第7話「第二次悪魔会談・始原の皇種が生まれた日」
「「始原の皇種が生まれた日? 」」
「そうさ。始原の皇種、始まりの皇種と言ってもいいね。この7匹の神獣は良くも悪くも、いや、ほとんど悪い意味で世界に影響を及ぼした。当時、世界の覇者だった人間を狩られる側へ突き落したんだ」
「そのトンデモ超生物の一匹がタヌキだって事だよな?具体的には何が変わったんだ?」
「それは……それぞれ始原の皇種によって異なる。神から与えられた能力によって配下の生物も恩恵を受けたんだってさ」
……え?
それじゃあタヌキは、神から授けられた能力の恩恵を受けているってことか?
なるほど、すごく納得できる。
タヌキが受けた恩恵とは恐らく……憎たらしさだ。
奴らの憎たらしさは、まさに神がかってるからな。
俺が一人納得している横で、ワルトは話の準備を進めていた。
手元に一冊の本を召喚し、秘匿された史実を語るべく重々しく口を開いた。
「この話の主題は実は二つある。一つは皇種、そしてもう一つは……レベルだ」
「「レベル?」」
「あぁそうだ。僕らの生活に必要不可欠となったレベルの概念も、この日に誕生した。世界を揺るがす出来事が二つも起こった日なんて歴史上この日くらいなもんさ」
「だんだん話のスケールがでかくなってきたな。心構えをしておこう」
レベル……。
俺はこのレベルシステムのせいでタヌキに殺されかけ、今に至る。
そしてこの話にはタヌキ要素も入ってるらしい。
俺の原点とも呼べる重要な話になるのは違いないし、真剣に聞こう。
「これは遥か昔、不安定機構が誕生したとほぼ同時の……神を楽しませる物語だ」
**********
「やあ!ノワル。息災だったかい?」
「いいえ。全然息災じゃありませんので、神さんの力でパーっと世界に平和をもたらしちゃくれませんかね?」
「ははは、断る。いくらボクが全知全能だとはいえ、そーんなつまらないことをするわけ無いじゃないか」
「ですよねー。知ってました」
「くくく。ほんとお前はキモが座ってるな。神相手に悪態をつく奴なんて、全世界でお前だけだぞ?」
あぁ、まいった。こんなタイミングで神さんが降臨してきやがった。
ノワルは、目の前に突然現れた荘厳なオーラを持つ人物を見て、驚くよりも先に悪態が出る。
現れたのは正真正銘の絶対神。この世の全てを想像した唯一神たる、『神』だ。
そんな神が、神殿に勤める唯の役人のノワルに何の用なのか。
それは『この世界に飽きたから、滅ぼして造り直す』と宣言した神へ、ノワル自身が『俺の命でどうにかなりませんかね?』と提案し『じゃあ、お前の命で楽しませてくれたら許す』と約束が交わされた事が全ての始まり。
今は浅い森の中、七賢人に対抗する為の拠点を作るため、王都からほど近い森を散策している最中だ。
当然、野性動物との戦闘になることも踏まえ、それなりの装備を身に付けているノワル。
だが、流石に神に影響を与えるようなものは持ち合わせていない。
ノワルは、次に神に会った時の為にと、神が喜びそうな道楽や嗜好品を片っ端から集めていたが、何もこんな森を散策している時に出てこなくてもと、溜め息が出そうになった。
しかし、相手は神だ。
不興を買おうものなら、ノワルの命どころか世界が滅びる。
そういう契約のもと生かされている事を肝に命じているノワルは、神を楽しませるため、今日も一人で、踊るしかない。
「んで、こんな森の中で神さんが出てきたのには、崇高な理由があっての事でしょ?是非お聞かせ願いたいですね」
「おお!話が早いじゃないか。今日はね、キミにはプレゼント、人類には嫌がらせをしに来たんだ」
「……どうにか、プレゼントだけって訳にはいきませんかね?あ、なんなら七賢人様の命くらいなら差し出しますんで」
「ふむ、七賢人の本望は、世界の平和だったか?ならば理に叶っているが、残念、ダメだ」
「でしょうね。あんなショボくれた人達じゃ、何の価値も有りませんもん。肥料になる分、燃えカスの方がまだ使えますよ」
「くく、今日もキレッキレだな。まぁ、だからこそお前にはプレゼントをやろうって事だけどな」
「神さんはイマイチ言葉が乗ってませんね。文脈が繋がってませんよ?」
「ボクにもキレッキレなのかよ!ホント笑わせてくれる。特にこのゲームが始まってから1か月間は笑い転げすぎて、涙が枯れるかと思ったぜ!」
ノワルは神の言う1か月間の事を思い出した。
『七賢人が殺しに行くから、何としてでも生き残って見せろ!』
