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第9話「第二次悪魔会談・始原の皇種が生まれた日・3」

 

「おっと、その前にノワル。どうしてこの虫が最強なのか、分かるかい?」



 ノワルは、迫りくる現実から身を守るために「もうどうにでもなあれ」と、神の話を聞き流していた。

 態度には出さないように細心の注意を払っていたはずだったが、神は何か思う事があったのか、突然、話をノワルに振ったのだ。


 ノワルは内心で慌てながらも、直ぐに考えるような素振りを見せて、それらしい答えを用意した。



「えぇっと、なにせ始めてみる種類ですからね……。ものすごく強い毒を持っている、とかですか?」

「いいや違う。毒とかそういう身体能力では無くて、コイツは存在自体が特別なんだ」


「存在が特別?」

「この虫はな、『種を切り開く者』という、特殊個体なんだよ」


「なんですかい?聞いたことも無いですが……」

「どの生物も多かれ少なかれ進化をしてゆく。そしてやがては別種の生命体になったり、桁違いの能力を発揮したりするようになるんだが、この虫は、現在における進化の最先端『同族において最も進化した異常個体』なのさ。しかも、昆虫という種は進化が早い。おそらく、ボク()が力を与えたら、凄まじいスピードで進化をするだろう」


「その虫が……。なんか、神獣にしちゃいけない奴な気がするんですが?」

「そんなことボク()のしっちゃこっちゃない。ボク()ボクの力を与えることでどうなるのかが楽しみで仕方がないから、やってみるだけだ。いくぞ!《神力下賜・ほら、遊んで来いプレイ・オブ・ゴッテス!》」


「……流石神さん。無茶苦茶ですね」



 ノワルは一応の抵抗として、神獣にしてはいけないとやんわりと打診をしてみた。

 しかし、神の好奇心の前に、あえなく撃沈。


 どうやら神が「この虫は凄いんだぞ!」と自慢したかっただけだと悟ったノワルは、諦めの境地に立ちつつ、この成り行きを眺め続ける事しかできない。

 そして……今までと同じように神が手に持つ宝珠が虫に触れた瞬間、今までとは比べ物にならないほどの閃光が弾け、ノワルの視界が白一色で埋め尽くされた。



「神さん!!これは何が起こってるんです!?」

「おっとこいつは凄まじい。ボク()が思っていた以上に、コイツの願いは……」



 神は言葉をさえぎり、手にしていた宝珠から無理やり手を離す。


 神は、唯のお遊びとして、この神獣制作を行っていた。

 絶対者たる自分が力を直接与えた生物がどのようなものになるのかという好奇心による、唯の実験。


 しかし、イレギュラーは突然にして起こる。

 その虫は、神が与えようとしていたエネルギーを瞬時に喰らい尽くし、あまつさえ貪欲に力を奪い取ろうと逆干渉を仕掛けてきたのだ。

 想定外の出来事に神はうろたえながらも、虫との接続を強制的に切断。


 しかし、そのたった一瞬の出来事で、事態はあらぬ方向に進み始めてしまったのだ。



「ノワル。先に言っておくぞ。今からここに生まれる生物は正真正銘の化物だ。当初の予定よりだいぶ、強い」

「さっきの、死んで生き返った白天竜よりも強いんですかい?」


「あぁ、そうだ。なにせボク()が能力を与えた瞬間、この虫は、その力をすべて、ボク()に干渉するために使ってきやがった。そのおかげで、だいぶ多く”力”を持ってかれたよ」

「神さんから力を奪った、だと……」


「見事という他ないね。あぁ、流石はボクが見込んだ世界最強の生物だ。ほら、怒らないから早く出てきて、顔をみせておくれ」



 ノワルは自分の直感に従い、その生物へ視線を合わせた。

 その視線は揺らぐこと無く注がれ続け、事態の展開を待っている。

 ここから先は一度たりとも視線を外してはいけないと、危機感が警告を出しているのだ。


 もうもうと立つ土煙の中、そこにあったのは高さ2m、楕円形のサナギだった。

 視界が晴れて行くにつれ鮮明に見えるようになってきたそれは、だんだんと、外皮が脈打つ胎動が強く激しくなり――


 そして、楕円から4本の”腕”が生えると同時に、引き裂かれるようにしてサナギが割れ、一体の”蟲人”が姿を現した。





挿絵(By みてみん)






