第1話「二人目の大悪魔」
「すげぇ……ここにワルトナさんが居るのか……?」
「うん、居るはず。この『大書院ヒストリア』は今や、ワルトナの持ちモノと言っても過言ではない」
「……。ワルトナさんの持ちモノ?」
「そう、ワルトナは私と別れた後、調べ物をする為の拠点としてこの大書院ヒストリアを選んだ。もともと不安定機構の所有物だったこの大書院を、悪辣極まる手段で強奪。事実上の支配者として館長となった」
「一体何をしやがった?」
「詳細は知らないけど……一般の従業員として潜り込んだ後、運営システムを破綻させ経営不能な状態に陥れたらしい。そして何食わぬ顔で打開策を提案し、名実ともに館長になったという。その間わずか1カ月」
「酷過ぎる自作自演もあったもんだな!?流石、心無き悪魔ッ!!俺の期待を裏切らねぇッ!?」
「ワルトナはそういうのが得意。むしろ1ヵ月も掛けるとはワルトナにしては珍しいくらい」
今現在、朝日が熱く昇る午前7時。
そんな希望あふれる朝なのに、目的地に到着してたった10秒で、心無きな出来事を耳にする事になった。
どうしてこんな事になっているのかと言えば、病院で全ての検査を終え、カミナさんから『健康そのもの』と太鼓判を押されたリリンが良い放った一言が原因だ。
「次はワルトナの所に行く。そこで私達に敵対する敵を突き止め、滅多撃ちにする方法を計画しよう」
二泊三日の慣れない病院生活でかなりのストレスをため込んだらしいリリン。
どうやら病院食におやつが出ない事が気に入らなかったらしく、敵の暗劇部員を使ってストレス発散をするようだ。
ヤル気に満ちた平均的な表情で、隣の国にあるこの『大書院ヒストリア』に赴くと宣言し、こうして何事も無くたどり着いた。
俺はふぅ。とため息にを吐きだしながら目の間にそびえる建物に目を向ける。
大書院ヒストリア。
移動中にリリンから聞いた話だと、この大陸で一番大きい図書館だそうだ。……が、まさかここまでデカイとはな。
俺達は今、地上に立っている。
にもかかわらずこの大書院ヒストリアの全容が見渡せるのは、この建造物が地面を掘り下げられた地下に建造されていて、”お椀”のような形をしているからだ。
そして、その大きさはあまりのも広大。
端から端まで5kmもあるという大きなクレーターの側面にはビッチリと階段が敷き詰められ、至る所に扉や窓が存在している。
途方もないと言うべき広さのこの施設の何処かに、大悪魔が潜んでいるというが、そう簡単に出会うことも無いだろう。
……諦めて帰ろうぜ?
「なぁ、リリン。この広い施設でどうやってワルトナさんを探すんだ?」
「ん。たぶんそのうち勝手に出てくる。この施設に私達が入った段階で捕捉されているはずだから」
え。
この広い施設を全て監視しているってのか?
なにそれ!?超怖ぇぇんだけど!?