そんな適当すぎる神からのお題目を聞いた瞬間、ノワルの脳内には溜めに溜めた計画が湯水のごとく溢れ出ていた。
怠慢で傲慢、無謀で浅はか。そして無能でドエロ。
基本的に上司に対しては憤りを感じるものだと思っていたノワルだったが、七賢人については我慢の範疇を超えていた。
上司が無能だと、部下が頑張る。
その言葉こそ心理だとすら思っており、事あるごとに仕返しの機会は無いのかと考えていたのだ。
そして、偶然にもそのチャンスは訪れた。
神の名の下にやりたい放題できるこの機会を、ノワルが逃すはずは無い。
「ホントに、面白かったぞノワル。お前が「じゃあ、準備期間が欲しいんで、3ヶ月くらい牢屋に入ってて下さい」って言った時の七賢人の顔といったら、何物にも代えがたい宝だな!」
「えぇ、でも、必死に抗議する七賢人様を無視して、「よっし!衛兵、連れてけ―い!」と気前よく宣言してくれた神さんのおかげでもありますね。俺らで作った最高の表情って事ですかね」
ノワルはまず、敵役の七賢人の動きを封じた。
命を掛けているとはいえ、基本的な構造は『鬼ごっこ』と同じ。
逃げる側が準備をするのは当たり前だというノワルの主張は通り、七賢人は投獄される事となったのだ。
そしてノワルは、衛兵に密かに指示を出す。
『そいつら七賢人様はな、神様の不興を買い世界を破滅へ落そうとしたんだ。神様はそりゃあもう本気だったさ。でもなんとか俺達の懇願によって自体は丸く収まりそうな所まで来ている。そんな時にだよ?牢屋での待遇を特別なものにでもしてみろ?再び神様の不興を買っちまう。だからな、牢屋は7人纏めての大部屋。待遇も普通の死刑囚と同じで良いぞ』
「ボクは神だけど、お前は悪魔の化身なんじゃないかって思ったね。相当腹に据えかねていたんだろ?」
「いえ、そんな大層なもんじゃないですよ。ちゃんと十日に一度差し入れを持って行ったじゃないですか」
「差し入れ……くく、あの差し入れは間違いなく、全世界で最低の差し入れだとボクが太鼓判を押すよ!」
ノワルが用意した差し入れは、普通の嗜好品だった。
だが、それらは”半分にする”という細工が施されていたのだ。
用意した物がお菓子なら、材料半分の貧乏クッキー。
用意した物が酒なら、水で薄めた酒精半分、極薄ビール。
特に酷かったのは、好色家たる七賢人へ「牢獄生活はさびしいでしょう?」と言って差し入れた、エロ本。
だが、これも普通に差し入れるのでは無く半分だった。
牢屋の中で興味津津に視線を送ってきている七賢人の前で、エロ本を横に真っ二つにし「上半分と下半分、どっちがいいですかね?」と悪魔の問いを投げかけたのだ。
「全世界の頂点に立つ、賢い七の人、その名も七賢人。そいつらが『胸フェチ派』と『尻フェチ派』に分かれての骨肉の争いをするとか、くくく、お前天才だろ!」
「あ、ちなみに七賢人様の不和を呼ぶという狙いもありましたよ。見事に成功して、その後2週間は争いが絶えなかったみたいですね」
「七賢人、俗物すぎるだろ!」
全くその通りだと、ノワルは思っている。
世界最高の権力、当然、すり寄ってくる女も多く、そうでなくても捕まえ放題。
酒池肉林も毎日すると飽きるわい!なんて言葉を聞いた時は、酒に沈めてやろうかと本気で計画した。
ノワルの意思に賛同し、後に続く人間は少なくないのである。
「そんな訳でボクを大いに楽しませてくれた褒美だ、ノワル。お前、今、欲しい物は無いか?どんな物でも、ボクが許す限り一つだけ叶えてやろう」
「へぇ。願いを叶えてくれるので?でも、神さんの許す限りとは……?」
「そりゃ、『七賢人を全員ぶち殺せる圧倒的な力が欲しい』とかはダメさ。要はボクのメリットになるような、そんなものなら良いよって話」
「あぁ、そういう事ですか……。それでも結構自由度があって素晴らしいですね。んーどれにしようかな……」
ノワルは口と態度では考える振りをしているが、もう既に答えは決まっていた。
個体の強さを見えるようにして欲しい。
ノワルは七賢人との戦争を始める為、3か月の間に下準備として世界各地を旅してきた。
その時にかなりの高い頻度で、危機感を覚えていたのだ。
現状、役人としてならば高い地位に居るノワル。
その役人というのも世界各地から募集を掛け、名のある腕利き達をさらに厳しい試験で選別したもので、その役人の上位に位置するノワルの実力はトップクラスだった。
しかし、役人でない者が全てノワルに劣るとは限らない。
そう言った逸材を探す旅だったのだが、中々うまくいかず、相手から攻撃されることもしばしばあった。
