第23話「タヌキの捕り方」
俺の視界の先で悠然と立つ魔獣。
アイツはどう見てもタヌキ将軍だ。
というか、よく俺の前に出没する奴だな。
なぜか毛並みがサラサラ艶やかヘアーになっているが、尻尾の毛が焦げているし間違いあるまい。
しっかし、レベルがついに7万を超えちまったか。もう完全に心無き魔獣達の統括者だ。
俺はチラリとトーガに視線を戻す。
……うん。無理だ。絶対に狩猟出来ない。
むしろ狩られる。戦いになれば間違いなく瞬殺されるぞ!
だが事態はすでに動き出し、今現在、タヌキの目の前に罠が置かれたという状況。
ぶっちゃけ俺よりも頭が良いとすら思えるタヌキのことだ。そんな罠にかかかるとは思えないが……。
いざとなったら俺がトーガを守る!!
俺は密かに鎧のバッファを起動させた。
「見てろユニクル。タヌキは馬鹿だからすぐに食おうとして罠にかかるぞ。ほら、近づいてきた」
「……。」
タヌキは罠を見据え、真っ直ぐ罠へと歩み寄る。
どうやら好奇心を抱いたらしく、クンクンと鼻を鳴らし食いかけのパンの匂いを嗅いで、そして……。
ぺっ。
地面に唾を吐いた。
さらに……。
バシャ!
器用に砂を掴んでパンに投げつけやがった。
どうやらお気に召さなかったらしい。
予想外すぎるタヌキの暴挙のあまり、トーガは呆然としている。
そりゃそうだろ。タヌキ将軍を食いかけのパンで釣ろうとか、そもそもが無理だ。
やがてトーガは意識を取り戻し、その表情は激怒に染まっていく。
「……タヌキのくせに生意気な!!俺の食いかけじゃ嫌だってか!!」
「トーガ、タヌキは気高い生き物だ。餌にするならもっと良いもんを付けないとな」
「ヴィギルア!」
俺はトーガに当たり前の事実を告げ、タヌキは肯定するように鳴き声を上げた。
おいタヌキ……。会話に参加してくるんじゃねぇよ!
お前は黙って草でも食ってろッッ!!
「くそ……どいつもこいつも馬鹿にしやがって……。いいぜ。もっと良いもんを食わせてやるよ。最後の晩餐だしな」
「……やめといた方が良いんじゃないか?」
「うるさい!タヌキに馬鹿にされて引き下がれるか!!」
トーガは素早く罠を引き戻すと、砂まみれのパンを投げ捨て自分のバックを探る。
そして取り出したのは……バナナだった。
「くくく、タヌキは甘い果物が大好きだからなぁ……。しかもこのバナナは今朝市場で買った特上な奴だ。俺達も滅多に食えない贅沢品のコイツで士気を上げようと思ったが、お前にくれてやるぜ、タヌキィ……」
やべぇ。色んな意味で止めたくない。
トーガは近寄りがたい雰囲気だし、タヌキは完全に俺達に視線を合わせて餌が来るのを持っている。
ここで止めに入ると強奪しに来るかもしれない。危険だッ!!
「喰らえやタヌキっ!おらぁ!!」
最早、隠れている事とか罠に嵌めようとしている事とかを完全に見失っているっぽいトーガ。
大声を上げながら、タヌキにぶつける勢いでトラバサミを投げつけた。
だけどな。そんな雑な方法じゃタヌキを捕る事は出来ないぞ。
俺の懸念を体現するかのように、タヌキは軽やかに大地を蹴りあげ、大空へ飛びだした。
そしてタヌキは、空中でトラバサミを見事にキャッチ!
そのまま華麗に着地し、迷わずトラバサミの安全レバーを引いて危険を取り除いてから、バナナを強奪ぅ!!
用済みなトラバサミを投げ捨てると、バナナの皮を剥いて美味そうに食い始めたぁ!!!
つーかバナナの皮を剥く手つき、滅茶苦茶スムーズだな。
……コイツ、バナナ食い慣れてるぞ!!
