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第6章続・プロローグ「神が与えた情報端末」

「ふはー喰った喰った!美味かったぞ、次も頼むの!」

「ヴィギルア!」

「お前ら食い過ぎだろ……。ちったあ遠慮しろよな。ったく」



 そう言いつつも、満足げに鍋を片付けているユルドルード。

 水の生活魔法を発動させて、使い終わった食器ともども、綺麗に洗って乾かしていく。


 思い出すのは先程の食事の光景。

 早く食おうぜ!と、慣れた手つきで二人前の皿をユルドルードは用意し、食事を始めた。

「あー美味い」と自画自賛しながら皿を平らげていくユルドルードはふと、自分の頭に乗っているタヌキの事が気になり肩から降ろす。

 そして、おもむろに皿を差し出し、「お前も食うか?」とアルカに問いかけたのだ。


 アルカは恐る恐る鼻先を皿に近づけ、クンクンと匂いを嗅いでから、ぺろりとひと舐め。

 味が気に入った様子で、勢いよく食べ始めた。


 それからは競うようにナユとアルカは皿を平らげていった。

 そして、皿が空になる度に鍋で煮た肉を盛り付けるユルドルード。

 完全に給仕係と化し、自分がほとんど食っていない事に気が付いたのは、銀色の鍋の底が見えた後だった。



「さて、アルカ。定時報告をしてくれるかの?」

「ヴィギルア!」



 腹も膨れ、楽しみも出来た。

 すごく上機嫌になったナユは優しげな笑みすら浮かべ、アルカに語り掛ける。


 アルカは居心地が気にいったのか、飯を食べ終わるとユルドルードの後頭部に戻った。

 そして、どうあがいても自分じゃ勝ち目がない強者の二人に囲まれ、「もう、どうにでもなぁれ」といつもの口調で鳴き出す。



「ヴィギルア!ヴィギルー、ヴィギィヴィギィ!!」

「ふむ?ユニク等と戦って負けた後、ソドムの地獄の特訓が始まったとな?ほう、よく生きてたの」

「タヌキが訓練だとッ!!」


「ヴィギ。ヴィギルール―ヴィギルア!」

「森ドラゴン……確かに、お主ではきつい相手だろうじゃの。ん、ユニクに助けて貰った?」

「ユニクゥゥゥ!何してんだよぉぉぉぉ!?」


「ヴィギル―。ヴィギュリア・ヴヴィギ。ヴィギ―!」

「なんと!そのまま共闘じゃと!?ふむふむ、トドメはお主が刺したのか。えらいぞ!」

「しかも、手柄取られてるッ!?……ユニク。お前、それでいいのか?」



 森で行われたアルカとユニクルフィンとリリンサとのやり取りが、赤裸々に語られていく。

 いまいちタヌキ言語が分からなかったユルドルードだが、ナユに翻訳魔法を掛けて貰った後は、会話に十分に参加できた。


 そのせいで、知られざる真実に大いに頭を抱えることになったが、それは魔法ではどうにもならない。



「しっかし、誠に面白い奴じゃの、お前さんの子等はの!」

「……俺としちゃ、まったく面白くねえけどな。抱くのは不安と後悔だけだ」


「ふむ、不安なぞ感じる必要が無いぞ?なにせ、ソドムとゴモラが尾行しとるからの」

「それが一番でかい不安なんだけどッ!?つーか、そのソドムとゴモラってどんくらい強いんだ?お前の側近なら途方もない強さなんだろうが……」



 ユルドルードは臆せずに疑問をナユにぶつけた。

 そもそも、絶対的支配者たるナユに向かって乱雑な口の訊きかたをしている時点で、既に常軌を逸しているのだから臆するはずが無い。



「ふむ、では20年くらい前の昔話をしてやろう。昔、ソドムとゴモラは年若い男三人組の冒険者と出会ったそうじゃ」

「ほう」


「その冒険者は見るからに強者であったが、自分等の強さにも自信があったソドムとゴモラはちょいと遊んでやるかと手を出した」

「……続けろ」


「そして、戦闘が始まった訳じゃがの、結果だけで言えば引き分けじゃ。しかし、その冒険者の強さは常軌を逸していて、後衛の魔導師の男は嫌らしいバッファやアンチバッファばかりを使い、中央に陣取った男は凄まじい火力の魔道具で牽制してくるし、前衛の男はどんな防御魔法でも一撃で切り捨ててしまう。そして前衛の男からの不意を突いた一撃をゴモラが受けてしまい、泣く泣く撤退したという」

