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第18話「重力流星群」

「ユニ。キミは僕に屈し、心臓こころを射抜かれるんだ。この、『氷終王の槍刑(ハデス・バイデント)』でね」



 誰かの声なんか、聞いている暇は無い。


 刻一刻と迫る終焉を歪めるため、俺は全ての力をグラムに注ぐ。

 魔力、筋力、集中力、気合い、怒声、何もかもをだ。

 この場で用意できる全てをグラムに注ぎ、勝利を欲する。


 具体的な計画など無い、本能による行動。

 俺は知っている。

 俺は知っているはずなのだ。この状況を打破するための技を。

 そう、あのときも――



 *********

「大丈夫か?」

「……。」


「泣いているのなら、大丈夫じゃないんだよな?」

「……。」


「ちょっと待ってろ。まずはコイツらを倒す。その後で泣いている理由を聞いて、それから……一緒に飯でも食おうぜ?《グラム、解放》」



 *********



 そうだ。


 俺は薄れた記憶の中で、何度だってこの技を使ってきたじゃないか。

 俺が得意とした、必殺技。

 物量を物量で押し殺す、一撃とは呼べない果ての無い連撃。



「……轟け、《重力流星群ガル・ミーティア》 」



 グラムに注ぎこんだ、あらゆるエネルギーが暴走を始めた。

 制御不能なほどに蠢く魔力は、グラムに内蔵された機関を通るたびに加速度的に増大してゆく。


 1が2に。2が4に、4が8に、8が16、32、64、128、256、512、1024……。

 増え続ける破壊のエネルギーは俺の体にも流入し、やがて臨界点に達した。


 俺はそのエネルギーを無理やりに押さえつけ圧縮し、支配。

 可視化するほどに高密度化したエネルギーをグラムの刀身に乗せ、声と共に、振り抜く。



「うおぉぉぉぉらぁぁぁぁぁッッ!!」



 それはまるで、水に濡れた刀身を振った時のようだった。


 破壊の力を秘めた飛沫。

 その飛沫はそれぞれが黒い流星物質となって天に打ち上がり、そして、個別に新たな重力源となってこの場の何もかもを引き寄せる。

 突如起こった引力と引力のせめぎ合いの影響を強く受けたのは、天を支配していた千万の槍。

 上下左右あらゆる方向から押し付けられた引力によって、槍同士が激突し、あっけなく砕け散り、それに比例するように、空中には残骸を集めた星が出来上がる。


 千万の槍の最後の一本が原形を留めていない塵芥となったのは、世界の終りとも表現すべき破砕の音を伴って、残骸で出来た流星群が地上に向けて落下し一際大きい破壊を実現した時だった。



「……まさか、ね。まさかユニが、こんな大技まで扱えるようになっていたとは、僕ですら…………。」

「すまねぇな、ワルト。今使えるようになったんだよ……お前に勝ちたくてな」


「なんだい、なんだい。そんなに……僕を手に入れたいのかい?まったく、嬉しいなぁ……」



 ……やっべぇ……こりゃどう見てもやり過ぎだ。


 俺の目の前で倒れ伏す人影はワルトのみ。

 地面に叩きつけられた衝撃で飛散した瓦礫の直撃を受け影リリンは崩壊し、ワルトもかなりのダメージを受けたらしい。

 今も息が絶え絶えといった様子で地面に伏し、俺を睨みつけている。


 なりふり構わずに放った『重力流星群ガル・ミーティア』は凄まじい威力を秘めていた。

 物理法則を歪める新たな重力発生源が、千万の槍を叩き壊した所までは良い。


 問題はその後。

 粉々になった槍の破片を凝縮し尽くし、巨大な重量を秘めた重力流星群ガル・ミーティアの残骸が、ワルトや影リリンに向かい落下したのだ。

 残骸が地面と衝突する瞬間、ワルトが何やら防御魔法を張ったようだが衝撃に耐えきれなかったようで、今に至る。



「確かに僕は、結構キミを煽ったさ。でもね、これはやり過ぎじゃあないのかい?第九守護天使までもが耐えきれずにブチ壊れたし、操り物質に関しちゃ原形すらない。相手が魔導師の僕じゃなかったら、事故死は確実さね」

「……いや、本当にすまん。流石にこんな事になるとは思ってなかった」


「いいさいいさ。逆にリリンが近くに居なくてほんと良かった。ヘタしたら巻き添えになっちゃうからね。……さて、ユニ、勝利宣言でもしたらどうだい?」



 ワルトは気だるそうに体を起こすと、胡坐をかいて地面に座った。

 服もそこら中が擦り切れてしまっているし、フードもかろうじて頭にかぶさっていると言った状況。


 もしかして、俺は勝ったのか?

