第10話「第二次悪魔会談・那由他なる獣」
おぉ……タヌキ。
俺は散々、お前のことを『悪魔』だとか『魔獣』だとか野次を飛ばしてきたが、まさか事もあろうに『神の先兵』だったとはな。
すまない。俺が間違っていた。
俺みたいなちっぽけな存在が、タヌキ様を侮辱するなんて、なんておこがましい事をしていたんだと悔い改めようと思う。
そして今、俺の心からの言葉を、お前に贈りたい。
……絶滅すればいいのに。
「くっくっく。そんなに目を輝かせてどうしたんだい、ユニ。キミの友達が強いと知って、嬉しくなってしまったのかい?」
「そんなわけあるかッ!タヌキなんぞ、一匹残らず焼き肉になっちまえばいいんだよッ!!」
「それはよくない。煮タヌキや揚げタヌキも食べたい!」
「別にタヌキが強くったっていいじゃないか。リリンの『ゆにクラブカード』にも、『ユニクの好きなもの・タヌキ全般』と書いてあるんだし」
「それな……本当に不本意なんだけど。俺はタヌキが大っ嫌いなんだが?」
「でも、神託によって授けられたカードに嘘が書かれる事は無いはず。だから、ユニクはタヌキが好きなのだと思う。食べるととても美味しいし」
俺がタヌキ好きだと、なぜかリリンが食い下がってきているが、いったん保留。
今は現状、魔獣から神獣にランクアップしたヤバきタヌキへの、今後の対策についてワルトに相談しなければならない。
……リリンに相談すると、「首輪を買いに行こう」とか言い出しかねないしな。
「でもさ、ワルト。その、那由他?って言うタヌキは実際どのくらい強いんだ?そもそも、その那由他ってのが良く分からねぇんだが」
「あぁ、そこからかい。確かに普通の生活じゃ『那由他』なんてのは全く使わないからねぇ。そうさね……『那由他』ってのは、数字の単位の事だ」
「数字の単位?千とか万とか億とかの事か?」
「そうだよ。一・十・百・千・万・億・兆。ここまでくらいなら聞いたこと有るだろ? 」
「あぁ、兆なんて途方もない数字だってことぐらいしか分からねぇけど」
「うんうん、それで、兆の上は京な訳だけど、その上にもまだ数字は続いていく。 億・ 兆・ 京・ 垓・ 叙・ 穣・ 溝・ 澗・ 正・ 載・ 極・ 恒河沙・ 阿僧祇・ 那由他・ 不可思議・ 無量大数。どうだい、分かるかい?」
「……すまん。さっぱりわからん!」
「だろうね。じゃあ、シンプルに0と1で表してみよう。レベル1那由他ってのは数字だと、こうなる」
―レベル1000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 ―
「つまり、”1”の後に”0”が60個だね」
「タヌキッ、強ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
なんぞそれッ!?
”0”が多すぎて、逆に分かりづらいだろッ!!
字として書くだけで嫌気がさすぞ!?書いてる途中で「あれ?ゼロ何個かいたっけ?」って、絶対見返す自信がある!
というか、勝てる見込みがゼロどころの話じゃねぇだろ!!
こんなもん、10歳の子供ですら考えねーよ!
だからさ、何でこんな事をしたんだよ、神!!
普通の人間の俺には、まったく理解できねぇんだけど!!
「なぁ、ワルト。何かの間違いだろ?タヌキがそんなに強いとか、俺をからかう為の冗談なんだろ?」
「キミをからかう事には大いに興味があるが、これについては嘘偽りない本当で史実さ。『レベル那由他の強きタヌキ』こいつが全世界で3番目の強さの神獣なんだよ」
「……そうか。そういえばタヌキは3番目なんだっけな。俺の中でタヌキは最恐だから、強さも最強だと思っていたぜ」
「実は、そこら辺は人によって解釈が違う時があるんだけどね。ちなみに、『不可思議』は数字にすると”0”が64個、『無量大数』は”0”が68個だと、一般的には言われてるよ」
「もう分けわかんねぇな。俺に取っちゃ、全部化物じみてる」
「確かにね。僕もそう思うよ」
「ワルトナ、具体的にはその神獣達が何をしたのか知らない?いくら強いとされても、実際の行動によっては大したことが無いのかもしれない」
「言われてみれば確かにそうだな。口ではなんとでも言えるしな」
「良い所に気が付くね、リリン。確かに、『無量大数』を筆頭に何かを成したという記録は残っていない」
お?話の流れが変わって来たな。
ワルトが言うには、神獣が何かをしたという記録は無いらしい。
……なんだよ驚かせやがって。タヌキに化かされた気分だぜ!!
