第2話「第二次悪魔会談・事の発端」
「さて。キミらは出会い、1ヵ月の冒険を経て、僕の所に辿り着いた。そして、これから何が起こるのか。そんな話を僕にしに来たんだろ?」
「あぁ、そうだ。俺とリリンは何者かに狙われてるらしくてな。しかも、暗劇部員の可能性が非常に高い」
「ワルトナ、知恵を貸して欲しい。ワルトナならきっと凄い作戦を立ててくれると期待している!」
早速とばかりに、ワルトナさんは話を切り出し、それに俺達が続く。
カミナさんの所にも暗劇部員の襲撃があったというし、意外と事態は急を要するかもしれない。
さっさと本題に取り掛かろう。
「……と、その前に。どうにも僕は納得いかない事があってね」
……え?いきなり話の腰を折られたんだけど。
俺の前に座るのは心無き大悪魔。一瞬の油断が命取りになる。
ここは慎重に行く。石橋を叩いて叩いて第九守護天使を掛けてから渡るくらいに慎重になるべきだ。
とりあえず、警戒しつつ話を促してみるか……。
「どうしたんだ?ワルトナさん」
「そう、まさにそれだよ。ユニクルフィン。キミが僕を呼ぶその呼び方が納得いかないんだ」
「……どういうことだ?別に普通だろ……?」
「あぁ、普通さ。何のひねりも無く愚直に普通だね。だからこそ気に入らない。何で君は僕の事を他人行儀に”ワルトナさん”なんて呼ぶんだい?」
「……は?」
「は?じゃないよ。だって僕らは……同じ心無き魔人達の統括者だろ。仲間なんだから”さん”付けなんてやめてくれよ」
いや、俺の意思で仲間になったんじゃないんだけどッ!?
というか、初対面の人に”さん”付けは普通だし、そもそも、心無き大悪魔をいきなり呼び捨てにする度胸もねぇよ!
「えっと。一応礼儀かなって思って”さん”付けしてたんだが、嫌だったか?」
「あぁ嫌なんてもんじゃないさ。一瞬一秒でも早く状況を打破し、懲罰を与えたいね」
「そんなにッ!?」
「そうだ。第一、僕は華やかな青春の時間をキミを探す為に費やしたんだよ?それなのに他人行儀なんて酷いじゃないか」
「……確かに、ワルトナの言うことも一理ある」
「っちょ!?リリンまでそっち側かよ!?」
え、ええー。
名前の呼び方とか、そんなに重要なのか!?
まぁ、俺を探すのに時間を使ったのは確かな訳だし、その言い分も分からんでも無い……のか?
えぇい!俺一人で考えていてもしょうがねぇ!!
何がご希望なのか、本人に聞いちまおう!
「……不服なのはよーく分かった。んで、俺はなんて呼べばいいんだ?」
「え?なんだよ、ちょろいなぁ。じゃ『ワルトナ様』でよろしく」
「ふっざけんな!他人行儀度が増してるじゃねえかッ!!」
「えー。嫌なのかい?じゃあ、『卿』や『陛下』、『聖下』、『姫』、『主上』でも、好きな敬称を付けると良いよ」
「他人行儀度が爆上げしてるッ!?つーか、そこまで敬わなくちゃいけないもんかよ!?」
「いや、そんなことないけど。言っただろう?仲間だって。僕はキミと親しくしたいだけさ」
親しくしたい感が、微塵も感じられねぇんだがッ!?
つーか。初対面なのに一発芸を要求したり、呼び方一つにここまでこだわったり、一体何が……。
……。
いや、落ち着け、俺。
これって、話に乗せられてるんじゃないのか?
自分の都合のいいように、事態を運ぶため……?
