第4話「第二次悪魔会談・不安定機構の組織」
「すまん。ツッコミどころが多くてツッコミ切れないんだが、これだけは言わせてくれ」
「なんだい?僕とユニとの間に遠慮なんていらないだろ?好きなだけ言うと良い」
「どの面下げて、聖母とか名乗っていやがるッ!?悪魔と正反対じゃねえかッ!!」
「おっと、僕が聖母なのが気に入らないのかい?何だってそんな……僕はこんなにも、清らかなのに」
「ちくしょう、まったく悪びれねぇな!?」
「そうさ。僕は、清く、正しく、純粋に、外道だよ?従えている従者ですら、僕の事を悪女と呼ぶくらいさ」
「ついに正体を表しやがった!?」
ワルトは冷徹な眼差しをふんわりとした物へ切り替えて、自分の正体を暴露し初めた。
本人いわく、暗劇部員を束ねる者として、日々、騙しや詐欺、暗躍や誘拐などの悪辣な事件を引き起こしているらしい。
基本的に依頼があっての事だと言うが、その依頼を発生させるために暗躍するというのだからタチが悪い。
なんと言うマッチポンプ。
無慈悲な医師のカミナさんと比べても、悪人度が段違いだ。
「まったく。悪事を働くのもほどほどにしろよ?その内、仕返しされるぞ?」
「おや、僕の事を心配してくれるのかい?ありがたいねぇ。でも、僕はそこそこ強いから、リリンクラスが相手じゃないと敵にならないよ」
「マジか……そうだよな。だって悪魔だもんな」
リリンクラスが相手じゃないと敵にならない。か。
俺もそんなセリフ、一度は言ってみたいぜ!
「さ、話が逸れてしまったけれど、本題に行くよ。キミらを襲った奴は暗劇部員じゃない。正確に言うと、暗劇部員の組織の中には登録されていないんだ」
「組織に登録されていない?どういうことだ?」
「暗劇部員を名乗るには、それはもう、相当に厳しい訓練を受けなければならない。合格するかはさらに狭き門だし、結果として暗劇部員になるには最短でも3年はかかる」
「……そうなのか」
「ま、そこはどうでもいい。要は暗劇部員はなろうと思ってすぐなれるものじゃないんだ。ちなみにリリンが暗劇部員の仮面を持っているのはアルバイトをしていたからで、カミナが持っていたのは医療知識を求めて暗劇部員の資格を取得したからだったりするよ」
「アルバイトは出来るという事が驚きなんだが……」
「ま、狭き門だから人手不足でね。さて、正規の隊員は厳しい訓練で、得意な魔法とかの能力が暴露されるから、管理者たる僕は個人の特定なんて簡単なのさ。どのくらい簡単かというと、辞書で単語の意味を調べるくらいに簡単だ。名簿もあるし」
「……闇の組織の個人情報、名簿に登録されているのかよ……」
「で、結果は……キミらの情報と一致する人物が出てこなかった。一つか二つ、情報に虚偽が混じっている可能性も考慮して念入りに調べても、ね」
あぁ、核心に近づきつつあると思っていたのに、急激に遠ざかっていく。
俺達の思い込みが間違ってると訂正されただけでも収穫があったと思うべきなんだが、期待していただけに少しだけがっかりだ。
だが、そう思うのは少し早かったらしい。
「で、暗劇部員じゃないのに、なぜ、暗劇部員と名乗っているのか。それは一つ推測が出来る」
「推測?」
「その『自称暗劇部員』に「キミは暗劇部員だ」と吹き込んだ奴がいるってことさ。つまり、黒幕だね」
「それは……。仮にそんな奴がいるとして、そんな事が出来るのか?」
「答えは、Yesだ。僕と同等か、それ以上の資格を持つ人物なら問題なく出来る」
ワルト以上の資格を持つ人……?
大陸を恐怖のどん底に陥れたとされる心無き魔人達の統括者たるワルト、以上……?
