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第6章続々プロローグ「神が使った言語」

「さぁ、アルカ!その悩殺ボディでユニクルフィンを骨抜きにしてくるのじゃ!」

「う”ぎるあ!」

「おい、ちょっと待てお前ら。まずは服着ろって言ってるだろ?聞けよ、おい!」



 心の内を吐き出してすっきりした気分のユルドルードは、努めて冷静にツッコミを入れた。


 今、常識を語れるのは俺しかいないと自分自身を奮い立たせ、主導権を握るために行動を開始したのだ。

 相手は世界で3番目に強き者と擬人化タヌキ。

 一瞬の油断が命取りになる。



「そうは言ってものー。服なんて持ち合わせておらんぞ?」

「無いなら作ればいいだろ。さっきカードを作った時みたいにだ」


「出来ん事も無いが……それだと、結局全裸のままユニクルフィンに会いにいく事になるのー」

「……なんでそうなる?お前が作ったものには制限時間なんて無いだろうが?」


「そうではないぞ。服を作った所でソドムとゴモラに奪い取られるということじゃ」



 は?意味が分からん。と首を傾げるユルドルード。

 どうして唯のタヌキであるソドムとゴモラが人間の服を欲しがるのかが、まったく理解できていないのだ。


 だが、そのやり取りを黙って聞いていたアルカは、ナユの言い分に大きく頷き、主張が正しい事をアピールしている。

 それを見て再び首を傾げたユルドルードは「ちゃんと説明してくれ」とナユを促した。



「ソドムとゴモラを始めとするタヌキ帝王、またはそれに準ずる強さのタヌキ将軍は、儂を崇拝しておる。尊敬や羨望ではなく崇拝じゃ。その信仰心は凄まじく、儂の作った物品を持つ事が一種のステイタスとなっておるのじゃの」

「まぁ、お前の作るもんは凄い性能だから分からんでも無い」


「そんな折に、全身を儂が作った衣服で身を固めたアルカが現れてみぃ。嫉妬やら妬みやらで衣服どころかケツの毛一本に至るまでむしり取られるじゃろうな」

「……それは、流石にちょっと可哀そうだ」


「じゃから、儂がアルカに何かをくれてやるのは、その『ユニクらぶ』カードが限界じゃの。ということでユルド、服を着ろというのならお前さんが用意するべきじゃの」

「……何が嬉しくてタヌキなんぞに俺の持ち物をやらねえといけねえんだよ。……俺は持ち物は強度重視でひとつ残らず高級品なんだが?」


「しかたないの。アルカよ、今すぐにユニクルフィンの前に転移してやるから、そのまま襲ってしまえ。なあに心配するでない、今のお前さんは奴の性癖ド真ん中ストライクじゃ。そういう風に調整したからの!」