「くそぉぉぉぉお!!なんなんだよこのタヌキはよ!!ちくしょう、ぶっ殺してやるっ!!」
「待て待てトーガ、落ち着けって。あのタヌキは普通じゃないからな。レベルを見ろよレベルを」
「あん?タヌキのレベルなんざ、確認してもしょうが……なぅわんだありゃぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
あ、やっと気が付いたか。
ふむ、普通の冒険者として常識がありそうなトーガでも、タヌキ将軍の存在は知らなかったらしい。
驚愕を飛び越えて困惑し、「あばばばばば……」と意味のない声を漏らしている。
……分かるぜ、その気持ち。
「なんだこれ、夢、なのか?タヌキのレベルが、な、7万?……え、現実?これが鈴令の奴が言ってた生命淘汰なのか!?」
「あー違う違う、ドラモドキは関係ないぞ。あのタヌキは異常に強いタヌキで、タヌキ将軍っていうんだぜ」
「た、タヌキ将軍……?なんだそれは……?」
「タヌキの群れのボスなんだってよ。アイツの強さは尋常じゃないから手を出すのはやめといた方が良いぞ。なにせ、エンシェント・森・ドラゴンを倒しているからな」
「ふぁ!?え、えぇぇぇエンシェント・森・ドラゴンといや、あの……絶対不可侵の『ポイゾネ大森林』の最奥に生息するという、伝説の巨竜じゃねえか……。ユニクル!!もしかしてお前、ポイゾネに入ったのか!?」
「ん?入ったけど?リリンと一緒に依頼でな」
「なんつー恐ろしい事を……いいか、あの森はな、俺達みたいなベテラン冒険者からは『自殺志願者の森』と呼ばれている。そのままの意味だ、あの森の奥に入るのは自殺を考えているくらいに貧困した冒険者で、一発逆転を狙って命を掛けて潜る場所なんだよ!!間違って入らねぇようにガードもあっただろうが!!」
「そういえばあったなぁ、そんなの。で、話を戻すがあのタヌキは森ドラゴンと戦っててな、見事に森ドラゴンをブン殴ってぶち殺してたぜ」
それはもう、凄惨な光景だった。
その瞬間を見た時は、マジで涙が出たからな。……悲しくて。
まぁ、俺が森ドラゴンを追い詰めたなんて言えば話がこじれるしあえて黙っておく。
なぜか、森に入って生きて出てきただけでも相当凄いみたいな雰囲気だが、どうにか誤魔化したい。
「ひぇ……。そんな化け物が、今、俺達の目の前に……」
あ、これ、特に誤魔化す必要なさそうだな。
トーガは絶望に染まった顔でその場から動こうとしない。
というか、腰が抜けて動けないみたいだな。
恥ずかしがること無いんだぜ、トーガ。
あんな意味不明なレベルのタヌキを見たら誰だってそうなるだろうからな。
しっかし、どうするかな。
俺の視線の先のタヌキは、あと少しでバナナを食い終る。
……あ。
最後は三口分を一気に頬張りやがった。もしゃもしゃと頬を膨らましながら良く噛んで味わってらっしゃる。
どことなくリリンっぽい。
タヌキの悪魔化が進行している。早くなんとかしないと。
「タヌキ。腹も膨れただろ?じゃあどっか行けよ、しっし」
「お、おいユニクル!!そんな雑に扱って大丈夫なのか!?」
「たぶん大丈夫だろ。……たぶん」
「そ、そんな不確かな行動を……」
トーガは恐怖が振りきってしまったようで、逆に冷静になりつつある。
もう少ししたら動けるようになりそうだな。
後はタヌキを追い払えば任務完了。
俺は素早く手を振りながら、「しっし、あっち行けよ」とタヌキにサインを送った。
アイツは賢いからな。俺達に戦う意思がないと分かれば襲ってこないと思う。
俺の予想は的中したようで、タヌキはおもむろにその場で立ちあがると、くるりと振り返り茂みの中に消え……ずに立ち止まり、再び俺達に向き直った。
「……ヴィーギ―……ヴィナナギア!!」
「……おい、今、なんて言った?」
「ヴィーギ―、ヴィナナギルギル!!」
「……。」
コイツ……!
バナナを要求してきやがった!!
どうやらコイツは、自分が絶対有利の状況にいるのだと気が付いたらしい。
タヌキは素早く、俺の傍らには腰を抜かしたデカイ図体の標的。
満面の笑顔でバナナがやってくるのを待っている様子からしても、完全に足元を見られてる。
マジで賢い。タヌキのくせに。
「……トーガ」
「な、なんだ、ユニクル」
「バナナ、もっと持ってないか?」
「だよな。今の話の流れから言って、そうだろうなとは思った。ちなみにバナナを渡さなかった場合どうなると思う?」
「ははは、間違いなく襲いかかってくるだろうな」
「……タヌキ様献上品です!お納めください!!」
トーガは神妙な面構えでバックからバナナを房ごと取り出し、タヌキに向かって放り投げた。
タヌキは華麗に宙を舞い、バナナの房を頭でキャッチ。綺麗に着地して、そのまま俺達に背を向けて軽やかに歩き出す。
バナナヘルメットを装着したタヌキの足取りは、とても満足げだ。
それにしても……。
アイツのおでこの×マーク、あんな形だったっけ?
