第14話「裏悪魔会談・悪辣計画1」
「さてと。それじゃ席にも着いたし、本当の作戦会議を始めよう」
「何事も無かったかのように始めようとしてるけど、問題だらけだからな!?」
ワルトは、今までのやり取りなど全て無かったかのように平然と椅子に座り、慣れた手つきでお茶菓子を出した。
さっきは受付の人にお茶菓子を出すように指示をしていたが、普通に自前で用意していたらしい。
恐らくリリンに全て食われるから、隠してたんだろうな。抜け目がない。
……さて、どう考えても展開が怪しすぎる。
ワルトが言うには、リリンには常識が無いから俺達だけで話をしたいとの事だが、隔離してまで秘密にする必要があるとも思えない。
ここは慎重にワルトの思惑を探ろう。
「なぁ、ワルト。やっぱりリリンも一緒の方が良いんじゃないか?」
「いいや、それはダメなんだよ、ユニ。今から話すのはリリンには聞かせられない、僕の”罪滅ぼし”も含まれているんだから」
「ワルトの……罪滅ぼし?」
「そう、償いと言ってもいい。キミには話しておくべきだろうね。リリンが如何にして、今のリリンになったのかを」
……今のリリンになった?
今のっていうと、心無き魔人達の統括者なリリンの事か?
なにそれ、すっごく気になるんだけど。
「よし、聞こうじゃないか」
「……僕とリリンの出会いは、唐突だった。だけど、特に劇的な事がある訳でなく、乗り合い馬車で隣に座ったのがきっかけと言えばきっかけだったのかもしれない」
ワルトは、大切な思い出だと言わんばかりの優しげな声色で、昔話を語りだした。
今までのおどけた雰囲気の無い語り手のような口調に、俺は意識を引きこまれてゆく。
「暇つぶしと思って話をしただけさ。だけど、不思議とリリンとは話が合ったんだ。目的地が同じという偶然もあって僕らは数日間を共に過ごし、親しい友人となった。そして、お互いが確実性のない捜索の旅が目的だと分かって、だったら一緒に探そうとなったのは、確か僕から提案したはずだ。でも、それがこんな事になるなんて……」
「なにか問題でも起こったのか?」
「問題?あぁ、おおありさ。なにせ……純粋無垢で穢れの一つもない清廉潔白だったリリンが、……僕の可愛いリリンが、みるみる内に小悪魔になっていったんだ!」
「それは問題すぎるッ!!」
ワルトが何を言い出すのかと思ったら、まさかの、大悪魔・誕生秘話。
一転してワナワナと落ち着きのない態度になったワルトは、「今のリリンしか記憶にないユニには分からないだろうけど、僕にとっては一大事だったんだよ!」と熱く語っていらっしゃる。
……でもさ、それってワルトの影響なんじゃないのか?
「なぁ、怒らないで聞いて欲しんだが、原因はワルトだろ?」
「そうなんだよ!ぶっちゃけ僕が原因……と言うと悲しくなるから、心無き魔人達の統括者みんなが原因という事にして、話を聞いてくれ」
「……おう」
「リリンは、まるで真っ白なスポンジみたいな子だった。僕やレジェ、カミナやメナフといった周囲の影響を良くも悪くも受け過ぎて、出来上がってみたら、必要とあらば手段を選ばない理不尽の塊みたいに育ってしまった」
「……。」
「心無き魔人達の統括者は自分なりのポリシーを持っていて、それを振りかざしながら旅をしてきた。だけど、それがいけなかったんだ……。」
「…………。」
「リリンの発言がちょいちょい黒いのは、僕の『破綻話術』を真似したから。効率重視で感情を蔑ろにしがちなのは、カミナの『並列手術』の模倣。言葉より先に手が出るのはメナフの『無言実行』だね。そして、アレな倫理感はレジェの『掌握統治』のせいだ」
「………………。」
「僕らはね、それこそ、自分が非常識なことをしているって自覚をしている。僕だって「悪いなぁ」と思いつつも悪巧みをするし、他のみんなもリスクを承知で好きに生きた。……でも、リリンは非常識をしている自覚がまるでない!僕らの真似で罪悪感も抱かないまま、それが普通だと思ってしまってるんだ」
「…………………。」
「だからこそ、僕はリリンに別れを告げた。ホントはもっと一緒にいたかったけど、でも、このままじゃリリンの為にならないと思って泣く泣くね。……もしあのままずっと一緒に居たら、リリンは僕と同じ指導聖母になっていただろうね」
「……そもそも、教育に悪い事をするんじゃねぇよッ!!」
……まったく。
悲劇ぶっているけど、要は一緒に悪だくみをしていたら、リリンが覚えてしまったという話だろ?