……やべぇ。想像すらできない。
「どうせ、リリンはそこら辺、説明していないだろ?」
「説明も何も、私自身、良く分かっていない。でも、ノウィンが偉い事は知ってる」
「……誰だその人。いきなり知らねぇ人物を出されても困惑するんだが」
「ん?大聖母・ノウィン様も知らないだね。無知なユニでも一発で分かる説明をすると……『不安定機構の頂点に立つお方』だ」
「いきなりトンデモないのが出てきたな……。要は、親玉ってことで、すっげぇ偉いと。……一ついいか?何でリリンはそんな偉い人の事を呼び捨てなんだ?」
「本人がそうして欲しいと言っている。本当のお母さんのように慕って欲しいと」
「……はい?」
「ユニク。私は家族を失ったと前に話した。その後、身寄りのない私を引き取り、後見人となってくれたのはノウィン」
……は?
いやなんで、不安定機構の親玉がリリンの後見人になるなんて話になるんだ?
リリンのお母さんは不安定機構に勤めていたらしいが、唯の事務員だったっていうし、関係がわからない。
「なんか話が見えないんだけど、どういう流れでリリンの後見人になったんだ?」
「ノウィンの話では、普通の事務員だった母と親しくしていたらしい。いちいち身分を説明すると面倒なので隠していたらしいんだけど、私が一人残されたと聞いて会いに来てくれた」
「その辺の話は僕も聞き及んでいる。確かに感情による部分も大きいが、魔法の才能に溢れるリリンを手元に置くという打算もあったようだね。もっとも、それは周りの人物が口にしたことらしいけど」
……なんということだ。
意図せず、リリンの過去を聞く事になってしまった。
家族と家を失って、哀しみに暮れるリリンを引き取って育ててくれたという、謎の人物。
その人には足を向けて寝られないな。
会う事があったら、感謝の言葉と美味い菓子折りでも持っていこう。
……それはそうと、お宅の娘さん、大悪魔になってますよ。
「大聖母ノウィン様は不安定機構の頂点に立つ人物。事実上の世界の覇者と言い替えてもいい」
「世界の覇者?」
「そりゃそうだよ。だって不安定機構は世界を統治するための組織。その役割はどんな国家よりも大きいと聞いた事は無いかい?」
「そう言えばリリンが昔、言ってたような……?」
「だけど、物事には裏側がある。表の看板役は間違いなく大聖母ノウィン様だけど、だからと言って、大聖母ノウィン様の絶対君主制かと言われたらそうじゃない」
「お、う?」
「分かりづらいから、組織図を見ながら話をしよう。《サモンウエポン=秘匿書籍A―221》」
ワルトが何かの召喚の呪文を唱えると、机の上に無地の茶色い紙が召喚された。
なんだこれ?と視線を彷徨わせる俺の向かい側でワルトが手を差し出すと、ぼんやりと光を放ちながら文字が浮かび上がった。
名前と役職が書かれ、下に行くにつれて複雑に枝分かれしていく図。
……どう見ても組織図です。
だんだん理解が追い付かなくなってきていたので、実はすごく助かったりする。
「ほら、本邦初公開!これが不安的機構の組織図だ」
「へぇ……これはすごい」
「ホント、こんな風になってるんだね……」
おい。何でリリンまで驚いているんだよ!
そこはちゃんと理解しとくべきだろ!!
そんな事を心の中でボヤキつつ、俺がしっかりせねばと、視線を組織図に向けた。
注目するのは不安定機構・黒の組織図だ。
『大聖母』――――空虚
『大神父』――――混沌
『大教主』――――破滅
『不安定機構・黒組織』
『指導聖母』―――『悪辣』・『悪性』・『悪才』
『準指導聖母』――――『悪質』・『悪逆』・『悪食』・『悪徳』
『暗劇部員・指揮官』
『暗劇部員・上級使徒』
『暗劇部員・下級使徒』
『暗劇部員・派遣社員』
『暗劇部員・アルバイト』
『暗劇部員・外注業者』
「……おい、ずいぶん人材が充実してるじゃねえか。というか、闇の組織が派遣やらバイトやら使うんじゃねぇよ!!」
「いや、本当に人手不足でね。部下を騙して上手く使うのも、僕らの仕事さ」
「……もういいや。話しを進めてくれ」
「ほい。という事でここを見てくれ。指導聖母の欄だ」
「ちくしょう、見ないようにしてたのに……これまた、なんという酷い字面。どこら辺が聖母?」
「そこはもう察しろよ、ユニ。話しを進めて欲しいんだろ?」
「……。」
「ということで、僕は指導聖母。この『悪辣』というのが僕を示す文字だ」
「悪辣か……悪そうだもんな、ワルト」
「褒めるなよー照れるなぁ。それで、暗劇部員では無い人に暗劇部員だと名乗らせるなんて無理が出来るのは、指導聖母・準指導聖母に属する7人だけなんだ」
……褒めてねぇよ!