俺はだいぶ軽くなった心持ちで、おどけた声色で面白そうに語りだすワルトの話に耳を傾けた。
「確かに記録は無いさ。神獣が戦ったという記録はね。ただし、理解が追い付かないスケールの天変地異なら、神獣が生まれた年から頻繁に発生するようになった」
「「……。」」
「天を貫くと言われた霊峰がたったの一晩で、見渡す限りの大平原へ変わった。渡航不可能と言われた魔の海域が沸騰し、果てしない塩の畑が生まれた。生命の源と呼ばれた大森林が死滅し、腐臭漂う墓場と成った。こんな出来事が毎日のように起こったんだ」
「「…………。」」
「そして極めつけに、世界は一度滅んでいる。たび重なる『蟲量大数』の放った怒号に、世界が耐え切れなくなったのさ。崩壊してゆく物質界の中で残ったのはたった3つの生命。『蟲』と『竜』と『タヌキ』だ」
「「…………………。」」
「だけどね、世界は再び構築された。『不可思議竜』の力によって全ての有機物は命を吹き返し、『那由他タヌキ』の力によって無機物はあるべき姿へ回帰した。僕ら不安定機構ではこの日の事を『世界創世の日』として呼び、愚かな人類の戒めとしているのさ」
「……くそう!!タヌキならやりそう気がするのが、ものすごく腹が立つッッ!!」
「これは流石に手に負えそうもなくて飼育不可能。あきらめるしかない」
どんだけスゲェんだよ!タヌキ!!
世界を作り直したとか、最早、タヌキが神なんじゃねえの!?
まったく、そんなトンデモ超生物がいるとはな。この世界は恐ろしいぜ!
俺は努めて冷静に心の中で溜息をつくと、俺の置かれた現状を省みる。
……うん。大丈夫だ。
俺とその那由他とか言うタヌキには何も接点がない。時々タヌキ将軍が顔を見せているし、なんなら、タヌキ帝王も近くにいるっぽいが、まったく関係ないったら無い。
……関係ない……よな?
「くっ、那由他タヌキか……絶対出会いたくねぇ!」
「でもなんとなく、ユニクはその神タヌキと運命的な出会いをしそうな気がする。タヌキ自体は良く会うし」
「リリン!それフラグだから!!」
やめてくれよ、リリン!!
そんな事言うとフラグが形成されて、神の因果律によって俺とタヌキが正面衝突になっちまうだろッ!?
……いや、落ち着け俺。タヌキと正面衝突ってなんだよ。それはもう経験済みだろうが。
「でもさーユニ。タヌキは置いておくにしても、蟲の方はどうだい?僕にはどうも、蟲量大数とキミは関係あるような気がしてならないんだ」
「ワルトもやめてくれよ!それもフラグだろうがッ!?」
「いやいや、フラグというか、そもそもキミは過去に『蟲』を討伐しているんだろう?「虫」ではなく、『蟲』をね」
「……え。あ、あぁ……。ミナチルさんの話か。確かにそうらしいが……」
……なんかだか、今、もの凄く嫌な汗が噴き出してきているんだが。
ついさっきまで快適な室温だったのに、汗のせいでうすら寒く感じるし、まるで思い出せない過去が何かがあったと伝えようとしているようだ。
え、それじゃあ本当に、過去の俺は……?
「さぁユニ。思い出してごらんよ。どうして今、キミはリリンと旅をしているんだい?この旅には一体何の目的があった?」
「旅の目的?そりゃ、リリンが神から『神託』を授けら、れ……」
「正解、神託だったよね。じゃあ、その神託の内容だってもちろん覚えているね?そう、『リリンサ・リンサベルは英雄・ユルドルード実子、ユニクルフィンとこの世界を旅し、いずれくる世界の厄災に備えよ』だ。もしかしたらその世界の厄災ってのは、『無量大数』の事なんじゃないのかい?」
「な、な、な、なんだってぇぇぇぇぇ!?!?」
「ふふふ、これは大変な事になってきたね!」
「ホントだよッ!!ど、ど、ど、どうするんだリリン!?流石に勝てる自信ねぇぞ!?」
「え?何の話をし……あ。」
は?なんだよ今の気の抜けた「あ。」って。
正真正銘、最強の化け物が、世界に厄災をもたらそうとしているんだぞ!?