「……。」


「その男らの名前はなんて言ったかの……何か心当たりが無いかの?ユルド」

「あぁ、もちろん知ってるぜ!!後衛から順に、『アプリコット』『プロジア』『ユルドルード』だ。……知ってるか?そのユルドルードとかいう前衛の使ってた剣って、神の器を世界で唯一破壊できる魔剣、『神壊戦刃・グラム』って言うんだぜ?」


「当然、知っているの。わっしの愛するお前さんことじゃ、一時も忘れた事は無い!」

「白々しいにも程があるだろッ!!」


「んで、その時の報告がわっしの所に来て、興味を持った。そして、ゴモラに一太刀浴びせた男をわっしが気に入り、今に至るという訳じゃ」

「……この状況はあのタヌキが原因かよ!!えぇい、想像を絶するほど、ゾッとした!!つーか、グラムの斬撃を受けて生き残りやがったのか!!」


「ちなみに、ソドムとゴモラはお前さんに打ち勝つため、日々戦力を集めているらしいぞ?支配下においている8匹のタヌキ将軍はその為に集めたと言っておった」

「ユニク、逃げてぇぇぇ!!でも、逃げ切れる気がまったくしねぇ!というか、絶対に無理だ!!」



 事も無さげに説明するナユと、それに驚き目をむく瞳が四つ。

 この場には二人と一匹しかいない。

 仕掛け人のナユを除けば、驚愕するのは残りの者しかいないのだ。


 崇拝するべき圧倒的絶対者のナユから突き付けられた運命に、アルカは動揺を隠せないでいた。

 今もユルドルードの後頭部に張り付いているという絶対的ポジションに居ながらも、事を起こせば確実に殺されるとアルカは理解している。


 アルカにとっての身近な絶対者、ゴモラに一太刀を浴びせたという化物に、戦いを挑む。

 要は「死んでこい」と言われているのだ。動揺しない方がおかしい。



「ふむ、怯えているようじゃの、アルカ。じゃが、今ならガブリとやれば存外簡単に決着が付くかもしれんの!」

「あぁ、決着は簡単に付くぞ。タヌキの三枚おろしが出来上がるだけだが」



 その声を聞いて、必死に頭を横に振って拒否をアピールするアルカ。

 前進は死。後退も、死。

 その場にとどまるしか道は無い。



「あー。ナユは引き分けって言うが、実際俺達は負けたも同然だ。俺が一太刀浴びせた後、怒り狂ったもう一匹に滅多くそにやられたんだよ。あのタヌキが撤退を選択しなきゃ、危なかったのは俺達だろうな」

「そうじゃの。ブチギレたソドムは凄まじいからの。人間の町など一瞬で塵芥と化すの」


「……なぁ、そのタヌキ軍団、見つけ次第、始末していいか?」

「その際は、11対1の戦いを強いられることになるのー。もちろん、11番目はこのわっしじゃの!」


「ふざけんな!!勝ち目が無いってレベルじゃねぇぞ!!」



 クククと不敵に笑うナユの視線の先には、ぐぬぬと頭を抱えるユルドルード。

 実際にはユルドルード自身の腕で頭を抱えているのではなく、アルカが代わりに頭を抱えている光景が、ますますナユの笑いを誘っているようだ。


 ひとしきり笑い声が森に響いた後、ナユは笑顔の方向性を悪人面へと切り替えて、ユルドの頭に視線を向けて話し出した。



「ま、わっしもそこまで鬼畜ではない。嫌だというのなら、考えてやらんこともないの!」

「……。……。……。考えてみたがお前の思惑が読めん。どういうこった?」


「なんて事は無いの。ユルドはソドムとゴモラが子等の近くに居るのが嫌。アルカは近い将来ユルドルードと戦うのが嫌。その二つの願いを叶えてやろうという話じゃの」

「提案自体はありがてぇんだが……。ユニク達に危害が及ぶなら論外だぞ?」


「なあに、わっしがユニクルフィンを尾行させている役をアルカ一匹にやらせようって事じゃ。その役目は言わばわっしの直轄。たとえソドムとゴモラでも、無理にアルカを呼び出す事は出来なくなるという算段じゃ」

