第22話「普通の冒険者の冒険・休息時間」
「どうだユニクル?ほら、なんか言えよ」
「……そうだな!」
ドヤ顔で迫り来るトーガと、引きつった笑みで後ずさる俺。
連鎖猪を倒してから大体30分が経っただろうか。
未だにドヤ顔が張り付いているトーガは、俺に戦いの感想を求めてきているのだ。
……正直、困った。
連鎖猪程度を相手にして、4人掛りでの戦闘。
それも、一撃を与えては逃げるの繰り返し。……手堅い戦術ではあるが華がない。
というか、俺一人で戦ってもトーガ達より早く倒しきる自信がある。
リリンに至っては、ここから一歩も動かないで瞬殺するだろう。
はっきり言ってしまえば、ちょっとがっかりしている。
……なんて、言えればどんだけ楽なことか。
トーガに教えを請いたいなんて言ってしまった手前、今更そんな事を言えない。
適当な愛想笑いで誤魔化そうとしたんだが、トーガはどうしても感想を聞きたいらしい。
良い歳したおっさんがドヤ顔とか、いい加減見るに堪えなくなってきた。
あぁ、めんどくせぇ!!
ここは心無き大悪魔なワルトを真似をして、適当な事を言って乗り切ろう。
俺だって心無き魔人達の統括者なんだからな。出来るはず!!
「すまんなトーガ。ちょっと驚いちまって、なんて言ったらいいか言葉を選んでたんだ」
「ふっ。そうだろう、そうだろう」
「んで、感想だが……あの音を立てないカサカサした走り方は見事だ。あれならかなり近くまで接近できそうだな!」
「……カサカサ?」
あの気配を消す走り方は見る所が有ると思う。
まるで村長の家に時折出没する黒虫みたいだ。
……村長やレラさんはその黒虫を殺害するために、さらに気配を消していたけど。
「それと道具が良い。墨玉に煙玉だったか?ああいう小細工は俺にはない技法だしな!!」
「……小細工?」
墨玉に煙玉。
ああいった小道具を俺は持っていないしな。……多機能な鎧は来てるけど。
墨玉みたいな小細工は高レベルの生物に通用するとは思えないが、覚えておいて損は無いような気もする。
「連鎖猪ぐらいならと思ったが、数はそこそこ多い7匹だった。連携も上手かったし!!!」
「7匹って、ほぼ俺達の倍数なんだが?」
倍って言ったって、連載猪だし。
グラムを7回振ればそれで終わるし。
「流石はベテラン冒険者だな!!!!」
「テメェ……喧嘩売ってるのか?」
あ、あれ、なんで!?
ちゃんと褒めただろ!怒らないでくれよ!!
俺はしれっと適当な言い訳をして気持ちを切り替えると、視線をトーガから外した。
視線の先からこちらの向かってくるのはシシトとパプリ。
トーガの雰囲気は剣呑になって来てるし、良いタイミングで帰って来てくれたな。
二人は自分たちで用意していた簡易転移陣で、不安的機構に連鎖猪を転送していたのだ。
その作業は非常に重労働だったらしく二人とも息が上がっているし、シュウクに至っては残った連鎖猪の残骸の横でぶっ倒れている。
こんなことでも、俺達とブロンズナックルの間に横たわる圧倒的な差が浮き彫りになった。
転送作業自体はリリンがやっている所も何度も見ているし、俺も知っている。
だが、今、目の前で行われていた行為は俺が知っているのもとまるで違うものだった。
リリンは捕った獲物を転移陣に乗せる際、短距離用の転移魔法を使う。
だがブロンズナックルの皆さんは、まさかの手作業。
目算で見ても体重100kgは越えるだろう連鎖猪。その巨体を持てる大きさに切り分けてから三人がかりで転移陣に乗せ、そして、シシトとパプリの二人掛りで魔力を注ぎ転送。
これを何度も何度も繰り返す。だが、決してその動きはスムーズじゃなかった。
連鎖猪から流れた血が転移陣を汚し、一回ごとに清掃作業が挟まれるからだ。
シシトが魔法で水を出し、みんなでゴシゴシ洗い落とす。
その後、パプリが火の魔法で乾かし、もう一度最初から。
……なんて原始的な作業なんだろうか。
リリンが殺った場合、雷光槍で傷口を焼くため殆ど血は出ない。当然、転移陣が汚れる事もなく、転送事態も一回で終わる。
ここまで戦力差があると、本当に申し訳なく思ってくる。
すまんな。リリンは理不尽なんだ。
「ったくよ。シシトもパプリも息が上がってるし、いったん休憩にするぞ」
「ト~ガ~。そう思うなら、私達の息が上がる前に手伝いに来なさいよ!!」
「は、俺までお前らん所にいったら、誰がコイツを守るんだよ。護衛だよ護衛」
いえ、護衛とかいらないです。
リリンも居るし。
俺は未だにドヤ顔が残っているトーガを他所に、シシト達を労おうと視線を彷徨わせる。
シシトはトーガと言い争い中。
シュウクは連鎖猪の残骸と添い寝中。
パプリは……ん?リリンが話しかけているな。……何をしてるんだ?
