第11話「第二次悪魔会談・忌むべき師匠」
うっわぁ。すっごいジト目。
今、リリンの目の前に森ドラゴンを差し出したら、1分もかからずにバラされるだろう。
俺の見たては正しかったようで、リリンは不愉快と苛立ちを前面に押し出しながら、乱雑にクッキーを噛み砕いて飲み込んでいる。
これは手に追えそうにない。一体何が逆鱗に触れたんだろうか?
「リリン?なんだか凄く嫌そうだけど、どうしたんだ?」
「嫌そうなのではなく、本気で嫌。あんなのの前にユニクを連れていくと考えただけで、イライラが止まらない」
「くくく。リリンは相変わらずだね」
「何がどうなってやがる?……あ!もしかしてリリン、アマタノが怖いのか?」
「それは……確かに幾億蛇峰は怖いけれど、本当の問題は別の所にある。あいつら……、声に出して名を呼ぶだけでゾッとする変態共に、ユニクを見せたくない!」
「不安定機構”白”の大幹部を変態呼ばわりか。いやいや、僕には恐ろしくて真似できないね」
「事実として変態なのだから、変態と呼ぶべき!!」
リリンは凄く興奮し、「あんなのに敬意を抱く方が間違っている。全世界の女性の敵!」と言いたい放題だ。
……いつもクールなリリンが興奮するなんて相当だぞ?
前に一度興奮した時は英雄・ホーライがらみだった訳だし、それに匹敵するほどにリリンに取っての一大事な訳だ。
しかも、前回と違って今回は悪い意味での興奮。
心無き大悪魔たるリリンが罵倒するほどの人物が、不安定機構”白”にはいるらしい。
……どこら辺が、白?こっちも真っ黒だろ。
「なぁ、その人らってリリンの師匠なんだよな?普通師匠って言うと尊敬とかするもんだと思うんだが……」
「尊敬?私にあんな事をさせておいて尊敬なんてする訳ない。牢屋に閉じ込めておいた方がいいと思う!!」
「いやいや、それはダメだろうねリリン。たとえ人間性に問題があろうとも、あのお方たちの実力は本物だ。牢屋に閉じ込めるなんてしたら、地獄と化すよ」
「どんだけやべえ奴なんだよ!!一応良識ある”白”側なんだろ!?」
「良識?そんなもの欠片もない。あるのは変態性のみ」
「……一応の弁護をすると、不安定機構の上官としては、この上ない才覚と実力を持つ文字どおりの最高戦力なんだけどね。ただし、問題があり過ぎるんだよ。……主に性癖に」
……性癖?今、性癖って言った?
……。
リリンのこの嫌がり様から見て、とんでもない化物が潜んでいそうだ。
というか、リリン的にはアマタノそのものより、こっちの方が問題なんだな。
「一応さ、その人達について教えてくれないか?情報なんてのはあればあるだけいいしな!」
「そうだね。じゃあ、僕があのお方たちがどんな人か説明するから、リリンは肩書きを言ってくれるかい?」
「声に出すと魂が汚れるからホントは嫌だけど、ワルトナの頼みだから今回は特別!」
「……すまん、心の準備が必要そうだな。すーはーすーはー。……よし、良いぞ」
人となりを聞くために心の準備がいるなんて、初めての経験だ。
俺はたっぷりと深呼吸をして、気持ちと脈拍を整え身構えた。
そんな俺の準備を楽しそうに眺めていたワルトは、「それじゃ、言いますかね」と改めて口を開く。
「……彼の魔導師を表す形容詞に適切な言葉を用いるのは難しい。なぜなら、彼の功績は人知の理解を置き去りにしたものばかりだからだ。『不可逆の返還』『不可避の回避』『不滅の淘汰』。こと不可能とされた事象ばかりを数々とこなし、容易だったと笑う彼に対し僕らは、ただ、栄光を称える事しかできない。そう、彼こそは偉大なる黒魔導師・『エアリフェード』。そしてまたの名を――」
「――『黒幼女主義』!!」
「どうしてそうなったッ!?!?」
お、おい!何がどうしてそうなったんだよッ!?
途中までは物凄くカッコイイ前置きだったのに、最後ので台無しにも程があるだろ!!