 ワルトは両手を地面に突き、俺が近寄るのを静かに待っている。表情も抵抗をするようには見えない。

 え、それじゃあホントに……?



「そうだな。それじゃ、ここは男らしくワルトの頭を撫でて、勝利宣言をしてやるぜ!」

「くくく、その後は僕の体で好き放題って事かい?あ、僕は知識はあっても未経験なんだ。優しく頼むよ」


「……ごくり。」



 え、えーと。まさか勝てるとは思っていなかっただけに、何をしたらいいのか困っちゃうんだけど!!


 ワルトは、恐らく俺をからかう為に言っているんだろうけど、俺だって男だ。

 それなりに、欲求ってもんがある訳で。

 俺は自分の欲求を満たしつつも、リリンにバレても殺されないギリギリを考えながら、ワルトの前に立つ。


 と、とりあえず、頭を撫でて勝利宣言をしよう。

 話はそれからだ!!


 俺は恐る恐る手を伸ばし、ワルトは頭を差し出した。

 やがて俺の手がワルトのフードに触れ、ゴシゴシと何度か撫で付る。


 ……なんだろうこの感覚。

 どこか懐かしい。前にも一度やった事があるような……?

 俺は勝利宣言をする事も忘れ、懐かしい感情のせいか、少しだけ手に力を込めてしまった。


 ……その結果、俺の腕がワルトの頭にめり込んだ。



「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

「やれやれ、だから優しくしてくれと言っただろう?」



 腕が、俺の腕がワルトの頭にぃぃぃぃぃぃ!?!?


 どう見ても俺の腕はワルトの頭にめり込み、ぬめりとした感覚が帰ってくる。

 え、っちょっとまって、え。

 どどど、どういう事ッ!?



「「くくく、そもそもね、後衛職たる僕が馬鹿正直に姿を現して戦うなんて、そんな失策をすると思ったのかい?」」

「……な!」



 前後から、全く同じ声が聞こえた。

 一つは目の前でボロボロになりながらも不敵な笑みを晒しているワルト。

 そしてもう一つ、慌てて振り返った先にいたのは……一切の傷を受けていない、戦う前と同じ姿のワルトだった。



「まさか…………」

「ご明察かな。事態の仕掛けは、僕が『戦略破綻』を名乗ったあの瞬間。召喚した杖『三つ仕掛けの杖マジック・トリック・トリニティ』を起動させてた時まで遡る」


「俺は……ずっと……」

「この杖はね『トリニティ』、つまりは三位一体を可能にする。つまり、出現させた2体の操り物質と僕とで”トリニティ(三位一体)”だったのさ。でも、僕はそこに細工をした」


「ずっと、騙されていた……?」

「本来ならば操り物質は、本物とは明確に区別されるデザインをしている。リリンと影リリンの色合いが違うようにね。でも僕はそこに『大規模個人魔導パーソナルソーサリィ価値観の崩壊(カラプス・エヴリディ)』で干渉を仕掛けた。書き換えたのさ、片方の操り物質の外見が僕と同じになるようにね」


「だとすると、俺の今までの戦闘は……?」

「全くの無駄足ってことになるね。こうして、本体たる僕は未だに無傷なんだから」



 なん……だと……。


 驚きのあまり声すら出ず、不敵に笑うワルトに視線を送る事しかできなかった。

 俺は最初から戦いのステージにすら上がっていなかったのだ。


 これが、悪辣極まる『戦略破綻・ワルトナ・バレンシア』。

 ……まさかタヌキよりも酷い性格の生物が、この世にいるなんてな。



「俺の完敗だ……。流石にもう一度同じ事をして、勝てる自信がない」

「んん?完敗ってほどでもないだろう。そもそも、僕の予定じゃ操り物質二体でキミをボコボコにして勝利した上で、「僕はまだ本気じゃありませんでした―」と宣言するつもりだったんだよ」


「……なにそれ、ひどい!」

「でも、結果は異なった。操り物質は二体とも損壊し機能不全。……正直、驚きを隠せないでいるんだよ、ユニ。なにせ、この戦略は僕の手の内を知っているリリンですら三回に一回は攻略に失敗する。それなのに、知らずに真正面から攻略してしまったキミは流石に英雄の息子だと、褒めたたえるしかないさ」



 ……あれ?ワルトが優しいぞ?

