第27話「刺客の確定」
俺は心の中で疑惑を得ながら、心中を悟られないように辺りを見渡す。
トーガは別に怪しい所は無い。
心無き魔人達の統括者についても躊躇なく話しているし、俺達を狙う人物とは関係が無いだろう。
しかし、シュウクは違う。
先程からのやり取りで一カ所、不審な点があったのだ。
今日出会ったばかりでは知る訳がない、あり得ない事をシュウクは言った。
この疑惑を確信に変えるため、俺はリリンに「話を合わせてくれ」と小声で伝え、シュウク達に問いかける。
「やっぱり聖なる天秤ってパーティーは有名なんだな!……で、リリン。シュウクの言っている『聖女様』ってどんな人だ?確かリーダーだったんだよな?」
「聖女・シンシアは各地を旅し、困っている人や助けを求める人に優しく声を掛けて回るのが趣味の、崇高な人」
「おい聞いたかシュウク。やっぱりそうだってよ!!」
「聞きましたよ、トーガ。貧困し助けを求める人々を救済する旅。あぁ、なんて尊敬に値するべき人物なのでしょう!」
……尊敬に値する?それはどうかな。
確かに、聖女シンシアは困っている人や助けを求めている人を見つけて声を掛けるとリリンも言っている。
恐らくこの出来事も嘘ではないだろう。
だが、その正体を知る俺は言葉の中に隠された本当の意味が分かってしまった。
聖女・シンシア。……別名、大悪魔ワルトナ・バレンシア。
間違いなく彼女は、困っている人を見つけると嬉々として声を掛ける。
そして言葉巧みに相手を騙し、さらなる絶望に叩き落すのだ!!
多分こんな感じだ。なんて恐ろしい。
そうだとしか思えなくなった俺は、今も憧れを抱いてるっぽいトーガとシュウクを哀れに思いながらも、真実を探る。
「んで、そのシンシア様を俺は良く知らないんだけど、どのくらいのレベルだったんだ?」
「なんでいユニクル、知らねぇのか。聖女様はな、俺達とはまるで次元の違うレベルだっつーの」
「そうですよ。噂では、そのレベルは7万をゆうに超えていると言われています」
「確かに……当時のシンシアのレベルは7万2千ぐらいだった。強さも、普通の冒険者よりも断然強い」
「へぇー。でも、レベル7万って言っても、野生動物はそれ以上のレベルの奴もいるし、なんだったら森ドラゴンはレベル8万以上だろ?そんなんでポイゾネ大森林によく入れたな」
「本当に何も知らないんだなユニクル。……いいか、冒険者のレベルってのはな、4万台になると急激に上がらなくなるもんなんだよ」
「私もここ1、2年はあまりレベルが上がっていませんね」
「え?なんでだ?」
「レベルってのは人生の経験だ。レベル4万の後半ぐらいが真っ当に生きる冒険者の限界だって言われている」
「それ以上となると特殊な才能があるか、特殊な環境に置かれているか。例えば、王として国を率いるとか、逆に国を滅ぼす蛮勇だったとかでもない限り、上がらないんですよ」
なんだそれ?初耳なんだけど。
だが納得もした。
俺は前々から、何でリリンのレベルは『48471』なんていう中途半端なレベルに設定してあるのかと疑問に思っていたのだ。
普通の冒険者のトップクラスがレベル4万台であるのならば、リリンのレベルは常識の範囲内で最高峰ということになる。
だが、それはあくまで普通の冒険者の話。
伝説的なパーティーに在籍しているのでは少々、物足りないのではないだろうか。
そして、リリンがそういったパーティーに在籍していると俺が言った時に、シュウクは間違いなくこう言った。
「確かに彼女のレベルから言えば何ら不思議じゃありませんが、」
あくまでも、普通の冒険者の最高峰に位置するリリン。
普通の範囲内にいるのに、伝説的なパーティーに在籍しているのが『何ら不思議じゃない』というのはどうもおかしい言い回しだ。
「シュウクの話じゃ、そういった伝説的なパーティーって他にもあるんだよな?どんな感じなんだ?」
「そうですね……たとえば、この大陸の守護者・澪騎士の『鏡銀騎士団』なんかは、レベル5万を超える人員がかなりの人数いると聞きます。大体、そう言った伝説的なパーティーは高いレベルの人員で固めていますから」
「そうだなぁ。嬢ちゃんのレベル4万でも相当凄いんだが、正直、他の人とは圧倒的な戦力差があっただろ?」
ナイスだ、トーガ。
トーガはリリンへ「嬢ちゃんもついていけなくてパーティーを別れたんだろ?悲しむ事は無いさ、それが普通だ」と平均的な表情のリリンを慰めているが、全くの勘違いなのが痛々しい。
でも、これで普通の代表格のトーガの目線が確定した。
やはり、シュウクの発言はおかしいようだ。
という事は、シュウクはリリンの本当のレベルを知っているという事になる。
さて、シュウクの疑惑が確定した所で、問題はどっちなのかって事だな。
暗劇部員の刺客か。
女王レジェリクエの刺客か。
もう少し探りを入れたいところだが……。
「ユニク」
だが、どうするべきか。
現状怪しいとはいえ、シュウクはどうとでも言い訳ができる状況だ。
開き直って「勘違いでした」と言われてしまえばそれまで。
俺の疑惑を悟られないようにかつ、言い逃れできない程の決定打を手に入れる。
シュウク自ら、レジェンダリアの関係者であると言わせる事が出来ればいいんだが……。
「……ユニク?」
あぁ、ちくしょう。
こういう時にワルトなら上手くやるんだろうなと心底思う。
こう、電気でも走るような天才的なひらめきが、俺にあれば――
「…………。《主雷撃》」
「あばばばばばッッッ!!!!????」
なんぞこれぇぇぇ!?!?
