第5話「第二次悪魔会談・悪辣なる計画」
「さて、僕の策を発表する前に、一応キミらの策を聞いておこうじゃないか。ほら、僕よりも優れた策があるかもしれないし」
「……えっと、そうだな……」
「見つけ次第、ブン殴る!魔法も使ってボコボコにして、どうしてこんな事をしたのか問い詰める。返答次第ではタダでは済まさない!!」
「……策になって無いね。んで、ユニ、キミはどうだい?」
「……。襲撃を受けた時にワザと逃がして尾行する……とか?」
「雷人王の掌も使う!!」
いや、策とか言われても、正直、『戦って勝つ。』ぐらいしか思いつかない。
流石にリリンの案は脳筋過ぎると思うし、そもそも、俺達が先手を取るなんて事が出来る気がしない。
無理やり答えを用意してみたが、ワルトの反応はイマイチだ。
ここは百戦錬磨の戦略破綻さんに期待しよう。
「では、キミらのダメっぷりが露見した所で、僕の番だね。あ、ちなみにさっきの回答に点数付けると、ユニが5点。リリンが50点だから」
「なんで俺だけそんなに低いんだよッ!?ぶっちゃけ同レベルだろうがッ!!」
「実現性の問題だね。リリンの案は敵を全滅させれば結果オーライになるが、ユニのは逃げられて終わりだろ」
「なんで逃げられる事前提なんだよ!?」
「あはは、流石に暗劇部員の指導聖母をナメ過ぎだろ。ところでシスター・バリアブル。客人にお茶菓子くらいは出しても良いんじゃないのかい?」
「……これは気が付かず、申し訳ありません。フルーツタルトでよろしいでしょうか」
「……は?」
「と、この様に、、暗劇部員の指揮官くらいになると、気配を消すことなんて容易いのさ。んで、出来そうかい?尾行」
え?なんだ今の。
受付にいた人がいきなり現れたかと思ったら、いつの間にかタルトを切り分けていて、そして、突然消えた。
姿を現してからからずっと視線を向けていたはずなのに、まったく反応できなかったんだが。
……これが、正規の暗劇部員の力?
こんな芸当ができるのなら、策なんて弄する必要が無いんじゃないのか?
俺はこの部屋の中に未だ潜んでいるであろうシスター・バリアブルを探す為、視線を彷徨わせた。
キョロキョロと辺りを見渡し、そして、ある事に気が付く。
俺達の前には皿が一枚ずつ並べられ、その上には美味そうなタルトが乗っている。
俺、一ピース。
ワルト、一ピース。
リリン、残り。
でかでかと皿に乗ったタルトを見て、嬉しそうに「ワルトナ、食べてもいい?」と熱い視線を送っているリリンを見るかぎり、考えを改める必要がありそうだ。
……策略、大事。少なくとも、賄賂は効果抜群だ!!
「ほらほらどうなんだーい?できそうかい?尾行」
「っぐ!……でき……ねぇ……」
「うむ、潔いのはいいね。あんまり苛めるのも可哀そうだから、フォローしてやると、シスター・バリアブルは諜報活動特化で、その系統のスキルは周りと比べても抜きん出ている。分からなくても無理は無いさ」
「そうなのか?あぁ良かった。流石に接近すら分からないような奴が相手だと対処のしようがねぇ」
「ちなみに、シスター・バリアブルはまだ部屋の中に居るよ。ユニはともかく、リリンは分かるかな?」
え?やっぱり潜んでるのかよ?
さっきから部屋の隅々まで見渡しているが、影も形も見当たらねぇ。
こんなもん、探しようが……
「……南側のドア、の左側。装飾旗の陰にいる?」
「おっと、正解だ。流石はリリンといった所かな。出ておいで、バリアブル」
「……な!ホントにいやがったッ!!」
部屋の片隅にあった何本かの装飾旗。
ワルトが出て来いと言ってから、少し逡巡したように旗が揺らめき、人影となった。
……。
あ、これは……何かの本で読んだような……
もしかして……忍者?