 なんだこの、朗らかな空気は。なんだこの、戦いが終わってめでたしな雰囲気は。

 俺の直感が告げている。


 ……さっさと逃げろと。



「ということで、『戦略破綻』はここでおしまい。ここからは……」

「ひぃ!逃げろッッ!!《飛行脚ッ!!》」


「何者でもないただの、『ワルトナ・バレンシア』。キミには見て欲しいんだよ、ユニ。偽りのない僕の姿をね」



 俺の視野の端に、ワルトが取り出した何かが映った。


 それは、道化師を模した一枚の仮面。

 ワルトは慣れ親しんだ手つきで仮面を装着し、口もと以外の表情が隠蔽される。


 しかし、俺には分かってしまった。

 その仮面の下の表情が、”笑っている”のだという事が。



「この仮面はね、昔、僕の大好きな人から貰った物と同じデザインなんだ。この仮面をつけている時だけは、僕は誰も騙さなくて良い」

「ちくしょう!仮面のせいで悪魔度が桁違いに上昇している!?」


「悪魔度ねぇ。この仮面を侮辱するのは、例えキミでも許さないよ、ユニ。だからこれはお仕置き。僕をほったらかして逃げだしたキミへ贈る、僕の素直な気持ちさ」

「うぉぉぉぉぉ!!第九守護天使!第九守護天使!!第九守護天使!!!」


「《あぁ、僕には欲が無かった。何も無い、知恵も感情も心も、何もかもが僕には無い。……無かったんだよ、キミに出会うまでは。尊敬、崇拝、恋慕。言葉なんてどうでもいい。僕はキミが……欲しいんだ。顕現せよ。》」

「ひぃぃぃ!!」


「《―神栄虚空しんえいこくう・シェキナ―》」

「なんだとッッ!?」



 ワルトの詠唱が終わった瞬間、瞳に映っていた何もかもが崩壊し、別の何かに組み上げられた。

 無事だったのはおそらく、グラムとそれに触れていた俺だけ。


 この場に有った全ての物体は一度世界の理から外れ、再びこの座標で再構築された。

 それは、俺が放った『重力流星群』によって破壊され尽くしていた部屋の内装が、傷一つ無い光沢を放つ『漆黒の空間』に置き換わった事から見ても、間違えようのない事実。


 これは危険だ。

 背中を見せて逃げている場合じゃない。



「……ワルト、なんだその武器は?弓みたいに見えるが?」

「あぁ、弓さ。神の精神体を射る為に創られた、世界最強の十の神殺しの一つ。『神栄虚空しんえいこくう・シェキナ』。キミの持つ、『神壊戦刃・グラム』と同等の武器さ」



 ワルトの持つ、赤と白の弓。

 いや、弓と言っていいのかすら不明。弦も無く、飛ばす矢も無い。

 弓のように弧を描いているというだけの、何か別の物のようにも感じる。



「俺のグラムと同等……?」

「世界に神が存在するというのはご存じだろう?そしてその神が何度か世界を滅ぼそうとした事も。僕らの先人達はそれを良しとせず、事あるごとに神にあらがった。そしてある時に作りだしたんだ。神をも穿つ伝説の宝具をね。僕らが持つのはそんな、理すらも歪める正真正銘の破壊の象徴さ」


「俺のグラムがそうだってのは驚きだが、親父が使ってたのなら不思議じゃねぇか。ただ問題なのは、ワルト。お前がそんなもんを所持していて、あろうことか俺に向けているって事だな」

