったの2時間の訓練で、リリン以上になるということはまず無いだろう。


 俺には第九守護天使セラフィムもあるし、魔法を受けることに関しちゃ、だいぶ慣れてる。

 そういえばワルトとも引き分けだったし、不完全燃焼だしな。

 いっちょ、食後の運動といきますか!


 だが、トーガから疑問の声が上がった。



「対人戦をやるのは良いなんだがよ、まさかとは思うが嬢ちゃんは参加しないよな?勝ち目がないってもんじゃないぞ?」

「私は審判だから参加しない」


「だったら、ユニクルが参加すると数の上で俺達が有利になっちまうだろ?対等な条件で戦わないと意味がないと思うぜ」

「うん。だから私は男女で分けるといった。チーム分けは『ユニク、トーガ、シュウクの男性チーム』と『パプリ、シシト、タヌキの女の子チーム』で別れて行う!」



 なんでそこにタヌキを混ぜたッッッ!?

 タヌキはメスであって、女の子ではないだろッ!!

 リリンが混じるのも大概に問題だが、タヌキはもっとダメだろ!!死人が出るぞッ!!



「リリン。タヌキはダメだろ。コイツは危険な魔獣なんだぞ?」

「でも、タヌキもやる気があるように見える」

「ヴィギルア!」


「コイツ……さっきまで眠そうにしてやがったのに……!」



 ついさっきまで地面で寝そべってダラけていたタヌキは、いつの間にかシシトの横で準備運動をしている。

 ハンバーグを食っている時に枝を器用に使うなんていう意味不明な女子力の高さを見せつけてきやがったが、好戦的なのはやっぱり、所詮は野生の魔獣ってことか?


 ……好戦的なのはリリンも一緒だな。どいつもこいつも、脳筋すぎる。



「ということで、思う存分戦うと良い。実体験すれば理解も深まるはず」

「リリン。その代償にトラウマが増えそうなんだが?タヌキに対する奴がな!」


「ユニクはワルトナと戦って新技を覚えたと言っていた。是非、見せて欲しい」

「ん?アレは危険すぎるから、シシト達に使うのは躊躇うんだよなぁ」


「その為のタヌキ。ユニクもタヌキ相手なら思う存分ぶっ放せるはず」

「……なるほど、それは名案だな!」



 俺は幾度となくタヌキと戦ってきた。

 そして、未だに一度も勝利を得ていない。

 これは忌々しき問題だな。

 リリンに引っ張られ、理不尽な領域に片足を突っ込みつつあるこの状況、ここでタヌキ相手に勝利を収めて一気に格を付けたい。


 そう、俺はかつて、『タヌキスレイヤー』の称号を得ていた。

 その栄光をもう一度、我が手にッッ!!



「それじゃ、そろそろやろう。『六重奏魔法連セクステットマジック第九守護天使セラフィム』」



 そしてリリンは俺たち全員に第九守護天使セラフィムを掛けた。

 タヌキにも掛けたのはどうかと思うが、俺の手には魔法を切り裂くグラムがあるので問題なし。

 そのふっかふかな毛を、全部、剃り落としてやるからな。覚悟しとけよ!



「トーガ、あなたなら、私のバッファも使いこなせると思います。試してみましょう。《――速さ。強さ。強靭なる肉体を持つ狂人者どもよ。ただちに知るが良い。これこそが究極だ!!―二重魔法連デュオマジック瞬界加速スピーディー―》」

「くぅ!これは不思議な感覚だ。だが、悪くねぇなあ!」

「……。」

「……。」



 俺が決意を新たにしている間に、トーガとシュウクはバッファを唱え準備を完了させたようだ。

 それを見ているシシトとパプリの視線がやけに冷たい様な気がするのは、たぶん気のせいだな。


 さて、俺もバッファを唱えて準備でもしますか。

 ゆっくりと口を開いて、意識を集中。腹の底から力を込めて、すううー。



「《瞬kーー》」

「《ヴィルキュリア・ヴィルキューレ!!》」



 おいこのアホタヌキ!声を被せるのもいい加減にしろよッ!!

 ワザとやってるんじゃねえだろうな!?


 俺は疑問を胸に秘めながら、タヌキのバッファを見守る。

 ……眩い光が途絶えた瞬間に、不意打ちを仕掛けるために。


 タヌキは俺にいつも不意打ちを仕掛けてきた。たまには俺がやっても良いはずだ。

 そしてだんだんと光が弱まり始め、それとは反比例して違和感が増す。

 あれ?なんか、シルエットが思ってたのと、……違う?


 やがて光は晴れた。



「ヴィギルア!」



 そして現れたのは、一匹の武人。

 いや、相変わらずタヌキなんだが、武人に見える。

 でも、前回とは明らかに違う姿に、俺は戸惑った。



「なぁ、タヌキ。……なんか、縦に長くね?」

「ヴィーギー……ヴィギルギア!」



 タヌキの今の身長は160cmほど。リリンよりもちょっとだけ高い。


 ……何このキモイ生物。妖怪か何かか?


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