突如、身体の表面を何かが走り抜け、目の前がチカチカと点滅し出す。
幸いにしてすぐに収まったが、だからと言ってスル―する訳にもいかない。
……おいリリン!!
俺が欲しいのは電撃的ひらめきであって、電撃そのものじゃないからッッ!!
「いきなり何すんだよリリン!!俺が何かした!?」
「……ううん、してない」
「……。弁明を聞いてもいいか?」
「今日はまだ、イチャイチャしてない。私を放っておくなんて電撃されても仕方がないと思う!」
その理屈はおかしいだろッ!!
だってこれ、普通に考えて殺人未遂だろうがッ!!
主雷撃って、ランク5だぞ!?ランク5!!
イノシシだったら余裕の爆散。
明らかに人間に向けちゃダメな奴だ!!
ほら見ろ!トーガが「馬鹿な……ランク5の魔法だと……っ」って目を見開いているぞ!!
「なぁ、リリン。ものすっげぇ今更だけど、俺達は実力を隠そうって話だったよな?」
「うん。なので、ランク5以上の魔法は使って無い」
「俺、夜空に輝く魔法陣を見てるんだけど?」
「使ったのは、雷霆戦軍を改造したもの。この魔法自体は魔法辞典に載っていないのでランクは無い。バレない嘘は、すなわち真実!!」
何だその超理論!
リリンに変な事を吹きこんでるんじゃねぇよ、ワルト!!
俺は、悪化した現状をどう対処するべきかに思考を巡らせつつ、バレなきゃいいとか平気で言いだしたリリンに軽くデコピン。
デコピンで第九守護天使は破壊できないだろうが、せめてもの意思をリリンに示したい。
だが、なんか変な方向に勘違いされた。
「あう!こういうスキンシップも悪く無い……けど、肩を寄せてギュッとして欲しい!」
「……いや、急に何を言い出すんだ?今はそんな事をする時じゃないだろ?」
「これは必要なこと!さぁ、私とイチャイチャすると良い!!」
それだけ言うと、リリンから俺に抱きついて来た。
……うん。なんだろうこの気持ち。
いくら演技とはいえ、もの凄ーく、残念な気分になった。
これは、女の子とイチャラブした事の無い俺の幻想かもしれないが、普通はもっとムード的なものがあるもんだと思う。
少なくとも、イチャラブするぞ!と言ってから始めるものでは無い。
俺のノリ切れない感情など知る由も無いといった顔でリリンは、抱きつきながらも姿勢を正して背筋を伸ばした。
これも、普通は脱力してもたれ掛かってくるべきなんじゃないのかと思うんだが、リリンはそれから直立不動で全く動かない。
明らかに愛をささやく体勢じゃないな。もの凄く腕が締め付けられているし!
……ご機嫌を損ねれば、ナイフで刺されそうな危機感すら感じる。
「おい、ユニクル。見せつけてくれるじゃねぇか、えぇ?『俺には可愛い彼女が居るんだぜ!』自慢かよ?」
「こここ、これは忌々しき事態ですねぇぇ!!ほんと予定いが……」
おい待てお前ら、ふざけんのも大概にしろよ!?
この状況を見て、なんでそう思うんだよッ!?
どこからどう見ても、イチャラブし慣れてないだろうがッ!!
リリンなんか不慣れなせいで、顔を真っ赤にしがら小声で何かの呪文を唱えているんだぞ!?
……俺の腕、爆裂しないよな?
言葉に表せない恐怖を体験しながらも、収穫はあった。
驚きを隠せないが、こんな適当な作戦でも効果があるとは、ワルトは本当に有能なんだな。
このチャンスを逃がす手は無い。一気に攻め落とすぜ!!
「まったく、リリンには困ったもんだぜ。夜になると甘えてくるんだもんなー」
「うん、だって寂しい。一人の夜はもう嫌」
「……リリン?」
「……ユニク?」
「……ヴィギルア!」
おい。
混じってくるんじゃねぇよ、タヌキ。
唯でさえ色々ギリギリなのに、お前が出てくるとコメディにしかならねぇんだよ!!
あ、こら!すり寄ってくるんじゃない!!ズボンが汚れるだろッッ!!