第一、パーティー名が『心無き魔人達の統括者』って。
悪事が生きがいです。って名乗ってるじゃねぇか!
「ワルト。どう考えても、お前が悪いぞ。リリンと俺に謝れ。俺には三回ぐらい頼む!」
「それは断る。ほら、僕は悪女だから謝罪なんてしないのさ」
「そういう事が悪影響だって自覚あるッ!?」
「おや、そうだったのかい。一つ勉強になったね」
ちくしょう。まったく悪びれた様子がない。
こういう時はリリンなら素直に謝ってくれると思うが、ワルトは顔色一つ変えずに余裕の表情でお茶を飲んでいる。
さすが元祖、心無き大悪魔。
普通の動作でも、俺の精神にダメージを入れやてきやがる。
「じゃあ、リリンが嬉々として暴力に訴えたり、可愛い顔して口が悪かったり、理不尽なまでに強いのは、全部……?」
「僕らのせいだね!」
「……ちなみに、大喰らいなのは?」
「それは僕らには関係ないから、血筋かなんかじゃねーの?」
くっ。やはりリリンがアレなのは、心無き魔人達の統括者が原因だったか。
薄々そうかなと思ってはいたが、こうして言われると、色々思う事があるな。
ちなみに、大悪魔の影響を差し引くと『純粋無垢な食いしん坊』になるらしい。
それはそれで、どうかと思う。
「そんなわけで、僕としてはこれ以上の悪事を見せて、リリンを汚したくないのさ。それはキミにだってメリットがある事だろう?」
「くっ。正論だから文句が言えない。だが、一ついいか?どうしてそこまでリリンにこだわるんだ?たまたま出会っただけなんだろ?」
「……なんだい。ユニだって僕を言葉攻めするんじゃないか。やっぱり、キミが仲間になったのは正しい道だったようだ。ようこそ、心無き魔人達の統括者へ」
「褒められているようで、全然褒められていない!!いいから理由を話してくれよ!」
「……僕はね、友達が少ないんだ。正直に言えばリリンくらいしかいないんだよ」
え?いきなりどうした?
急にしんみりした空気感を出したワルトは、淡々とリリンにこだわる理由を話す。
曰く、ワルトには友達が少なく、心許せる人物なんてリリンくらいしかいないというのだ。
いやいや、いっぱいいるだろ?大悪魔たちが。
「他の心無き魔人達の統括者は?一緒に旅をするくらいなんだし、仲が良いんだろ?」
「レジェもカミナもメナフも仲間であるし、関係性も悪くは無いと思うけど、僕とは見ている物が違いすぎるんだ。彼女達は自分の人生を歩んでいる。……何にもないのは僕とリリンだけで、だからこそ友達だって言えるのかもしれない」
「……心無き魔人達の統括者以外にもいるだろ?ほら、さっきの受付の人とか」
「あれは普通に下僕。戦って僕が勝ったんだから当然だよね」
「……。」
「だから、僕にとってリリンはかけがえのない大切な友人なんだよ。………………で。」
「……で?」
「そんな僕の可愛いリリンに、悪ーい虫がくっ付きそうになってるじゃないか」
「……なんか、嫌な話の流れになって来たな……」
「ということで、覚悟は良いかい?ユニクルフィン?」
「全然よくねぇよッ!!さっき危害は加えないって言ったばかりだろ!」
「おっとそうだね。僕は守る前提で約束を交わしているから今のところは危害は加えないよ。……もっとも、都合が悪くなったら裏切るけど」
「そういうのが悪影響なんだろッ!!だめだ、これはリリンには見せられない!!」
そういうことを平気でするから、リリンが悪魔に育っていくんだよ!