「さ、行こうユニク」
「お、おう……」
リリンは一番手短な扉へ歩み寄り、取っ手を引いた。
きぃ……。っと若干軋みなら扉は開き、室内の光景が俺の目に飛び込んでくる。
その室内は、整頓された貴賓室のようだった。
清廉潔白、清掃の行き届いている部屋には塵一つ落ちていない。
そして、左奥の小さいカウンターに座る制服を着た従業員らしき人が一人。
その人は俺達に気付き、本から視線を上げて声を掛けてきた。
「あれ?この部屋に来客とは珍しいですね。ここは入場制限がありますので、身分を証明できるものを提示していただけますか?」
その人は予想外と言った表情をしながらも、決められた規則を提示してきた。
身分証明書の提示か。……そんなもん、俺持ってねぇんだけど。
その声を聞いて、リリンも少しだけ難しい顔をしている。
どうやら俺達を阻む道のりは辛く険しいらしい。
……いいぞ。もっとやれ。
「リリン。身分証明ができるもんなんて俺は持ってねぇけど?」
「身分証明には不安定機構の冒険者カードが使える」
「へぇ……そうなのか。意外と便利なんだな」
「けれど、ユニクのカードだと結局ここから先へは進めない。なので少し小芝居をしたいと思う」
「小芝居?」
「ユニクは無言で胸を張っていればいい、後は私に任せて」
声を潜めてリリンがそう言うと、カウンターに座る従業員に歩み寄った。
いつもよりドスが効いているような凛とした声で、自分のカードを取り出しながら一言。
「身分の確認をするといい」
「はい、えぇと。第七号魔導師様ですか。おや、レジェンダリア国の貴族様なんですね。これなら問題無く入場できます。ハイ次、後ろの方」
「彼、ユニクルフィン様の身分は私が保証する。ここを通して欲しい」
……ユニクルフィン様?え。
リリンさん?なに考えてるんだ?
「いえ、身分は提示していただかないと」
「このお方は私の主人。そして身分を証明しろなどと言うのは無礼な発言だと知るといい。即刻撤回し、謝辞を述べた上に速やかにここを通して」
あ!わかった!!
無理やりなゴリ押しだこれ!!
小芝居?いえいえ。たぶん、脅迫です!!
「えぇっと。でも、ルールですので……」
「アナタはどちらかをこぼさなくてはならない」
「……はい?」
「お目こぼしをして私達を通すか……命をこぼして私達を通すか」
「ひ、ひぃ!」
ほらな、やっぱりだよ!
いつの間にか星丈―ルナを付きつけながら、「さぁ、どちらがいい!?」と実にスムーズに脅迫している。
リリンの覇気に当てられた従業員の人は、涙目で「通って……いいです……」と呟いた。
俺はその光景を眺めながら、今後の対策を練る。
普通に仕事をしている人を脅迫するとか、ワルトナさんにバレたら、後でどんな文句を言われるか分かったもんじゃない。
ここは一応止めに入って、心証を良くしとくに限るな。
「おい、リリン。そのやり方は幾らなんでも横暴すぎるだろ!」
「そうそう、そんな光景を責任者たるこの僕、ワルトナ・バレンシアに見られた日にゃ、糾弾は免れないよ?」
「え?」
「やぁ、ひさしぶりだね、リリン。それとユニクルフィンだったかな?」
いつの間にか俺の横に立っていたのは、深々とフードを被った小柄な少女。
背の丈ほどはリリンと同じくらいで、160cmいかないくらいだろう。
フードから覗く真っ白い銀髪が特徴的で、長い前髪の奥で鋭い眼光が俺を見上げている。
まさかな。いや、何かの間違いだろう。こんな最悪のタイミングで現れるはずが……。
―レベル74924―
……うっわ!間違いない、心無き大悪魔だッッ!!
「あ、ワルトナ。久しぶり」
「3か月と3日ぶりだね。まずは祝辞でも述べさせてもらおうかな。彼を見つけたんだね、心の底から祝福するよ。おめでとう」
いきなり現れたレベル74924な超危険人物を含めて、この場には4人の人物、そして二つのグループに分かれている。
事態についていけないグループの、俺と受付の人。
事態を理解した上で再会を喜んでいるグル―プの、大悪魔と大悪魔。
置いてけぼりな俺達を他所に、事態は進んでいく。
「それにしても、到着したなら連絡をしてくれよ。迎えに行ったのにさ」
「ん。どうせすぐ来ると思った。騒ぎを起こしたら尚更早いと」
「そりゃ、この大書院ヒストリアには価値あるものが色々と保管されている。警備は厳重にしとかないと心無い悪魔がやってきて、乗っ取られてしまうからね」
自分でそれ言う!?最初っから、会話の内容がもう既に酷いんだが!?