「そいつは……名案だな。俺としてもユニク達の周りをうろつくのがコイツ一匹なら安心できる」


「アルカも、それで良いかの?」

「ヴィギルア!」


「返事よし!!ではここに盟約は刻まれた。『那由他なゆた』の名に於いて、不可侵の掟とする!」



 大仰な言葉と共に、ナユは手を広げそれっぽい魔法陣を展開して見せる。

 その光景をキラキラとした眼差しで見つめるアルカと、不信な眼差しで眺めるユルドルード。


 ユルドルードはナユが顕現させた魔法陣には何も効果が無い事を見抜いていた。

 実際、その魔法陣には全く魔力が込められておらず、魔法陣自体もデタラメ。

 ナユが時たま見せる、場を盛り上げるための演出なのだ。



「さて、約束も交わしたし、さっそく準備に取り掛かろうかの!」

「……準備?」


「決まっておろう。アルカがユニクの所に行くための準備じゃの!」

「……しまった。どうやら俺は致命的なミスをしたらしい。すまん、ユニク。先に謝っとく」


「とくと見るのじゃ、わっしの力を!」



 すまん……と再び呟きながら、事態の成り行きを眺めるしかできないユルドルード。

 流石のユルドルードと言えど、始原の皇種相手に約束を破るのはそう簡単にできる事ではない。

 そして、頭の上のアルカも事態が呑み込めず、流されるがままだ。


 そんな四つの瞳の先、ナユだけはひたすらに楽しそうに、神が行うとされる大規模な魔法を唱えた。



「《……あれも欲しい、作ろう。これも欲しい、創ろう。欲したもの全てこの世界に顕現させ、僕の世界を作り上げよう。物質創成・"今日は何して遊ぼうオープニング・オブ・ゴッデス"》」



 轟とした響きが世界に伝わり、音として認識できないほどの高音を以て、返答が返される。


 ナユが世界に求め、世界が答えた。


 言葉にするならば、これほどまでに短い現象は、神がこの世界を創生する際に使ったとされる神話上の魔法。

 正真正銘の創生魔法は、まったくの無の空間から"ある物"を作り出し、それをナユの掌の上に置いた。


 それは、金色の一枚のカード。

 裏面には何も書かれておらず、表面にはたったの五文字、『ユニクらぶ』と書かれ、赤い髪の人物写真が載っているのみだ。



「ほれ、出来たぞアルカ。この『ユニクらぶ会員証』があれば、ユニクルフィンに近づく口実くらいにはなろう」

「……あぁ、なるだろうな。なにせそのカードは、ユニクと記憶を共有した人物が持つ、思い出の結晶みたいなもんだ。しかも、直接的な神の力『神の情報端末(アカシックレコード)』を使って作られた正真正銘、世界に12枚しかない特別なカードだ」


「ということで、このカードはユニクルフィンの嫁候補が持つカードらしいの。うまく使ってユニクルフィンに近づくのじゃ!」

「うまく使ってユニクルフィンに近づくのじゃ!じゃねぇんだけどッ!?何とんでもない事してくれちゃってんの!?」



 再び、あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”と声にならない声を漏らし、その場で頭を抱えるユルドルード。

 今度は本当に頭を抱えようと腕を頭に持っていくが、アルカのわき腹がそれを阻み、仕方がないのでそのまま掴んだ。


 命の危険を感じながらも、アルカは身動きを取る事が出来ない。



「くくく、わっしの前でカードを見せたのが運の尽きじゃったな。完璧に解析し、簡単に複製が出来るぞ」

「だからそれがおかしいんだよッ!!そのカードは神の情報端末を使って作ったんだぞ!?ホイホイ複製するんじゃねぇよ!!」


「だって、できるんじゃもーん」

「コイツ……ふざけやがって……。そして、一つ訂正しておくぞ。そのカードは必ずしもユニクの嫁候補が持つ物じゃねぇ。その理屈で言えば俺が持ってると、やべぇ意味になるだろうが」