「……。もしかしなくても、俺を嵌めようとしてるだろ?」
「あれ、意外と賢いんだね。僕の『破綻会話術』に引っかからないなんて」
「ほらやっぱりな!何を目論んでやがるッ!?」
「何を目論んでるかなんて教える訳無いだろ。ま、一つ言えるのは僕は嘘を付いていないってことだ」
「目論んではいるのか……だが、嘘はついていない?」
「そんな疑わしい目で見つめないでくれよーー照れるじゃないか」
「……だめだ、全然信用できねぇ!!」
「そんな事言わないでさ。ともかく、僕はキミと仲良くしたい。嘘偽りなく、ね」
「……理由を聞かせてくれ。リリンと一緒に俺を探したからってだけじゃないだろ?」
「おっと、どうしてそう思うんだい?」
ワルトナさんは意外そうな顔をすると、「これは、もしや?」となにやら気になる事があるみたいだ。
柔らかな表情で、俺の出方を窺っている。
そして、リリンは俺達のやり取りを楽しげに眺めている。
病院の売店でたくさん買ったおやつを、机に広げながら。
「どうしてかってかそれはな……。ただ何となくだ!」
「賢いのか馬鹿なのか、判断に困るねぇ。ま、他に理由があるってのは正解さ」
「……やっぱりあんのか」
どうやら俺の読みは当たっていたようで、別の思惑がワルトナさんにはあるらしい。
なんだろう。この感じ。
同じ階位の大悪魔なカミナさんと会話をしていた時には感じられなかった、迫るような焦燥感。
対面で会話をしているというのに、まるで正体が掴めない感じがするのだ。
……これが、心無き魔人達の統括者を創設した大悪魔の力だというのか?
なんて恐ろしい。
「といっても、理由なんてほとんどリリンと同じさ。僕はファンなんだよ……」
「……ファン?」
「そう、偉大なる全裸英雄・ユルドルード様のね!!」
「ファンだったら、『全裸英雄』とか呼ぶんじゃねぇよッ!!」
「え?全裸ってのはユルドルード様を代表する言葉の一つだろ?最近発売された辞書にも載ってるぜ?『全裸・一糸まとわぬこと。隠語として英雄ユルドルードの事も指す』ってさ」
「親父ぃぃぃぃぃ!?不名誉すぎるだろッッ!!」
「まぁ、そんな事はどうでもよくて、僕はキミと仲良くしたいのさ。だから他人行儀は無しだ」
「……俺的にはどうでもよくねぇけどな……」
親父……とうとう辞書にまで載っちまってるらしいぞ……。
無邪気な子供が『変態』で調べたら、親父の名前を知る事になるってよ。
俺は真っ当に生きるよ、親父。
世間一般から知られることも無い、普通の人生を目指すからな。
「さて、肝心の呼び方だが……キミはリリンの事を、短く愛称で『リリン』と呼んでいるね。だったら僕も『ワルト』と愛称で呼んでくれるかい?」
「……いいぜ」
「じゃ、僕はキミの事……んーせっかくだし『ユニク』から、さらに一文字削って……”ニク”でどうだ!?」
「なんでそうなったッ!?」
「あはは、流石に冗談だよ。僕からは『ユニ』と呼ばせて貰う。ハイ決定。もう変えられませーん」
っく!コイツ、やりたい放題じゃねぇか!!
カミナさんも大概に心無きだったが、その比じゃねぇな。
というか、さっさと本題に入ろうとか思った矢先にこれかよ!?
話がまったく進んでないんだがッ!?
「あぁ、もうそれでいいぞ。さっさと本題に入ろうぜ?」
「……ワルトナの呼び方の方が一文字短い。……ずるい」
「え?ちょ、リリン?」
ここでリリンが話しに参戦してきた。
いつの間にか机の上にクッキーアソートが並べられ、それぞれの前に紅茶が置かれているので給仕が完了したんだろう。
しかも、変な所で対抗心を燃やしているようだ。
「それならば、私は『ユニ』からさらに一文字削って『ユ!』と呼びたい!」
「原形が見当たらねぇ!!ダメだろッ!?」
「ユニは性格がぬるそうだし、なんか残り湯っぽいね」
「……さてはお前ら、俺で遊んでやがるなッ!?」
**********
「という事で本題だ。まずはキミらの状況を教えてくれるかい?」
「ん?カミナから連絡が行っていない?」
「いや、連絡は貰っているさ。だが、キミらの口からも聞いておきたい。こうすることでお互いに情報のやり取りが2回以上となるだろ?そうするとより深く本質に近づけるのさ」
「流石、ワルトナ。情報の取り扱いに関しては右に出る人はいないと思う!」
なるほど、確かにその通りだ。
何度も同じ情報を、違う人物とやり取りすることによって、新しい見方を発見できるかもしれないしな。
心無き大悪魔の参謀さんは情報の取り扱いに精通しているらしい。
ここは素直に従って、情報共有といくか。
「事の発端は、ゲロ鳥を森で捕獲した後の事だ。俺達は帰り際で盗賊30人に襲われた」
「強さ的には雑魚もいいとこの、ランク1~2の雑兵集団だった。しかし尋問に掛けた所、『星魔法使いの女』と『もう一人の女』という、黒幕の存在が浮かび上がった」
「その盗賊30人についてはカミナの報告の後、調べた。そいつら自体は山間部を根城として、通った商人を襲う集団だったようだね。まず間違いなく、使い捨ての駒だろう」
「それでだが、その盗賊は俺達を見て『言い値で売れる』と言った。だからどちらかを手に入れるために、どちらかが邪魔というのが俺達の意見だ」
「おそらく、英雄の息子のユニクが狙い。しかも、これには理由がある」
「そうだね。突発的な衝動で無いのなら、ユニが狙いという線が強いだろう。して、キミらがそう思う理由は?」
「……これ。この『ゆにクラブ』カードには知られざる秘密があった」
リリンは眉間にしわを寄せながらも、ゆにクラブカードを召喚し、大事そうに透明なケースから取り出した。
……あぁ。これは仕方が無いんだ。
この話をする以上、現物を見せる以外の選択肢は無い。
だから、俺が童貞だって知られても、仕方が無いんだ。
……。
仕方が無いんだが、このやり取り、もしかしなくても心無き魔人達の統括者全員にやるんだよな?