俺はリリン達に歩み寄り、聞き耳を立てた。
なんだか凄く嫌な予感がする。
「はい、パプリ、お疲れさま。これでも飲みながら休むといい」
「ありがとう、りりんおねーちゃん!!」
んんッ!?何それどういう事!?!?
リリンは流麗な動きで空間に手を突っ込むと、オレンジジュースが入った瓶とコップを取り出した。
その後、さも当然のように氷を魔法で作ってコップに入れ、ジュースを注ぐ。
パプリは「きゃあ!りりんおねーちゃんすごぉい!!」と大興奮でコップを受け取った。
戦闘の後によく冷えたジュースで釣るというのは、まぁ良いだろう。
だが、パプリがリリンの事を「おねーちゃん」呼びしているのは頂けない。
俺はそっとリリンの傍らに立つと、静かに耳打ちをする。
「リリン、どうしておねーちゃん呼び?」
「私からお願いした。だってパプリはすごく可愛い。抱きしめたい!甘やかしたい!」
……おう、なんか変な事になってるんだが!?
出会ってからまだ2時間も経っていないのに、この大悪魔さんはもう手を出したのか。
パプリの表情から察するに嫌そうではないから、上手く懐柔したらしい。
……確かリリンには妹が居て、もう亡くなっているんだったよな。
好きにさせてやるか。
「さてリリン。これからどうする?まだ情報収集を続けるか?」
「ん。もう少し実力を計ろう。私もこの子に魔法を教えてあげなければならないし」
「んん!?なんでそうなった!?」
「良く考えてユニク。この子はまだこんなにも小さい。なのに冒険者をしているというのはあまりにも過酷。だからここは魔導師の先輩として見過ごすわけにはいかない」
「一応聞くが、何を教えるつもりだ?」
「第九守護天使……を教えてみて出来なそうなら、簡単な結晶球結界。ついでに攻撃魔法を何種類か」
「実力を隠せって俺、言ったよなッ!?」
言ったそばから何をやらかそうとしてるんだよッ!!この大悪魔はッッ!!
つーか、第九守護天使は確かに凄い魔法だけど、そのせいで深刻な状況に陥っている奴もいるんだよ!!
俺は、大悪魔レジェリクエを本気で怒らせてしまったであろうロイに黙祷を捧げると、目の前の問題を処理すべくリリンへ視線を向けた。
「待て、リリン。流石に第九守護天使はやり過ぎだ。強い魔法ってのは例え防御魔法であっても身の丈に合わなければ滅びを呼ぶぞ」
「うーん。確かにそんな事、昔ワルトに言われた気がする……」
「だろ?だったら簡単に教えるべきじゃない。少なくとも敵じゃないと判断するまではな」
「分かった。パプリには私達を傷つけられない程度の魔法しか教えない。……パプリ、ちょっと来て」
「なになに?どうしたの?」
「魔法の訓練なんだけど、ちょっと予定変更。一撃でドラゴンを葬れる魔法じゃなくて、三回くらいでドラゴンを葬れるやつにする」
「まてまて、リリン。ちょっと待て」
「……どうしたの?ユニク」
「俺の話、ちゃんと聞いてた?」
「威力の高すぎるランク9の魔法はダメだから、それなりの威力のランク7なら良いという話では?」
「ランク7もダメだから!!」
リリンは、ん?なんで?という平均的な思案顔をしながら、パプリの頭を撫でている。
恐らく心無き計画を立てているんだろうが、12歳の子供になんて事をさせようとしてるんだ。
ランク7の魔法はな、敵だけじゃなくて味方も破壊するぞ?
もし仮に成功して、パプリが連鎖猪を纏めて吹っ飛ばそうものなら、ちょっとイラつくトーガのドヤ顔が間違いなく粉々になる。
「でも、この子、才能ありそうだし……才能は伸ばせる時に伸ばした方が良いと思う」
「伸ばすって言っても限度があるだろ!教えていいのはせいぜいランク5くらいまで。主雷撃とかその辺までだ」
「むぅ……。パプリ、予定が大幅に変更された。ブロンズナックルのリーダーの座には付けなさそう」
「そうなの?それは残念さんだねー」
だから何をさせようとしてるんだよッッ!!