ったく、たぶん話を進めるために軽く流したんだろうが、スル―スキルが高すぎる。
これもきっと、同等の悪人達と対等に渡り合う為に必要な事だったんだろう。
……苦労してるんだな。ほろり。
「ワルトと同じ位の悪人が後6人いる事は分った。んで、ワルトの読みではこの内の誰かが俺達を狙っている真犯人なんだな?」
「そう。犯人はこの中にいる。そして世界を揺るがす大事件を隠蔽することも、ノウィン様を含めたこの10人なら出来る」
「そんな大それた人物が俺達を狙っているってのか……」
「ユニは英雄の息子だしね。それくらい特別扱いしなくちゃかえって罰が当たるってもんさ」
「うっわ、全く嬉しくねえエコひいきだな。悪魔待遇って奴か?」
「またまた褒めるなよー。あ、それと、直接キミらに介入を仕掛けている自称暗劇部員なんだが……」
「ん?」
「彼女らはそれぞれ『シスター・亡霊』と『シスター・従者』と名乗っている。参考までに覚えておいてくれ」
え?名前まで割れているのか?
闇の組織で、認識阻害の魔法まで使うって話だったから個人名まで特定するのは難しいと思っていた。
まあ、敵はノウハウも知らない偽暗劇部員で、かたや俺達は指導聖母のワルトが味方だ。
悪辣さでは俺たち側の勝利だったらしい。
……よかった。ワルトが味方で。
「基本的な話は以上な訳だが……ちゃんと理解できたかい?」
「あぁ、おおよそは分かったぜ!」
「ほふふも、もいふょうふ!」
「……ん?」
「おい、リリン。まずはクッキー飲み込もうな?」
「……んぐ……」
……途中から、ずいぶん静かだなーとは思っていたが、なるほど、そりゃ喋れねえよな。
今もむぐむぐと口を動かし、クッキーを飲み込んでいる。
……俺達、結構大事な話をしてたんだが……。
「もう大丈夫。クッキーも無事、完食出来た」
「……。じゃあ、クッキーで英気を養ったリリンに質問だ。ユニを狙っているのは誰?」
「暗劇部員っぽいひと!」
「ダメそうだぞ、これ……」
「あぁ、昔を思い出す……。僕も相当苦労させられたよ」
クッキーを飲み込む前に、ワルトの説明を飲み込んで欲しかったんだが。
カミナやワルトも、大概に酷いもんだが、リリンはリリンでぶれないなぁ……
さっきの話、軽く説明しとくか。
「リリン。いいか、話しを纏めるぞ?」
「うん」
「俺達を狙っているのは、暗劇部員だが、唯の暗劇部員じゃない。ワルトナと同じ階級の指導聖母だ」
「ワルトナと同じ……」
「そう、そして、暗劇部員じゃない誰かを使って、襲撃を仕掛けてきている。その人物は『シスター・ファントム』『シスター・サヴァン』って名乗っているらしい」
「シスター・ファントム……シスターサヴァン……覚えた」
「あ、ユニ。一応僕から補足しておくと、黒幕はおそらく、ゆにクラブカードを所持している。これは敵が動きだした時期などから推測したものだが、間違いないだろう。当然、僕からも探りを入れてみるが、中々尻尾を出さないだろうからね、あまり期待しないでくれよ」
あぁ、これは俺達の問題だしな。
ワルトに頼りぱなしってのも悪いし、十分に情報も貰えた。
おっと、ちゃんとお礼を言っておかないとな。
……たとえワルトが心無き大悪魔だとしても、礼は尽くさないと。
「ワルト、ありがとな。参考になったぜ!」
「……いやいや待て待て。どこら辺が参考になったって?」
「……は?」
「敵の正体のおおよそが掴めました。んで、キミらはその後どうするんだよ?この人探してますって張り紙でもするのかい?」
「……。」
「何のためにこの、『戦略破綻』がこの場に居ると思っているんだい?ここからが僕の腕の見せ所、楽しい楽しい謀略のお時間だ。世界最高の極悪非道をキミらにお届けするよ」
……。お手柔らかにお願いします。