「なにこの嫌な流れ!?そんな事になろうものなら、不安定機構が総力を挙げて俺を抹殺しにかかるだろ!?ノウィンさんなら絶対そうしてくるって自信がある!」


「ほれ、選ぶがよい。装備を差し出すか。息子を差し出すか。あ、儂にお前さんのムスコを差し出してくれるならそれでもよいぞ?」

「おい最後!お前の願望を混ぜ込んでくるんじゃねぇよ!あぁくそ、装備を出せばいいんだろ?出せば!!」


「良かったなアルカ。ユルドが服をくれるそうじゃ。お礼を言うが良い!」



 なだらかな胸を一杯に張って、ナユはアルカに礼を求めた。

 アルカは少し逡巡すると、短く「う”ぎるあ……」と声を出したが、ナユが「そうではない」とその声を否定する。



「アルカよ、ちゃんと人間の言葉で礼を尽くすのじゃ。今のお前さんなら人間の言葉か発音できるじゃろ?さぁ、ゆっくりでいいから言ってみるのじゃ!」

「う”……う。あ……あり……」


「そうじゃ!その調子じゃ!!」

「あ、あ……ありがとう。おっさん」


「……。あぁ。なんだろうなこの気持ち。全裸の少女に『おっさん』呼びされながら礼を言われるとか。……どう見ても事件だ。目撃者がいたら通報待った無しだ」



 がくりと肩を落としながら、ユルドルードは空間を開き、中に陳列されている物品を物色していく。

 意外と几帳面な性格のようで、空間の中には収納用のタンスや引き出しが大量に陳列されており、用途に応じて管理されているらしい。


 今は茶色い桐ダンスを開き、可愛らしく梱包された袋を掴んだ。

 そのまま、空間から取り出すと、一通りの服を見繕っては次々に目の前の切り株に並べてゆく。



「大体こんなもんか。服はセーターに半ズボン、靴下とブーツ、ベルトとポシェットも必要だろ」

「ふむ?これはどう見ても女物じゃの。まさかお主……そんな趣味が?」


「ねぇよッ!!これはな、じじぃの弟子ローレライちゃんにあげようと思って買っといたんだつーの。ほら、ユニクの面倒を見たご褒美が欲しいって言うからさ」

「なるほどの。確かに新品のようじゃしの。英雄ホーライの弟子であるのなら、そ奴も英雄かの?」


「あぁそうだぞ。未だ若くて粗削りだが、俺が同じ年齢だった時と比べても随分強い。このまま育っていけば歴代の英雄の中でも抜きん出た強さになるかもな」

「ほう?それは楽しみじゃが、まさか、お前さんほどではあるまいな?」


「そうだなぁ……俺と同じ強さになるには人間やめねぇといけないからなぁ」

「獣耳でも生やしてみるかの?」


「そういう事じゃねぇんだよ!!」



 和やかな雰囲気での談笑。

 ふとした瞬間に主導権を奪いに来るナユを上手くかわしつつ、ユルドルードはアルカに向かって話しかけた。



「おい、タヌキ……いや、アルカって言ったか?とりあえずこれを着ろ。な?」

「……。完璧に拒否。けど、偉大なるナユタ様の前だから、しぶしぶ、着る」


「コイツ……!」

「……なんだこれ……どうすれば……」

「ほれ、ユルド。着かたが分からんそうじゃ。着せてやれ」


「……断る。見ろ。コイツの嫌そうな顔を」

「しかたないの。ほれアルカ、こっちに来るがよいの!」

「あ、う、恐縮です……」



 百戦錬磨の英雄ユルドルードも、全裸少女に触るのは抵抗があったらしい。

 その正体はタヌキだと分かっていても、女性経験が妻しかないユルドルードでは、どうすることも出来ないのだ。

 そしていくらタヌキと言えど着替えをマジマジと見続けるのは、申し訳ない気分になってくる。

 ユルドルードはさりげなく視線を外し、今晩の飯は何にするかなと献立を考え始めた。


 その後ろで着々と着替えが進んでいく。

 アルカはセーターを広げると、「夏にこんなもんを着せようとは、ユルドも鬼畜じゃの」と、どこからか取り出したハサミを使い袖をバッサリと切り落とした。

 ノースリーブとなったセーターをアルカの頭から被せ、「そうじゃ!」と呟いて『ユニクらぶ』カードを手に取る。

 そのまま何も書かれていない裏面を表にし、アルカの胸に張り付けた。



「アルカよ。このカードを使って人化した際には胸にカードを付けるのじゃ。カードから離れすぎると人化が融けてしまうからの」