「ふむ、親子丼でホモォじゃの。変態か」

「改めて言うんじゃねぇよ!タダでさえ、俺は変態だって噂が立ってんだぞ!?」



 そこはどうしても譲れないと、声を大きくして訂正を求めるユルドルード。

 だがナユはまったく取り合おうとせず、『次にホーライと会う時が楽しみじゃ』と呟いた。


 その言葉にユルドルードはどうすることも出来ず、さっさと話題を変えるべく、確認しなければならない事をナユに問う。



「……おい、まさか中身まで複製してねぇだろうな?」

「安心せい、そこまでは流石にしとらん。それをすると、記憶にどんな影響が起こるか分からんからの!」


「中身は入って無いのか……それならまぁ……全然よくないけども……」

「さりとて、何も無いというのも虚しいものじゃの。だからオマケを付けた」


「ファッ!?オマケだとッ!?」

「アルカ、こっちに来るがよい」



 だんだんと雲行きが怪しくなってきた事を感じ取っていたアルカは、体を縮み込ませユルドルードの頭に隠れていた。

 だが悲しい事に、アルカの頭は隠れていても、尻がはみ出している。

 始原の皇種相手に無視を通せる訳もなく、アルカはブルリと体を震わせてから、ナユの目の前で鎮座した。



「お前さんは人化の術を使えるのかの?」

「……ヴィギュリア・ヴィギュリオ?」


「そうじゃ、それで有っておる、が。まだまだ技能が追い付いておらんみたいじゃの。それじゃ二足歩行が限界じゃろうて?」

「ヴィギルア……」


「説教ではないぞ?むしろ、若き身でありながらそこまで出来るのは大したものじゃ。じゃからこれはわっしからの褒美として受け取るがよい」

「……?」



 そう言いながら、ナユはアルカの頭の上に『ユニクらぶ』カードを乗せた。

 何してやがる?と目を張るユルドルードと他所に、事態は思わぬ方向に進んでゆく。



「アルカよ、これからは人化の術を使う際は、このカードを頭に乗せて行うのじゃ!」

「ヴィギルア!」


「では行くぞ。これが正確な人化の魔法名じゃ!《姫将軍の騎行ワルキュリア・ワルキューレ》」

「ヴィッ!ギュリアァァァァァッッ!!!」



 輝く体躯。

 沸騰する力。


 神秘の魔法に包まれたアルカは、一瞬の内に永遠とも呼べる記憶と映像と知識の奔流に飲み込まれ、そして……悟る。


 あぁ……今、自分は、この瞬間に生まれ変わったのだと。


 タヌキであり、タヌキでは経験したことの無い感覚。

 不思議な感覚に身を置きながらも、然りとした意識を以て、タヌキを『統べるもの』から『支配するもの』への進化が始まったのだと本能が理解した。

 憧れた未来へ一歩、足を踏み出したのだ。


 やがて、美しい光の中から、可愛らしい褐色肌の少女が姿を現した。

 タヌキ将軍・アルカ。完全人間形態。

 歳の程は16歳ほどだろう。若干のタヌキな面影を残すだけの、どこからどう見ても人間の少女だ。

 髪は黒・白・茶の混じり合ったナチュラルなショートヘアで、おでこの中央には大きな『×マーク』が飾り付けられている。


 そして、その胸は年相応とはとても言えない大きさだ。

 豊満すぎるその胸に、なんだこれ?と視線を落としながらも、アルカは切り株から飛び降り大地に立った。


 ユルドルードはぷるん!と揺れる光景から目を離せないでいる。



「……う”ぎるあ?」

「……タイム。一時停戦を要求したい」

「ふむ、わっしの愛するお前さんの頼みとあらば聞いてやるほかあるまい」


「じゃあ、遠慮無く。どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」



 ユルドルードは、久しく忘れていた理不尽に出くわした時の感覚を思い出し、体に秘めたエネルギーを声と共にぶちまけた。

 そのせいで深い森だったこの場所はサラサラな砂ばかりの砂漠となり、後日、不安定機構の緊急調査対象になった。



「おい、ナユ。お前に言いたい事が山ほどあるんだが、まずはこれだけは言わせてくれ」

「なんじゃの?わっしというものがありながら、アルカに惚れたのか?」


「俺が言いたいのはな……。服を着せろってことだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!」



 あぁ……やっぱりロクな事にならなかったった……。

 三度目のナユの爆笑を聞きながら、ユルドルードは今度こそ本当に頭を抱えた。


……。

……もうちっとだけ、続きます。

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