「そうだねぇ。この装備は僕の全力で本気も本気。正直、一番付き合いが長いリリンにすら、見せた事は無いんだ」


「じゃあ、なんで俺に見せた?」

「そうだね。キミに見て欲しかっただけだよ、世界最高を操る僕の姿を。そして願わくは、英雄ユニクルフィン誕生のきっかけにでもなればと思ってね」


「……どういうことだ?」

「さてね。でもリリンを守るんだろう?だが、グラムを起動させられないようじゃ、それは不可能なんじゃないのかい?……いくよ。」



 ゆらりとワルトの姿がぶれて、次の瞬間には俺の足元に数十の矢が刺さっていた。

 そして、それらと同じ数の穴が俺の体に空いている。

 体が、崩れ落ちてゆく。



「くっ……はぁっ」

「《予言せよ、シェキナ。彼は再び立つ》」



 ぐらりと視野が反転し、俺は再び地に立っていた。

 今、俺は間違いなく、殺された。

 その証拠に体を貫いた矢があんなにも――ない。


 さっきまであった数十の矢は、もう、どこにも無かった。



「外傷は無いだろう?この弓が貫くのは精神体、いうなれば心だからね。でも、心が死ねば体も死ぬ。油断はしない事だ」

「つまり、俺は攻撃を受けてかろうじて生きているだけって事か?」


「そうそう。この矢に貫かれた人の運命は僕に委ねられる。キミは僕の掌の上さ」

「最早、訓練とは呼べねぇな。これは普通に殺し合いだとすら思うぜ?」


「殺しはしないさ。ただ、そうだね……」

「?」


「せっかくだ。気持ちよく勝たせてもらうよ!!」



 その声を聞き終わる前に、俺は一気に前に出た。

 相手は遠距離武器。離れていては勝機が無いに等しい。


 愚直だと思うが、今の俺にはそれしかできない。


 とすん。と右肩に痛みが走った。

 左足にもだ。

 今度は……心臓。


 穿たれた心臓から漏れ出る血液を感じて、苦し紛れに手を伸ばすも、ワルトには届かなかった。




 *********



「……あれ?」

「どうしたんだい?ユニ。そんなマヌケな顔をして」



 俺達は今、椅子に座っている。

 周りを見ればさっきまでリリンと共にワルトと談笑していた部屋だった。


 あれ……?俺はどうして今ここに座っているんだっけ?

 あぁそうだ、確か重力流星群を放った後、飛んできた瓦礫で酷い目に会ってワルトが引き分けだと宣言して、それで……。


 若干ながらも混濁する意識の中で、おぼろげに覚えているあの光景は何だったんだろうか?

 凄まじい光景だった事と、死にかけた事くらいしか覚えていない。

 いないんだが……。俺が居るべき戦場がそこにあった気がする。


 神をも穿つ、破断の刃――



「おーい。本当にどうかしちゃったのかい?ユニ。ほら、早く僕に願いたまえよ。リリンが戻ってくる前に」

「ふぇ!?」


「もしかしてキミ、忘れたふりをして無理難題な願いを僕に言いつける気だね?そうなんだろう?」

「っちょっとまて、お願い……?あ。」


「僕が甘やかしてやれば、すぐこれだよ。いいかい?この僕に引き分けたご褒美として、キミの質問に対して何でも一つ偽りなく話す。叶えてやるのはそれが限界だよ」

「そうだったな。そうだな、なんでもか……」



 あの後、お互いに満身創痍だと判明し、引き分けだと宣言を出したワルト。

 俺としても勝敗にこだわりがある訳でも無く、無事に生き残れればそれでいいとそれに同意。


 これで事無きを得たと思ったのだが、どうやらワルトはご褒美をくれるらしい。

 闇の世界に生きるワルトが知るどんな情報でも一つだけ、嘘偽りなく話す。

 これには金一塊の価値があるとワルトが言うもんだから、有効に使わなければ。


 そうだなぁ。あ、そうだ。あの事を聞こう。



「なぁ、ワルト。これは俺の生死に関わる重量な案件なんだが……」

「え!?生死に関わる重要な案件だって!?そんな事を隠していたのかい。さぁ、話すんだユニ!!」


「……『病んでリリン』って、なんだ?」

「…………。どこでそれを?」


「カミナさんだよ。あの人、最後に「病んでリリンにしないようにね!」なんて言い残してな。だから俺はその病んでリリンの正体を知りたい。……知らずに遭遇してしまったら死ぬからだ!!」

「なるほど、そっちからかい。いいよ、教えよう」


「ごくり。」

「病んでリリンというのはね、リリンが本気で激怒した時に見せる表情の事だ。アレはまさに悪魔と呼ぶべき代物で、別人格なんじゃないのかとすら僕は疑っているよ」


「な……!!それほど酷いのか……」

「酷いなんてもんじゃないね。ホロビノがカミナにすり寄って助けを求めるレベルだ」


「なにそれ、やばい……」

「はは、まぁ、せいぜい気をつけるんだね。なにせ……」



 ズダァンッッ!!



