第13話「魔導鬼ごっこ」
「……魔導鬼ごっこ?」
「凄く懐かしい。よく深い森とかでみんなと遊んだよね」
「あぁ、本当に良い思い出だ。僕も張り切りすぎて、草原を焼き払ったり、森を剥げ山にしたりしたもんだ」
「おおよそ鬼ごっことは思えねぇ!?どうしたら鬼ごっこで草原が焼け野原になるんだよ!!」
おい、リリンにワルト。
二人で思い出に花を咲かせているみたいだが、俺はまったく状況についていけていないんだが?
だけど、少なくとも室内でやるようなもんじゃないと言うのは十分に分かる。
うんうん。最後にやった魔導鬼ごっこでは、ホロビノの奴が一発逆転を狙って『竜滅咆哮』を放ったって?
……ふざけんな!死人が出るだろッッ!!
「おい、ワルト。こんな室内で俺達と何をするつもりなんだ?良く考えろ。な?」
「いやいや、この悪辣極まる『戦略破綻』に向かって良く考えろとは大きく出たもんだね、ユニ。もちろん当然、まったく問題ないように計画しているさ」
ワルトは、おどけた声としぐさで愛嬌をふりまきながら、異次元ポケットから一枚の紙を取り出した。
そこには『ルール集3』と表題が打たれ、数行に渡って文字が書かれている。
ざっと見た感じ、魔導鬼ごっこについての説明みたいだ。
「ということで、ユニにリリン。今回は『魔導鬼ごっこルール3・破壊魔法無し、一本勝負』だ」
「ん。了解」
「残念なことに、俺には全く伝わってこないんだが?」
「そうだろうねぇ。分かるように話していないからね」
「ユニク。魔導鬼ごっことはワルトナが考案した、魔法でも何でもありの無差別級遊戯。基本的に第九守護天使を掛けてからやるので怪我などは無いから安心して」
「……鬼ごっこをするのに、第九守護天使が必要な時点で全く安心できる要素がない。そもそも、デス・ゲームとか不安しかねぇよ!」
第九守護天使を使うって事は、最高ランクの防御魔法が無いと命の危険があると言う事だ。
どう考えても普通の鬼ごっこではない。というか、鬼ごっことかいう可愛い呼び名で呼んじゃダメだな。
『悪鬼羅刹ごっこ』ぐらいがちょうどいい気がする。
「ま、取りあえず説明するけど、要は普通の鬼ごっこと同じさ。相手に素手でタッチしたら勝ち。……ただし、素手で触れるには第九守護天使を突破しなくてはならないから、乱闘は必須科目だね」
「たかが鬼ごっこで第九守護天使をぶっ壊せってか!?いや、良く考えたら問題はそこじゃねぇ!!」
「おや?何か気になる事があるのかい、ユニ」
「第九守護天使をぶっ壊すのが勝利条件って事は、心無き魔人達の統括者は全員、第九守護天使を破壊できるってことだよな!?」
「おぉ!察しがいいね、ユニ。そうさ。僕らは……と言っても、ホロビノはイマイチだけど、問題無く第九守護天使を破壊する手段を用意しているよ」
「マジかよ!?第九守護天使は最強の防御魔法なんだろ?」
「あぁ、純粋な防御力はね。この魔法の特性は、どんな攻撃も第九守護天使の耐久値が残っている限り吸収し続けるという物で、当然、限界はある。強い魔法をぶつけ続ければその内壊れてしまうものなんだよ」
確かに、第九守護天使にも限界はあるとリリンも言っていた。
だが、以前にリリンの『雷人王の掌』では破壊は困難とも聞いている。
だとすると、15mのウナギを黒焦げにする威力以上の魔法をみんなでぶつけ合うって事だろ?
……なにそれ、地獄?
あ、でも、大悪魔の催し物として見れば真っ当なのか。ははは。
「もう一度言うぞ、ワルト。ここは室内だって事を考えろ。な?」
「もちろん分かっているさ。だからこそのルール3、『破壊魔法無し』だ」
……破壊魔法無し?
それじゃ第九守護天使を破壊できないだろ?
ってことは、普通の鬼ごっこなんじゃ……?