「神よ、我が輩を選んでくれて、ありがとう。これで我が輩は”力”を手に入れる事が出来た」

「第一声が礼とは律儀な奴だ。まさか、ボク()が力を奪われる日が来るとは、夢にも思わなかったさ。誕生おめでとう」


「誕生か。確かに、我が輩はこの瞬間に生まれたのかもしれぬ。それほどまでに、世界が隔絶して見えるぞ」

「そうだろうね。お前は、正真正銘この世界最強となった。レベルも、事実上の無限に近い数字、無量大数だ」



 ノワルは、たったの一言を発するどころか、つばを飲み込む事さえ出来ないでいた。


 神と対峙する虫。

 そもそもが言葉に筆舌しがたい光景である上に、目の前に立つ、人では無い何かが恐ろしくてたまらないのだ。


 人間では無い。しかし、形状は人間に酷似している。

 二本の足で大地に立ち、腹の前で腕を組み、太く逞しい首からは頭が生えているその様は人間と呼ぶべきものだろう。

 骨格もおおよそ人間のもの。しかし、その姿は人間と呼べるような代物ではない。


 堅く鍛え上げられた甲殻は金剛石を彷彿とさせ、その隙間からは膨張し過ぎた筋肉が絶対的な暴力を表現している上に、それらを纏ったたくましい腕は二対四本もあった。

 そして、極めつけは頭部だ。

 人と虫を融合させた、まったくの新しいデザインの頭部は、新たな生命と呼ぶにふさわしいものだった。



「神よ、一つ訪ねたい。貴様が我が輩に望む事はなんだ?理由も無しに我が輩を選んだ訳では無かろう?」

「あぁ、もちろんだ。お前には、この世界に君臨して貰いたい。愚かな人間がお前を見て、必死に生き抜こうとするくらいにね」


「……承知した。元よりそのつもりだったしな。無論、邪魔なものは殺すがいいだろう?」

「いいぜ。ボク()は一度、世界を消そうとしているんだ。少しくらい壊れてもいいさ」


「良い配慮だ。この力では少々、加減が難しいのでな」



 それだけ虫は言うと、背中の甲殻を開き、羽を広げた。

 ブォオオと金属を振りまわすような重点音が周囲一帯を支配し、その光景を見つめる六つの瞳へ力を示す。



「虫、お前は今日から蟲だ。『蟲量大数』とでも名乗るがいい」

「……悪く無い名だ。神よ、我が輩の力を、とくと天覧するといい」



 フォン!と空気が裂ける音を残して、無量大数の姿が空へ消える。

 そしてその場には、三つの感情が残されたのだ。


 ノワルの抱いた、絶望。

 神の抱いた、期待。

 タヌキの抱いた、食欲。


 三者三様の想いの中でも、一際異常な感情を抱いた偉大なる生物、タヌキ。

 タヌキは、居なくなってしまった”ご馳走”を想い、悲しげにむせび鳴いた。



「ヴィ~アァ~……ヴィ~アァ~~~」

「……神さん。さっきの、絶対敵にしちゃまずい奴なんでしょうけど、俺にはこのタヌキの方が怖いかもしれません。こいつ、さっきやりとり、よだれ垂らしながら見てましたよ」

「うーん。なんなんだろうなコイツ。どう見ても普通のタヌキなんだが、レベルがどうもおかしい」


「そういえば、コイツもレベル99999でしたね」

「そうなんだよ。あの虫は特別な『種を切り開く者』だった。だけどコイツは普通のタヌキの筈だが……ま、ボク()が力を与えてみれば分かるか。さっきは予定外だったけど、このタヌキにも蟲と同じくらい力をあげてみよう」


「え?ちょ、それは待ってください!!いくらなんでも……」

「残念もう遅い!《神力下賜・ほら、遊んで来いプレイ・オブ・ゴッテス!》」



 ちっくしょうが!!

 あんな化け物が二匹目だとッ!?