たとえば真っ当に商人とかしてれば、もっと違う未来があったんじゃないかと本気で思う。
……もう手遅れだけど。
「ということで、ユニ。キミには僕のリリンの為に働いて貰うよ」
「リリンの為というのなら嫌とは言わねぇけど、何をしろって言うんだ?一応俺達は神託によって一緒にいる事が定められているし、別行動は出来ないぞ?」
「流石の僕も、気軽に神託を破れなんて言えないよ。ま、気を楽にして聞いて欲しいんだけど、結局やる事はリリンの前で説明した事が大半だ」
「ん?だとすると、敵の暗劇部員……指導聖母だっけ?を撃退するってこと?」
「そうそう。リリンに危害を加える奴なんて放置するわけないし、捕まえる事が出来たら僕が直々に心無きな懲罰を与えるとしよう。それでなんだけど、まず、ユニが現状を正しく理解しているか確認したい。説明してくれるかい?」
「現状か……そうだな……」
俺達の置かれている現状はこうだ。
1・俺達には明確な敵がいる。
2・その敵とは、不安定機構の指導聖母と呼ばれるワルトと同じ階級の大悪人。
3・その大悪人は、有能な部下に暗劇部員と名乗らせ、俺達に直接干渉をしかけてきている。
4・目的は、俺とリリンの両方を手に入れようとしているらしい。
その対策
1・俺達からは攻撃を仕掛けない。
2・ただし、情報の収集をする為に『合同で依頼を受ける』という形で冒険者を募集する。おそらく敵は食い付くので、自然な形で情報を引き出す。
3・そして、敵の動揺を誘う為に俺とリリンは出来るだけイチャラブする。非常に加減が難しい諸刃の剣だ。
……こんな所か?
「こんな感じだったよな?ワルト」
「オーケー。オーケー。完璧だよユニ。そしてここからはリリンに聞かせられない悪事の時間だ」
「……おう」
「でも、その前に一つだけ、キミに言っとかなくちゃならない事がある。……ぶち殺されたくなかったら、間違ってもリリンに手を出すんじゃないよ」
「ひ、ひぃ!!」
こ、怖い!!
これはまたリリンとは違った系統の恐怖!?
リリンはどこまでも凍てつくような視線を飛ばしてくるが、ワルトのは鋭い刃物のような視線だ。
……今ここにホロビノが居たら、確実に漏らしてると思う。
「これはね、キミの為に言っているんだよ、ユニ。もしリリンに手を出そうものなら命の保証はないと、僕の上司『大聖母ノウィン』様に誓ってここに宣言する」
「これまたヤベェ人物に誓ったな……。リリンの保護者だったか?」
「ノウィン様はね、それはもう、リリンを可愛がられていらっしゃる。僕ですら入った事のないノウィン様の私室にリリンを招き入れて、世界中から集めた美味しいお菓子をご馳走するくらいにね。それなのにリリンに手を出してごらんよ?不安的機構・”白”に在籍する者、つまりは全ての冒険者がキミを殺しに掛るだろうね」
「なんて恐ろしい未来ッ!?」
「ちなみに、僕は僕で、不安的機構”黒”の使徒を可能な限り集めてキミの所に遊びに行くよ。……あれあれ?不安定機構の総力戦になっちゃったぞ?」
「誓うッ!俺は絶対にリリンに手を出さないと誓うからッッ!!そんな未来は勘弁してくれ!!」
なんだよ!イチャラブしろと言っておきながら、手を出すなって何その矛盾ッ!?
そもそも手を出すつもりもなかった訳だけど、ちょっとくらい青春じみた事が出来るかなと思ってたのに!
俺は一応の確認として、ワルトに視線を向けてみた。
ワルトは察したようで、親指を立てて微笑んだ後、くるりと手を逆さまにして地面を指し示す。
言葉こそないが『手を出したら、地獄に落とすぞ』ということだろう。
「……分かったよ。あくまでもイチャラブする振りをしておけばいいんだろ?意外とリリンは演技派だし、俺が注意しておけば済む話だな」
「くれぐれも頼むよ?ちなみに、リリンとイチャラブするんだし他の女に手を出すなんてのは論外だから。キミに許されてるのはタヌキを愛でる事だけさ」
「タヌキは愛でねぇよッ!!」
何が悲しくてタヌキなんぞを愛でないといけねぇんだよ!!
そんな事をするくらいなら、ホロビノとじゃれあってた方がまだマシだろ。
……いや、それはそれで命の危険があるな。やめとこう。
「それでさ、ユニ。これはどうしても、うん。どうしても聞いておかなくちゃならない事なんだが……。キミはリリンと同じ部屋で寝泊まりしているのかい?」
「え?そうだけど。実は俺、最近まで所持金が少なくってさ。リリンが同じ部屋で良いって言うから甘えてたんだ」
「なんだい、そういうことか。流石に英雄の息子といえど童貞だしね。寝る時は同じ部屋で仕切りでも立てているのかな?」
「いや、そんな事はしてないぞ?普通に一緒のベットで寝てるよ」
「……え?」
「俺もどうかと思って断りを入れたんだけどな。リリンが一緒に寝るのも訓練の内とか言うからさ」
「……ちょ、ま、え、そんな、って、え、ええええええええええええええええええええええ!?!?」
あれ?何でそんなに驚くんだ?