「なんだよ驚かせやがって。普通の鬼ごっこならそうと言ってくれよ!」
「ユニク。魔導鬼ごっこルール3は普通の鬼ごっことは違う。むしろ、他の魔導鬼ごっこと比べても、最も異質と言うほかない」
「……なんだって?」
「魔導鬼ごっこルール3は、攻撃魔法以外ならなんでもあり。つまり魔道具は使い放題。自分の持ちうる道具で如何に相手を追い詰めるかというゲーム」
「それはつまり、リリンやワルトが伝説級の魔道具を片手に、俺を追いかけ回すってことか?」
「うん」
「……恐怖体験、再び!!」
あぁ、懐かしきあの頃。
清々しい風の吹く丘で、ロイとシフィーと俺で、凶器を手に持つリリンや澪さんから逃げ回ったもんだ。
そのおかげで冒険者としての基礎が身に付いたともいえるあの臨死体験も、リリンにとっては慣れた遊びの一つだったという事か。
あぁ、マジ、心無き大悪魔。
人の涙をなんだと思っていやがる。
「そんなことしてたのか……。どおりで手慣れてると思ったぜ」
「勿論、遊ぶ以外にも目的あるのさ。第九守護天使の耐久値を知るという重要な目的がね」
ワルトの話では、魔導鬼ごっこは鬼ごっことは名ばかりの、戦闘訓練だったらしい。
その戦闘訓練の一番の目的は、第九守護天使を筆頭とした防御魔法の耐久力を感覚で覚えること。
どうすれば防御魔法を突破できるのか。
どんな攻撃を受けたら破壊されるのかを体で覚え、全ての戦況をコントロールして、絶対的優位に立つ。
この盤石な体制で無敗を誇ったからこそ、心無き魔人達の統括者は大陸中に名を轟かせる事となったとか。
……その有用性は十分に分かるが、今ここでする必要は無いよな?
「なぁ、そもそも、その魔導鬼ごっこをやる意味が俺には分からないんだが?レクリエーションというのなら、もっと穏やかな事しようぜ?」
「もちろん意味ならあるさ。このバッチと携帯電魔の使い方を練習するっていうね」
バッチと携帯電魔の練習?
どうやら、この怪しげな道具達には他に使い道があるらしい。
「このバッチが発信器で、携帯電魔が受信機になっているんだ。要は現在位置が分かる位置特定機として使えるってわけ。これがあれば、有事の際にも安心だね」
「有事の際?」
「敵の暗劇部員によって、キミらが分断されてしまったなんて事態も起こりうる事だろう?むしろ可能性としては高いくらいだ。そんな時にお互いの位置が分かるなら安心して行動できる」
「なるほど……確かにその通りだな」
ワルトの言うとおり、俺達が別々の場所にいる時や片方が襲撃を受けた時などで非常に役に立つ。
それ以外にも使い方は無限にありそうだ。
ともかく、いつでも連絡が取れるというのは非常にありがたい。
「それなら、練習するに越した事は無いか」
「そうそう。この戦略破綻の計画に協議の必要性は微塵も無いよ。みんなで楽しく、僕の手の平の上ってね」
みんなで楽しく僕の掌の上って、騙すつもり満々じゃねぇか。
……まぁ、いいか。
何だかんだ楽しく話をしてきた訳だし、俺に対して実害があった訳じゃない。
リリンも心配いらないと言ってるし、ここは普通にレクリエーションとして楽しもう。
「それで、どんな事をするんだ?」
「ユニは初心者だからね。今回は僕と一緒に逃げ役をしよう。リリンは鬼役をしてくれるかい」
「ん。ワルトナとユニクがペアなの?私はユニクと一緒がいい!」
どうやら、俺は追われる側らしい。
初めてやる俺が、百戦錬磨の大悪魔を捕まえられるとは思えないし異論は無いんだが、不安はあるぞ。
そんな俺の内心など全く考慮する気の無いワルトは、「いやいや、良く考えてみてくれ、リリン」とリリンの意見に真っ向から戦いを挑んだ。
「リリンはさ、ユニをずっと探していたんだろう?」
「もちろんそう。修行時代も入れれば、5年以上となる」
「でさ。結局、捕まえる事が出来たのかい?今のこの状況って、唯の偶然でしかないと僕は思うんだ」
「!!」
「だからここらで一度、しっかりとユニを捕まえておくべきだ。逃げるユニを捕まえて、背中に手形でも付ければ完璧だね」
「わかった。見つけて捕まえて、全力で叩いて手形を付ける!」
「ちょっと待て。手形ってのは比喩的な意味だよな?本当に手の形が残るくらい引っ叩くって事じゃないよなッ!?」
なんだか若干雲行きがおかしくなりつつも、魔導鬼ごっこの方向性が決まった。
逃げ役・俺とワルト。
追い役・リリン。
舞台はこの大書院ヒストリアの地下10階~15階の人の出入りが少ない区画。
勝利条件はリリンが俺に触れること。当然、それをワルトが妨害し、2時間逃げ切れたら俺達の勝ちになるらしい。
「というわけで、さっそく始めようじゃないか。リリン、携帯電魔の使い方は覚えたね?」
「バッチリ。今も画面には現在位置『大書院ヒストリア12層』と書かれている」
「よし、大丈夫だね。それじゃ、第九守護天使を掛けてっと」