俺がタヌキの頭を掴んでいると、我慢しきれなくなったらしいトーガが言葉を漏らした。
「コイツら、悪びれもしねぇで、いちゃいちゃと……三頭熊にでも出会っちまえばいいのに」
「三頭熊程度でどうにかなるもんですか!ここはドラゴンがいいでしょう、ドラゴン!!」
とりあえず、膝に張り付いたタヌキを引き剥がしつつ、トーガとシュウクの言葉を吟味する。
まずはトーガ。
……残念だが、三頭熊程度でいいのなら、23対1で戦っても余裕でリリンが勝つぞ。5分かからずに爆散で全滅だ。
そして、シュウク。
やっぱり知ってるんだな、リリンの実力。
これで、俺達を騙そうとしているのは確定。後は、どっちの陣営なのかだが……
「くくく、いいだろー?リリンは可愛いし、しかも貴族なんだぞー」
これでどうだ?
俺は出来るだけ煽るような声色で、トーガとシュウクを挑発する。
実際はリリンの家計は貴族ではなく、ごく普通の一般の家庭だ。
だが、リリンは女王レジェリクエより、爵位を授かっていると前に言っていた。
もしそれをシュウクが知っているのなら、女王レジェリクエの陣営に所属している可能性がぐっと強くなる。
俺の期待に答えるように、トーガとシュウクが同時に口を開いた。
「なに!?嬢ちゃんは貴族だったのか!!」
「なんとそれはすごい!もしや、鳶色鳥の品評会にも招かれたのですか!?」
……え?
こんなあっさりボロを出すのかよッ!!ちょろすぎだろ、シュウク!!
これはもう確定と言ってもいいだろう。
俺は一言もリリンがレジェンダリアの貴族だと言っていない。
ゲロ鳥品評会なんて悪趣味な催し物は他の国では絶対に無いだろうし、当たり前にこの言葉が出たという事はリリンがレジェンダリアの貴族だって知っていたって訳だ。
まさか、こんなに早く接触することになるとは思っていなかったが、今の俺の素直な気持ちを言わせてもらおう。
……悪魔女王の使い魔にしちゃ、悪辣度が足りなさすぎる!!
「……なぁ、シュウク。俺は一言も、リリンがレジェンダリア国の貴族って言って無いんだが?」
「……え?……あ……。」
「後でゆっくり話しをしような?」
「……。」
「お、おい!ユニクル!!話が見えねぇんだが!?」
「何だトーガ。リリンは貴族に見えないか?」
「そうじゃねぇんだが……。嬢ちゃんは、その、レジェンダリアの貴族なのか?」
「そうだけど?」
「でもよ?聖女様のパーティーに居たんだろ?おかしいじゃねぇか!?」
あ。言われてみればおかしいよな。
早くも設定に綻びが生じてしまった。
そもそも、その聖女パーティーの中に女王様が紛れ込んでいる訳だけど、正直に話す分けにもいかない。
だがここで、機能停止に陥っていたリリンが動き出した。
「……その事については私から説明しよう」
俺は視線をリリンに落とし、表情を確認した。
未だに俺の腕をきつく抱きしめているが、赤みがかった頬の色は元に戻り、いつもの平均的な表情。
うん、これは間違いなくイチャラブする顔じゃないな!
だからタヌキ、お前もすり寄ってくるのをやめろ。
さっきから体中を擦りつけてきているが、まさか俺で毛繕いをしてるんじゃないだろうな?
「実は私はレジェンダリア国の貴族の称号を持っている。しかし、ある時レジェンダリア国から亡命し旅に出た。そこで出会ったのが聖女シンシアで、身寄りを亡くした私を保護し、一人前の冒険者となるまで一緒に旅をしていたというのが真実」
なるほど、そんな設定があったのか。
流石は人を騙す事に定評のある聖女様。バレない為の隠蔽工作も完璧である。
「ということで、リリンは聖女シンシアに保護されていたんだが、たまにレジェンダリア国に連れ戻そうとする刺客が現れるらしくてな。ソロ活動をするようにってからは運よく出会わずに済んでいたんだが……」
「なるほど。シュウクの怪しさはレジェンダリアの刺客だったから?」
ん?意外とリリンの理解が早いな。
というか、リリンはレジェリクエ女王が俺達を欲しがっている事を知らないはずだが……?
俺はリリンに小声で話しかけた。
「リリン、レジェリクエ女王が俺達を狙っているって知っていたのか?」
「ん。実は、私が一度電話を掛けた後、レジェから電話が100件以上もかかってきている。きっとロクな内容じゃないと思うし、どうせ会いに行くので放置しているけど」
「そんな雑な扱いでいいのかよ!!」
無視したくなる気持ちも分かるけど、そんな大それたこと俺には真似できない!!
流石にリリンは肝が据わっているなーと思いつつ、さっさと目の前の問題を片付けてしまおう。
俺は挙動不審になっているシュウクを視線でとらえ、言葉を突きつける。
「もう言い逃れできないぜ、シュウク。さぁ白状するんだな!」
「ヴィーギ―……ヴィギルア!!」
おい、このアホタヌキ。
俺の決め台詞に被せてくるんじゃねぇよッ!!