 ナユは魔法のデメリットを説明をしながら、アルカの胸のカードに手をかざす。

 するとカードが輝きだし、何も書かれていなかったカードの裏面に『あるか』と文字が浮かび上がった。

 まるで児童が付けるような名札。

 文字が丸みを帯びた可愛らしいデザインなのはナユの趣味だ。



「このカードの四方を指で押さえるとユニクルフィンの現在位置が表示されるのじゃ。捜索の導べにもなる」



 ついでとばかりにカードの使い方も説明し、アルカはナユからの説明を真剣に聞いている。

 そしてカードの説明を終えると、次は下を履かせるべくナユはズボンを手に取った。

 問題はその時に起こったのだ。



「あ!大変じゃの!ユルド!!緊急事態じゃの!!!!!」

「何?どうしたんだ?」



 ユルドルードが献立を決める間もなく、ナユが呼ぶ。

 その声は珍しく焦ったものであり、何事かとユルドルードも急いで振り替える。


 そこでは半ズボンに片足だけ突っ込んだ官能的な体勢のアルカと、そのズボンを持って固まっているナユの姿。

 ナユはなおも早い口調で、ユルドルードを捲し立てる。



「ユルド、大変じゃ!パンツが無い!!」

「……そうか。葉っぱでもズボンに詰めとけ」


「なんじゃその適当な対応はの!?パンツは大切じゃと儂にいつも言うとろうが!!」

「あぁ、パンツは大切だぞ。お前みたいな一年中ワンピース一枚で過ごす奴は、特にな」


「じゃったらパンツを用意するのじゃ!」

「……どういう理屈で俺が女物のパンツを持っていると判断した?持ってる訳無いだろ」


「なんじゃと!?何で町で買っとかないのじゃ!」

「買う必要ねぇからだよ!つーかそれ買ったら俺、変態になっちまうんだけど!?」



 真剣な表情でパンツを寄越せと脅迫するナユと、無いもんは無い!と開き直るユルドルード。

 激しい言い争いをしながらも、戦況は水平線をたどるばかり。


 暫くの言い争い結果、先に折れたのはナユだった。



「誰も新品を寄越せというとるのではない。お前さんのお下がりでもよい」

「……え。」


「お前のパンツを寄越せと言っておる!」

「それも嫌なんだけど!!」


「なんとワガママな奴じゃの。儂はお前さんの願いを聞いてやろうとあれこれ考えておるというのに……」

「……くっ。でもな……なんかなぁ……」


「仕方が無いの。ユニクルフィンの前にはノーパンのアルカを送りだすとしようかの。はぁ……ズボンが緩いから、裾から中身が見えてしまうかもしれんの……」

「……。」


「性癖がドストライクなユニクルフィンは我慢ができなくて、そのまま結ばれてしまうかもしれんの」

「あーもー!分かったよ!出せばいいんだろ!?パンツ!!」



 ユルドルードは乱雑に空間に手を突っ込み、洗濯済みのパンツを何枚か取り出した。

 そして投げやりに切り株に叩きつけ、「ほらよ!」と叫んだ。



「ほれ、アルカ。パンツじゃ。履くが良い」

「……。」



 アルカは無言で切り株に近づき、両手の人差し指と親指でパンツをつまんで持ち上げ、そして……

 顔に近づけてクンクンと匂いを嗅いだ。



「……。」

「……。」

「…………う”ぎるあ。」



 その鳴き声は、ユルドルードの心に深々と突き刺さる。

 そして、嫌々パンツに足を通すアルカを見て、やがて心が砕け散った。



 **********



「さて、ユルド。装備品も寄越すがいい」

「……待って。今、俺、凄く傷ついてるから。ガラスのハートだから」


「じゃ、勝手に召喚するかの」

「ふざけんな!落ち込んでる場合じゃねえ!!」



 ナユの呟いた一言で再び奮い立つしか無くなったユルドルードは少し自暴自棄になりつつ、一組の手甲を召喚した。

 磨き抜かれた鋼鉄。無骨で重厚なデザインのその手甲の名は『海千山千いくせんやません』。


 これもユルドルードがローレライに贈るべく用意した物で、彼女自身から『剣を極めたら、次は格闘家を目指すよ!だから良さそうな手甲があったら欲しいな!』とリクエストされていた物だ。