というか、リリンもリリンだ。
カミナさんの所でも騒ぎを起こして内部に侵入しようとしていたし、もっと正攻法というか、普通に許可を取るって発想は無いのかよ?
「それにしても、リリンの小芝居はまだ爪が甘いね。脅しをかけるにしたって、机の一つでも壊して見せた方が迫力あるってもんさ」
「なるほど……覚えておく」
そんなこと覚えなくていいからッ!!
つーか、二人して慣れてる感が凄い。
……なるほど。心無き魔人達の統括者にとってこれが正攻法なんだな。
「あの……館長……。この人たち知り合いなんですか?」
「あぁそうだとも。とても仲の良い竹馬の友だね」
竹馬の友……。幼いころから共に遊んだ友人や幼馴染の事をそう呼ぶ。
……。世界中を恐怖に陥れたらしい心無きな出来事を”遊んだ”と表現していいものか。
ワルトナさんは博識ならしいし、ちゃんと意味分かって使ってるんだろうな。
ならば俺も心の中で言わせてもらおう。……良い性格してやがるぜ!
「というわけで、御苦労さま『シスター・バリアブル』。キミの処罰は追って連絡するから」
「え!?そんな!!」
「だってキミ、僕が現れなければ彼らをこの先に通していただろ?規則を破ったんだし、それなりの罰は当然さ」
「殺すって脅されたら誰だって通すしかないですよ!!私戦闘員じゃないんですよー!」
「そこは上手くあしらうとか、別の部屋に案内して罠に掛けるとかするべきなのさ。という事で成功率の低そうな任務を当てがう事になるから、頑張って来てね」
リリンの気まぐれで、一人の人間の人生が大きく歪んだっぽいんだが。
流石に放っておくと目覚めが悪くなりそうだ。
俺は大変に恐縮しながらも、ワルトナさんに声をかけた。
「あの……。俺達が悪かったし、ここはどうか大目に見て欲しいんだが……」
「おや?この僕に意見具申かい?見ず知らずの人を救うなんて、キミは優しいんだね。そうだなぁ……一発芸でもして僕を笑わせてくれたら許してあげてもいいよ」
「なんでだよッ!?」
話はいい方向に流れたようだが、与えられた試練が過酷すぎる!
一発芸とか、やった事ねぇし!!
「そんなことでいいの?ユニクならすごく簡単な事!」
おいリリン!?
何、安請け合いしてくれちゃってんだよ!?
「あのさ、一発芸とかしたことないんだけど……」
「大丈夫。ユニクにはアレがある!」
「……アレ?」
控え目に非難をしてみたが、リリンは全く動じていない。
それどころか、俺の耳に顔を寄せ、ある事を耳打ちしてきたのだ。
……。あー。喉の調子はどうかな。んっんー。
「では、ユニクの一発芸を披露する」
「……。」
「あ、ホントにやるんだ」
「タイトル『鳶色鳥!』」
「んー!ぐるぐるげっげー!!」
「……。」
「……。」
「ぐるぐるげっげー!ぐるぐるげっげー!!ぐるげ!?ぐるぐるげっげー!!」
「……。」
「……。」
「……。……ぐるげー」
「……。」
「……。」
「何か反応しろよ!辛いわ!!」
なんだよこの空気!
俺が悪いのか!?そんなこと無いよな!?あんな前振りされたんじゃ誰だってスベるだろうがッ!!
