第31話「噂の」
「それじゃ、ほほほんとうに、リリンサさんはレジェリクエ女王陛下と親密な間柄、なのですか……?」
「もちろんそう。ついでに言うと、シンシアとも仲良し!」
「ほ、ほげぇぇ!!そ、そんにゃ、いいえ、そんな事って……これは、世紀を揺るがす大事件です!!」
……うん、だろうね。
いまいち関係性を把握できていないが、恐らく『聖女シンシア』というのは、ワルトの擬装用の肩書きだ。
聖女シンシアを名乗り善行を重ね、民衆の信用を得る。
そんでもって、心無き計画の柱として組み込み、悪事を働いていたと。
というか、リリン。
こんな話をバラしても良かったのかよ?
なんかすごーく怪しいんだが?
「なぁ、リリン。この話ってさ、簡単に話しても良いもんなのか?」
「ん。レジェの隷属国民に教える分には問題ないと思う。シュウクの顔を見て欲しい」
「あ、恍惚としてるな。この顔を見て安心できる要素が微塵も無いけど」
「……。シュウク、私の話を聞いて欲しい」
「ははい!なんでしょうか!?」
「この話は他言無用でお願いしたい。そうしないと、レジェとシンシアに迷惑がかかってしまう」
「えぇ!?この驚愕のお話を誰にも話せないと……?あぁ、なんて口惜しい!!でも、レジェリクエ女王陛下の為なら……我慢しましょう!!」
「ありがと。……ユニク、これで大丈夫!」
……大丈夫か?いや、シュウクは大丈夫そうなんだけど、おいそこのタヌキ。
葉っぱの裏に何を書いているんだ?
ん?どれどれ、見せてみろ。……ちくしょう、やっぱり読めねぇ。
というかよく考えたら、タヌキが文字を書くって意味不明すぎるだろッ!?
コイツには散々な目にあわされてきたせいで慣れ始めちゃっているが、カミナさん辺りが見たら、マジで研究対象にしそうなほど異常だと思う。
そんでもって、聖女と大悪魔の関係性をお前が知ってどうするつもりだ?
もしかして戦いでも挑むのだろうか?
コイツは将軍だし、充分ありうる話な気がする。
大悪魔VS魔獣将軍の戦い。
巻き込まれたら生き残れる気がしないので、触れないようにしよう。
「あの……絶対に他言無用に致しますので、よろしければレジェリクエ女王陛下のお話を聞かせていただけませんでしょうか?聖女様と一緒にいた理由なども是非!」
「レジェはシンシアのパーティーでは、自分の正体を隠していた。そもそも、ただの貧民街出身の町娘だと偽ってシンシアに近寄ってきた」
「ほうほうそれで?」
「レジェは『人の心を知る旅をしたかった』らしい。人の優しさといった善の感情を知ることで、女王としての品格を高めたかったとの事。人間の原動力は感情だからと」
「あぁ!レジェリクエ女王陛下はやはり素晴らしいお方です!」
「……なぁ、リリン、質問良いか?」
「どうしたのユニク?」
「女王レジェリクエといえば、悪行名高い『心無き魔人達の統括者』のメンバーなんだろ?それなのに聖女は嫌がらなかったのか?」
設定が矛盾しまくってる気がするんだが……。
リリンの話じゃレジェリクエ女王は聖人と悪人の二重生活をしていたわけで、裏話を知らない人から見たら不自然極まりない。
レジェリクエ女王を尊敬しているシュウクは騙せるだろうが、トーガは難しい顔をしているし、疑問に思っているだろう。
このままうやむやにしたら、後で問題になりそうな気がする。
そして俺の読みは的中していたようで、ここぞとばかりにトーガが質問を被せてきた。
「嬢ちゃんよ。聖女様と心無き魔人達の統括者は敵対しているってのが通説なんだが、そこんとこどうなってる?」
「少なくとも、レジェが『聖なる天秤』を名乗っている時は、噂のような悪い事はしていなかった。だからシンシアも、レジェの正体を察していても問題にする事は無かったのだと思う」
うわぁ、絶妙!