 ノワルは、心の底から頭を抱え、人類の行く末を案じる。


 先程飛び去った蟲、『蟲量大数』。

 同じ空間に居るだけで、思考の全てと身体の自由を奪われた。どう考えても、倒す倒さない以前に戦闘にすらならないと、ノワルの本能が悟っているのだ。

 

 そんな生物が二匹もいる。

 物理的に2倍、感じる絶望は10倍だと、ノワルの口は乾いた笑い声を漏らし、崩壊した価値観は今この瞬間にも姿を現すであろう異形へ向け警笛を鳴らし始めた。


 しかし、その誕生の儀式は先ほどと様相が異なっている。

 力は止めどなく溢れだしてはいるものの、全てが統制された清らかな力をノワルは感じたのだ。


 蟲の叩きつけるような波動とはまるで違う、知的な暴力。

 ノワルは、止まりそうになる思考をフル活動させ、唾と共に状況を飲み込んだ。


 やがて、空間に細い右腕が現れた。

 続いて、肩、胴、左腕、両脚、そして、頭。


 ノワルの前で構築されていく姿は、まったくもって身近な存在、人間の子供そのもの。

 浅黒い褐色の肌に腰まである長い黒髪。年齢にして10歳前後の姿をした”何”かは、創られたばかりの無表情を、むすりとした不満な表情へと変え、神に語り掛けた。



「虫を食い損ねた。せっかく見たこと無い虫じゃったのに、の」

「第一声がそれかよ、タヌキ!ボク()が言うのもなんだけど、もっと言う事あるだろ?」


「……? 腹が減ったのじゃの?」

「少しは食欲から離れろよ!」

「おい、ちょっと待てくれ。うん。ちょっと俺の話を聞いて欲しいんだ、頼みますよ、ほんと」


「なんだい?ノワル」

「おっと、許可が貰えたようなので、ついでに無礼もお許しください」



 ノワルは、神の許諾を得たのち、大きく息を吸い始める。

 それはまるで長い時の間、呼吸を忘れていたかのように延々と空気を腹に詰め込み、やがて言葉と共に吐き出した。



「……幼女じゃねえかっ!?タヌキが幼女ってどういうことだよっ!?神の力、何でもあり過ぎだろッ!!!」



 ついに、神を敬うと言う名の仮面がブチ壊れた、ノワル。

 止めどなく溢れる感情を止める為の自尊心は、もうどこにもない。


 あるのは、ツッコミを入れなければという謎の使命感のみである。



「……神さんよ。俺達は今、”神獣”を作っているんでしたよね?百歩譲って、さっきの蟲は良いとしましょう。でも、この幼女タヌキは理解できません!めっちゃ愛らしい顔してるじゃないですか!?おかしいですよ!」

「んーボク()に言われてもなぁ……おい、タヌキ。なんか弁明しろ」


「なんじゃの、人間。わっしの事が気に入らんのか?ん?」

「気に入るとか以前に、常識が見当たらねえって言ってるんだよ!?つーか、服着ろ、服!!」


「ふむ、わっしに対して常識とは、でかく出たもんじゃの。ちなみに服は無い。買う金も無い」

「タヌキが金を持ってたら驚きだっつーの!葉っぱか何かで誤魔化せよ!」


「役人のくせに通貨偽造を勧めてくるとか、人間の程度が知れるの」

「くっ!コイツ……」



 ノワルは痛い所を指摘され、言葉に詰まってしまった。

 そのやり取りを興味深げに眺めていた神は、「ノワルがタヌキに言い負かされた!」と爆笑を始める。


 蟲が出現した時よりも、さらに深い混沌。

 神と、タヌキ幼女と、普通の人間。

 前代未聞の会談が始まろうとしていた。



「おい人間、ノワルと言ったか?お主の知能レベルでは事態についていけないのも無理はない。じゃから、そこらへんで晩飯の準備でもしておれ。焼き飯というのを食うてみたいの」