「なぁ、リリンは何であの人が隠れている場所が分かったんだ?」
「隠れやすい場所と逃げやすい場所、あと、音が発生しにくい場所。この三つを起点に考えて、後は、直感」
「……なぜかリリンはそういうの鋭くてね。普通は直感じゃなくて、技術で補うものだが」
「っく。俺の完敗だ」
「……何故か勝利した」
「いやいや、一番の負けは素人のリリンに見破られたバリアブルだろ。ということで残念だが、キミには特別に厳しい任務を与えるよ、バリアブル」
「そんな!嫌です!!」
「2度目の慈悲は無い。命令だ、バリアブル。ただちに旅装を整えたまえ」
「……はい」
そして、再び、シスター・バリアブルは消えた。
消える瞬間の、絶望に染まった顔を俺はたぶん忘れない。
「さて、これで正真正銘、この部屋の中には僕らしかいない。作戦会議といこうじゃないか」
「ん?今のって人払いだったのか?」
「そうだよ。いくら僕の腹心とはいえ、作戦なんてものはホイホイ人に聞かせるものじゃない。当事者たる僕らのみが知ってればいい事だ」
流石にしっかりしてるもんだな。
ワルトの腹心というが、余計な秘密を知って敵にでも捕まったら厄介だ。
唯でさえ、俺達の動向は『ゆにクラブカード』で把握されている。
これ以上、情報が漏れれば手の打ちようが無いしな。
「では作戦だが……まず、キミらから相手にしかける事はしないでくれ。たとえ相手の情報を掴んだとしてもだ」
「ん?ダメなのか?」
「あぁ、ダメだ。基本的に暗躍に特化している僕ら暗劇部員は罠を張る。一見情報が漏れたように思えても、罠である可能性が高い」
「でも、実動部隊は暗劇部員じゃないんだろ?」
「甘いね。それこそが罠なんだよ。確かに実動部隊は暗劇部員じゃないだろう。しかし、だからと言って技能が無いとは限らない。現に実動部隊はカミナを出し抜き勝利しているんだから」
「なるほど……」
「そうなるとキミらに勝利は無い。恐らくだが敵の黒幕が出てこないのは、”忙しいから”だ。敵の計画どおりにおびき出されてしまうと、黒幕が自ら万全の状態で出てくる。何十人と選りすぐりの部下を連れてね」
「……分かった。敵の情報を掴んだら、ワルトに連絡するようにしよう。ワルトなら、その情報を洗い直すことも出来るだろ?」
「話しが早くて助かるね。……タルトに夢中のリリンとは大違いだ」
「もふふも、もっふもふふふ!」
そうだよな。何も相手の土俵で戦うことも無い。
第一、俺達が有用な情報を集められるのかと言われれば、たぶん難しいだろう。
「じゃあ、どうするんだ?何もしないって訳じゃないんだろ?」
「簡単さ。キミらが罠を張ればいい」
「俺達が?」
「相手はね、キミらを攻めるしか出来ないんだ。それが目的だからね。だから待ち構えて、情報の交換をする」
「情報の交換?」
「あぁ、敵はね、キミらを殺したい訳じゃない、手に入れたいんだ。だから次の敵の一手は、誘惑と懐柔だろう」
誘惑と懐柔?
俺達を手に入れるためにお土産ぶら下げて、会いに来るってのか?
俺としても、友好的に接してくれるのなら有り難いが……
「それだと、敵と和解しちゃった方が良いんじゃないのか?」
「それはオススメしない。なにせ君は英雄の息子だろ?使い道なんて山ほどある」
「俺の使い道?」
「そうさ。英雄ユルドルードは行方不明。当然、英雄不在というのは民衆に不安を与えている。そんな時にキミらが現れる訳だね」
「お、う?」
「想像してごらんよ。民草の視線を一身に集めるキミら。熱い羨望と尊敬の眼差し、響く歓声。あぁ、なんて恐ろしい」
「なんでそれが怖いんだ?」
「そうなったら、キミらにプライベートなんて無くなるのさ。どこへ行っても、視線・視線・視線。町を歩けば注目の的で、本屋に行っても気が抜けない。うっかりエッチな本の前で立ち止まりでもしてみなよ、次の日には『英雄の息子、ご愛読!』のポスターが出来あがることだろう」
「……嫌すぎる!!」
「いいかい。敵の思惑に載っちゃダメだ。幸せな人生なんて……女を2~3人くらい愛するので丁度いいのさ」
「それもどうかと思うが……」
「もふ!ゆにふはもふふのもの!!」
あぁ、嫌だ。
ワルトの言うような人生なんて絶対に嫌だ。
英雄として数々の人を救ってきた親父でさえ、『変態』呼ばわり。
未だ、技能的に劣っている俺なんかが同じ舞台に上がろうものなら、どんな事が起こるか分かったもんじゃねぇ。
――「英雄ユルドルードの息子様って、ショボイらしいぞ!」
――「あぁ、なんでもタヌキに勝てないらしい!」
――「タヌキに!?嘘だろッ、おい!?」
「……ワルト。俺は穏やかな人生を送りたい。どうか力を貸してくれ」
「もちろんさ。で、肝心の謀略だが……まず、キミらには不安定機構へ行って適当な任務を受けて貰う。この時に一緒に任務を受ける協力者を募るんだ」
「ほう?」
「敵はキミらの情報が知りたい。だからこの誘いには必ず乗ってくる。そこで相手の情報を集めつつ、こちらからは誤情報を流す」
「謀略を始める訳だな?」