リリンは嘘を言っていない。これならバレる事も無いはずだ。
真実とは遠く離れているけれど。
「それは……聖女としてありなのかよ?悪魔って呼ばれてるんだぞ?『運命掌握』は」
「シンシアは罪を罰しない。『人間の罪とは、一辺的な面ばかりでは無い。たとえ裁かれるべき罪であろうとも、視点を変えれば正義になることもある。それを罰するという事は、その正義を信じた人を殺す事と同意義』というのが、シンシアの考え方。だから、レジェが噂の大悪魔でも人を救うのならば、同志としていた」
なるほど、それは確かに聖女様だ。
人を罰するより救う方が価値があるなんて、まさに聖女の鏡と言えるだろう。
……裏側を知らなければ。
確かに、聖なる天秤では罪を罰していないんだろうよ?
なんたって、そういうのは心無き魔人達の統括者を名乗ってやるんだろうからな。
心無き魔人達の統括者を名乗っている以上、そこに慈悲は無い。
悪質で悪辣そして、心無い。
断罪という名の搾取があったに違いないのだ!
「つまり、レジェリクエ女王陛下は聖人という事ですか!?あぁ、美しきお姿に愛嬌のある表情、女王たる無慈悲さに加え、まさかの聖女属性まで……我らがレジェンダリア、ここに繁栄を決す!!」
「馬鹿は置いといて嬢ちゃんに聞きたいんだが、心無き魔人達の統括者はもちろん知ってるよな?レジェリクエこと、『運命掌握』は噂どうりの悪人じゃないのか?」
「……噂とは、どのこと?」
「敵国の兵士を捕虜として捕らえた後は、裸にひん剥いて屈辱を与えるとか、平穏な村に押し入って女と子供を攫ったとかいう噂だよ。正直、聖女シンシアの仲間と言われてもピンと来ていない」
「普通に考えて、武器や毒を仕込んでいる可能性のある敵を調査するのは当然と言えるし、国を丸ごと所有しているレジェが趣向やお金目的で人を攫う必要も無い。何か特別な理由があったのでは?」
「なるほど……。そう言われれば、そういうもんだよな……」
ここでトーガが納得したようだ。
なんとか誤魔化せたようで一安心だな。
さて、ここまでの話を整理しておこう。後でこの設定を使う事があるかもしれないし。
『聖なる天秤』は聖女シンシアの率いるパーティー。
その構成員の中にレジェリクエ女王も含まれており、困っている人を助けて回る旅をしていた。
リリンはその時にレジェリクエ女王と仲良くなってレジェンダリアの貴族となったが、思う事があり、逃亡中。
その後、さすらいの凄腕ソロ冒険者として名を馳せた後、偶然出会った俺を小間使いとして雇い、一緒のパーティーを組んだ。
そして、俺とリリンは恋人同士!!
毎日、イチャイチャラブラブして過ごす、リア充冒険者なのだぁ!!。
……ふむ。悲しい事に、嘘しかねぇ。
流石、心無き魔人達の統括者。設定すらも、心底酷いッ!!
「まったく、なんつーガキだよ、嬢ちゃんは……。んで。勘違いとはいえ、俺は迷惑を掛けちまったよな?正式に謝罪をしたい。すまなかった」
「反省しているならそれでいい。あ、一応聞くけど、未だに私達に敵対する気はある?」
「ないな。俺たちゃただの冒険者。聖女も悪魔も関わり合いになりたくはない。住む世界が違うからな。シュウクもそうだろ?」
「私は……レジェリクエ女王陛下にだけは謁見してみたいですが、身分不相応というものです。そして、この度は誠に申し訳ありませんでした。レジェンダリア国にお連れするにしても、もっと手段があったように思います」
トーガもシュウクも自らの過ちを認め、俺とリリンに謝罪をした。
二人は「申し訳なかった」と再度深々と頭を下げ、リリンも「私も、手荒になってしまったことを謝罪する。ごめんなさい」とお互いの禊が済む。
随分と大変なことになったが、けが人も出ずに問題が片付いたし、本当に良かった。
そして、安堵した俺の心の中には二つの懸念が残った。
一つは、どうやらトーガもシュウクも、暗劇部員の手先じゃなさそうだということ。
二人のリリンに向ける眼差しは敵意のあるものじゃないし、これからは疑わなくて済みそう。
だが、同時にいずれくる敵の襲撃に備えなくてはならないということ。
気を引き締めていかないとな。
そしてもう一つ。
シシトとパプリは、どこに行ったんだ?
リリンがドッチボールを始めるまでは一緒にいたはずだが、気が付いたらリリンとタヌキの一騎打ちになっていた。
……あぁ、事実を確かめるのが恐ろしい。
流石に怪我などはしてないだろうが、トラウマになっている可能性がある。
だって、リリンとタヌキ将軍が一度に襲ってきた訳だろ?