「今、俺に、飯作れって言ったのか!?お前ホントにタヌキ?ねぇ、ホントにタヌキ?」


「このくりくりとした瞳、艶やかながらも元気よく跳ねる髪。どこをどう見てもタヌキじゃの!」

「どこがだよ!!」



 え?なにこれ、想像してたのと違う……。

 ノワルは他の神獣や蟲の時とは明らかに違う感情を抱き、別種の困惑をする。


 世界存亡の危機から、いきなりの急転直下。

 近所のクソガキを相手にする時に感じるやりにくさへと変貌を遂げた空気感は、ノワルの精神を追い詰めてゆく。


 そして、正常な判断がどれなのか分からないまま、自前の荷物からフライパンを取り出した所で、ノワルはふと我に帰る。



「あれ……?今の話の流れで料理するのはおかしい……よな?どうなってやがる?」

「ふむ、流石に高位神官たるお前さんをわっしの波動だけで操るのは無理か」

「くっくっく。お前もまだまだだな、ノワル。今この、タヌキは精神干渉をお前に掛けたんだよ。狸に化かされたって奴だ」


「精神干渉だと……?タヌキがそんな高等な魔法を使ったってのか?」

「何を驚く事があるのじゃ、ノワル。魔法なぞ、神に力を与えられる前から使えるぞ」



 何を馬鹿な事を。とノワルは言いかけて、その口をつぐむ。

 良く考えれば、今は異常事態の真っ最中。


 ノワルは、「こうなったら常識を脱ぎ捨てて、自然体で接するのが楽」だと、思考を停止し、話の流れに身を任せた。



「さて、タヌキ。ボク()から質問だ。お前は何でそんなにレベルが高いんだ?」

「どうしてもないのじゃの。木の実が食いたいから、木登りを覚えた。魚が食いたいから、泳ぎを覚えた。鳥が食いたいから、空を飛んだ。そんな事をしていただけじゃの」


「え?それじゃ、お前は食い意地だけで、世界最強の蟲と肩を並べたってのか?」

「そういうことになるの。食い意地とはすなわち、欲求でもあり、好奇心でもあり、せいそのものでもある。わっしも蟲同様、強き願いに従って生きてきただけじゃの」



 そういうもんなのか?欲求に従って強くなれるなんて、そんなことある訳が……

 ノワルは心の中であり得ないと思いながらも検証し、そして、ノワルの経験は予想外の答えを導き出した。


 ……なるほど、だから七賢人あいつらは偉いのか。



「ま、感情によって生物が強くなるのは本当だし、そうなんだろうけど……食欲恐るべし!でもさ、そんなお前がボク()に願ったのが”知識”なんて意外だね」

わっしの生きがいは食道楽じゃの。しかし、その道楽も底が見えてしまった」


「底?」

「この目に移した森羅万象、その全てを喰らい終えてしまったのじゃ。木々や植物、動物・昆虫、鳥獣・獣、魚・貝、時には空気や海までもこの腹に収めた。そして、目新しい物はもう何も残っていない。先程の初めて見る虫も居なくなってしまったしの。じゃからわっしは新しい可能性を欲した。知識という名の可能性を、の」



 タヌキは悲しそうに目を伏せ、ぐぅう。と腹を鳴らした。

 神は、懐から食いかけのパンを取り出し、腕を大ぶりに振って、タヌキの前にチラつかせる。


 タヌキの視線は光速でそのパンを捉え、釘付けとなった。



「タヌキ、お前には使命を授けてやろう。レベル『那由他ナユタ』の力を存分に使い、好きな物を喰らい何が一番美味かったか、その生涯を以てボク()に示してみろ」

「それは、わっしの願いでもある。引き受けるのじゃの!」


「そうか。では、まずはこれ食っていいぞ。ボク()の食いかけだけど」

「はぐはぐ……うまっ!!」



 おい、なんだか和やかな雰囲気になってるが、冗談じゃねえぞ。とノワルはその光景を眺め続ける。


 『願わくば、その食欲の矛先が人間に向きませんように』


 そう願うしかないのだ。


 


 **********




「――そうして、7匹の神獣、後の世に皇種と呼ばれる存在が誕生した。どうだい、せっかくだから感想を言ってくれよ、ユニ」

「ははは、感想か、そうだな……」



 話を終えたワルトが、俺に感想を求めてきた。

 ……感想?もちろんあるぜ、言いたい事がいっぱいな。


 でも、まずはこれだろう。

 俺は貯め込むように息を吸い、一番最初に浮かんだ感想を、叫ぶ。



「登場人物に、ヤベェのしかいねぇッッ!!」


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