「そう。まずキミらには『常識の無い冒険者』を演じて貰おうか」
「……。」
「そうすることで、敵を困惑させ、相手の作戦を立てにくくする。遅延プレイは戦略の基本だ」
「……。」
「なぜ、黙ってるんだい?」
「いや、演じるも何も……」
ごめん。俺達、常識ないんだ。
森ヒュドラを倒した帰りの事だ、俺の戦いぶりはどうだったかとカミナさんへ質問してみた。
その時に、カミナさんから『常識ないわね』とバッサリと切り捨てられているのだ。
カミナさん曰く、
レベル1万台で森ドラゴンを簡単に倒せるのはどう考えてもおかしい。
そもそも、ワザと無理難題を吹っ掛けて俺の限界を計ろうとしたのに、すべてクリア―するとか、ちょっと意味分かんない。らしい。
その後、ミナチルさんに「森ドラってどういう立ち位置なのか?」って聞いたら、「あー。普通の人が出会ったら、大体、霊安室に送られますね。9割5分は堅いです」だってさ。
その時確信したのだ。
あ、俺達、常識ないんだなって。
「そんなわけで、俺達に常識なんてものは無い!」
「胸を張って言う事じゃないだろそれ……。しかも、僕が言う『常識の無い冒険者』とは微妙に異なるし」
「ん?」
「僕がやれと言ってるのは、意図的に変な癖を付けろって事だよ。例えば『奇襲をかける際に大声を上げる』とか『群れを成す動物に一人で突っ込むとか』」
「……。」
「そんなマヌケな事をすれば、『あれ?隙だらけだぞ?』っと余計な感情を抱かせ、キミらの実力を知った時に『どうしてこうなった!?』と慌てる事になる」
「……。」
「なぜ、黙ってるんだい?」
「……ユニクはその失敗をよくやる」
「あ、リリン!タルトはどうした!?」
「もう食べ終わった。ご馳走様でした」
ちくしょう!黙ってやり過ごそうと思ったのに、リリンに暴露されてしまった。
こうなったら……。
俺は手を付けてなかった自分のタルトをリリンに差し出し「食べるか?」と優しく問いかけた。
リリンは目を輝かせて皿を受け取り、フォークでタルトを半分にして自分の皿に乗せた。
これでもう少し時間が稼げるだろう。
「へぇーユニはよくやるんだね。じゃ、演じる必要はないや。自然体でいいよ」
「優しい視線が痛いッ!!」
「それで、ここからが本題だが……キミらのラブラブっぷりを思う存分、敵に見せつけて欲しいんだ」
「はぁ!?」
「んぐっ!?」
「名付けて『いちゃらぶ・大作戦!!』……こりゃ隅に置けないね、このーこのー」
「ちょと待てッ!?言っている意味が分からないんだがッ!?」
「もふ!もふ!……ごくりごくり……」
「これこそが僕、『戦略破綻』の謀略さ。考えてもみなよ、そもそも敵はキミらを手に入れたい。当然、両方とも欲しいが、感情の部分で優先順位ってものがあるはずさ」
「感情の優先順位……?」
「ごく、ごく、ごく……」
「そう。敵がキミらを手に入れたとしても、ユニとリリンにとっての”一番”が既に決まっていたとしたら。……それはとても面白くないだろうね」
「確かに、面白くはねぇだろうがなぁ……」
「ごくん……ぷは!凄くいい案だと思う!!」
え?なんかリリンが凄く乗り気なんだけど。
いくら作戦とはいえ、そういうのはな……。
……俺の命に関わるような気がする。
「キミらが、いちゃいちゃラブラブすれば、敵は大層焦り、必ず無茶をする。そして尻尾を出したら、チェックメイトだ」
「尻尾を出したらチェックメイト?」
「そう。敵の正体『ゆにクラブカード』を持つ人物、要は黒幕の正体が判明した時点で、実はキミらの勝ちなんだよ」
「なんでそうなるんだ?正体が分かったって、捕らえるなり和解するなりしなくちゃ、終わらねえだろ?」
「大聖母・ノウィン様の力を借りるのさ。僕の後ろ盾……というよりも、リリンの後ろ盾と言った方が正しいんだけど、リリンに敵がいますなんて話をすれば、まず間違いなく叩き潰してくれる。恐らく本人が出向いて、ぷちっ!とやるだろうね」
「えっと……不安定機構のトップなんだっけか?」
「ん、確かにノウィンは偉いけど、敵を潰せるほど強く無いと思う」
「おや?リリンはノウィン様の実力を知らないのかい?」
「知らない。というか、ノウィンは事務仕事ばかりで戦っている所など見たこと無い。大丈夫?」
「ホントに知らないんだね。んっと、これは一応、秘匿事項だから他言無用でお願いしたいんだけど、ノウィン様の名前の由来についてだ」
「「名前の由来?」」
「そ。『空虚』と書いて『ノウィン』。これは、ノウィン様が公表されている戦いでは一度も勝利をしていないことから来ている」
「ん?勝利していない?じゃあ、ますますダメだろ?」
「普通はそう思うよね。けど、真実は違う。勝負というのは負けた側が敗北を認めて、初めて勝ったと言えるのさ。しかし、ノウィン様が戦闘を行った後に負けを認めた者は一人も居なかった」
「……?」
「敵は一人も残らず。それどころか、目撃者も、戦いの痕跡すらも、全部まとめて消滅。戦いがあったという事実すら残らないほどに、ノウィン様の力は圧倒的すぎるんだ」
なん……だって?
