第30話「隷属奴隷」
「……はぁ。だんだん落ち着いてきたら、事態のヤバさが身に染みてきました……もしかして、私、闇に葬られたりします?」
「それはあなたの答え次第。さぁ、事実を正確に話して欲しい!……話して楽になろう?ね?」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」
「リリン、脅迫するのはやめような?恐がって話が進まないだろ!」
「……シュウク、大丈夫。聖女シンシアの友達の私に、全て話すといい。さぁ、罪を懺悔して楽になるといい!」
「ダメだ!胡散臭さが半端じゃない!」
まったく、リリンの悪魔属性も困ったものだ。
そもそもは穏便に情報を収集してワルトに報告するという作戦だったはずなんだけど。
やはり、ワルトが言っていた通り、リリンに隠密性のある仕事は無理みたいだな。
放っておくと事態がいつまで経っても収拾しないので、俺もそろそろ加勢するか。
シュウクはレジェンダリアに行ったことが無いと言っていたが、これはどう見ても嘘だ。
追求をしておくべきだしな。
「とりあえず落ち着けよ、シュウク。これ以上は何もしないからさ」
「そそそ、そうなんですか?話を聞いて用済みになったらバラして、タヌキの餌にするつもりでしょう!?」
「……タヌキ。コイツ、食うか?」
「……ぺっ。」
「食わないってよ。だから安心して話をしてくれ」
「……は、はぁ。こうなったら、やけっぱちです!話します。話しますから見逃して下さいよ?」
そしてシュウクは、俺達を警戒しながらもポツリポツリと話を始めた。
その声に、俺やリリンはもちろん、トーガやタヌキまで聞き耳を立てている。
……タヌキはシュウクのハンバーグを食っているし、好意的なんだろう。たぶん。
俺がタヌキを眺めている間に、シュウクは準備を終えたようだ。
何故か顔を赤くし興奮しているように見えるんだが、とうとう限界が来たのかもしれない。
「……私は、いえ、私達、レジェンダリア国民は、レジェリクエ女王陛下を尊敬し、自らがレジェリクエ女王陛下の所有物であることに誇りを抱いているのです。 レジェリクエ女王陛下がお求めになられたあなた方をお連れする事は、まさに、極上の使命なのですよ!!」
あ。やっぱりレジェリクエ女王がらみか。
というか、これ、覚悟がいる奴だな?
いきなりの冒頭から、大悪魔な感じが全力で伝わってくる。
「私の家はレジェンダリア国の下級貴族でした。別に偉くも無く、でも平民でも無い。言うならば町長みたいなもので、どちらかと言えば裕福な一般家庭に近いですね。しかし、その時代の私達は、幸せというものを知らない人生の浪費者だったのです」
「人生の浪費者?」
「無意味に時間を費やすも、幸福は得られない。”楽しい”や”おいしい”といった感情を抱く事はあっても長く続く事は無く、繰り返す毎日の中で皆、瞳に生気がありませんでした。しかし!!」
「しかし?」
「レジェリクエ女王陛下が新たに王として即位し、全てが変わりました。食事、生活、趣向、そして……明日を楽しみにするという高揚感は、今までの人生で抱いた事の無い感情でした」
しかも、長くなるパターンの奴だな。
身の上話をしろといったのは俺だが、失敗だったかもしれない。
……タヌキは寝やがったし、リリンは何故かソワソワしている。
俺の味方はトーガしかいないっぽい。……少々、頼りないんだが。
「まず、新王として即位したレジェリクエ女王陛下は、国の政策を、『貴族中心の階級社会』から『実力重視の民主主義』へと変えました。貴族、平民、そして……貧困街に住む貧民も含めた国民すべてが、レジェリクエ女王陛下の所有する資産『隷属奴隷』となったのです!!」
「……いきなり凄い事になった!?」