「なんだよ黒幼女主義って!そんな不名誉すぎる肩書き、明らかにいじめだろ!!」
「ユニク、勘違いしてはいけない。肩書きとは自ら名乗るもの。つまり、エアリフェードの『黒幼女主義』も自ら名乗っているということ」
「っっっ!!!こいつはやべぇ!!!」
「そう、そんなのが後二人も居る。私の苦労も理解出来たと思う!」
確かに、自ら『黒幼女主義』と名乗っているんだったら、とんでもなくヤバい奴だ。
なにせ、自分で自分の事を「変態です!」と名乗っているという事になる。
どこの世界に自らの性癖を名刺代わりに使う奴がいる?居るわけがないだろ、そんな奴。
だが実際にいると、リリンもワルトも言っている。
しかも、知識と戦闘力が半端ないらしい。
この瞬間、記憶にない親父の後ろ姿が見えた気がした。
……この世界には、強くなると変態にならなくちゃいけないルールでもあるのか?
「一人目でヤバさは十分に分かったが、せっかくだし残りも頼む」
「怖いもの見たさって奴かい、ユニ。ま、僕としても面白いから話すけど」
「残りも凄く変態!覚悟した方が良い!!」
「では次はっと……人類最高の肉体。それは一体どんな物であるか考えた事はあるだろうか。降り注ぐ弾幕の雨をもろともしない?戦略級の魔法を拳一つでねじ伏せる?いやいや、それでは説明が不十分。彼の拳闘士の肉体は、人間を構成する物質から掛け離れた未知の物質で構成されているとすら噂されるものだ。魔法を絶やさずその身に宿し続け数十年。半魔法人間と化した彼の名は『アストロズ』。またの名を――」
「――『筋肉露出卿』!!」
「嬉々として脱ぎ出しそうな語感ッ!?!?」
「さぁ、最後だ。……剣皇。その言葉は文字通りの意味を持つ。剣を扱う者共を一つの種族として見た場合の、『皇』たる存在、それが『剣皇』。そして、彼は歴代の剣皇の中でも異端中の異端。剣だけではなく魔法の秘法すらも解き明かし、いつの日にか、至高の魔導剣士と呼ばれるようになった彼の名は『シーライン』。またの名を――」
「――『収集癖侍』!!」
「最後はオタクッ!?守備範囲によっては一番ヤバそう!?」
なんなんだよ、コイツらはよ!!
真っ当な人間である感じが微塵もしねぇぞ!!
ダメな部類の人間まっしぐらな肩書きからは、頼るとか頼らないとか以前に近づいちゃだめな気配がにじみ出ている。
子供が近くにいたら、普通に事件です。
しかし、その正体は人類の守護者たる不安定機構”白”の最高幹部だという。
……人類大丈夫か?滅ぶんじゃないのか?これ。
「少なくとも、世界の命運をコイツらに掛けようとは思わねぇ酷さだ」
「あ、そういう真っ当な人間からの支持は、ミオ・ロウピリオドが担っているよ。ま、彼女も御三方が師匠だってのは隠しているみたいだけどね」
「澪が居なかったら、私は真っ当には育ていなかったと思う。今頃、黒いゴッシックドレスを着て高飛車に高笑いをしていたに違いない」
……黒いゴシックドレス?
なんだそれ、ちょっと見てみたい気がする。
今のリリンの恰好は、真っ当な魔導師風な格好。
あくまで魔導師”風”なのは、楽しそうに肉弾戦を行うリリン用にカミナさんの手によって服が調整されて、裾などがヒラヒラし過ぎないようになっているからだ。
そんなリリンが180度真逆の黒のゴシックドレスを着る。
おそらく3割増しで可愛く見えるだろうな。でも、悪魔度も3割増しになりそう。
……悩みどころだ。
「ははは、ちょっと見てみたい気がするな!」
「え!?ユニク、何を言っている!?は、恥ずかしい!」
「えー。僕的には反対だなー」
「ん?どうしてだ?ワルト」
「だって、その格好じゃレジェとキャラが被るんだよ。ゴシックロリは仲間に一人いれば十分さ」
「……でも、ユニクが見たいと言うのなら!」
レジェリクエ、ゴスロリなのかよ!!
あ、でも、実際女王な訳だし、真っ当と言えば真っ当なのか?
……黒いゴシックドレスを着て、あの酷い性格で、侵略大好きな、女王を名乗る、大悪魔?