*********
「ト~ガ~!!あんだけ大見栄切って森に入っていって、手ぶらで帰ってくるってどういう事よ!!言い訳があるならいいなさい!!」
「……シシト、パプリ、シュウク、すまん。ちょっと集まってくれ……」
「え?ちょっ、どうしたのよ」
「おじちゃん?」
「何かあったようですね?」
「……。あぁ、すまん…すまん…すまん……。俺は、敗北を知った」
「「「はぁ?」」」
「……ユニク。何があった?」
「あぁ、タヌキにバナナを獲られただけだ。気にするな」
トーガは脱力し、膝を地面について仲間たちに懺悔を行っている。
さっきの出来事をありのままに話しているようだが、どうにも伝わっていないようで、「トーガ、頭でも打ったの?」「おじちゃん、タヌキはね、強く無いよ?」「もしや、何かの病気では?」と結果は散々なようだ。
とりあえず後でフォローに入ろうと思うが、その前にやるべき事がある。
確か俺達は、晩飯の支度で使う薪を採集しに森へ入ったはず。
なのにどうして、既に焚火が用意されているのだろうか。
そしてなぜ、焚火のまわりの地面が抉れているのか。
……大体の察しはついてるけど、一応確認しておこう。
「リリン。俺はランク5以上の魔法は教えるなって言ったと思うんだが?」
「約束はちゃんと守っている。教えたのは高ランクでは無い」
「……地面が抉れてるんですが?」
「……使ったのはランク4の魔法。でも、重ね掛けして威力を上げてみた」
「だめだ!意図が伝わって無かったッ!!」
詳しくリリンの話を聞くと、俺達が森へ向かった後、パプリにせがまれて魔法を教える事になったらしい。
俺から高ランクの魔法を教える事を禁止されたリリンは、威力重視ではなく、便利さ重視の魔法を教える事にしたという。
で、問題はここから。
パプリに魔法を教え始めてすぐに話し相手の居なくなったシシトがリリン達に合流し、なんとみんなで魔法の見せ合いをしたんだとか。
その時点で嫌な予感しかしないが、リリンは少し俯きながら、「ちょっと調子に乗ってしまった」なんて恐ろしい事を呟いた。
「具体的に何をしたんだ?可能な限り、全部吐き出せ」
「……雷光槍を使っての曲芸と、攻撃魔法を使っての正しい焚火の起こし方。ついでに空を飛んでた怪鳥鴨も撃ち落した」
雷光槍を使っての曲芸?
なにそれ、ちょっと見たかったんだけど!!
俺達がタヌキを餌付けしている間に、リリンはリリンで順調に友好を深めていたらしい。
こりゃ、完全に目的を忘れてるな。
普通に楽しそうだし、何より、調査対象のパプリが完全に懐いている。
「で、火を起こしながら俺達を待っていたと」
「そう。そして、やはりパプリは魔法の才能がある。この短時間で新しく風魔法を覚えてしまった」
「ちなみに、どんな魔法?」
「大地の息吹。基本は突風を吹かせるだけだけど、様々な場面で応用が効くランク5の魔法。これ一つあるだけで、薪を集める必要が無くなるのも良いとこ」
へぇ、便利な魔法もあるもんだな。
そんな魔法を使えるのなら、薪を収拾にし行く前に教えて欲しかったけど。
俺は集めてきた薪を乱暴に火にくべながら、辺りを見渡す。
俺達を狙っているという人物は、何もトーガ達の中にいるとは限らない。
最大限の警戒はしたるべきなのだ。
キョロキョロと周囲を索敵し、ふと、見慣れない黄色が地面に落ちているのが目に留まる。
俺が注視していると、深々と生い茂る木の上から黄色い何かが落下した。
……あれは、バナナの皮!!
アイツ、早速食ってやがるのか!!
俺達と別れてから一時間も経っていない。どんだけ食いたかったんだよ。
これはもう、タヌキの大好物はバナナで間違いなさそうだ。
今度見かけたら買っておこう。
これでタヌキ帝王に出会っても安心だ。