「……ワルトナ、面白くなかった?」
「いや、面白いっちゃ面白かったけど、恥ずかしげもなくよく出来るなーって」
「コメントが辛辣すぎる!!さすが心無き悪魔!!」
「ま、頑張りに免じてシスター・バリアブルの不手際は見なかったことにしよう」
「……俺の痴態も見なかったことに出来ない?」
「それは出来ないね。たぶん、生涯忘れることはないよ」
**********
「さて、改めて挨拶と行こうじゃないか。ちゃんとした自己紹介は礼節の基本。何事も始めが肝心ってね」
「うん。挨拶は大事だと思う!」
「じゃあ挨拶前に一発芸なんてやらせるなよ……」
あの後普通に許された受付の人と別れ、別室で話をしようとワルトナさんが切り出した。
俺としてもこの悲しみに包まれた空気を一掃したかったので丁度いい。
受付の人の『え?何なのこの人』という目線にあれ以上耐えられそうになかったしな。
豪華な内装の個室に案内された俺達。
俺の横にリリン、対面にはワルトナさんが座り、第二次悪魔会談が始まろうとしている。
「じゃあ、まずは俺から挨拶をするぜ!俺の名前はユニクルフィン、ナユタ村出身で――」
ここは先手必勝。変な話の流れになる前にさっさと済ましてしまおう。
俺は速やかに自分の挨拶を終え、ワルトナさんに「どうぞよろしく!」と手を差し出した。
当然社交辞令で、実際はよろしくなどしたくない。
「おや?キミは僕とよろしくしたいのかい?リリンというものがありながら、攻めるねー」
「あ!!ユニク!今すぐその手を離して欲しい!」
「え?お、おう。……って離せよ!」
「そんなつれないな。もうちょっと握っていたって良いじゃないか」
「ユニク!」
え。ちょ、離して欲しいんだけど!!
俺が手を引こうとするとワルトナさんは握手を両手持ちに切り替え、ブンブンとワザとらしく振って見せた。
その光景を見たリリンはバッファの魔法を使い、俺達の手を解きにかかる。
リリンの手が迫るとワルトナさんは素早く手を引き、結果的に俺の手だけがリリンの方へ捻じ曲げられた。
……第九守護天使が無かったら、折れたんじゃないだろうか。
「いやーごめんごめん!ほら、僕もユニクルフィンを探した訳だし、感慨深くてね」
「……うん、それもそう。ワルトナになら、ちょっとくらい貸してもいい」
「いやいやいや!俺の意見は!?何されるか分かったもんじゃねぇんだけど!?」
「えーいいじゃないか。僕とイイコトしようぜ?」
「……ちょっとだけ。貸すのはちょっとだけだから!」
「その”ちょっと”でトンデモ無い事になりそうなんだがッ!?却下だ!!」
なんだこのやり取り。
油断していなくても一瞬で悪魔な会話になりやがるッ!?
俺は一層気を引き締めて、ワルトナさんの自己紹介を聞いた。
「さて、僕の自己紹介がまだだったね。僕の名前は『ワルトナ・バレンシア』年齢は16。性別は勿論、女。趣味は『読書』と『暗躍』と『裏切り』。職業は当然、暗劇部員だ」
おい、趣味は『暗躍』と『裏切り』ってなんだよ?
そんな趣味、聞いたこともねぇぞ?どういう反応したらいいか困るだろうがッ!
こういう時は、相手の答えやすそうな質問をして、お茶を濁してしまおう。
「職業は暗劇部員か。だとしたらリリンやカミナさん同様、認識阻害の仮面を持っているのか?」
「いいや。持っていないよ」
「あ、あれ?」
「ちゃんと言葉にすると『使う必要が無い』が正しい。僕は暗劇部員の指揮官だからね」
「……なんだってッ!?」
悲報!ワルトナさん、暗劇部員の指揮官だった!
そう言えばさっきも突然現れたし、受付の人に命令を飛ばしていたりした。けど、まさか指揮官だったなんて!
というか、そうすると心無き魔人達の統括者って正式に暗劇部員のチームって事になるんじゃないのか?
……どうすんだよ!?暗劇部員 対 暗劇部員になっちゃってるんだけど!?
「さて、キミら僕に話したい事があるんだろ?早速、聞こうじゃないか」
俺の内心の葛藤を見透かすように、ワルトナさんは話を切り出した。
深くかぶったフードと長い前髪のせいで表情が伺えない。
ただ、これだけは言える。
油断したら、取り返しのつかない事になりそうだ。