***********
「おらユニクル。女どもが休んでいる間に俺達は飯の準備をするぞ」
「飯の準備?」
「どうせその様子じゃ狩りの仕方も知らねぇんだろ?やり方教えてやるからついてこい」
どうやらトーガは、楽をする為に連鎖猪の転送作業を手伝わなかった訳ではないらしい。
シシト達が休んでいる間に食事の準備として、枯れ枝や落ち葉を集めて夕食の支度を進めるという。
時間を無駄にせず、常に誰かが働いている状況を維持するのが基本なのだそうだ。
流石はベテラン。こういう知恵は素直に見習うべきだな。
トーガの話では、夕食は残った連鎖猪の肉をメインにするそうだが、違う種類の肉があるとなお良いとの事。
なんでも、シュウクは料理が得意らしく肉を二種類以上混ぜた特製ハンバーグは絶品なのだとか。
その言葉にリリンが素早く反応し、「そういう事なら私が素早く狩ってくる。大丈夫、ホロビノの背にの……」と、ここまで言いかけた所で口をふさぎ、俺は首を振った。
どう考えても、全然大丈夫じゃない。
事態を知らないトーガ達は不思議そうにしているが、「いや、気にするほどの事でもねぇよ」と俺が弁明をしたら納得してくれたようだ。
あぁ、ほんと気にするほどの事じゃないぞ。
壊滅竜の召喚を阻止しただけだ。
そんな訳で、俺とトーガは二人だけで探索を始めた。
乾いている枝や落ち葉を袋に詰めながら、簡単に捕れる小動物を探す。
トーガが言うには簡単に見つかるらしいんだが、全然見かけない。
これはトーガも予想外だったようで、困っている様子だ。
もしかしたら、ドラモドキの生物淘汰はかなり進行してしまっているのかもしれない。
急いだ方が良さそうだ。
そんな事を考えていると、前を歩いていたトーガが立ち止まった。
ゆっくりと振り返り、口に手を当てて静かにしろとサインを送ってきている。
ん?もしかして、ヤバい生物に出くわしてしまったのか?
俺は「どうした?」と小声で確認をし、トーガは嬉しそうな顔で「見ろ、獲物を見つけたぜ」と嬉しそうに指差さした。
……あぁ、なんだ、タヌキか。ホントどこにでも現れるな。
……。
……………。
えっ!?タヌキだとッッッ!!
「待て、トーガ。タヌキを捕るのか?」
「勿論だろ。タヌキと猪の荒挽きハンバーグ。今夜はご馳走だぜ」
「ちなみに、どうやって捕るんだ?タヌキは強ぇぇぞ。もの凄く」
「はっ。タヌキなんざ、コイツでイチコロよ」
は!?タヌキがイチコロだとッ!!
伝説の宝具か何かかッッ!?
トーガが手にしているのは、金属製のパイプが組み合わされた道具。
どこかで見たこと有る、野生動物を捕まえるための罠だ。
これは真ん中のスイッチを刺激すると、するどい刃が付いた金属板が閉じ足を挟みこむトラバサミだな。
確かにこれを使えば簡単に捕獲することができるだろう。
……相手がタヌキじゃ無ければな。
狡猾なタヌキが相手である以上、失敗は必然だ。
俺はやめておけという意味を込めて、トーガに「そんなもんで捕まえられるのか?」と問いかける。
すると、予想外の答えが返って来た。
「当然だろ。むしろこれ以外にどうやってタヌキを捕まえるんだよ?」
「は?」
「タヌキは素早いから追い付けねえ。でも食い意地が張ってるから、餌を仕掛けたら簡単に掛るぞ。まぁ、見てろよ。餌は……この朝飯の食いかけパンで良いか」
ば、馬鹿な……。
あの凶悪無慈悲で悪逆非道、暗黒魔獣なタヌキが簡単に捕れるだと……。
トーガは罠の真ん中に、朝飯の残りだという食いかけのパンを付けると、タヌキに向かって放り投げた。
トラバサミにはひもが付いていて、その先はトーガが握っている。
トーガは巧みにひもを操り、タヌキの前方5m地点に静かにトラバサミを着地させた。
こういうスキルは本当に超一流みたいだな。……さて、どうなるか
「くくく、タヌキの野郎は馬鹿だからな。見たこと無いパンとかにはすぐに食い付くんだ。たとえ半分腐っててもな」
「……なぁ、失敗しても気を落とすなよ?」
「なんだユニクル。これは伝統的なタヌキ狩猟の方法だぞ?失敗なんかしねぇよ」
へぇ。こんなのが伝統的な方法なのか。
確かに、タヌキが食いかけのパンで釣れるって聞いた事がある気がするけど。
だが俺は確信を持って失敗をすると断言する。
なぜなら、俺の目の前にいるタヌキは、普通のタヌキじゃないからだ。
―レベル71210―
コイツは間違いないッッ!!
タヌキ将軍だッッッ!!