だって、一緒に寝るのは訓練だってリリンは言っていた。
だからこれは心無き魔人達の統括者の共通認識だと思っていたんだが、違うのか?
……うん。どうやら違うらしいな。
ワルトは、ギリリと露骨に歯を軋ませて「いらん入れ知恵をしたのは、レジェの奴だな……!」とお怒りの様子。
俺はワルトの事をミステリアスな雰囲気だと思っていたけど、案外、表情が豊からしい。
そんな視点で見ると、意外と可愛らしく見えてくるから不思議なもんだ。……実際は大悪魔だけど。
「ユニ!なんて事をしてるんだよ!?キミはお風呂上がりの良い匂いがするリリンと、毎日毎日、一体どんな事をしやがったんだい!?」
「何にもしてねぇよ!!よく思い出せワルト。俺は、童・貞・だッ!!」
……自分で言っていて、もの凄く悲しくなった。
泣いていいかな。良いよな。
ぐるぐるげっげー。
「あ、そう……そうだったね……。くっ!この戦略破綻を動揺させるとは、キミも中々やるもんだね、ユニ」
「俺としちゃ面白くない展開だけどな。そんなわけで、俺とリリンは大変に清らかな関係性だから。心無きな未来は勘弁してくれ」
「もちろん、手を出していないなら危害は加えないが……正直、可愛さ9割増しのパジャマリリンを見て、欲情しないとかユニ、ホント大丈夫?」
「なんだその可哀そうなモノを見るような視線は!?俺だってな、我慢するために工夫をしているんだよ!」
「工夫?ちなみにどんな工夫だい?」
「タヌキパジャマを着て貰ってる」
「……は?」
「リリンには子供用のタヌキパジャマを着て貰って、一緒に寝てるんだ」
「……ちょ、ま、え、そんな、って、へ、変態だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!? 」
なんでそうなるッ!?
俺はただ、憎たらしい顔のタヌキと可愛らしいリリンが融合しているのを見て、無我の境地を感じているだけだ。
やましい気持ちなんて、これっぽっちもない。
だってタヌキだぞ?無理だろ。
「ユ、ユニ!?それはいくらなんでも、おかしいよ!?それなりに人の心の闇を知ってる僕から見ても異常すぎるんだけど!!」
「え?そう……かな?だってタヌキだぞ?見ていて腹立つだろ?だから可愛いリリンと相殺して”無”になるし」
「その理屈はおかしいって!そもそも、なんでリリンにそんなもんを着せたんだい!?」
「いや、リリンがパジャマを選んでくれって言うから、子供服なら色気が出ないよなって思ってな。ちなみにタヌキになったのは偶然だったが、今では正しい選択だったと思っている」
「またレジェ入れ知恵か!本当に余計な事を!!」
パジャマを選んで欲しいとリリンが言ってきたのが、女王レジェリクエの入れ知恵?
どういう事だ?
唯のリリンの気まぐれじゃないって事だろうが、何か思惑があったのか?
「なぁ、ワルト。パジャマに何かあるのか?さっきレジェリクエ女王がどうとかって言ったよな?」
「パジャマ自体に何かある訳じゃないんだ。だた、レジェはリリンに変な入れ知恵をして遊ぶ事があってね。そのせいで僕が何度、後始末に追われたことか……」
ワルトは苛立ちを隠そうともせず、机を指先で叩きながら「あ”ーーー。あの時も、この時も……!」と、声にならない声を出している。
どうみても、もの凄く動揺しているっぽい。
あれ?戦略破綻さんって、意外と可愛げがあるぞ?
少なくとも、想像していたような悪辣極まる外道じゃなさそうだ。
「それでも、ユニはリリンに手を出していないんだね?本当だね?」
「本当だよ。悲しい事に、神託がらみの魔道具で俺が童貞だって証明されているし、嘘の付きようがないだろ」
「そうだね。はぁ、よかったぁー」
ワルトは、ふー。と大きな溜め息を吐きだして、肩から力を抜いた。
その様子は本当に安堵しているようで、心底、リリンの事を案じていたのが伝わってくる。
なんだよ。あれだけ悪ぶっていたのに、仲間想いの良い奴じゃないか。
俺はワルトの評価を上方修正しつつ、これから話されるであろう本当の作戦に身構えた。
……でも、これだけリリンの事を想いやれるのなら、心配はいらないのかもしれない。