それは野生動物相手も同じであり、敵は七賢人だけでは無いのだと、ノワルに強く痛感させていたのだ。
「でしたら神さん。この世界の動物の強さを分かりやすくしちゃくれませんかね?数字で表せられるようなものなら特に好ましいです」
「ほう?強さを分かりやすく?それは神にどんなメリットがあるんだい?」
「もったいないと思ったんですよ」
「もったいない?」
「この世界には、まだまだきっと面白いものがあります。ちょっとした村の派閥争いだって、強い者同士の戦いなら面白いでしょ?少なくとも、俺よりも強いんだろうなって奴はここ最近で何人か見かけています」
「……続けろ」
「だったら、それを見ないのはもったいないです。ですが誰が強いのかなんて戦うまで分からない。それを見えるようにしたら、きっと楽しいんじゃないですかね?」
「……ノワル」
神の絶対的支配者たる声。
ノワルはその声を聞き、一瞬だけ失敗したのかと、焦る。
しかし、もうすでに賽は投げられている。
その結果は神のみぞ知る。
「……お前、すっげぇ天才だな!そんなこと神だって思いつかなかったぞ!?」
「お気に召していただけたようで何よりですね。ま、これでも一応”賢い”とされる人間に仕える身ですから」
「さっきまで、全力でこき下ろしておいて良く言うよ!くくく、いいだろう。その願い叶えた!!」
ノワルは神に願いを聞き入れられた事に安堵しつつ、目の前に広がる光景から視線を外せないでいた。
文字通りの神の力。
魔法という超状の技術ですら霞む、本物の奇跡を前にして、ちっぽけな人間では見守ることしかできない。
「せっかくだ、良く見ておけよ!
《概念創造・あぁ、楽しみが増えた!》」
光る神の手の中、そこにはクリスタルがあった。
この世界に存在する全ての色を封じ込めたかのような、何色と表現できない色彩。
そのクリスタルを見てノワルは、人類が決して手にする事の出来ない神の至宝であると察し、この目に映せただけでも幸せなのだと感嘆の感情が込み上げた。
あぁ、なんて美しい。
それしか感想として思い浮かばない、美的センスのない自分を恥じながらも、そのクリスタルが粛々と大きくなる光景を見続け、そして……。
スパァン!と盛大な音を出してクリスタルが弾けた瞬間、恥ずかしげも無く「うわぁぁぁ!?」と叫んだ。
「神さん!?クリスタル割れちゃいましたけど!?」
「ん。いーのいーの。これは手に入れたい物を思い浮かべながら強く願うと、クリスタルの結晶と引き換えに創造されるという万能アイテムでさ。もともと世界を修正する時に使う為に僕が用意したものだけれど、手持ちが無いから作る所から始めたってわけさ」
「へぇ、そんなものがあるんですかい……」
「こういうものがあった方が便利なのさ。ほら、欠片が残ってるし、サービスとしてお前にやるよノワル。ほれ」
えぇ!?と目をむきながらも、投げ渡された3つのクリスタルの欠片をその手に収めたノワル。
音速化・自身への空気抵抗軽減・ペンダントの空気抵抗増大・時間伸長・筋力増大……などなど。ノワルは欠片の一つたりとも地面に落とすまいと、持ちうる魔法を可能な限り使い、神のきまぐれに答えた。
「こんな凄そうなものを貰っちまってもいいので?」
「いいよ。それの正式名称は『神の情報端末』。そんな残りカスでも、並大抵の願いなら叶うから、切り札にでもするといいさ」
とんでもない物を入手してしまったと、ノワルは恐れおののく。
このクリスタルの破片が絶大な力を持っている事は素直に心強い。
しかし、これが七賢人の手に渡った時、一気に勝負を決められてしまう可能性があるのだ。
なにせ神はこの世界に気軽に降臨してきている。
その力を使った回数だけこの神の情報端末が存在するはずで、探せば何処かにあるのが確定的なのだ。
ノワルの持つ神の情報端末は三つ。
七賢人よりも多くの数を揃える事が勝負の勝敗を大きく左右するだろう。
ノワルは組み立てた計画が瓦解していく音を聞きながら、神の言葉に耳を傾けた。
「ということで。勿論お前の願いは叶っている。神が世界に与えたのは……レベルという概念だ」
「はて?『レベル』とは段階的評価のことですか?」
「まぁ、そうだが、今回神が与えたのは1~99999まで、四捨五入して10万段階のかなり細かいものだね」
「10万……。多くて10段階くらいかと思ってましたが、それは好都合ですね」
「だろ?さて使い方だが、僕が言わなくても理解できるはずだ。生物の生命維持知識と同格の情報として全ての魂に刻み込んだからね」