「えっと、その……。ワルトナ?」
「なんだいリリン。僕にお伺いを立てたって、神託の内容は変わらないだろ?キミは『一生涯ユニと一緒にいて、厄災に立ち向かい続ける』んだろ?」
「くっ!やっぱりそうなのか……」
「え、う、うん。たぶんそう。それであってると思う!」
「そうそう、不安定機構でも高い地位にいる僕が言うんだから間違いないさ。という事でユニ、キミは蟲と戦う運命にあるのかもしれない。この事を頭においた上でよく聞いてくれ」
「あぁ。俺やリリンだけじゃどうにもならなそうだ。知恵を貸してくれ、ワルト」
世界最強『蟲量大数』。
正直、スケール感が違い過ぎてイマイチ、ピンと来ていないが危機的状況だという事は分かる。
というか、敵役二人目か。
……敵ばっかりじゃねぇか!!
俺は気付きたくなかった真実に気が付くと、どうしてこうなったと、叫び出しそうになった。
どうにかその衝動を我慢し、重厚な雰囲気のワルトが口を開くのを静かに待つ。
「……逃げるんだよ、ユニ。キミやリリンだけじゃ絶対に蟲には勝てない。『無量大数』本体どころか、その手下の『兵』と呼ばれる眷属ですら、まったく手が届かないだろう。だから、近づいてはいけない。その兆候を感じたらリリン以外のすべてを捨てて、逃げるんだ」
「兵……?なんか変なのが出てきたが、どうせそいつも強いんだろ?状況は分かった。何がなんでもリリンは守り通して逃げ切る。まぁ、現実は逆にリリンが俺を守ってくれるんだろうけどな」
自分で言っていて悲しくなったが、実際、リリンの方が戦闘力があるのだからしょうがない。
だから、いざとなったら俺が盾にでもなって、リリンだけでも逃がすとしよう。
なんだか、そうしなければいけないような気がするんだ。
「お?いいねその表情。決意を新たにした英雄みたいだよ、ユニ。実際、蟲に出会う確率は限りなく低いけど、頑張ってね」
「……なんだよ!心配させておいて、結局、可能性が低いのかよ!!」
「あはは、保険だよ保険。キミらが知らない情報も僕は知っているし、備えあれば、憂いなしだね」
「ん?俺らが知らない情報?ちょっと待て、それ、凄く気になるんだが?」
「おっといけない。僕とした事が口を滑らせてしまったようだ」
いや、どう考えても、今のはワザとだろ?
深い前髪の奥で、目が笑っているのが見え見えだぞ。
そんでもってリリンは何をしているんだ?
何を思ったのか、異空間から二箱目のクッキーを取り出して頬に詰め込んでいる。若干顔が赤い。口に入れ過ぎだろ。
……なんだこの空気感。俺の知らない所でいったい何が起こっているんだ?
「おい、ワルト。俺に何か隠しているだろ?この際だから洗いざらい吐き出せよ」
「えへへ、キミに命令されると逆らえないなぁ。そうだね。確かに僕はキミらに隠している事があるさ」
「やっぱりあるのかよ!」
「僕だって乙女だぜ?隠し事の1那由他や2那由他、あるってもんさ」
「隠し事が1那由他も!?ありすぎだろッ!!」
「その中でも飛びきりの隠し事と言えば……近いうちに『蛇峰戦役』が行われるって事だね」
「え、それは本当なの!?ワルトナ!!」
ここでリリンが会話に入って来た。
どうやら、クッキーを飲み込んだタイミングだったようだな。
しっかし、タヌキに蟲と来て、次は蛇か……。
よくもまぁ続々と出てくるもんだ。
そう言えば確か、リリンは狐とも出会ってるって話だったよな。
……。なんて嬉しく無い展開なんだ。
このままコンプリートした日には、世界で最も不幸な男として名を馳せることになる気がする。
なんとしてでも阻止せねば!!
「ま、今は下準備中だから気にしなくていいよ。近い内にと言えども、半年から一年くらいは先の話さ」
「ワルト、その口振りからすると俺達が参加するのが確定みたいに聞こえるんだが?」
「残念だが、確定だろうね。今回の蛇峰戦役も、総指揮官はリリンのお師匠様の”あの方たち”だから、嫌でもお呼びがかかるさ」
「……ユニク!今すぐに別の大陸に出かけよう!!そうだ、不安定機構の無い未開拓の森林で暮らすのが良いと思う!!!」
いや、断る。
未開拓の森林とか、それこそ蟲がいっぱい居そうじゃねえか。
俺は反射的に拒否の意見をリリンに押し付け、反応を窺おうと視線を向けた。
そしてそこにはあったのは、俺が出会ってから見た中でもブッチギリに酷いジト目をしたリリンの眼差し。
……どうやら、何か、リリンには思う事があるらしい。