俺なら、たぶんショック死すると思う。
「なぁ、リリン。シシトとパプリはどこに行ったんだ?」
「あの二人は、私が教えた魔法の試しをしている」
「「「魔法の試し……?」」」
俺は気になる事をそのまま質問し、リリンも普通に答えてくれた。
だが、その答えの『魔法の試し』をやりに行ったという、随分と気になる言い回し。
それはトーガもシュウクも同じなようで、三人揃って疑問符が頭に浮かんでいる。
「そう。この森に危険生物が出没するのなら、自衛の手段は備えておくべき。剣技や格闘術と違って魔法は比較的簡単に覚えられるし、二人に教えるのが手っ取り早かった」
確かリリンは、パプリにランク5の魔法を教えたとか言ってた様な気がする……。
トーガやシュウクから察するに、同じランクのシシトも同程度の戦闘力だろう。
当然、いまだ幼くレベルも俺と同じ1万代のパプリはもっと劣るはず。
それなのに、いきなりランク5の魔法。
色んな意味で不安が込みあげてくるッ!!
「ちなみに、リリンのいう自衛の手段とは、どの程度のことを言うんだ?」
「三頭熊を目安にするのなら、二人で3匹を同時に狩れるぐらい」
あ、出ました、おなじみの三頭熊。
最初こそ圧倒的恐怖を撒き散らしていたが、段々と俺の中で扱いが雑になっていった森のくまさん。
……だいぶ感覚がマヒしているが、三頭熊はリリンですら本気のバッファを纏って戦う相手。
強き生物にカテゴリーされる代表格なんだよな。
「おい、嬢ちゃん。何か勘違いしているだろ?三頭熊には魔法が効かない。魔導師じゃ絶対に勝てねえぞ?」
「ん。それは戦い方を知らないから。ちゃんとした正攻法を知っているなら、むしろ、近接戦闘職より勝率は良くなる」
「だからそれは、魔法を無効化できない真頭熊の話じゃないのか?三頭熊は魔法無効化の肉球があって――」
「もちろん知っている。そして、既に教育は8割方終了した。二人ともが魔導師としての筋が良く、得意な系統の魔法をすんなり覚えている」
「……何を言ってるかさっぱり分からん。俺の耳には、この短時間で魔法を取得したって聞こえたし、その魔法を使って三頭熊をぶちのめすって言っているように聞こえたんだが?」
「さすがにそれはあり得ないでしょう。私はハンバーグの下ごしらえをしていて見ていませんでしたが、それでも、2時間も経ってませんよ?」
残念だがなトーガにシュウク。たぶんリリンの言っている事は本当だぞ。
この話題になってから何かを探すように、リリンは森を見ていた。
暫くしてリリンの視線が固定されたので俺もその方向を見ると、森の影に薄らと人影が浮かんでいた。
そしてその周りを良く見れば、巨木が細切れにされたり、氷ずけになったりしている。
あ、これ、心無き小悪魔が誕生しているっぽいな。
頑張って耐えてくれ、トーガ。シュウク。
「でも、リリンサさんは途方も無くお強いですし、もしかしたらという事も……?」
「馬鹿言えよ。それは嬢ちゃんがすげぇんであって、シシトとパプリには関係ないだろ。それに、三頭熊はそんなに甘く無い。1年くらい前に現れたはぐれ三頭熊を討伐するために払った犠牲は8人。これでも、結果としてみれば上々だっていうのが常識だろ?」
「ですよねー。三頭熊なんて、冒険者支部まるごとで挑む相手です。二人で攻略なんて出来るわけがない」
そうして、トーガとシュウクは高笑いを始めた。
その気持ちのいい笑いっぷりを見て、俺は同情を禁じ得ない。
たぶん、リリンと戦った時の衝撃で夢と現実がごちゃ混ぜになっているんだろう。
だが、その夢はもうすぐ覚める。
リリンは森の中にいるであろう二人に向かって手をこまねき、こちらに呼び寄せた。
そして返事の代わりに、けたたましい爆発音を響かせて、二人の魔導師が姿を現す。
「なんだ、今の音はっ!?」
「トーガ、アレを見てください!!木が吹き飛んでしまいましたよ!?」
……覚悟は良いか、トーガ、シュウク。
ここからは、第二次・恐怖症候群。
お前らが持つ一般的な常識なんて、タヌキの足跡以下の価値しかないんだ。