リリンの身元保証人のたる、大聖母ノウィン。
それこそ力と権力を持っている訳だから相応の事が出来るんだろうが、気になるのはそこじゃない。
事件に関わった敵は全滅。
容赦とかまるでない無慈悲な行いは、どう考えても大聖母って感じじゃない。
大悪魔と大悪魔を従えているんだから……。
……大悪魔の長かな。
「そんなわけで、キミらは捕獲されないように立ち回りながら敵の正体を暴くんだ。黒幕の正体が判明した時点で、僕に連絡をくれれば、半日もしないうちに決着が付くだろうね」
「なるほど……。勝ち筋が見えてきたな」
「ワルトナ、すごい。この方法なら大丈夫だと安心できる!」
こうして、俺達の戦略は決まった。
『敵の正体を暴いて、上司に訴える!』
もの凄く他力本願だが、実用的で効果的。
しかも、訴える先がリリンの身元保証人ということならば、無下にあしらわれることも無いだろうし、場合によっては話し合いの場を設けることもできそうだ。
悪辣・外道とか言っといて、結構まともな戦略じゃないか。
ワルトも、口先こそあれだが、心根は真っ当な人なのかもな。
**********
「さ、大きな議題の話し合いが終わった事だし、次は軽い雑談でもしようかね。僕に聞いてみたい事とかないのかい?」
話もひと段落。
あれから、『いちゃらぶ大作戦!』って奴の段取りについて話し合いが行われたが、ぶっちゃけて言ってしまおう。
こいつら、俺で、遊んでいやがる。
『正しい異性のエスコートの仕方』とか『上手なおねだりの仕方』とか適当な事ばかり言い出し、最後には必ず『でも、童貞だからな―、無理か。』でしめる。
散々俺をネタにして遊び、具体的な方法は何一つとして上がらなかった。
……なぜかリリンは、しきりにメモを取っていたけれども。
俺がうんざりしてきた頃になってようやくその話が終わり、やっと、穏やかな雑談の時間が訪れた。
予めこれだけはワルトに聞くと心に決めていた、とある議題を打ち上げる時がやって来たのだ。
俺は、内心で高ぶる気持ちを抑えつつ、恐ろしき”奴”についての質問を発した。
「なぁ、ワルト。星タヌキって、知ってるか?頭に純白の『☆』マークのあるタヌキなんだけどさ」
「ん、な……」
「ん?」
「ユニ!どこで、どこでそのタヌキを見たんだい!?怪我はなかったのか!?」
俺はただ、変なタヌキが居たんだって話をして、雑談混じりに笑い飛ばしてやろうかなって思っただけだった。
しかし、現実は上手くいかない。
終始、落ち着いた態度だったワルトが声を上げ、驚きのあまりに立ちあがってしまっている。
どう考えても異常事態だ。
……あぁ、タヌキよ。
お前ってほんと……ロクでもねぇ奴だな。
皆さんこんばんわ青色の鮫です。
あれ?そういえば……と思い出し、読み返してみた所、致命的なミスを発見いたしました……。
第3章リリンの手記3にて、日記を書き始めた理由の文で
『リリンサの後見人となった”大教主”に言われ始めた習慣であったが、』
とありますが、正しくは、”大聖母”です。
間違っても、デストロイさんなんていう、物騒な人ではありません。
ではみなさん、暑いのでお体には気を付けて~