……ユニクルフィンは童貞です!!って言って回るとか、何この、ふざけた羞恥プレイ!?
「……ワルト。このカードには衝撃的な内容が書かれている。どうか、落ち着いて見て欲しい」
「そう、私はこのカードの秘密を知った時、あまりにも衝撃的すぎて泣きそうになった。それくらい酷い」
「なんだよ、そんな大仰な前振りしちゃってさ。第一、そのカードには大した事書かれて……なんだい!これは!!」
あぁ、心が無いはずの大悪魔さんが驚愕の声を上げていらっしゃる。
その声に合わせてリリンは眉間に一層シワを刻んでいるし、俺は泣きたい。
「……見たか?一目で分かると思うが、そこには俺の情報が載っている」
「そして、今ユニクが居る現在位置も。本当に酷いと思う!!」
「これは……本当に……ちょっと言葉に出来ない……どうしてこんな事に?……」
「んまぁ、そうなんだが……」
「本当に酷いけど、まさかワルトナまでそこまで驚くなんて……」
「……。だってそうだろ?こんなに可愛いリリンと一ヵ月も旅して、未だに童貞なんて、ヘタれすぎる」
「ちくしょう!やっぱりそこが気になるよなッ!?だけど、俺達は健全な旅のパートナ―なんだよ!そんな情事は一切断じてないッ!!」
「……。」
「へぇー、健全、ねぇー」
こうなったら開き直ってやるぜ!
そもそも、後ろめたいことなんて何もないしな!!
俺は可愛らしい少女なリリンと一緒に旅をしているし、寝泊まりする部屋も同じだが、まったく健全なお付き合いをしているぜ!
夜だって、一緒に寝るのはタヌキだしな。
「つーか、俺が童貞なのはどうでもいい。本題はここ、ゆにクラブカードは一枚じゃないって事だ。実はカードには、レッド・ゴールド・ブラックの三種類があるみたいで、合計12枚カードがあるらしい」
「これはミナチルという、カミナの助手から貰った情報。そして彼女自身も、この赤いカードの持ち主だった」
「……えっと、話しが見えないね」
「いや、だから、このカードが合計12枚あるって話だ」
「ミナチルのカードは回収済み。よって残るのは10枚となった」
「ちょっとキミらに聞きたいんだけど、『(3+4+1+5)-2』はいくつだい?」
「「……11」」
「じゃあ、残ってるカードは11枚だろう?」
「「…………は?」」
……は?
おい、ワルト。なに訳の分からない事を言ってるんだ?
カードの枚数はそこに12枚って書いてあるだろ。
俺はリリンの手元にある、ミナチルさん用だった赤いカードに視線を落とした。
ユニクルフィン個人データ。
性別・男
年齢・16歳
誕生日・1の月・10の日
血液型・A
好きなもの タヌキ全般
嫌いなもの タヌキ(カイゼル)
称 号 英雄見習い
タヌキスレイヤー
現在位置 大書院ヒストリア(東棟12階層)
ゆに階級 ブラック3
ゴールド4
偽ゴールド1
レッド 5 計13枚
……。
…………。
………………。
「枚数、変わってるゥゥゥゥッッッ!?」