「ワルトナっ!!それにユニクもっっ!!二人とも私をのけものにして酷い!!凄くすごぉぉぉく、酷いと思う!!!」


「……このリリンよりも、もっと怖いからね」

「そうか。不安しかねぇな」



 当たり前のように扉を雷光槍で串刺しにし、その後主雷撃で木端微塵。

 もうもうと煙立つ入口から、悪鬼羅刹なリリンが現れた。


 そうか、鬼ごっこ中だったもんな。そうか……そうか……。



 リリンの説教は、この後1時間も続いた。




 ************



「はぁー、行っちゃったなぁ。リリンも、ユニも」



 暗い室内で机に身を預けている少女が一人。

 彼女の名前はワルトナ・バレンシア。先程まで活気づいていた部屋にひとり残り、その余韻を感じるべく淹れなおした紅茶で一息ついていた。



「あーあ。せっかくユニ達が「そうだ、一緒に敵の選別をしに、任務をやらないか?」って誘ってくれたってのに、ホント、タイミングが悪い。不幸な女だよ僕は」



 ワルトナは愚痴をこぼすと、口だけで皿に乗せて合ったクッキーを咥えてサクサクと食べ始めた。

 どこからどう見ても、だらけ切った行動であり、指導聖母として組織を統べる人物の姿とは思えない。



「で、さっきから構って欲しくて溜め息をついているってのに、だんまりかい?シスター・バリアブル。出てこいよ」

「……あなた様のため息に触れようとするなんて愚かな行為を、する訳ないじゃないですか。人生が歪みます」


「まったくひどい言われようだね。僕はこんなにも純粋無垢なのに」

「全てのやり取りを見ていましたよ。その上であえて言います。私の知る限り、世界最大の悪女ですね、あなたは」


「……お褒めの言葉として受け取っておくよ。久しぶりに会って今は気分が良いからね」

「久しぶり?ご友人とは三か月前にも会ったとか言ってませんでしたか?」


「あぁ、リリンの方じゃないよ」

「……もしや?」


「7年ぶりなんだ、ユニと会うのはね。写真で見るよりもずっとカッコよくなってたな……ユニ」



 そこでシスターバレンシアは、机の上に置かれていた皿の横に、一枚のカードがある事に気が付いた。

 それは先程、リリンサが手にしていた物と完全に一致する、黒いカード。



「そのカード、ご友人から奪ったんですか?」

「いいや、それは違う。このカードは僕の『ゆにクラブ』カードだ。ユニとの思い出を刻んだ大切な宝物だよ」


「……なるほど、彼もあなたの毒牙にかかっていると。……不憫で仕方がりませんね。先程のご友人達も、そして、別室で待機している彼女も」

「おや、気が付いたのかい?」


「あれだけ似ていれば普通は気が付きますよ。食欲旺盛なのも全く一緒じゃないですか。フルーツタルト、一つ丸々食べ切りそうですよ?あの子」

「そうかいそうかい。それじゃ、ゆっくり向かうとしよう。食べている途中に現れるのはマナー違反だからね」



 ワルトナはゆっくりと立ち上がると、慈しむようにカードを手に取り、懐にしまいこむ。

 そして、「さぁて」と仕切り直しの声を上げ、真っ白い法衣に身を包んだ。



「本当に似合いませんね。その法衣。私自信、似合っていなかったと自負していましたが、それ以上です」

「だって彼女は僕の事を本物の聖母だと思っているからね。ちょっとした演出って奴さ」


「……。」

「さて、では向かうとしよう。《寄贈する扉(ドネートドア)》」



 扉は、ゆっくりと開く。

 あえて例えるならば、それは……運命の扉。



「あ、ワルトナさん!お久しぶりです!!」

「おっと、元気そうで何よりだね。……シスター・ファントム」



 純黒の髪を揺らしながら、シスターファントムは笑顔で答えた。



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