「当然、反発はありました。上流階級に位置する貴族が平民と同列に扱われる事を好ましく思わないのは当然です。しかし、その貴族達はあらゆる力でねじ伏せられました。知識、技術、戦闘力、美しさ。レジェリクエ女王陛下の『側近』はあらゆる分野において特出した能力を備えていたのです。もちろん、ハリボテの貴族は成す術がありません」
トンデモナイ話が始まってしまった。
大悪魔が女王陛下に進化し、国民全てを手に入れたと。……なんて恐ろしい。
「そしてその女王陛下の側近には、一月前までは飢餓に耐えるだけだった貧民街の子供たちが多く居たのです」
「……貧民街の子供?」
「子供たちを見て我々は感銘を受けました。薄暗い未来すら見る事の出来なかった貧民街の子供。……私達が見捨てていた子供たちは、レジェリクエ女王陛下の支えを得て、自らの力で歩き出したのです!」
「……。」
「その側近達は他者の追随を許しませんでした。なぜならその子等は、自らの行いに命を掛けていたのです。側近たちの驚異的な学習能力の前では、貴族の狡猾な罠などまったく意味を成さずに、ついにはレジェリクエ女王陛下に異を唱える貴族は一人として居なくなったのです」
「……………。」
「やがて、レジェリクエ女王陛下は国民に問いました。『どうして、あなた達が幸せで無いのか分かるか?』と。誰もがその問いに答えられずに沈黙していると、貧相な姿をした少女がこう言ったのです。『幸せが何か、分からないから』。その声は鈴の様に響き渡り、人々のさざ波を越えて、レジェリクエ女王陛下に届きました」
「……鈴のような声?」
「そして、陛下は笑ったのです。『分からないなら教えてあげましょう。幸せとは”価値”。自分の価値を示した者のみが幸せになれる。そして、自らに価値が無いと嘆く事は無いわ。あなた達は、余の大切な宝物なのだから』と」
「なるほどねぇ……」
「そしてその瞬間から我々は、『価値』を高める事を生きがいにしています。『価値』とは、レジェリクエ女王陛下が定めた『奴隷階級』のこと。レジェリクエ女王の役に立ち、階級を上げることが我々の幸せなのです」
……。
もの凄く美談のように聞こえるが、とっても気になる事があった。
なぁそこの、鈴のような声をした大悪魔さん?
どうして視線を泳がせているんだい?
まるで、登場した貧相な姿の少女に心当たりでもあるみたいじゃないか。ははは。
国民全てを洗脳した演説が、自作自演のヤラセだという事が確定した所で、俺は思考を断ち切る。
これ以上は、踏みこんではいけない闇なのだ。
「それで、レジェリクエ女王の役に立つために、俺らをレジェンダリアに連れて行こうとしたってことか?」
「そうです。捕獲依頼が出ているのはユニクルだけですが、レジェリクエ女王陛下が”鈴令の魔導師”を探しているというのは有名な話。何か有るかなとは思っていたんですが、一緒にいるのを見て察しましたよ」
「……何を察したんだ?」
「恐らくリリンサさんは元上流階級の貴族の血を引くお方なのではないですか? 隷属政権の発足に反発し、他国に亡命したのでしょう?そして聖女シンシア様に保護され、今はあなたと旅をしている。恐らく、その話がレジェリクエ女王陛下の耳に入り、捕獲依頼が出されたのでしょう?」
「……。」
「レジェリクエ女王陛下とリリンサさんの間に何があるのかまでは推察できませんが、きっと壮大な理由があるはずです。そんな訳で、あなたがたと偶然に出会って、私は舞い上がってしまいました。申し訳ありません」
「なぁ、シュウク。こういうこと言うのもどうかと思うんだが……」
「なんでしょう?」
「その話、殆ど間違ってるからッ!!」
「なんですって!?」
なんですってって、それは俺が言いたいんだよッ!!