あーこれ、小説とかでよく見る黒幕的な奴だ。
うん。リリンをそんな暗黒面に落としてもろくなことにならなそうだな。却下で。
「で、その師匠の人柄は分かったけど、実際にリリンは何をされたんだ?あ、答えにくかったら答えなくてもいいぞ?」
「……。当時、純粋無垢だった私は、師匠の教えが正しいと思い込んでいた」
あ、今は純粋無垢じゃないって自覚があるんだな。
純粋無垢な魔導師は、三頭熊を杖で殴り倒さねぇもんな。
「魔導師は身だしなみからと、エアリフェードから渡されたのは、真っ黒いメイド服。スカートの丈も凄く短いものだった」
「魔導師関係無ぇ!?」
「そそのかされた私は特に疑いもせずその姿で過ごし、時に水着、時に黒ゴスなんかも着ながら、魔法の練習をしていた。そしてある日、別の任務をしていたというシーラインと澪が来た」
「出たな、黒ゴシックドレス!しかも、水着も着たのかよ!!」
「その光景を見た澪は、エアリフェードに文句を言ってくれた。けど、あえなく敗北。なにせ、シーラインがエアリフェード側に付いたから」
「ただでさえ強いらしいのに、二対一とか大人げねぇ!」
「その後、敗北した澪も罰ゲームとしてゴシックドレスを着るように命じられ、恥辱のあまり「くっ、殺せ!!」と涙目で毎日を過ごした」
「澪さん、本当にくっ殺!だったのかよ!!」
「その後、別の任務から帰って来たアストロズが、「太ももと脇の露出が足りない」と言いだし散々弄ばれて、トラウマが出来た澪は全身甲冑で素肌を隠すようになってしまった」
「あの全身甲冑にそんな意味が!?」
「それ以外にも、良く分からない道具を持ってと言われたり、変な語尾を強要されたり。ほとんど理解していないけど、恐らく変態ちっくな事なのは確か」
ミニスカートなメイド服を着せ、良く分からない道具を持たせて、変な語尾を強要だと?
リリンに、
「あの、これ、使い方がわからない、にゃん……」
とか言わせたって事か?
なにそれ、うらやま……。
……なんて悪い奴なんだ、リリンの師匠達は!!
もし会う事があったら、是非、その時の話を詳しく聞かせ……尋問しなければなるまい!
「まぁ、リリンは可愛いから悪戯したくなるのも分からんでも無いけどね。ユニもそう思うだろ?」
「そんな話を俺に振るんじゃねえよ、ワルト!俺とリリンは清らかな関係だっての!」
俺とその変態共を同列にするんじゃねえよ。
俺は自制心を持って、最大限誠実にリリンに接していると言うのに、まったくもって心外だ。
夜だってなぁ、毎日タヌキと添い寝してるんだぞ!
「そういう訳で、リリンの師匠達はちょっとアレなんだが、実力は本物だと言う事は忘れないようにね」
「おう、今この瞬間まで忘れていたけど、これからは気を付けるぜ!」
「さて、肩書きの話をしていたら、すごく大事な用件を思い出してしまったよ、ユニ」
「すごく大事な用件?」
「そうさ。なにせ君は僕らの仲間『心無き魔人達の統括者』になったんだ。それ相応の物を創始者だる僕に支払うのは当然だろう?」
「なんだって!?リリンはそんなもん無いって言ってたぞ!」
「え?ないよね、ワルトナ?レジェもカミナもメナフも払ってないはず」
「あー支払うと言っても、お金や物品じゃないよ。……魂さ」
「魂!?金を取られた方がよっぽどマシだろうが!!」
「そうそう、魂、つまりは名前だ。心無き魔人達の統括者を名乗るなら、肩書きってもんが必要だろ?『総帥伴者』ってのも、悪くないけどねぇー」
「総帥伴者?」
「!!」
……総帥伴者?
なんだったっけ?と一瞬考えて、そう言えばと俺の冒険者カードを取り出す。
そこには、所属P名の欄に『心無き魔人達の統括者 総帥伴者』と書かれていた。
これってリリンが適当に付けた肩書きだったはずだ。
意味については、考えるとむなしくなりそうだったので考えていない。
「しっかし、リリンも中途半端だね。せっかくなんだし、はんり――」
「ワルト、いけない!!それ以上はダメ!!」
「と、僕としても、この総帥伴者というのは気に入らない。ならせっかくだし、キミにも肩書きを付けてやろうって思ってさ」
俺としては、心無き魔人達の統括者になってしまったという事に思う所があるんですが。
まぁ、今更そんな事を言ってもしょうがないし、それは良い。
今はワルトの申し出について、真剣に議論を交わすべきだ。
なにせ、肩書きが付くって事は……。
無尽灰塵・リンサベル
再生輪廻・カミナ・ガンデ
戦略破綻・ワルトナ・バレンシア
運命掌握・レジェリクエ
無敵殲滅・メナファス・ファント
壊滅竜・ホロビノ
この酷い字面に、加われって事だ。
……全力で断るッッ!!