ワルトの手によって第九守護天使が掛けられ、俺達の準備も整った。
どうなるか不安いっぱいだが、せっかくなので頑張って楽しもうと思う。
目標は、『生き抜く事』だ。
「それじゃ、まずは鬼役のリリンから別の階に転送するよ。ほい、《寄贈する扉》」
ワルトは予備動作も無いままに、魔法名だけを唱えて壁を指差す。
すると、何も無い唯の壁だった場所がウニャリと歪み、細かい文字がびっしりと書き込まれた扉が出現した。
どこからどう見ても魔法で出来ているっぽい扉。
表面に書かれた文字がグルグルと動き回っているので、非常に不気味で禍々しい。
……『地獄門』とでも勝手に名付けよう。
「いつ見てもワルトナの空間魔法は凄い。こんなの私には到底できない」
「虚無魔法は相性が良くないと難しいからね。こればっかりは才能さ。さて、それじゃ始めよう」
「うん。……ユニク、おとなしく首を洗って待っていて欲しい。すぐに捕まえてあげるから」
「その言い方だと、捕まったら殺されるよな!?絶対に逃げ切ってやるッ!!」
リリンは、少しだけ『くすり』と笑い声を漏らすと、扉をくぐって消えて行った。
恐らく、スタート位置的な場所に転移されたんだろう。
よし、次は俺達の番だな。
俺は初めて受ける転移魔法に若干ドキドキしながらも、ワルトの出方を窺う。
そしてワルトは、禍々しい地獄門を閉じながら俺に向き返り、朗らかに笑った。
「さて、鬼も居なくなった所で、僕らは机に戻って楽しく談笑をしようじゃないか。ね、ユニ」
「……え?」
「あー何から話そうかなー。この戦略破綻を迷わせるなんて、ユニは罪深い男だね」
「……は?」
「おや?状況が呑み込めていないみたいだ。ほら、ユニ。とりあえず座りなよ」
「……。ちょっと待て。鬼ごっこをやるんじゃなかったのか?」
「え?やらないけど?」
「なんでだよッッ!!」
何でやんないんだよ!?
今の流れ、普通にレクリエーションを始める流れだっただろうが!!
そんでもって、俺に数々の災難が降りかかり、ヘトヘトになりながらも悪魔的な友情を深めあう展開の筈じゃないのかよッ!?
「おい、ワルト。一体どういう事だ?」
「どうもこうも、そもそも、図書館で鬼ごっことかマナー違反だろ。ここは静かに本を読む所だぜ?」
「……どの口が言うんだよ!自分で提案したんだろ!!」
「さっきも言っただろ?『みんな楽しく、僕の掌の上』ってさ」
確かに言ってたけども、普通に冗談だと思うだろ!
というか、リリンがどっか行っちゃったんだけど。
もしかしなくても、これ、非常にピンチなのでは?
「あぁ、密室で若い男女が二人きり。これは、悪辣極まる僕ですらドキドキしてしまうね」
「……確かに俺もドキドキしてるぜ?蛇に睨まれた蛙ってこんな感じなのかなって」
「なんだい、状況を正しく認識してるじゃないか。そう、今からユニは僕に、ぺロリと食べられてしまうんだ」
「助けてッ!リリーンッッ!!」
ちくしょう、嵌められた!
何が目的か知らねぇが、絶体絶命のピンチな事、間違い無し!!
俺は頼みの綱のリリンの居場所を探るため、自分の携帯電魔を覗き見た。
どうやらリリンは今、地下15階にいるらしい。
……よし、使い方は覚えたし、ここら辺で実習は修了って事でいいんじゃないかな!
「なんてね。流石に冗談だよ、ユニ。ボクはキミに危害を加えるつもりは無いから安心してくれたまえ」
「……お?おう?」
「今リリンは地下15階にいる。物理的にこの部屋から一番遠い場所に転送したから戻ってくるまでたっぷり2時間くらいはかかるはずさ」
「何か目的があるんだな?ワルト」
「勿論だよ。今から僕とキミで、本当の戦略会議をしたいんだ」
「本当の戦略会議?戦略会議ならさっきやったし、そもそもリリンを隔離して何になるんだよ」
「リリンにはね、聞いて欲しく無いこともあるんだよ。あの子には心配をかけたくないんだ」
「……?」
リリンには心配をかけたくない?
ワルトは、若干ながらも声のトーンを落としつつ、すごく落ち着いた態度で、ポツリポツリと語りだした。
「さっきまでの戦略会議は、言わば半分なんだ。敵の正体の推察も別の考察も勿論、僕の本気の意見だけれども、あえて伏せている事もある」
「なんでそんな事をしたんだ?情報は出来るだけ共有するべきだろ」
「だって……」
「だって……?」
「だってリリンは、常識がズレてるからさ。全部話すと、変な方向に行ってしまうんだ」
「……あぁ。何となく察した」
うん。リリンの常識はどこかおかしいとは常々思っていたが、まさか、仲間内からその言葉が出るとはな。
リリン恐るべし!と思いながらも、一旦その事は保留にしておこう。
今この瞬間は全身全霊をもって、目の前の大悪魔の対処をするべきだ。
『戦略破綻・ワルトナ・バレンシア』
取り扱いに失敗すれば、俺の人生が破綻すること待ったなしだ。