なぜかリリンが偉い貴族の娘という事にされているが、そんなことは一かけらも無い。
リリンは一般家庭の生まれだし、そもそも、レジェンダリア出身じゃないしな。
あくまでも、いや、悪魔な繋がりがあるだけで、貴族とか全く関係ない。
……と、思ったが、リリンは貴族の身分を持っていると前に言っていた。
そこん所は俺も良く知らないので、この際だしリリンに聞いてみよう。
「シュウクの推察は間違っていると思うんだが、どう思うリリン?」
「レジェリクエ女王陛下の政策については間違っていない。陛下は私たち国民に『隷属階級』という12段階の階級を与え、管理している。……なお一番上は『ゼロ等級奴隷』と呼ばれ、陛下本人がこれにあたる。同じ枠組みに自らを入れることで、隷属奴隷に属する人民全てに王位を継承する権利を与えている」
「意外と国民思いなんだな?」
「その一方で、国民全てに『隷属手帳』と呼ばれる価値の証明書も与えている。この手帳にはその人間の価値が金額で示されていて、この金額以上を提示し交渉が成立すれば、どんなことでもさせる事が出来る。たとえ、その、アダルトな事でも……」
「酷いシステムだな!」
「国民に定められた隷属階級を上げるには、自分よりも階級が上の者が申請すればいい。よって階級上位者の依頼は断られにくく、上位の一等奴隷ともなれば殆どの国民を自由に扱う事が出来る」
「つまりは、偉くなったらやりたい放題出来るってわけか。まさに悪魔の巣窟にふさわしいな」
なるほど、良く分かった。
レジェリクエ女王のヤバさは、よーく分かったぞ。
話を聞く限り、この仕組みは簡単なものじゃない。
人間に金額的価値を付けるというのは、まさに奴隷らしいともいえるが、本質はそこには無い。
すべての人間の価値を掌握し、運命をコントロールしている。
レジェリクエ女王は自分の側近に対して絶対的な発言権を所有し、その側近もまた、自らの部下に対し絶対的な立場にいる。
そうして末端の国民まで管理しつつも、暴走を起こす事を防いでいるのだ。
上位者が階級を上げる事が出来るという事は、下げることも出来るはず。
最上位者のレジェリクエ女王に逆らうという事は、すなわち、自らの価値を下げられてしまうということ。
そんな事になれば、自分の部下だった者と立場が逆転するし、虐げていた者には報復される。
事実上、誰もレジェリクエ女王には逆らえないのだ。
こりゃ、大悪魔なんて生易しいものじゃなさそうだぞ!?
魔王と呼ばれるのが、納得すぎるッ!!
俺が一人納得していると、シュウクが申し訳なさそうに声を出した。
何やらリリンに聞きたい事があるらしい。
「あの、リリンサさんは随分と政策に詳しいみたいですが……?」
「そもそも、あなたの推察は間違っていて、私の家族はレジェンダリア国民では無い。貴族の身分というのも、私自身が陛下から直接授けられたもの」
「なななん!!レジェリクエ女王陛下からですか!?」
「そう。実は……」
え?もしかしてリリンが心無き魔人達の統括者だってバラすつもりか!?
それは色々と問題があり過ぎる!!
そんな噂が広まれば俺の作戦が使えなくなるし、そもそも、誰も近寄ってこなくなるだろ!
せっかく新人冒険者になったのに、全員から避けられるとかそんな寂しい生活は嫌だッ!!
なんとしてでも、それだけは阻止しなければならないとリリンに向き直り、声を出させまいと腕を伸ばす。
だが、腕がリリンの残像を貫通した時、俺は悟る。
ちくしょう!今は上位バッファ中だった!!
滅茶苦茶、速ぇぇぇ!!
待って! 正体をバラすのは、やめてくれぇぇぇ!!
「内緒の話なんだけど、『聖なる天秤』の副リーダーは、レジェリクエ女王。ということで、私はレジェと仲良しだったりする!」
「「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」
あ、そう来たか。
これなら何も問題ないな。うん。問題な……いや、問題無くは無いな。
聖女さんの横に大魔王さんが居るって大問題だろ!
これにはシュウクはもちろん、横で話を聞いていたトーガも驚きの声を上げていた。
ちなみにその絶叫で、タヌキの鼻ちょうちんがパチンと弾けた。
そしてギロリと視線をシュウク達に向けたが、「ヴィギルア……」と一言だけ言って、再び寝た。
トーガとシュウクの命は助かったようである。