「ほう?これは中々良いものじゃの……」

「あぁ、流石に神と戦う為の装備はやれねぇが、これだって相当に良いもんだぞ?昔の英雄が使ってた物だし」


「ふむ、どうじゃアルカ?これ使ってみるか?」

「……うん……殴るの好き。これちょうだい、おっさん」


「一つ条件がある。おっさん呼びは勘弁してくれ……。俺まだ30代なんだよ……」

「そうじゃ、アルカ。こ奴はその内、儂の伴侶となるからの!様くらいは付けてやるのじゃ」


「……おっさん様、この手甲ちょうだい?」

「……もうちょい」


「おじ様、ちょうだい?」

「お、おじ様……だと……」


「じゃあ、変態さm」

「よし、俺の事はおじ様と呼べ!分かったな?」


「う”ぎるあ!」



 嬉しそうにアルカは返事をすると、いそいそと手甲を腕に通した。

 その手甲にはサイズ可変の魔法陣が刻まれていたようで、肩口まで腕を差し込んだ段階でキュアッっと短い音がして腕に張り付いた。


 アルカはもう片方の腕も手甲に差し込み、両手を開いたり閉じたりして具合を確かめ、再び嬉しそうに「う”ぎるあ」と呟く。



「気に入ったようじゃの!儂が授けた記憶の中に手甲の使い方の知識もある。あとは自分で使いこなすまで練習に励むのじゃぞ?」

「はい。偉大なるナユタ様の命に従い、必ず、ユニなんちゃらを倒します」

「倒すんじゃねぇよ!そのためにあげたんじゃねぇぞ!?」


「そうじゃの。アルカ。お主に授けるのはそんな命令では無い」

「……違うのですか?」


「命令はこのカードの通り『ユニク・らぶ』じゃ。あくまで平和的にかつ、親密になるようにユニクルフィンに近づき、あわよくばとりこにしてしまえ!」

「虜……。あの、その、したことなくて……」


「「ん?」」

「交尾……したこと……なくて……」


「おい、アルカ。そんな事はしなくていいんだ。むしろしちゃダメなんだ」

「くくく、でもユニクルフィンから求められたら致し方あるまい。その時は観念するんじゃの!」

「……う”ぎ、るあ……」



 心底嫌そうにアルカは呟き、ユルドルードは「無理はしなくていい」と優しげな頬笑みを浮かべている。

 その内心では、息子の貞操に大きな危機感を抱きながら。



「なぁ、ナユ。前から気になっていたんだが、野生のタヌキというか、他の動物にも言えることだが、なんでコイツらは人間の言葉を理解できるんだ?」

「なんじゃ、そんな事も知らんのか」



 ユルドルードは怪しくなってきた話の流れを断ち切るために、以前から疑問に思っていた事を聞いた。

 人化する前のアルカを見て、野生動物が人間の言葉を理解している時があることを思い出したのだ。



「いや、ほんとに知らねえんだよ。調べても分からなかったし」

「ふむ、それはの、お主ら人間の使う言葉が『神の言語』じゃからじゃの」


「神の言語?」

「そうじゃ、神は全ての生物と意思の疎通ができる。勿論、神自身が全ての生物の言葉を理解しておるが、儂らはそうではない。故に神は全ての生物が神自身が使う言語を理解できるようにしてあるのじゃ」


「じゃあ何か?目の前で作戦会議をしたりバッファを掛けたりしたら、もろバレってことか?」

「ふむ、そうとも限らん。言葉を理解できても言葉の意味まで知らんからの。つまり『殴る』や『蹴る』と言った言葉が何を意味するか知らんから対処ができないという事じゃ。だから言葉の意味を覚えたら会話を理解できるようになる」



 ユルドルードは納得し、「じゃあこう言った事案は?」とナユとアルカに向け質問を投げかける。


 やれやれと大ぶりに肩を下げて、それはの……とナユは返答を返した。

 アルカも、ポツリポツリではあるが会話に参加し、人との会話の仕方を覚えていく。


 そんなアルカを見て内心で安堵しながら、苦労をかけるであろうユニクルフィンへ『すまんな』とユルドルードはひっそりと呟いた。



 **********



「タヌキ、人間になったんだけど!?」



 神は信じられない物を見たとばかりに、目を開いて言葉を発した。

 その驚きのあまり、持っていた麦茶がウ―ロン茶に変わってしまっている。



「いやーまさか、タヌキ将軍が人化を取得するとはね。那由多の力の手助けがあるとはいえ、よく出来たもんだと感心するよ!!」


「……ふふ。というかアルカはユニクルフィンに会いに行く訳だ。しかも、隙あらば籠絡させにかかるという……」


「タヌキがヒロインとか、斬新過ぎるだろ!しかも、かなり可愛いし、これはもしや……リリンサ、ピンチ?」


「うーむ。口実として会員証も手に入れたし、物語がどう進むのかボク()ですら予測不能だね!」


「……もう、暗躍している暗劇部員とか、いらないんじゃないかなー」




……。

タヌキ番外編、書いててちょう面白い(笑)

ですが、次回から普通のお話に戻ります。


戦略破綻ワルトナと、タヌキ将軍・アルカが活躍(?)します。たぶん。

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