「なるほど確かに……。では失礼して……これが俺のレベル、82010か」
ノワルは初めて行うレベル目視の動作を慣れた感覚で行うと、自分のレベルを見て思考に没頭した。
レベル82010。
これは高いのか低いのかが、現状分からないのだ。
比べるべき対象がここには神しかおらず、その神はレベル表示が付いていない。
99999段階で、82010段階目というと相応に高く感じるが、役人たるノワルはエリートと称される部類の人間であり、自分の上司の七賢人と比べて低いという可能性も大いにある。
ノワルはどうしたもんかと考えを深めていると、その表情から察したのか、神が説明をし始めた。
「8万か、中々いい数字だ。キミより高いレベルを持つ者は七賢人の中でも2人のみ。安心すると良いよ」
「おっと。そいつは良い情報です、が、裏を返せば俺よりも強い奴が二人は確定でいるって事ですね。安心できませんよ」
「あぁ言い忘れていたけど、このレベルな、強さだけを参考にした数字じゃないから」
「え……。それはどういうことですかい?」
「だって強さだけを参考にすると、レベルの低い奴が高い奴に勝つなんて絶対的に無理になるんだよ。仮にも神の力で強さのランクを決めたのならば、それは絶対になるんだから。面白く無いじゃん。そんなの」
「えぇ。確かにその通りですね……」
ノワルの中には二つの感情が渦巻いていた。
一つは神に対する、ちょとした不敬。
強さの段階表示をして欲しいと願ったのに、出来あがったものが別物とあらば不服を抱くのも無理は無いだろう。
二つ目は、安堵。
ノワルのレベルは最高値では無かった。
そして、現状、自身よりレベルの高い敵が二人も居る。
この事が七賢人にばれた場合、戦局は一方的な不利になると容易に想像できたからだ。
「でしたら、どのようなルールなんですかい?」
「それはな、人生の経験を数字にしたものだよ。飯を食う、食う為に狩る、負けて傷つく、回復するために寝る、効率を求めて群れる、子を成す。全てだ。この世界の全ての生物が行った経験を全て数値化したもの、それこそがボクが与えし『レベル』だ」
これは使えると、ノワルは心の中で呟いた。
ノワルが探し求めていた人物は、戦闘の強さではなく、知識や経験に基づいた判断力の高い人物だったのだ。
だが、それらを短時間で見抜くのは難しい。
結局その手掛かりとなるのが、戦闘力。すなわち、戦闘という短い時間の中で正確な判断を下す事が出来る人物という事だった。
屈強な体躯を持とうとも、判断の鈍い者は強者足りえないのが、この世界の掟なのだ。
「レベルに関しちゃ、出来るだけ最大値を出さないように今回は低めに見積もっている。お前が最大値じゃないのもそういう理由さ。もしこの瞬間以降に生まれた人間がお前と同等の経験をした場合、レベルは99999になっているだろう。これはお前の意図を汲んでの特別待遇なんだぜ?感謝しろよ」
「それはすごく助かりますね。どいつもこいつも99999ばかりじゃ参考にならないですから」
ノワルは思っていた以上に神が意図を理解していた事を知り、ホッと胸をなでおろした。
そして、このレベルシステムをうまく使えば七賢人を罠に嵌め、優位に立ちまわれることも可能だろう。
無能な上司をフォローするために培った万能な脳細胞は次々と、元上司に牙をむくべく、計画を立案してゆく。
神からノワルへ声がかかったのは、そんな時だった。
「という事でノワル、そのレベルを使って一つ頼みたい事があるんだ」
「頼みたい事?俺としちゃ拒否は無いですが、ひとつ、嫌な気配は感じますね」
そう言うノワルの視線の先には、先ほどまで無かった銀色の物体が7つ。
神がいつの間にか作り出したそれらは、大きさ2m四方の目の細かい檻だった。
「今から野生動物を三匹捕まえて来てくれ。レベルを見て、飛びきり強そうな奴を選んでくるんだぞ!」
皆さんこんばんわ、青色の鮫です!
えぇと……。過去編(古すぎるわ!)なこの話、一話に纏めようと思ったのですが、無理でした。
ですので次話もこの話が続きます。(タヌキが出るので勘弁して下さい!)
それと……前話の内容を修正しました。
基本脱字なんかを直した訳ですが、ひとつ大きな変化がありまして。
タヌキの食用肉、グラム30エドロ(円)ってヤバくね?となったからです。
グラム30円。なら100g3000円?それって普通に高級肉……。
タヌキは庶民の味方。ですので10g10エドロ(円)に値下げです!!